半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.103「二度目」

 今より一年ほど前の話。

 

 軍の医療棟にて、(かのと)と同期である(すい)(くろ)が待合室で会話をしていた。

 

「辛は無事なのか?」

 

 翠の問いに、玄は本を広げながら悠々とした態度で返す。

 

「大怪我してたけど、一応無事」

 

 玄の答えを聞いて、翠は静かに拳を握りしめた。

 

「妖……許さん」

「……」

 

 翠は軍での妖退治に強い誇りを持っており、妖を絶対的な敵と認識していた。

 そんな翠を、玄は黙って見つめていた。

 

 当時、妖退治に向かった部隊の仲間が、辛一人を残して全滅し殉職した。

 この時の翠は、上層部からそう聞かされていたのだ。

 

 ◇

 

 しかし、時は進んで四十話の襲撃前のこと。

 

 薄暗い一室に、片目を布で隠した金髪の男が座っていた。

 

「貴様達の中に『辛』って奴がいるだろ? 奴の半分は妖だ」

 

 男が告げた衝撃の真実。

 辛は、母親が妖である。

 

「は?」

 

 部屋の入り口に立っていた翠が、思わず声を上げた。

 隣では、真白(ましろ)が冷や汗をかきながら黙って立っている。

 

「殺し屋に依頼したが失敗した……使えない殺し屋(奴ら)だ」

 

 男が言うには、辛を殺すために殺し屋を雇ったのだ。

 その殺し屋とは、爪戯(つまぎ)とその家族のことである。

 

「……貴様はできるな? (やつ)は妖、妖退治は貴様達の役目だろう?」

 

 男は冷酷に告げる。

 軍の任務の一つに、妖退治がある。

 

 妖……辛、オレ達を騙していたのか?

 

 翠は思考を巡らせる。

 冷や汗が流れた。

 普段退治している憎き相手が、軍内部に潜んでいたという事実。

 

「……協力を申し出た者が一人いる。そいつと合流し、(やつ)のもとへ向かえ。ただし、(やつ)と一緒にいる少女は捕獲しろ」

 

 男は冷徹な眼差しのまま、翠達と視線を交えることなく命じた。

 

 協力を申し出た者とは、爪戯の兄・爪雲(そううん)のことである。

 

 翠と真白は命じられた通り、協力者である爪雲と合流し、辛のもとへ向かった。

 その際、辛は「妖には触れられない札」に触れることができなかった。

 

 男の告げたことは本当だったのだ。

 妖は、翠にとっては敵である。

 

 ◇

 

 襲撃失敗後のこと。

 

「失敗しました。申し訳ありません」

 

 翠は金髪の男の前で膝をつき、深く謝罪した。

 男は壁際、戸の外を眺めながら口を開く。

 

「一年前……(やつ)だけが生還したあの時──……」

 

 翠は男の唐突な言葉に首を傾げた。

 けれどすぐに、その表情は驚愕に染まる。

 

「貴様の仲間を殺したのは、(やつ)で確定した」

 

 男の告げる残酷な真実。

 冒頭の、一年前の殉職事件の話だ。

 

「正体がバレて、口封じに出たようだ」

 

 その言葉に、翠の目が見開かれた。

 

 やっぱりあいつが──……。

 

 翠はそう確信した。

 

「もう一度だけ機会をやろう。次に(やつ)に会った時は確実に()れ」

「はっ」

 

 命令は極めてシンプル。

 妖である辛を殺せ。

 翠はまっすぐ前を見据え、応えた。

 

 人を騙し、人を食らう。そんな妖が嫌いだ──……。

 

 それが翠の揺るぎない考えであり、行動原理の一つだった。

 

 ◇

 

 そして現在。

 辛の前に、翠が刀を構え宣言する。

 

「お前は殺す!! 外なら前回の手は使えまい!」

 

 翠が地を蹴り、鋭く間合いを詰める。

 

 周囲に味方(あいつら)がいない此処なら──……。

 

 辛も即座に戦闘態勢に入る。

 足から『シン』を放出し、地面を割った。

 

 翠の足元が崩れる。

 

 地面を割って足場を崩そうってか。なら、札を貼って地面の動きを止めてやる!

 

 翠はそう思考しながら、空いている左手で能力の札を形成し始める。

 だが、形成された直後の札に、鋭利な金属が突き刺さった。

 

「なっ……!?」

 

 翠の視線が、金属に貫かれた札へと移る。

 

「初手を防いだ時に、わずかな金属片をつけておいた」

 

 辛が淡々と答える。

 翠に斬りかかられた初撃を金属生成で防いだ際、目に見えないほどの金属片を翠の袖に付着させていた。

 その金属片を起点に、新たに金属生成を行ったのだ。

 こうして遠隔で札を無力化した。

 

 翠はすぐさま体勢を立て直す。

 

 まあいい、この程度……。

 

 そう考えながら、左脚を強く踏み込む。

 だが、踏み込んだ瞬間、足場の土がさらりと崩れだし、地中へ向かって流れ始めた。

 

「足場が砂に!?」

 

 翠の眼が丸くなる。

 蟻地獄のように、中心へ向かって急速に吸い込まれていく。

 完全に体勢を崩した翠を、辛は見逃さない。

 

 左手を軽く上へあげる。

 すると、地中へと向かっていた砂が一斉に反転し、空中へと舞い上がった。

 圧倒的な砂の奔流に押され、翠は上空へと吹き飛ばされる。

 硬質化した砂が刃となり、翠の全身を細かく切り裂いた。

 

 翠の頭の中に、真白の姿が浮かんでいた。

 玄に洗脳され、心を失った状態の真白の姿が。

 

「真白さん、しっかりして下さい!」

 

 翠は真白の肩に手を置き、必死に揺さぶった。

 けれど、一切の反応はなかった。

 

「意識を奪ったけど大丈夫。キミがきちんと任務をこなせば元に戻すよ」

 

 玄はいつもの軽い調子でそう答えた。

 翠は金髪の男に命じられて辛を襲い、そして玄の言葉に従い、真白を助ける為に行動していたのだ。

 

 ……すみません、真白さん。失敗しました。

 

 翠は落下しながら、頭の中で真白へ謝罪した。

 

 ◇

 

 翠は地面に叩きつけられ、太い金属の帯で地面に拘束されていた。

 砂の刃で全身から血がにじんでいたが、意識ははっきりしている。

 地面に転がされたまま、辛を見上げていた。

 

「お前……なぜ殺さない」

 

 翠が純粋な疑問をぶつける。

 辛は立ったまま、表情も変えずに答えた。

 

「生き埋めにするのは流石に……それに殺す理由もない」

 

 蟻地獄のまま、彼を生き埋めにすることも出来た。けれど、しなかった。

 

「またそれか」

 

 前回の襲撃でも、翠は辛に敗北した。そして「殺す理由がない」と放置されたのだった。

 

「オレはただ……(ひのと)のことを聞き出せればって──……」

「?」

 

 辛は、弟の丁の情報を聞き出せさえすればそれでよかった。

 けれど、翠の怪訝な反応を見るに、何も知らなさそうだと悟り、言葉を紡ぐのをやめた。

 

 翠はもう一つの、ずっと抱えていた疑問を口にする。

 

「お前……あの時何があった? 本当にお前が、軍人(なかま)を殺したのか?」

 

 一年前の殉職事件。

 本当に辛が殺したのか、あの場で何があったのか、直接聞き出さねばならなかった。

 辛は淡々と、しかし深い悲しみを帯びた瞳で口を開く。

 

「あれは──……」

 

 一年ほど前のこと。

 玄が、血まみれの辛に肩を貸して戸を開いた。

 

「軍医~! 辛君が!」

 

 玄はいつもの緩い表情ではなく、珍しく真剣な顔だった。

 

「どうした?」

 

 対応した軍医は、辛の父である北王(ほくおう)だった。

 辛を寝台に横に寝かせ、手早く処置をしていく。

 

「妖討伐の任で、とある地に向かったんですけど……妖たちはすでに死んでて、どうも妖達の間で流行っている病にやられた様だった的な?」

 

 玄が北王の横で状況を説明する。

 討伐に向かった先の妖たちは、未知の病で既に全滅していた。

 そして、辛だけが酷く体調を崩したのだ。

 

 それから辛は、父・北王が必死に調合してくれた薬のおかげで、なんとか持ち直した。

 だが、病の件で疑念を抱いた一部の軍人に薬を盗まれ、その後、人気のない場所へ呼び出された。

 

 呼び出しの場所。

 軍人達は辛へ、氷のように冷たい視線を送っていた。

 

「この薬、調べさせてもらった。人には使えない成分が含まれていた。お前はそれを平然と薬として取り入れている」

 

 軍人達の刃が、一斉に辛へ突き立てられる。

 赤が滲み、崩れ落ちる辛。

 

「死ね、化け物」

 

 辛だけの不可解な体調不良。そして、人には劇薬となる成分。

 辛が人間の枠を外れた化け物であることを証明するには、十分な証拠だった。

 

 そして辛は──丁の母を殺した時と同様に、妖の力を解放してしまった。

 二度目の妖の異能。その暴走を引き起こしてしまったのだ。

 

 軍人達は未知の力に操られ、互いに殺し合った。

 北王が駆け付けた時には、凄惨な肉の海が出来上がっていた。

 生存者は、辛一人。

 

「辛……!」

 

 北王がしゃがみ込み、息子の名を呟く。

 辛は血溜まりの中で、わずかに涙を流しながら一言、

 

「ごめんなさい……」

 

 これが、一年前の殉職事件の真相だった。

 

「騙す気も、殺す気もなかったが、能力が暴走して……あの場に居た者を死なせてしまった……だから、オレが殺したという事実に変わりはない」

 

 辛は俯き気味に言う。

 翠は黙ったまま、辛の懺悔を聞いていた。

 

「……今のオレにはやることがある。だから、まだ死ぬわけにはいかない」

 

 辛は丁を助け出すまで、死ぬわけにはいかない。

 

「今はお前に殺されてやるわけにもいかない」

 

 そう力強く言いながらも、不意に辛の視線が遠くへ向く。何かの気配に気づいた様子だ。

 翠はその言葉を聞いて思考する。

 

 今のを聞いて同情する気も、仲間を殺されたことを怒る気もない。別に俺は敵討ちをしたかったわけじゃないし、真相を一応知っておこうって思っただけで……こいつを殺したいのは、俺が妖を嫌いって、ただそれだけで……。

 

 翠の頭に、色んな感情や理屈が浮かんでいた。

 

「今回だけは見逃してやるが、俺を生かしておいたことを後悔させてやる。俺が再び退治しに行くまで、せいぜい生き……延……び……」

 

 翠は強がって鼻を鳴らし、捨て台詞を紡いでいた。

 

 もう居ねえ!

 

 気が付くと、翠の目の前から辛の姿は完全に消え去っていた。

 

「って! 拘束解除していけよ!」

 

 やっぱ妖は嫌いだ。

 そう心から毒づきながら、金属に拘束されたままの翠は喚き散らし、その叫び声だけが虚しく森の木々に木霊した。

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