半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
一年前、
「力尽くでやってみな的な?」
玄は足元の影を無数の刃へと変形させると、自身の周囲に展開した。
「……」
辛は黙ったまま、静かに剣を構えて立ちすくむ。
「周りが殺せ殺せって煩いゆえ……コロサセテイタダキマス」
玄の瞳から、普段の飄々とした光が消える。
それは明確に標的を捉えた、殺し屋の目だ。
玄が右手を振り抜く。
瞬間、玄の周囲に展開された影の刃が、一斉に辛へと飛翔した。
辛は瞬時に両手に金属の剣を形成し、二本の剣で迫り来る刃を弾き落とす。
弾くと同時に地を蹴り、玄へと肉薄する。
「辛君!」
後方で出遅れた
その傍らには
玄の口角が上がり、不敵な笑みが浮かぶ。
それと同時に、辛が弾き飛ばした影の刃が、空中で形を変え始めた。
あの人の投げた剣が形を変えてる……!?
凪は驚きに目を丸くする。
辛と、凪達の間に、突如として巨大な黒い壁が形成された。
「……!!」
辛は歩みを止め、背後にそびえ立つ黒い壁を見つめる。
壁の向こう側では、凪と爪戯もまた、突然の分断に壁を凝視していた。
玄は踵を返し、城の方角へ向かって走り出す。
咄嗟に辛が反応し、追従する。
「大丈夫。それ、壁を作っただけゆえ!」
玄は走り去りながら背越しに言い放つ。
言葉の通り、ただ壁を作って分断しただけで、殺傷能力はないようだ。
「向こうから回り込むよ」
「う、うん」
壁の向こう側で、爪戯が右側を指さし、凪が頷く。
横に長く展開された壁だが、回り込むことはできそうだった。
辛は玄を追う。
木々を蹴って飛び上がり、左手に持った剣で上方から玄に斬りかかる。
玄も即座に反応し、影の刃を盾にしてそれを受け止める。
「キミも彼らを、巻き込みたくはないだろう? ……的な?」
辛が凪たちを巻き込まずに戦えるよう、彼らを隔離した。それが玄なりの配慮だった。
「お前ら……何が目的だ?」
辛が刃を交えながら問う。
二人は激しい攻防を繰り広げながら、徐々に城へと近づいていく。
「さあ?」
玄はのらりくらりと質問をかわす。
「とりあえず今は、キミを倒すのが目的かな?」
玄が無数の影の刃を生成し、辛へと浴びせる。
奴との
辛は思考を巡らせながら、剣を構え直す。
出来るなら早めに──……。
そう決意し、剣で執拗な刃を捌いていく。
だが、死角である背後から影が蛇のように伸び、辛の腕を固く絡めとった。
影は瞬く間に広がり、辛の全身を飲み込んでいく。
玄の目の前に、巨大な黒い棺が形成された。
その中には、辛が閉じ込められている。
位置、時間稼ぎも十分……そろそろかな。
玄はそう確信し、黒い棺の前に静かに佇んだ。
暗闇に閉ざされた棺の中、辛は冷静に思考する。
あいつの能力……影を操るもの──……。「火」はあまり使いたくないが……。
辛は半分が妖であるため、自身の「火」の能力を使うと、自らもダメージを負うリスクがある。しかし、実体のない影を打ち破るための有効打は、今はこれしかないと判断した。
マグネシウムを燃焼させる──……!
左手で「
瞬く間に、太陽の如き強烈な光が棺の内側で炸裂し、辛を覆っていた黒い影は為す術もなく霧散した。
「閃光弾的な!? これじゃ影が……!」
光に影を掻き消され、玄は一瞬焦りを見せるが、すぐに体勢を立て直す。
光の中から飛び出してきた辛の鋭い一振りを、難なくかわした。
「よっと!」
わずかに後退しただけで、玄は辛の剣閃を躱しきった。
そこで、辛はある違和感に気づいた。
……! もしかしたら……。
しかし空を切った剣が重い。
思考する中、辛の身体には明確な異常が起きていた。
「それよりそろそろ、効いてきたんじゃない?」
玄は距離を取り、体勢を整えながら言葉を紡ぐ。
辛の額から、嫌な汗が流れ落ちる。
そして、意思に反して口から一筋の鮮血が零れ落ちた。
これは……「火」を使った影響だけじゃない……
一年前、妖討伐の任務中、辛だけが不可解な体調不良で死にかけた
「キミ……すべての毒が無効というわけではないんだろう? 普通に病気にだってかかる」
膝を突き、地に伏した辛を見下ろしながら、玄が淡々と語る。
「前にキミが倒れたアレ──……王の本体が妖除けの為にばら撒いた……毒のような物が原因だったんだよね」
王──
「人には無害のそれは……伝染病の如く広まり、妖達を殺して行った」
人間には効かず、妖の生態系のみを破壊し死に至らしめる毒。
選択毒性を利用した、王の冷酷な一手。
「どうも妖除けの為に結界と併用してるみたいで、結界は保険的な? 城にのみ張ってるっぽいよ」
玄が続ける。
彼の背後には、王が潜む城がそびえ立っている。
「まあ、つまり今あの場に本体が居るから、この辺に例の毒? が撒かれてるって訳。だからこそ、キミを此処まで
玄は背後の城を指さしながら言った。
辛は、意図的にこの場所へ誘導されていたのだ。
選択毒の濃度が最も高い、死の領域へ。
「ってな訳で、ことが終わるまで……そこで大人しくしてて」
玄は踵を返し、苦悶する辛に背を向けた。
辛は地面に倒れ伏したまま、全く力の入らない身体を小刻みに震わせることしかできなかった。