半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
幼い頃の
親に捨てられた。だから一人で生きる為に、泥水すする思いで
幼い玄は、薄暗い路地でターゲットを発見した。
一人悠々と歩く男の背中を見つめる。
男の頭の右側には、妖精の翅のような不思議な物が生えていた。
あいつにしよう。気配を殺して……。
そう思いながら背後から接近する。
男の真後ろにつき、手に持つ荷物に狙いを定める。
しかし、次の瞬間。
足元から伸びた影が跳ね上がり、玄の顔を容赦なく鞭打った。
「!?」
「
男は影を触手のように展開しながら振り返り、静かに言い放った。
やばい……殺される──……!?
地に尻もちをついた玄の額から、大量の冷や汗が流れる。
終わった。そう思ったが、沈黙が流れるばかりだった。
しばしの沈黙の後、男が口を開いた。
「……まあいい。見たところ行く当てがないのなら、
まさかの発言。
「なっ」
玄の眼が見開かれた。
盗みに失敗し、殺されるかと思えばまさかの提案。
「え……何ッ……さっき会ったばかりなのに? なんで?」
玄は極度の困惑を見せる。
男は表情を一切変えず、展開していた影を静かに足元へ収束させていく。
「さあ? ただの気まぐれ」
男の言葉に、玄の理解は全く追い付かなかった。
「よく分からない奴……」
そう呟き、玄は得体の知れない男についていくことにした。
彼は闇神を名乗り、玄を拾い、そして玄に能力の使い方を教えた。
縁側で闇神──ラウロスが座り、庭で玄が右手をかざす。
だが、上手く影が動いてくれない。
親に捨てられた玄は、幼いながらにこう思っていた。
『誰もオレを救わない。誰にもオレは救われない』
だがこの日、ラウロスに拾われ、考えが少しだけ変わった。
『次はオレが、誰かを救う側になれたら……』と、微かに考えるようになった。
月日は流れ、お世話になってばかりでは悪いと、稼ぐために軍に入隊した。
「初めまして、玄です! よろしく~みたいな~」
軽い調子で、緩い顔で、その場にいた
「……」
しかし一切の返事はなく、辛の表情は『無』そのものだった。
あれ!? 返事がない!? 何? 何か悪いことしてしまった?
玄は流石に焦りを見せ、辛の顔を横から覗き込んだ。
「えっと~……」
この間も辛に変化はない。
表情からも感情が読めない。全く掴めない。
なんだこいつ……。
これが玄の、辛に対する第一印象だった。
そして少し経った、とある日のこと。
連日、妖退治の任務をこなしていた玄たち軍人。
「妖出すぎ~」
玄はそうぼやきながら、薄暗い空の下で妖達と対峙していた。
足元には瓦礫が大量に積み上がっている激戦区だ。
「あっち応援頼みます。俺は向こうに」
翠が走り去りながら玄に指示した。
「へーい」
玄は軽い調子で返事をした。
全員が満身創痍。
しかし空には、まだ妖の群れが飛び交っていた。
玄はふらりとよろめいた。
流石に戦いすぎた……『シン』が尽きたか──……。
半ばあきらめの境地で居た玄の背後を、一体の妖が捉える。
大きな顎を開き、食い殺そうと肉薄してきた。
刺突音。
上空から辛が刃を突き立てながら急降下してきた。
体重を乗せた刃が、妖の急所を貫いていた。
玄は思わず振り返る。
妖は一回転して辛を振り落とした後、羽を広げて逃げるように空へと飛翔する。
辛も身を翻して、着地を決める。
玄は思わずよろめき、その場に座り込んだ。
「……」
辛と妖が対峙しているのを見ていた。
空を見上げれば、無数の妖が旋回している。
ってまだまだ居る!?
玄が大量の汗をかきながら焦燥を滲ませる。
辛は妖を貫いた刀を捨てながら、静かに口を開いた。
「一番わかりづらい奴は目視で確認──……。残りは気配で把握済み……」
「ぬ?」
辛のつぶやきに、思わず間抜けな声が玄から漏れる。
玄は闇の能力で気配を完全に隠せる。ゆえに、辛は乱戦の中で玄の位置を「目視」で探して確認したのだ。
そして辛は「
その刃は地面から瞬時に伸び、上空の妖達を次々と正確に貫いていく。
この広範囲の無差別攻撃を、味方である玄に当てない為に、あえて目視で安全圏を把握していたのだ。
「はえ~……」と、玄は緩い顔のまま、その圧倒的な光景を見上げていた。
しばしの間。
そして、戦闘が終わった。
「先刻はどうも~ってかアレ、さっさとやれば良かったんじゃね? 的な?」
玄が辛に歩み寄って尋ねる。
辛が最初からあの刃を展開していれば、すぐに済んだのではないかと聞きたかった。
「あんたの気配が掴み難くて、目視できるまでは使えなかった。味方を巻き込むわけにもいかないしな」
辛の表情は変わらなかったが、申し訳なさそうにしているのは痛いほど伝わってきた。
玄は一瞬、沈黙する。
悪い奴ではないらしい。
辛への印象が、決定的に変わった瞬間だった。
「すまんな! 盗みの為に気配を殺す方法を身に着けてしまってな……的な!」
「……」
玄はいつもの軽い調子で誤魔化すように答えた。
その日、任務を終えた玄は家へと帰ることを許された。
「ただいま~」
そう言いながら戸を開く。
「久々の帰還的な~? 闇神~ちゃんと飯食ったか~?」
右手を前に突き出し、緩い顔で登場して見せた。
しかし、家から返事が返ってくることはなかった。
ラウロスの姿がどこにも見当たらない。
出かけてんのかな?
この時の玄は、その程度の認識だった。
しかし、ラウロスは帰って来なかった。
しばらくしてから、左眼を布で隠した金髪の男──鍵神に極秘裏に呼び出された。
部屋の中央に鎮座する鍵神は、玄へ青い珠を冷酷に差し出した。
「闇神は我々に逆らった……だから罰として幽閉した」
鍵神の右眼が、玄をねっとりと捉える。
「闇神の『シン』だ。貴様が次の闇神となり我々に従えば、いつか解放してやろう」
鍵神の言葉を聞き入れる玄の脳裏には、ラウロスとの温かい思い出が巡っていた。
闇神……。
その名を頭の中で反芻しながら、不器用に能力の使い方を教わっていた時のことを思い返していた。
闇神の為なら「悪」にだってなってやる──……。
そう決心し、震える手で青い珠に手を伸ばした。
『次はオレが救う側──……』
次の日。
辛の前に現れた玄は、ラウロスとお揃いのペイントを顔に施していた。
「お前……」
「コレ?」
辛がすれ違いざまに言う。
すかさず玄が口を開く。
「恩人の真似的な~?」
しかし、辛が気になったのはそこではなかった。
「いや、なんか……感じが──……」
辛は、玄の気配や雰囲気の決定的な変化を、感覚で感じ取っていた。
「任務いってきま~す!」
そう叫び、玄は話を打ち切るように足早に駆けて行った。
辛は沈黙し、その背中を見送るしかなかった。
走りながら、玄は冷や汗を流して思考していた。
気配で勘付かれた? ってか気配で分かるって、どういう……?
玄が闇神のシンを宿し、変わったことを悟られた気がしていた。
しかし、その原理がどういうものなのか、玄には理解できなかった。
しばらく後。玄は足を止める。そして物陰へと身を隠した。
向かい側の通りで、
玄は完全に気配を殺し、様子を窺う。
あれは……。
任務の標的である丁の姿を確認した玄は、神に報告へ戻った。
それから水神ウルが到着し、玄は丁のもとへと案内した。
「言ってた標的、居ますよって」
そう言いながら、右手で指差しした。
「ご苦労さ~ん」
ウルは笑顔で「レイン君まだかな?」と呑気に呟きながら、ゆっくりと歩いていく。
その時、玄の目が見開かれた。
丁だけではない。その場には辛もいたのだ。
丁は必死に辛の後を追って走っている。
アレ!? 辛君も居る!? 水神相手じゃ殺される……。
そう思いつつも、木の陰に隠れて様子を窺うしかなかった。
ウルは「アレもう乱入してよろしい?」と誰に確認するわけでもなく、楽しげな独り言をつぶやいていた。
玄は沈黙を選んだ。
闇神の為なんだ……仕方ない──……。
そう自分に言い聞かせ、割り切ろうとした。
しかし想定外のことが起きた。
あの嗜虐的なウルが、辛を殺さなかったのだ。
後から来たレインと共に、丁だけを連れ帰るウル。
その姿を見て、玄は確かに胸を撫で下ろし、安心していた。
何故安堵する? 闇神の為に、闇神の為なら……そう思って他の神の要求を聞いて、人も殺した。人を
玄は木の陰で座り込み、頭を抱えて思考を巡らせた。
脳裏には、絶望の中で自分を助けたラウロスと、戦場で背中を守ってくれた辛の姿が交互に浮かんでいた。
自分を助けてくれた人を殺せない……オレには出来ない。
「悪」で居るには、オレは不充分だった──……。