半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.106「己は物」

 城を前にし、(かのと)に背を向けた(くろ)は思考していた。

 

 妖に有効の(もの)とは言え、半分は人間の身……前回(一年前)の状態から見ても、すぐに死ぬことはないはず……。

 

 玄の計算では、辛が即死することはない。

 彼の中には、殺しの任務と、かつての同僚に対する名状しがたい葛藤が渦巻いていた。

 

「辛君!!」

 

 草むらから(なぎ)が飛び出してくる。その後ろには爪戯(つまぎ)

 二人とも、地に伏した辛を見て表情に焦燥を滲ませていた。

 

 玄は声のした方へ冷ややかな視線を移す。

 そして間髪入れず、足元の影を伸ばして凪を捕らえ、自身の手元へと強引に引き寄せた。

 

「ちょっまー!」

 

 身体が宙に持ち上げられ、凪から間抜けな悲鳴が漏れる。

 

「一度断られてるけど良いか、一応連れて行こう」

 

 そう言い残し、玄は悠々と歩きだす。

 影で凪を拘束したまま、城の方へと連行していく。

 

「待っ……」

 

 爪戯は連れ去られる凪を止めようと、一瞬前へ出た。

 けれど、毒に侵された辛を見捨てることもできない。足が止まる。

 

「……」

 

 爪戯は思考を巡らせる。

 

 ……辛なら「オレよりあいつを追え」とか言うんだろうけど……追うか、でも──……。

 

 追うべきか、残るべきか。逡巡する。

 すると、近くの草むらがカサリと鳴った。

 

「!?」

 

 音のする方へ、爪戯は鋭く顔を向けた。

 そこに立っていたのは──辛の父、北王(ほくおう)だった。

 

「あ! え……? どうして此処に!?」

 

 爪戯は北王を指さして叫ぶ。

 目は驚きに見開かれている。

 

 北王は、(きゅう)から告げられていた。

 

『北王君……場合によっては──……向かってくれて構わないよ』

 

 そう言われた北王は、息子の危機を察知し、辛のもとへと駆けつけたのだ。

 

 少し前のこと(百一話)。

 古傷が開き、血を流す玖に寄り添っていた北王。

 

「お前はどうするんだよ」

「……」

 

 辛のもとへ向かっても良いと言われた北王だが、彼が離れれば玖の身が危うくなる。

 

「悪魔とは既に協力関係にある──……」

 

 玖はそう言って微笑んだ。

 かつて、玖とデュオラスは極秘裏に面会している。

 その時、彼らは既に協力関係を結んでいたのだ。

 

 そして現在。

 

 あいつ……こうなることが分かっていたのか……?

 

 北王は倒れた息子を見下ろしながら思考していた。

 辛が倒れること、悪魔と協力して神に対抗すること。すべてを盤上で把握していたかのような玖の言動に、底知れなさを感じる。

 

 ◇

 

 一方、その頃。

 

 巨大な岩の前に座り込むのは、竜神リュー。

 少し離れた草むらから、ティーとウミリンゴ、そしてヤナギの精霊キルキーがその様子を窺っていた。

 

 あの岩の中に……。

 

 ティーは黙ったまま考える。

 リューの目の前にある岩の中に、ヤナギが閉じ込められている。

 そして、ティーは一つの確信に至った。

 

「最近まで呪いに縛られてたせいか……なんとなく分かる」

 

 隣のウミリンゴが、ティーの言葉に真剣な顔を向ける。

 

「奴の呪いの媒介は、奴自身……!」

 

 リューが操る凶悪な呪い。その媒介は、己の肉体そのものだ。

 ティーの鋭敏な感覚がそれを感じ取っていた。

 

「んん? 呪い能力って発動させるには『シン』以外にも、文字とか印とか何か物が必要じゃないの?」

 

 ウミリンゴが首を傾げながら問う。

 この世界の呪いの能力には、必ず媒介が存在する。

 印をつけて効果を発動させたり、特定の物を介したり、条件は様々だが不可欠なプロセスだ。

 

「その文字とか印にあたる部分が、自分自身ってこと」

 

 ティーが端的に説明する。

 

「自分を物扱いって感じなわけ?」

 

 ウミリンゴの頬に冷や汗が流れる。

 キルキーも沈黙したまま、二人の会話を聞いていた。

 

「それ、どうするの?」

 

 ウミリンゴの重い問い。

 呪いの能力は、術者を倒すか、媒介を破壊・上書きすることでしか無力化できない。

 だが、リュー自身が媒介となれば、その破壊は極めて困難だ。

 

 轟音。

 突如として、大地から削り出された大量の岩がティーたちを襲った。

 ティーは即座に異能の翼を作り出し、上空へと回避する。

 ウミリンゴはキルキーに担ぎ上げられ、間一髪で岩の雨を逃れた。

 

「うーん……」

 

 リューは退屈そうに振り返り、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ウミさん、あいつを鬼化させちゃってくださいよ」

 

 ティーが地に降り立ちながら、軽口を叩く。

 

鬼化(あれ)は有効射程範囲が短すぎるから、近づかないと無理」

 

 ウミリンゴも体勢を立て直しながら、現実的な回答を返す。

 

「ちっ」

 

 ティーの露骨な舌打ちに内心キレながらも、ウミリンゴは黙って戦況を見据えた。

 

「ちょうどいい間食にはなるかな?」

 

 リューは嗜虐的な笑みを浮かべ、手を下へとかざす。

 足元から岩が次々と隆起し、巨大な質量となってティーたちへと飛翔する。

 

 迫り来る岩を、キルキーが刃で的確に捌いていく。

 その隙に、ティーは思考をフル回転させる。

 

 ……呪い系の能力を解除するには、術者を倒すか媒介を破壊する……。

 

 一筋の汗を流しながら、生存と打破のルートを探る。

 

 いや……破壊とまではいかなくとも──……。

 

 舞い上がる土煙の中、ティーの耳が遠くの微かな音をキャッチした。

 そして、短く言葉を紡ぐ。

 

「ウミさん……」

 

 リューとキルキーが互いに牽制し合う中。

 

()()()()()

 

 ティーはそれだけを伝えた。

 

「!!」

 

 ウミリンゴは意図を察し、目を見開いた。

 背中の酒箱が揺れる。

 リューが再び右手をかざし、攻撃態勢に入る。しかし、それより先にティーが空気を震わせた。

 

 爆音の波がリューを襲う。

 けれど、リューは微風を浴びたかのように涼しい顔をしていた。

 

「音波ねぇ……でも効かないね」

 

 木々が激しくざわめき、土煙が吹き飛ぶ。

 だが、リューには何一つダメージが通っていない。

 

 煙を縫うように、キルキーの凶刃がリューの首筋へと伸びる。

 けれど貫けない。斬り裂くことも叶わない。

 

「キミじゃ無理だって」

 

 リューの首元の十字架が揺れる。

 キルキーの刃は、彼の滑らかな肌の上で完全に静止していた。

 

 やはりまだ……。

 

 キルキーはリューの圧倒的な強度を測りながら、次善の策を練る。

 

 煙が完全に晴れていく。

 

「今ので一人逃げられたか~……」

 

 蝙蝠の方は隠れたか。そう考えながら、リューは退屈そうに辺りを見回した。

 ウミリンゴは、先の攻撃の混乱に乗じて既に離脱していた。

 ティーもまた、草むらに深く身を潜め、リューの動向を窺っている。

 

 刃が通らないことは聞いていたけど……音も無効なのかよ。

 

 冷や汗を拭いながら、ティーは現実を直視した。

 

 アレを倒すのはオレには無理。

 

 自分には、あの竜神を倒す火力も手段もない。

 だからこそ、己の役割に徹する。

 

 悔しいが……さっさと来やがれ!

 

 ティーは頭の羽根を微かに震わせ、遠くの音を探る。

 木々の間を、意識を失った真白(ましろ)を担ぎながら疾走するシロホンの足音。

 その到着を待ちわびるように、暗い空を仰いだ。

 

 しかし、急行するシロホンと真白の背後に、不敵な笑顔を浮かべた影が迫りつつあった。

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