半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.107「脱出る」

 (すい)に命令を下した金髪の男が、森の中を歩く。

 その前を、黒髪を一つに結い上げた背の高い女性が歩いていた。

 

水神(ウル)のやつは何処へ行った?」

 

 金髪の男が口を開く。

 右手は虚空を撫でており、その空間には戦場から散った人々の魂が集められていた。

 男の腰にぶら下がる鍵が、冷たい音を立てて揺れる。

 

「知らないねぇ」

 

 前を歩く女の気怠げな答え。

 その手には、一本の笛が握られていた。

 

 ◇

 

 時を少し遡る。

 気を失って倒れていた真白(ましろ)が、ゆっくりと目を覚ました。

 

 傍には軍人の一人が膝をつき、心配そうに様子を窺っていた。

 

「気がついたか……つけられていた『印』は取り除いたから、動けるだろう?」

「……?」

 

 軍人の言葉に、真白は首を傾げる。

 (くろ)によって強制的に意識を奪われていたため、自分がどうやって倒れたのか、その間の記憶がすっぽりと抜け落ちていた。

 

「逃げ……」

 

 軍人が逃げるよう促した、その瞬間。

 彼の首が、唐突に消し飛んだ。

 

 鮮血が舞い、真白の青白い顔を赤く染め上げる。

 頬を嫌な冷や汗が伝い落ちた。

 

「回収も、楽じゃないねぇ」

 

 軍人の首を切り落としたのは、黒髪を一つに結い上げた背の高い女性。

 その後方には、片目を布で隠した金髪の男が立っていた。

 

 突如として現れた二人の敵が、真白の方を見下ろしている。

 真白の脳が直感する。逃げなければ、と。

 

 ◇

 

 そして現在。

 必死に走り出した真白は、森を歩いていたシロホンと真正面からぶつかる。

 

「お前……!」

 

 シロホンは目を見開き、思わず口を開いた。

 

 動きは封じていたが解除されてるな……意識も戻ったか……?

 

 シロホンの『印』によって真白は拘束されていたはずだが、それが解除されている。

 さらに、失われていた意識の回復も確認できた。

 

 冷静に分析するシロホンであったが、即座に異能の気配を察知する。

 何かが飛翔し、シロホンは真白を庇うように身をよじって避けた。

 見えない斬撃が、左肩から背にかけてを掠める。

 

 赤い血の点が宙を舞った。

 

 前方から歩いて来るのは、金髪の男。

 

「捧げる魂を回収しなければならない」

 

 布で左眼を隠し、反転目の異様な右眼の光が、確かに二人を捉えていた。

 左手が宙を撫でると、空間に無数の魂が吸い寄せられるように飛翔する。

 

 シロホンは鋭い視線でその姿を見据える。

 

「貴様が一部の動きを止めたおかげで、確実性が上がった──……」

 

 シロホンは同士討ちを止めるために、操られた者たちに印をつけて回り、その動きを封じていた。

 無抵抗になった彼らを狩るのは造作もない。結果的に、それが魂の回収を手助けする裏目となってしまったのだ。

 

「礼を言うぞシロホン」

 

 男は無機質な声で言い放った。

 

「お前──……」

 

 シロホンはこの男を知っている。

 男が右手を振り抜いた。

 手刀による不可視の斬撃が、空気を裂いて飛翔する。

 

 轟音と共に土煙が舞い、やがて晴れて行く。

 

「逃がしたか」

 

 斬撃の跡に、シロホンと真白の姿はなかった。

 

 木琴展開!

 

 シロホンは真白を担ぎ上げ、能力で自身の周囲に木琴を展開しながら森を駆けていた。

 宙に浮く木の板を踏み鳴らし、激しいステップで音を奏でる。

 

 音の能力によるバフを自身にかけるためだ。

 だが、そこへ不敵な笑顔を浮かべた影が頭上から迫りつつあった。

 

 先ほどの黒髪を結い上げた女性だ。

 シロホンの上を取り、空中で軽やかに回転する。

 

「そんなに音を立てながらでは」

 

 シロホンは無言で木琴を鳴らし、走り続ける。

 回転した女性は空中の見えない足場を蹴り、急降下してきた。

 

「居場所がバレバレだねぇ!!」

 

 シロホンと真白の脳天へ向かって、一直線に襲い掛かる。

 だが、シロホンは表情一つ変えずに走り続けていた。

 

 これで……加速は十分。

 

 音によるバフの旋律は完成した。

 女の刃が到達した瞬間、シロホンたちの姿は掻き消えるように消え去っていた。

 

「!!」

 

 女の目が見開かれる。

 音の能力は、音を奏でてその音を聞いた対象に劇的な効果をもたらす。

 

「音で身体能力、主に速さを強化ねぇ……分かってはいたけれど、ついつい聞き入ってしまったねぇ……まあ少しずつ追い詰めてやろうかね」

 

 女は空振りした体勢を立て直すと、獲物を探すようにゆっくりと森を見渡した。

 

 ◇

 

 極限まで加速したシロホンは、真白を抱えたまま、翠が拘束されている場所に現れた。

 

「クソッ妖……!!」

 

 金属の帯で拘束され、地面に転がされていた翠は、空に向かって悪態をついていた。

 

「あ」

「真白さん」

 

 シロホンに担がれた真白と、翠の目が合う。

 

「って貴様!! 真白さんを離せ!!」

「あ゛? なんだお前……こいつの仲間か?」

 

 突然の翠の怒号に、シロホンも眉間に皺を寄せて応戦する。

 

 しばしの間。

 

 互いに起こったことを手短に説明し合い、翠はシロホンに金属の拘束を解いてもらった。

 

「なるほど、そのようなことが──……」

 

 砂で傷ついた身体を起こしながら、翠が口を開く。

 傍らでは、真白が膝をつき、心配そうに翠の様子を見ていた。

 

 シロホンは真白たちに背を向け、少し離れた場所に立って周囲への警戒を怠らない。

 真白は、その背中へ少しだけ視線を向けた。

 

「……何故助けた……? お前、私の姉を──……」

 

 真白の絞り出すような問い。

 シロホンはかつて、真白の姉・あかねを手にかけている。

 真白からすれば決して許せぬ憎き仇であり、姉を殺すような冷酷な悪魔が、なぜ自分を助けるのか理解できなかった。

 

「助けたくて助けた訳じゃないし、オレの行動が裏目に出た。その責任を取ろうとしただけで」

 

 シロホンは腕を組み、背を向けたまま淡々と語る。

 

「今死なれてもそれはそれで困るし」

 

 シロホンのあまりに素直でない言い訳を聞き、翠は純粋に「なんだこいつ」と思った。

 

 軽快を怠らないシロホンの頬に一筋の冷や汗が流れる。

 

「兎に角、お前らはこの場を離脱しろ」

「し、しかし……!」

 

 シロホンの指示に、すかさず翠が反論しようとする。

 

「分かっただろ、お前らに命令したり操ったりして、ここで戦わせている意味──……」

 

 シロホンは背を向けたまま、残酷な事実を紡いでいく。

 

「お前らを殺して、その魂を回収したいんだとよ」

 

 脳裏に浮かぶのは、あの金髪の男の無機質な顔。

 

「死にたくなかったら早く行け。邪魔だ」

 

 シロホンなりの不器用な気遣い。

 翠はその事実を受け入れた。しかし、致命的な問題があった。

 

「いや……その……どうやって安全確実に離脱しようかと……こっち一応怪我人だし」

 

 翠は滝のような汗をかきながら訴える。

 離脱したいのは山々だが、この傷と状況でどう逃げればいいのか分からないのだ。

 

「あ~……あいつ今どの辺に居るんだ?」

 

 シロホンは鬱陶しそうに空を見上げて呟いた。

 翠も真白も、その言葉の意味が分からず、首を傾げるばかりだった。

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