半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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邂逅
No.1「出会う」


 濡れたような斬撃音が、森の静寂を唐突に裂いた。

 

 ――(きゅう)の国。

 年中晴れることのない濃霧と、苔むした古木に閉ざされた山間の地。その乳白色の薄闇の中に、ひとりの青年が佇んでいた。

 

 夜の淵を切り取ったような青い髪。硝子細工のように冷たい薄緑の瞳。

 手には、粘つく(あやかし)の血を纏った刀が一振り。

 

 名は、(かのと)

 

 その足取りの先には、己が命に代えても果たさねばならない約束がある。

 

「待ってろ、(ひのと)……必ず連れ戻す」

 

 誰に向けるでもない独り言は、湿った霧に溶けて消えた。足元には、斬り落とされたばかりの小さな“妖の眼”が転がっている。まだ生きたように眼球を動かすそれを、辛は無表情に見下ろし、無造作に踏み砕いた。

 

 硬いものが潰れる嫌な感触が足裏に響く。

 そのとき、森の奥から鼓膜を(つんざ)く悲鳴が上がった。

 

「きゃああ! 来ないでええええ!」

 

 声の方へ風が揺れ、木々が怯えたように道を開く。

 霧の切れ間を、ひとりの少女が駆けていた。名は、(なぎ)

 

 肩で切りそろえられた黒髪に、うさぎを模したリボンの髪飾り。上等な生地の和服を簡素に着崩し、帯には小銭入れを厳重に結びつけている。その身のこなしは軽く、山道に慣れていた。

 

 だが、その背後には巨大な絶望が迫っていた。牛ほどの大きさがある、蜘蛛に似た異形。人の顔を模した仮面めいた頭部が、顎を鳴らして(わら)う。

 

「ご、ごめんなさいあやかし様ぁぁ! 私を食べても美味しくないですぅぅ!」

 

 凪は息を切らしながら、垂れ下がる枝を掴み、木の根を蹴り、必死に逃げる。転びかけても強引に体勢を立て直し、なお前へ。

 

 しかし、運命は非情だ。ぬかるみに足を取られ、身体が前に泳ぐ。

 視界が揺れ、背後の闇がここぞとばかりに牙を剥いた。

 

 死ぬ。そう直感した、その瞬間。

 

 風が、鋭利に裂けた。

 黒い影が妖の懐へ滑り込んだかと思うと、次の瞬間、異形の身体が斜めに両断され、汚泥のような黒い霧となって霧散する。

 

 呆然と腰を抜かす凪の前に、青年が立っていた。身の丈ほどもある長刀を携えたその姿。

 辛である。

 

「……」

 

 彼は何も言わず、こびりついた血糊を払うように刃を一閃させる。すると、刀は砂のように崩れ、虚空へと消え失せた。冷えた瞳だけが、散った闇の名残を静かに見つめている。

 

「あ、ありがとう……助かった、わ」

 

 凪がようやく絞り出した声も、彼の鼓膜には届かないかのように。辛は一度も振り返ることなく、再び霧の中へ歩き出す。

 木の葉が舞い、二人の間を冷たい風が通り抜けた。

 

「えっ、無視……? べ、別にいいけど! お礼を請求されなくてラッキーだし!」

 

 強がるようにそう言って、凪もまた着物の泥を払い、別の方向へ歩き出す。

 

 ◇

 

 凪は小銭入れの紐をきゅっと握りしめた。目指す先は、小さな集落。

 やがて視界が開け、木柵と低い屋根が見えてくる。

 

「祝! 初の村、到着〜!」

 

 両手を広げて高らかに宣言しながらも、その胸の奥では静かに燻る炎があった。

 お母さま。私、必ず見つけ出す。犯人を。

 

 路地の先で、子どもの泣き声が耳に届いた。見ると、小さな子が転んで膝を派手に擦りむいている。血が滲み、痛々しい。

 凪は迷わず駆け寄り、その前にしゃがみ込んだ。

 

「大丈夫! お姉さんのすごい能力(チカラ)で治してあげる!」

 

 優しく笑い、そっとその傷に手をかざす。掌に柔らかな光が灯り、淡い癒しの輝きが擦り傷を包み込む。

 

「いたいの――飛んでけ!」

 

 光が粒子となって消えたとき、傷は赤みひとつ残さず消えていた。

 

「すごい……!」

 

 周囲からどよめきが上がり、遠巻きに見ていた村人たちの視線が凪に集まる。

 凪はえっへんと胸を張った。

 凪の能力《チカラ》は治癒。人を助け、癒やす異能。

 

「治った〜!」

 

 子どもの弾む声。駆け寄ってきた母親が、泣き笑いの顔で子を抱きしめ、深々と頭を下げる。

 

「ありがとうございます! 本当に助かりました! お医者様に見せるお金もなくて……」

「いや〜、お礼もらえると助かります〜。旅の資金がカツカツでして」

 

 人差し指と親指で丸を作って見せると、母親がぽかんと瞬きをする。

 

「……お金、とるの!?」

「え? あ、はい。世知辛い世の中ですので、お気持ち程度で……!」

 

 凪が揉み手をして愛想笑いを浮かべた、その背後。いつの間にか、辛が立っていた。

 その凍てつくような無言の存在感に、母親の顔色がさっと青ざめる。まるで疫病神でも見たかのように子をきつく抱き寄せ、後ずさる。

 

「出ていってくれ」

 

 誰かの短い声。それだけで、さっきまでの温かな空気が嘘のように冷え切っていく。

 

「化け物」

「ちょ、ちょっと待って! 私まだお代を――」

 

 凪が手を伸ばすが、母親は逃げるように去っていった。

 恐怖と嫌悪をにじませた横顔だけが、網膜に焼き付く。

 胸の奥が、冷たく締め付けられた。

 

 その瞬間、凪は忌まわしい記憶を呼び覚ます。

 

『ごめ〜ん。もう凪ちゃんとは遊べないよ』

『え……どうして?』

 

 問いかけても、重い扉が閉ざされるだけ。

 

『住む世界が違うんだってさ』

 

 幼馴染だったはずの子が、気まずそうに目を逸らして呟く。

 

『でも、私たち……友達だったよね?』

『友達? もう、同じ人間じゃないんだよ』

 

 その言葉は、どんな刃物よりも深く胸を刺した。

 笑おうとしても、口元が引きつって上手く形にならない。

 なぜ。

 

「──みんな、同じ人間じゃないの?」

 

 今と過去が重なるように、凪はぽつりと呟いた。

 その横で、辛が静かに視線を向ける。

 無表情のはずの瞳に、かすかな共感の色が滲んでいたことに、彼女は気づかない。

 

 ◇

 

 日が暮れ始めた頃。夕焼けが村の屋根をどす黒い(あか)に染め、風が軒を不吉に鳴らしていた。

 

 その屋根の上に、ひとりの影が立っていた。茶色い髪をおさげに結い、黒い着物に白の帯。

 獲物を見つけた狩人のように、細い唇が弧を描く。

 

「……見つけたわ。あれがターゲットね」

 

 その声は、夜の始まりを告げる鐘のように冷たく響いた。懐から取り出した紙片には、ある命令が記されている。

 

『姫を捕獲せよ』

 

 ◇

 

 同じころ。

 凪は縁側に腰を下ろし、ぶらぶらと足を揺らしていた。木の香りがする夕暮れだが、腹の虫は容赦なく鳴く。

 

「はぁ〜……あんみつ食べたい〜。黒蜜たっぷりのやつ〜」

 

 のんきに呟きながらも、どこか落ち着かない。胸の奥に、微かなざわめきが残っていた。

 ふと気配を感じて振り向くと、そこに昼間の母親が立っていた。子どもの姿はない。

 

「あの、すみません」

 

 母親は少しうつむき、能面のように貼り付けた笑みを浮かべた。

 

「先程は急に立ち去ってしまい、申し訳ありませんでした。お詫びとお礼をさせてください」

「いやいや、別にいいよ。気にしてないし」

「いえっ! ぜひ、あんみつでもご馳走させてください!」

 

 その単語に、凪の目が銭の形になりそうなほど輝く。

 

「食べたい! おごり!? 本当におごり!?」

 

 二人は顔を見合わせて笑い合い、そのまま並んで歩き出した。凪は満面の笑みで、母親は引きつった笑みで。

 

 ◇

 

 夕暮れの村道。風が通り抜け、木々の葉をざわめかせる。

 並んで歩く二人の足音が、かすかに重なる。凪は少しだけ迷いながら、気になっていたことを口にした。

 

「ねぇ……どうして、あの時“化け物”なんて言ったの?」

 

 母親は立ち止まり、少し俯いて答える。

 

「え……? 知らないんですか? この辺りでは有名なんですよ」

 

 その声には、怯えと哀れみが混じっていた。

 

「あの青年は、妖と人間の間に生まれた子──そう噂されてるんです。死んだ妖の胎内から這い出てきたとか」

 

 凪は足を止めた。

 

「……そんな」

「隣の村では実際にそう言われていました。まさかこちらに来ていたなんて……」

 

 母親の声が細く、風に溶けた。

 

 ◇

 

 同じころ、辛は村外れの細い路地を歩いていた。薄闇の中、鼻をつく鉄錆の臭い。

 足元には、黒ずんだ染みが点々と続いている。それは血。それも、新しい。

 

 まだ乾ききらない赤黒い跡を、辛は無言で見つめた。その先にある予感を、彼は知っている。

 

「……」

 

 風が髪を揺らし、沈黙が森に溶けた。

 

 ◇

 

 凪は考え込んでいた。

 だから“化け物”か。話しかけても無視されるし、愛想はないし。

 でも、妖に襲われた私を助けてくれた。悪い人じゃないと思うんだけどな。

 

 そんな思考の隙間を、冷たい風が通り抜ける。手を引いてくれる母親の掌の感触に、ふと違和感を覚えた。

 冷たい。まるで氷のように、体温を感じない。

 

「あれ……?」

 

 気づけば、甘味処へ行くはずだったのに、村を抜け、森の外れへと足を踏み入れていた。

 周囲には木々しかなく、人の気配は完全に消えている。

 

「え、ちょっと、あんみつ屋さんは?」

 

 凪が問いかけても、母親は答えない。からくりのようにまっすぐ前を見つめたまま、足を止めることなく進む。

 やがて開けた場所に辿り着いた。そこは枯れ草が広がる、墓場のような広場。

 

 母親が唐突に足を止め、ぽつりと呟いた。

 

「……いいえ。ここで、いいの」

 

 その声が震えている。凪が眉を寄せた、その瞬間。

 空気が凍るような音がした。

 足元の地面が、まるで生き物のように盛り上がり、裂け目からどす黒い植物の根が噴き出す。

 

「なっ……!?」

 

 反応する間もなく、凪の身体を黒い(つる)が絡め取った。

 蛇のように腕を締めつけ、脚を引きずり込む。

 

「ちょ、ちょっと!? なにこれ、新手の詐欺!?」

 

 背後の闇から、別の女が悠然と歩み出た。

 茶色の髪をおさげに結い、黒い着物に白の帯。唇には任務達成を喜ぶ歪な笑み。

 

「連れてきたわね。ご苦労さま」

「や、約束通り……! 娘を返して!」

 

 母親が悲鳴のように叫んだ。その声を嘲笑うように、茶髪の女が懐から風呂敷包みのようなものを放る。

 鈍い音を立てて、凪の目の前にそれが転がった。

 風呂敷がほどけ、中身が露わになる。

 

 昼間、凪が癒したあの子どもの――頭部だった。見開かれた目は、何が起きたか理解しないまま白濁している。

 

「あ……」

 

 凪の喉から、声にならない音が漏れた。

 

「どう……して……」

 

 母親の膝が崩れ落ちた。震える手を、変わり果てた我が子へと伸ばす。

 茶髪の女は退屈そうに指を鳴らした。

 地面が唸り、無数の蔓が母親の足元から殺到する。

 

「大丈夫よ。ちゃんと娘のところに送ってあげるから」

 

 にやりと笑うと、地面が爆ぜた。巨大な食虫植物のような口が現れ、母親の絶叫ごとその身体を飲み込み、咀嚼音と共に閉じた。

 

「──あんた!!」

 

 凪の叫びが森に響く。だが女は、楽しげに肩を揺らして笑った。

 

「あんた……なんてことを!」

「はぁ? 別に良いじゃない。ただのゴミ掃除よ」

 

 唇に笑みを浮かべ、淡々と告げる。

 

「こいつらは能力発動源、“シン”を持たない無能力者。私たち、“神”に選ばれし者が支配すべき家畜なのよ」

 

 そして女は、蔓に拘束された凪を見下ろした。

 

「それに引き換え、あんたは“価値”がある。そうでしょ? ――お姫様」

 

 凪の息が止まる。正体が、バレている。

 

「“上”からの命令なのよ。あんたのその着物の質、隠しきれない気品……最初からマークしてたの」

「……」

能力(チカラ)があろうが無かろうが──」

 

 凪が唇を噛み切り、叫ぶ。

 

「同じ人間よ!!」

 

 女は小首を傾げ、心底おかしそうに笑った。

 

「同じ? 家畜と人間が? 笑わせないで」

「……それでも私は、同じだと思ってる!」

 

 凪は蔓にきつく締め上げられながらも、涙を堪えて真っ直ぐに睨みつける。

 その瞳に宿る王族としての誇りと強さが、女の嘲笑を一瞬だけ止めさせた。

 

「ふーん……生意気な目。ま、いいわ。生かして連れて行けばいいんだし」

 

 女が凪を捕獲しようと手を伸ばした、その瞬間。

 風が、鋭く鳴った。

 銀色の閃光が走り、女の左腕が肘から先へ宙を舞った。

 

「──っ!?」

 

 鮮血が夕闇に散る。遅れてやってきた激痛に絶叫する女の前に、音もなく青年が降り立つ。

 

「なっ、だれ……!?」

 

 女が顔を歪めながら、残った腕を振る。地を這う植物が狂ったように蠢き、無数の蔓が槍となって辛に襲いかかる。

 だが、辛は微動だにしなかった。迫る蔓を、目にも留まらぬ速さで切り裂いていく。金属の軌跡が残像となり、植物の断面から黒い液が飛び散る。

 

「……あんた、いったい……? こいつの何?」

 

 女が、傷口を押さえながら問う。

 辛は一瞥すらせず、凪の前に立ちはだかったまま冷たく答えた。

 

「……知らん。名前も、何も」

 

 その声は氷のように淡々としていた。だが、その背中からは確かな熱が伝わってくるようだった。

 

 白い光。

 幼いころの記憶が、辛の胸の奥で揺れる。長い金髪の女性の笑顔。

 

『ねぇ、辛』

 

 その声が蘇る。

 

『あなたのことを、たとえ正体を知っても“人”として見てくれる人は、きっといる。だからその力は──そういう人のために使って』

 

 やさしい声。掌からこぼれた光が、いまも心の奥で燃えていた。

 辛はゆっくりと息を吐き、呟く。

 

「……“人”と言ってくれた。それだけで十分だ」

 

 再び刀を構える。その姿を見て、凪は恐怖も忘れ、その背に見惚れた。

 

「はぁ? 意味わかんない!」

 

 女がヒステリックに叫び、地を叩く。巨大な蔦が地中から再び這い出し、大蛇のように辛を四方から囲む。

 

 だが、その瞬間。

 甲高い金属音が鳴り響いた。辛の腕から粒子のような光が走り、刹那、長大な刀身が一瞬にして形成された。黒鉄(くろがね)の輝きが空気を裂き、包囲していた蔓を一撃で粉砕する。

 

「金属生成……能力者……!?」

 

 凪が驚愕に目を見開く。

 辛は疾風のごとく駆けた。一歩で距離を詰め、一閃。女は身を捩って避けたが、頬をかすめた刃が血の線を描く。

 

「ちっ……! このっ!」

 

 追い詰められた女は、懐から黒い煙玉を取り出し、嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「死になさい! 特製の“猛毒”よ!」

 

 破裂音とともに、紫色の毒煙があたりに広がる。吸えば即座に肺がただれる死の霧が、辛の姿を完全に飲み込んだ。

 

「あはは! これで終わり……!」

 

 勝ち誇った笑いが、森に響く。

 だが次の瞬間――毒煙が渦を巻いて裂けた。

 女が息を呑んだときには、すでに遅かった。煙を突っ切って伸びた刃が、彼女の腹を深々と貫いていた。

 

 湿った音がして、女の身体がビクリと痙攣する。

 口から血泡を吹き、信じられないものを見る目で辛を見上げる。

 

「な……なんで……毒が……効かない……!?」

 

 辛は刀を引き抜くこともせず、低く言い放った。

 

「……計算違いだったな。お前の毒は『人間の神経系』に作用する。だがオレの神経は半分が妖の構造だ。――この程度の毒は効かない」

 

 その声は静かで、自嘲とも誇りともつかない響きがあった。

 

「この……化け物……!」

 

 女は呪詛の言葉を最後に、力を失った。

 辛が刀を振るうと、死体は重い音を立てて地に崩れ落ち、赤い血が地面に広がっていく。

 

 ◇

 

 風が止む。鳥の声も、虫の鳴き声も消えた。残ったのは、血の匂いと静寂だけ。

 凪は拘束が解けた身体をさすりながら、ゆっくりと辛に歩み寄った。

 

「……ありがとう」

 

 深く頭を下げる。その顔に、安堵と感謝の色が混じっていた。

 

「妖に襲われたときも、今回も……あなたがいなかったら、本当に──」

「……別に」

 

 辛は視線を逸らす。無表情のまま、刀を粒子に変えて消した。

 

「妖と人の間に生まれたって聞いた。けど──」

 

 凪はふわりと微笑んだ。目の前の惨劇を飲み込み、それでも前を向く強さがそこにあった。

 

「やっぱり、私には“化け物”なんて思えないや。あなたは、優しい人よ」

 

 その言葉が、風のように静かに辛の心に落ちる。

 辛は何も言わない。ただ、バツが悪そうに空を仰いだ。

 

 森の葉が揺れ、遠くで鳥が鳴く。

 

「ねぇ」

 

 凪が一歩近づく。その瞳には、すでに次の意志が宿っていた。

 両手を胸の前で合わせ、商談を持ちかける商人のように、にこりと笑う。

 

「私の“目的”に付き合ってくれない? 用心棒として!」

 

 その唐突な提案に、辛は思わず足を止めて振り返る。

 

「……」

「お願い。お金は今は払えないけど……必ず出世払いするから!」

 

 少し照れたように、けれど本気で、凪は付け加えた。

 

「私ね、お金とおさらばしたくないの。お金大好きだから!」

 

 ついさっき死にかけたとは思えない、あまりに俗っぽいその台詞。

 けれど、それが彼女なりの「生」への執着であり、強さの証明だった。

 

 辛は呆れたように小さく息を吐き、凪から視線を逸らした。

 その顔は相変わらず能面のように無表情で、ピクリとも動かない。

 だが、常にその身に纏っていた氷のような鋭い拒絶の空気は、今は嘘のように消え失せていた。

 

 木漏れ日の下、ふたりの影が重なる。

 この奇妙な出会いが、世界を変える運命の始まりだった。

 





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  序盤は主人公の感情と世界観の導入が主ですが、第6話『止める』からは、本作の真骨頂である「論理的異能バトル(頭脳戦)」が一気に加速します。
 物理で殴るだけではない、ロジックで詰める戦いをぜひお楽しみください!
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