半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
城を前にし、
妖に有効の
玄の計算では、辛が即死することはない。
彼の中には、殺しの任務と、かつての同僚に対する名状しがたい葛藤が渦巻いていた。
「辛君!!」
草むらから
二人とも、地に伏した辛を見て表情に焦燥を滲ませていた。
玄は声のした方へ冷ややかな視線を移す。
そして間髪入れず、足元の影を伸ばして凪を捕らえ、自身の手元へと強引に引き寄せた。
「ちょっまー!」
身体が宙に持ち上げられ、凪から間抜けな悲鳴が漏れる。
「一度断られてるけど良いか、一応連れて行こう」
そう言い残し、玄は悠々と歩きだす。
影で凪を拘束したまま、城の方へと連行していく。
「待っ……」
爪戯は連れ去られる凪を止めようと、一瞬前へ出た。
けれど、毒に侵された辛を見捨てることもできない。足が止まる。
「……」
爪戯は思考を巡らせる。
……辛なら「オレよりあいつを追え」とか言うんだろうけど……追うか、でも──……。
追うべきか、残るべきか。逡巡する。
すると、近くの草むらがカサリと鳴った。
「!?」
音のする方へ、爪戯は鋭く顔を向けた。
そこに立っていたのは──辛の父、
「あ! え……? どうして此処に!?」
爪戯は北王を指さして叫ぶ。
目は驚きに見開かれている。
北王は、
『北王君……場合によっては──……向かってくれて構わないよ』
そう言われた北王は、息子の危機を察知し、辛のもとへと駆けつけたのだ。
少し前のこと(百一話)。
古傷が開き、血を流す玖に寄り添っていた北王。
「お前はどうするんだよ」
「……」
辛のもとへ向かっても良いと言われた北王だが、彼が離れれば玖の身が危うくなる。
「悪魔とは既に協力関係にある──……」
玖はそう言って微笑んだ。
かつて、玖とデュオラスは極秘裏に面会している。
その時、彼らは既に協力関係を結んでいたのだ。
そして現在。
あいつ……こうなることが分かっていたのか……?
北王は倒れた息子を見下ろしながら思考していた。
辛が倒れること、悪魔と協力して神に対抗すること。すべてを盤上で把握していたかのような玖の言動に、底知れなさを感じる。
◇
一方、その頃。
巨大な岩の前に座り込むのは、竜神リュー。
少し離れた草むらから、ティーとウミリンゴ、そしてヤナギの精霊キルキーがその様子を窺っていた。
あの岩の中に……。
ティーは黙ったまま考える。
リューの目の前にある岩の中に、ヤナギが閉じ込められている。
そして、ティーは一つの確信に至った。
「最近まで呪いに縛られてたせいか……なんとなく分かる」
隣のウミリンゴが、ティーの言葉に真剣な顔を向ける。
「奴の呪いの媒介は、奴自身……!」
リューが操る凶悪な呪い。その媒介は、己の肉体そのものだ。
ティーの鋭敏な感覚がそれを感じ取っていた。
「んん? 呪い能力って発動させるには『シン』以外にも、文字とか印とか何か物が必要じゃないの?」
ウミリンゴが首を傾げながら問う。
この世界の呪いの能力には、必ず媒介が存在する。
印をつけて効果を発動させたり、特定の物を介したり、条件は様々だが不可欠なプロセスだ。
「その文字とか印にあたる部分が、自分自身ってこと」
ティーが端的に説明する。
「自分を物扱いって感じなわけ?」
ウミリンゴの頬に冷や汗が流れる。
キルキーも沈黙したまま、二人の会話を聞いていた。
「それ、どうするの?」
ウミリンゴの重い問い。
呪いの能力は、術者を倒すか、媒介を破壊・上書きすることでしか無力化できない。
だが、リュー自身が媒介となれば、その破壊は極めて困難だ。
轟音。
突如として、大地から削り出された大量の岩がティーたちを襲った。
ティーは即座に異能の翼を作り出し、上空へと回避する。
ウミリンゴはキルキーに担ぎ上げられ、間一髪で岩の雨を逃れた。
「うーん……」
リューは退屈そうに振り返り、ゆっくりと立ち上がった。
「ウミさん、あいつを鬼化させちゃってくださいよ」
ティーが地に降り立ちながら、軽口を叩く。
「
ウミリンゴも体勢を立て直しながら、現実的な回答を返す。
「ちっ」
ティーの露骨な舌打ちに内心キレながらも、ウミリンゴは黙って戦況を見据えた。
「ちょうどいい間食にはなるかな?」
リューは嗜虐的な笑みを浮かべ、手を下へとかざす。
足元から岩が次々と隆起し、巨大な質量となってティーたちへと飛翔する。
迫り来る岩を、キルキーが刃で的確に捌いていく。
その隙に、ティーは思考をフル回転させる。
……呪い系の能力を解除するには、術者を倒すか媒介を破壊する……。
一筋の汗を流しながら、生存と打破のルートを探る。
いや……破壊とまではいかなくとも──……。
舞い上がる土煙の中、ティーの耳が遠くの微かな音をキャッチした。
そして、短く言葉を紡ぐ。
「ウミさん……」
リューとキルキーが互いに牽制し合う中。
「
ティーはそれだけを伝えた。
「!!」
ウミリンゴは意図を察し、目を見開いた。
背中の酒箱が揺れる。
リューが再び右手をかざし、攻撃態勢に入る。しかし、それより先にティーが空気を震わせた。
爆音の波がリューを襲う。
けれど、リューは微風を浴びたかのように涼しい顔をしていた。
「音波ねぇ……でも効かないね」
木々が激しくざわめき、土煙が吹き飛ぶ。
だが、リューには何一つダメージが通っていない。
煙を縫うように、キルキーの凶刃がリューの首筋へと伸びる。
けれど貫けない。斬り裂くことも叶わない。
「キミじゃ無理だって」
リューの首元の十字架が揺れる。
キルキーの刃は、彼の滑らかな肌の上で完全に静止していた。
やはりまだ……。
キルキーはリューの圧倒的な強度を測りながら、次善の策を練る。
煙が完全に晴れていく。
「今ので一人逃げられたか~……」
蝙蝠の方は隠れたか。そう考えながら、リューは退屈そうに辺りを見回した。
ウミリンゴは、先の攻撃の混乱に乗じて既に離脱していた。
ティーもまた、草むらに深く身を潜め、リューの動向を窺っている。
刃が通らないことは聞いていたけど……音も無効なのかよ。
冷や汗を拭いながら、ティーは現実を直視した。
アレを倒すのはオレには無理。
自分には、あの竜神を倒す火力も手段もない。
だからこそ、己の役割に徹する。
悔しいが……さっさと来やがれ!
ティーは頭の羽根を微かに震わせ、遠くの音を探る。
木々の間を、意識を失った
その到着を待ちわびるように、暗い空を仰いだ。
しかし、急行するシロホンと真白の背後に、不敵な笑顔を浮かべた影が迫りつつあった。