半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
廊下を騒がしく走る足音が響く。
大きな音を立てて襖を開けたのは、
「おい! 今外で──……」
何が起きている? そう問いかけようとして、北王は言葉を飲み込んだ。
目の前に居る王の容態が、明らかに悪化していたからだ。
玖の顔を覆っている布の下から、鮮血が滴り落ちている。
畳を赤黒い染みが侵食していた。
「古傷か」
「……」
北王は身をかがめ、玖の背をさする。
玖は俯いたまま、手で顔を覆い苦悶に耐えていた。
「あの少女から特定でもしたか」
玖は痛みに耐えながらも冷静に分析する。
あの少女とは
敵が凪の記憶を読み取り、この隠れ場所を特定したのだ。
「しっかりしろ」
そう玖に声をかけながら、北王は思考を巡らせる。
息子の気配を察知し、その身を案じる。
「北王君……場合によっては──……」
玖は覚悟を決めた声で、北王に指示を出した。
◇
城周辺の森の中。
辛は警戒しながら歩を進めていた。
気配を隠せる奴だから、はっきりとは分からないが……何故か
辛の思考は、かつての同僚・
闇神である玄は気配を消せるため、直接探知することはできない。
けれど、玄はなぜか凪が落とした短剣を所持している。
あの短剣は辛が能力で生成したものだ。微かだが、自分の作った金属の場所なら辿れる。
神側なのだとしたら、
元同僚である玄になら、弟の情報を聞き出せるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて辛は進む。
ふと、背後の殺気に気づき振り返る。
元同僚・
辛は瞬時に金属を生成し、白刃を受け止める。
「防いだか。だが、お前は俺が殺す」
辛が一歩引いて距離を取る。
翠が刀を構え直し、低く告げた。
土煙が舞い、木の葉が散る。
◇
シロホンの頭を光線が貫いた直後。
ウミリンゴ、ティー、キルキーが無言のまま振り返る。
そこには、頭部を欠損したシロホンが倒れていた。
少しばかりの沈黙。
「ちょっと!! 何早速死んでるのよ!?」
「いつもの」
ウミリンゴが叫び、ティーが軽口を叩く。
すると、倒れていた死体がむくりと起き上がった。
「うるせぇ。良いからお前らもさっさと行け!」
頭からは血が流れていたが、肉と骨が急速に盛り上がり、傷は瞬く間に塞がっていく。
「待って、まだ『印』を貰ってないわ! そのために戻ってきたのに」
「はあ? ……ちっ、貸せ」
ウミリンゴがシロホンに歩み寄りながら叫ぶ。
シロホンは舌打ちし、乱暴にウミリンゴの酒箱に触れた。一瞬で『印』が刻まれる。
崖下では、心を無くし操られた状態の
轟音。
土煙が舞い上がる中、飛翔する影が現れた。
ティーは自身の能力で翼を作り出し、空へ舞い上がる。
ウミリンゴはキルキーに抱えられて飛んだ。
「シロホン!」
ウミリンゴが空から振り返り叫ぶ。
「行け。あいつの狙いはオレだ」
地上に残ったシロホンが背中で答える。
シロホンを残し、三人は城の方角へと移動した。
姉を殺された恨みだったか──……。
シロホンは宿での襲撃を思い返す。
真白の姉・あかねは、結果的にシロホンの手によって死んだ。
真白はその仇として、執拗にシロホンを狙っている。
悪いが生かしてもらった以上、死んでやるわけにもいかなくてな。
シロホンは不死身だが、かつてあかねに血を分け与えられ、救われた過去がある。
その命を、簡単に捨ててやるわけにはいかない。
そう決意し、崖を蹴って下の真白へと迫る。
真白は無表情のまま光線を放ち、崖を狙った。
一直線に飛んでくるシロホンの動きを読み、左横から偏差射撃のような光線を浴びせる。
簡単には近付けさせないか。
シロホンはそう思いながらも回避しきれず、光線に身体を貫かれ、横の木々の中へと吹き飛ばされた。
鮮血が宙を舞う。
だが、その一瞬。
崖にはシロホンの『印』が刻まれていた。
能力『呪い』。媒介は『印』。
付けた印の種類によって効果は変わる。
シロホンは吹き飛ばされながら地面にも触れ、同様に『印』をつけていた。
崖と地面に『爆』の文字が浮かび上がり、そして──
起爆!!
崖は大きな音を立てて崩落し、爆発的な土煙が舞い上がった。
真白の周囲を、視界を奪うほどの濃密な粉塵が覆う。
草むらで音が鳴る。真白は反射的にその方向へ光線を飛ばす。
シロホンへ再び光線が迫る。
けれど、光線は空気中に充満した物質によって屈折し、拡散し、その威力を喪失した。
シロホンは
『真白の攻撃なら、粉塵などで焦点をずらしてやれば良い』
辛は本を広げて、論理的な対抗策を教えていた。
シロホンが書庫で本を漁っていたのも、光対策の知識を得るためだった。
一瞬隙さえできれば……あとは印をつけて動きを封じる!
シロホンが煙の中から肉薄する。
対して真白は、自身を強烈な光で包んだ。
閃光。
目が、視界が完全に眩む。
「明順応」によって視界を奪われたシロホンに対し、真白は一歩引いて距離を取る。
だが──その足音を、シロホンは捉えていた。
真白の位置を正確に把握し、踏み込み、右手を振る。
真白の首と鎖骨辺りに、ペタリと『封』の印が付いた。
糸が切れたように真白は大人しくなり、その場に倒れ込んだ。
「あの蝙蝠ほどではないが、耳は良い方なんでな」
シロホンがため息交じりに呟く。
あの蝙蝠──ティーは聴覚に特化した悪魔だ。
だが、シロホンもまた音楽家。人並み以上に耳は良い。
煙は段々と晴れていき、静寂の中に木の葉が舞っていた。
シロホンは足元の真白を見下ろす。
もっと罵倒されたりするかと思ったが、ティーの言うように心がない……いや、オレだけを狙っていたから全くないわけではないのか……?
再び真白と対峙した時、姉のことについて憎悪をぶつけられる覚悟で居た。
けれど今の真白からは、何の感情も感じられない。
「……」
シロホンは無言で向き直る。
操作していた『音』の方も気になるし、終わってからで良いか。
軍人を操作していた音は、今ティーによって打ち消された。
けれど、その音源となっている能力者の正体が気にかかる。
真白と姉の件は後回しにし、先にやるべきことを優先する。
……オレも急ぐか。少し能力を使いすぎた──……。
シロホンは走り出した。
不死身の再生能力を使いすぎたことに、一抹の不安を抱えつつ。
その様子を、物陰から見つめる「二つの影」があったことに、気が付かずに。