半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
城から少し離れた森の中。
軍人数名を捕獲し、拷問にかけて遊んでいたのは水神ウル。
笑顔で軍帽を取ると、それを人差し指でくるくると回しながら「頑張って」と血まみれの軍人に声をかけていた。
「おい! 何遊んでやがる!! 早く魂回収しろ! 合流すんぞ!!」
そんなウルに怒気を強めて声をかけたのは、赤い服の人物。
後ろで髪を三つ編みにまとめ上げている。
「他のやつらも集まって来てんぞ!!」
さらに苛立たしげに言い放つ。
事実──別の場所では鮫神が、
ウルは笑顔のまま、一瞬動作を止めた。
そして口を開く。
「先、行ってて下さい☆」
「話聞いてねえな!?」
ウルの言葉に、三つ編みの人物は呆れたように声を荒げるだけだった。
◇
誰もこんなオレを救わないと思っていたから、純粋に嬉しかった。
路地裏でラウロスに差し伸べられた手が純粋に嬉しかった、そんな過去。
だから救いたかったし、殺したくなかった。
自分を助けたラウロスを、今度は自分が助けたかった。
そして、命を救ってくれた
玄はずっと、その板挟みの葛藤の中で行動していた。
「……」
玄は仰向けに倒れ、傍らでは辛が立ちすくんでいる。
「ねえ……」
玄は辛の気遣いに気がついたのか、重い口を開いた。
「話聞いてた!? オレ、キミを殺さないといけないって言ったんだけど!? どうしてそうなる!?」
玄は辛を殺すよう命じられた。けれど辛の回答は「オレに倒されろ」という強烈な膝蹴りだった。
玄的には、辛に倒れたフリをしてくれと言いたかったのだ。
「標的と戦闘後、返り討ちに遭ったとでも言うことにして……ことが終わるまで寝てろ。そもそも……」
辛なりの不器用な気遣い。
そして最後は言葉を濁した。
玄はゆっくりと上体を起こした。
辛は視線を合わせようとしない。
「……なんかさ~、三人の仲を試すようなこと言ったけど、アレで仲違いするようなら、それはそれでよかったって言うか」
玄がぽつりと口を開く。
「そしたら二人を殺して、混乱に乗じて辛君だけを逃がすとか出来そう……みたいな~?」
玄は右手を口もとに当て、悪びれる様子もなく緩い表情で軽く言った。
「……」
辛は無表情だったが、「流石にそれはないだろ」と言いたげな冷たい空気を発していた。
すぐさま玄は辛へと向き直る。
辛も玄と視線を交わした。
「でも駄目なんだよ。オレが闇神に執着してなかったとしても──……」
「……」
辛は黙って玄の話を聞いていた。
「鍵神って奴が、キミを殺せ殺せって煩くてね。
左眼を布で隠す金髪の男──鍵神。
軍の裏で暗躍し、異常なまでに辛の死を望んでいる。
「だから仮にキミを逃がせたとしても、今キミの命を取り逃がしても、また殺せって言いそうって言うか……」
「……」
玄は大量に汗をかきながら、辛へ切実な事実を告げた。
玄は辛を生かしたいが、鍵神の存在が絶対的な障害となる。
「なんでそいつ、そんなにオレを殺したいんだ?」
辛の純粋な疑問。
「さあ……? 掟がどうとかなんとか……」
玄が首を傾げる。
玄は神の座について日が浅い。その真の理由をよく知らなかった。
「この世には、
突如、空から声が響いた。
二人は声のする上空へと視線を移す。
「
城の方角、妖の背に乗り飛翔する存在。
「まあ、殺すより
そう言いながら現れたのは、雨神レイン。
妖用の毒のせいでなかなか此処まで来られなかったけど……どういう訳か解除されてやっと来られたな……。
レインはそんなことを思いながら小さくため息をついた。
けれど
「あいつ……」
「雨神!」
辛と玄が警戒を強める。
「あ、そうだ。キミ達の話、少し聞こえたんだけどさ」
レインは少し高度を落とす。
彼が乗る妖の背には、不気味に大きな箱が括りつけられていた。
「キミの言う前闇神──……もうこの世にはいないよ」
レインの十字の瞳が、真っ直ぐに玄を捉える。
玄の眼が見開かれた。
「お前!!」
辛がすかさず声を上げた。
「何? キミは知っているんだ?」
レインは辛へ視線を移し、言葉を投げる。
「……」
辛はどう説明したら良いか分からず、沈黙する。
「……? えっ……どういう?」
玄が顔面を蒼白にさせ、冷や汗を流しながら口を開いた。小さく「デジャヴ」と呟きながら。
「『シン』は、
レインの告げる、あまりに無慈悲な事実。
辛は蝶神から「神の世代交代」について聞いていた。
そして、実際に殺され『シン』を取り出された少年を目撃したこともある。
ゆえに、前闇神の末路という答えにたどり着いていたのだ。
「それ以上は……!」
辛は金属生成で空中に足場を形成すると、それを蹴って飛び上がり、レインに肉薄する。
だが、レインは焦る様子もなく冷静に口を開いた。
「キミには一度、矢を撃ち込んだよね」
レインはかつて
そして辛は、半分が妖だ。
レインの「妖操作」の能力が作動する。
辛は空中で自由を奪われ、そのまま地に倒れこんだ。
身体の、自由が利かない……。
辛は全く力の入らない身体をなんとか動かそうとする。けれど、指一本動かない。
「……」
玄は、完全に放心状態だった。
レインが虚空から弓を形成する。
既に死んでいる……? オレは、なんのために──……。
玄の顔に、深い絶望が浮かぶ。
恩人のためにと、己を殺して神に従ってきた。今までしてきた悪事は、全て無駄だった。
レインは放心状態の玄へ向け、静かに弓を構える。
矢が放たれ、無抵抗の玄に命中した。
胸から肩をかすめ、鮮血が飛ぶ。
闇神……どうして置いて行ったんだよ。
玄の悲痛な思いが虚空に消える。
玄と辛は、ただ地に伏すことしかできなかった。
「……」
レインは無言で二人を見下ろしていた。
その後ろ、城の中──玄によって破壊された壁の穴から、北王が顔を出す。
「……! 辛!」
倒れこんだ息子の姿を見て、名を叫ぶ。
北王の傍にいる玖も、事態の悪化に冷や汗を流す。
「……雨神」
すると、北王たちの背後から、不吉な影が現れた。
鍵神だ。
「早く殺せ──……」
鍵神がそう口にした瞬間、北王の左肩から右肘にかけて、突如として深い裂傷が走った。
「!!」
玖は布で顔を隠していたが、その肩が大きく揺れ、明らかに驚いた様子を見せる。
北王の血が舞う。
「オレの眼は誤魔化せないぞ」
そう言いながら、鍵神は布から覗く右眼で北王を捉え、右手を前に突き出していた。
不可視の裂傷は、鍵神の能力によってつけられたものだと判断できた。絶体絶命。
──だが、次の瞬間。
轟音と共に、城の天井が木端微塵に吹き飛んだ。
巨大な瓦礫が降り注ぎ、土ぼこりが周囲を埋め尽くす。
!? 次はなんだ!? 上から……!?
玖は驚愕に息を呑む。
次から次へと現れる乱入者たち。
「ふふふ~ん」
もうもうと立ち込める煙が晴れて行く。
「やっと再登場だぜ!!」
楽しげに弾んだ声が、崩壊した城内に響き渡る。
結界の中で、玖はそれを見た。
「おらぁ! 呼んで来てやったぞ! 感謝せい!!」
それはモドキの声だった。
シャチに四つ足が生えたような奇妙な形態のモドキ。
そしてその背の上には、長柄の槍を肩に担いだアヴェルスが、不敵な笑みを浮かべて乗っていた。
「後でお仕置きな」
「ヒエッ……」
アヴェルスは満面の笑顔だったが、その言葉には物騒な殺気がこもっていた。
「吸血鬼……」
対峙する鍵神が、忌々しげに低く呟いた。