半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
その前を、黒髪を一つに結い上げた背の高い女性が歩いていた。
「
金髪の男が口を開く。
右手は虚空を撫でており、その空間には戦場から散った人々の魂が集められていた。
男の腰にぶら下がる鍵が、冷たい音を立てて揺れる。
「知らないねぇ」
前を歩く女の気怠げな答え。
その手には、一本の笛が握られていた。
◇
時を少し遡る。
気を失って倒れていた
傍には軍人の一人が膝をつき、心配そうに様子を窺っていた。
「気がついたか……つけられていた『印』は取り除いたから、動けるだろう?」
「……?」
軍人の言葉に、真白は首を傾げる。
「逃げ……」
軍人が逃げるよう促した、その瞬間。
彼の首が、唐突に消し飛んだ。
鮮血が舞い、真白の青白い顔を赤く染め上げる。
頬を嫌な冷や汗が伝い落ちた。
「回収も、楽じゃないねぇ」
軍人の首を切り落としたのは、黒髪を一つに結い上げた背の高い女性。
その後方には、片目を布で隠した金髪の男が立っていた。
突如として現れた二人の敵が、真白の方を見下ろしている。
真白の脳が直感する。逃げなければ、と。
◇
そして現在。
必死に走り出した真白は、森を歩いていたシロホンと真正面からぶつかる。
「お前……!」
シロホンは目を見開き、思わず口を開いた。
動きは封じていたが解除されてるな……意識も戻ったか……?
シロホンの『印』によって真白は拘束されていたはずだが、それが解除されている。
さらに、失われていた意識の回復も確認できた。
冷静に分析するシロホンであったが、即座に異能の気配を察知する。
何かが飛翔し、シロホンは真白を庇うように身をよじって避けた。
見えない斬撃が、左肩から背にかけてを掠める。
赤い血の点が宙を舞った。
前方から歩いて来るのは、金髪の男。
「捧げる魂を回収しなければならない」
布で左眼を隠し、反転目の異様な右眼の光が、確かに二人を捉えていた。
左手が宙を撫でると、空間に無数の魂が吸い寄せられるように飛翔する。
シロホンは鋭い視線でその姿を見据える。
「貴様が一部の動きを止めたおかげで、確実性が上がった──……」
シロホンは同士討ちを止めるために、操られた者たちに印をつけて回り、その動きを封じていた。
無抵抗になった彼らを狩るのは造作もない。結果的に、それが魂の回収を手助けする裏目となってしまったのだ。
「礼を言うぞシロホン」
男は無機質な声で言い放った。
「お前──……」
シロホンはこの男を知っている。
男が右手を振り抜いた。
手刀による不可視の斬撃が、空気を裂いて飛翔する。
轟音と共に土煙が舞い、やがて晴れて行く。
「逃がしたか」
斬撃の跡に、シロホンと真白の姿はなかった。
木琴展開!
シロホンは真白を担ぎ上げ、能力で自身の周囲に木琴を展開しながら森を駆けていた。
宙に浮く木の板を踏み鳴らし、激しいステップで音を奏でる。
音の能力によるバフを自身にかけるためだ。
だが、そこへ不敵な笑顔を浮かべた影が頭上から迫りつつあった。
先ほどの黒髪を結い上げた女性だ。
シロホンの上を取り、空中で軽やかに回転する。
「そんなに音を立てながらでは」
シロホンは無言で木琴を鳴らし、走り続ける。
回転した女性は空中の見えない足場を蹴り、急降下してきた。
「居場所がバレバレだねぇ!!」
シロホンと真白の脳天へ向かって、一直線に襲い掛かる。
だが、シロホンは表情一つ変えずに走り続けていた。
これで……加速は十分。
音によるバフの旋律は完成した。
女の刃が到達した瞬間、シロホンたちの姿は掻き消えるように消え去っていた。
「!!」
女の目が見開かれる。
音の能力は、音を奏でてその音を聞いた対象に劇的な効果をもたらす。
「音で身体能力、主に速さを強化ねぇ……分かってはいたけれど、ついつい聞き入ってしまったねぇ……まあ少しずつ追い詰めてやろうかね」
女は空振りした体勢を立て直すと、獲物を探すようにゆっくりと森を見渡した。
◇
極限まで加速したシロホンは、真白を抱えたまま、翠が拘束されている場所に現れた。
「クソッ妖……!!」
金属の帯で拘束され、地面に転がされていた翠は、空に向かって悪態をついていた。
「あ」
「真白さん」
シロホンに担がれた真白と、翠の目が合う。
「って貴様!! 真白さんを離せ!!」
「あ゛? なんだお前……こいつの仲間か?」
突然の翠の怒号に、シロホンも眉間に皺を寄せて応戦する。
しばしの間。
互いに起こったことを手短に説明し合い、翠はシロホンに金属の拘束を解いてもらった。
「なるほど、そのようなことが──……」
砂で傷ついた身体を起こしながら、翠が口を開く。
傍らでは、真白が膝をつき、心配そうに翠の様子を見ていた。
シロホンは真白たちに背を向け、少し離れた場所に立って周囲への警戒を怠らない。
真白は、その背中へ少しだけ視線を向けた。
「……何故助けた……? お前、私の姉を──……」
真白の絞り出すような問い。
シロホンはかつて、真白の姉・あかねを手にかけている。
真白からすれば決して許せぬ憎き仇であり、姉を殺すような冷酷な悪魔が、なぜ自分を助けるのか理解できなかった。
「助けたくて助けた訳じゃないし、オレの行動が裏目に出た。その責任を取ろうとしただけで」
シロホンは腕を組み、背を向けたまま淡々と語る。
「今死なれてもそれはそれで困るし」
シロホンのあまりに素直でない言い訳を聞き、翠は純粋に「なんだこいつ」と思った。
軽快を怠らないシロホンの頬に一筋の冷や汗が流れる。
「兎に角、お前らはこの場を離脱しろ」
「し、しかし……!」
シロホンの指示に、すかさず翠が反論しようとする。
「分かっただろ、お前らに命令したり操ったりして、ここで戦わせている意味──……」
シロホンは背を向けたまま、残酷な事実を紡いでいく。
「お前らを殺して、その魂を回収したいんだとよ」
脳裏に浮かぶのは、あの金髪の男の無機質な顔。
「死にたくなかったら早く行け。邪魔だ」
シロホンなりの不器用な気遣い。
翠はその事実を受け入れた。しかし、致命的な問題があった。
「いや……その……どうやって安全確実に離脱しようかと……こっち一応怪我人だし」
翠は滝のような汗をかきながら訴える。
離脱したいのは山々だが、この傷と状況でどう逃げればいいのか分からないのだ。
「あ~……あいつ今どの辺に居るんだ?」
シロホンは鬱陶しそうに空を見上げて呟いた。
翠も真白も、その言葉の意味が分からず、首を傾げるばかりだった。