半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
百話にて。伍の国を発つ前のこと。
「じゃあ送った後は──……」
「え゛~!?」
デュオラスがモドキに耳打ちすると、モドキは露骨に嫌そうな声を上げた。
凪は終始、その緩いやり取りを眺めていた。
この時、デュオラスが言った言葉の続きはこうだ。
「Aさんを呼んで来て」
Aさんとはアヴェルスのことである。
凪が見守る中、デュオラスとモドキはやり取りを続けていた。
「い、いやだあああぁぁぁ! ご主人様を呼びに行くとか……確実に処刑される! 理不尽だもの!」
白くて丸いマシュマロのような姿のまま、モドキは涙を流して抗議した。
「Aさんに制作協力を頼んで、そのまま預けてあるんだよ」
デュオラスは冷静に説得を試みる。
「何かは知らんが、何故あの野郎に預けたし!!」
アヴェルスに、ある重要アイテムを預けてある。だからどうしても彼を呼んで来てほしいとのことだった。
◇
そして現在。
モドキは無事、アヴェルスを呼んでくることに成功した。
「お仕置き」
「ヒェッ……」
アヴェルスは満面の笑顔でモドキを脅す。
モドキは大量の冷や汗を流しながらガタガタと震えた。
対峙するは、城に君臨する鍵神。
崩落した瓦礫の土煙が舞う中、結界の中で
北王は痛みに顔を歪めながら上体を起こす。
「死ぬかと思った」
深い裂傷は負ったが、致命傷には至っていない。
結界の中から「あ、やっぱ生きてた」と玖は呟き、安堵の息を漏らす。
北王は自身の能力で治療を試みた。
「治癒」をかけても治らない……?
傷口が塞がらないことに気づき、北王は怪訝に首を傾げる。
その様子を上から見ていたアヴェルスが、呆れたように口を開く。
「あいつの眼の能力で、細胞の
アヴェルスは振り返ることなく、モドキの上から言い放った。
鍵神が、右眼で彼らを捉え、再び右手をかざす。
不可視の斬撃の準備。
その刹那。
モドキは瞬時に自身の『召喚・喚起』の能力を発動した。
能力を応用した空間転移──玖と北王を巻き込み、城跡から森の中へと一瞬で逃れた。
「……!」
鍵神の右眼が細められる。
魔女の能力で逃亡か……よく逃げるやつらだ──……。しかし……そう遠くには行けないはず。
玖の身体が抱える事情により、長距離の転移は不可能なことを鍵神は知っていた。
オレの眼からは逃れられない。
鍵神の特異な右眼が、森の中に潜む四人の気配を完全にロックオンしていた。
「見つけた……雨神……」
鍵神は城の外、空中に居る雨神レインへと言葉を投げかける。
壁は玄によって破壊されているため、二人の視線は交差した。
「そいつら、まだ息があるだろ」
鍵神は、倒れ伏す
「動くことはできないよ」
レインは少し焦りを見せる。
レインは性格的に、むやみやたらと殺すことを嫌う。
「今回必要な人間に、魂は十分集まった。無駄に殺す必要はないよ」
穏便に済むならそれが良いと思っているレインに対し、鍵神は無慈悲で冷酷に口を開く。
「貴様が殺さないというのなら、オレが
「……」
「貴様はさっきの悪魔の相手をしろ」
城の中から、鍵神が命じる。
さっきの悪魔とは、アヴェルスとモドキのことである。
「悪魔が相手なら出来るな? ……その箱は置いて行け」
レインの頬に、一筋の汗が流れた。
「分かったよ」
そう言い、レインは妖の背に積んでいた『箱』を地面へと降ろし、再び飛翔した。
◇
森の中。
「ハイ。こちらがご所望の棺でございます! 今ならお得! 一割引き!」
「結局おれの能力で取り寄せるんじゃねーか! 呼んで来た意味……」
アヴェルスが緩い顔で、重厚な黒い棺の前に立ち、通販番組顔負けのセールストークを開始した。
傍らで、白くて丸いフォルムに戻ったモドキがぐったりとうなだれる。
「送料無料もつけて!」
玖も負けじと緩い空気を作って乗っかった。
「棺!?」
この緊迫した状況において、まともに突っ込んだのは北王ただ一人だった。
玖は棺を指さし、真面目なトーンで口を開く。
「悪魔とは既に協力関係にあるって言ったけど、その理由の一つがこれ」
木々がざわめき、木の葉が舞った。
「オレの身体は『特定の場所』でしか生きられない。そういう『適した環境』を疑似的に作ることが出来る者が、悪魔側に居てね……」
玖が城から離れられず、逃げ出さなかった理由だ。逃げ出せなかったのだ。
その『適した環境』を作ることができる能力者とは、ルリのことである。
「緊急避難用に作ってもらった」
玖は普段、本体を『特定の場所』に安置し、自身の能力で作り出した分身を国のあらゆる場所に出現させて国政を担っている。
分身は自由に行動できるが、本体は不自由極まりない。
「オレはあの白髪妹と共同制作した。この中に入って本体を封印することで、
アヴェルスは棺を右手の親指で指しながら自慢げに言った。
後ろではモドキが「疲れた」と呟きながら地面に溶けそうになっていた。
「他にも離脱希望者がいるから一緒に送るね」
モドキが力なく言う。
離脱希望者とは、合流した
百七話にてシロホンが空を見上げて探していた「あいつ」とは、モドキのことだった。
「本体の封印後の仕事は、分身を外に出すことで可能となる設計だ」
アヴェルスが補足説明をする。
北王は、城付近に残してきた辛の安否を心配しながらも口を開く。
「って……それ、もっと早く出せよ!! 敵が狙う前に!!」
北王の突っ込みは至極まっとうだ。
さっさとこの棺に入ってしまえばよかったのだ。
敵に狙われても移動ができるし、分身で仕事もできる。
しかし──。
「それは無理だよ」
玖の静かな言葉で一刀両断された。
「あくまで
玖は顔を伏せ気味に言う。
国土と国民、そしてこの身体を、奴らに利用される前に──……。
そう決意する玖の背後で、激しく木の葉が舞った。
空には、妖に乗り飛翔するレインの姿。
無機質な目で弓を構え、矢を放つ。
大量の矢が、文字通り雨のように森へ降り注ぐ。
地上は瞬く間に土煙に覆われた。
煙の中から、黒い羽根が力強く羽ばたく。
モドキの空形態──シャチのような巨体に、ドラゴンのような翼が生えた姿が現れた。
その背に乗るのはアヴェルス。
余裕の笑みを浮かべ、立ったまま乗っていた。
レインはすかさず視線を動かし、残りの標的を探す。
他二名は……もう居ないみたいだね……。
土煙が晴れた地上。無数の矢が突き刺さった地面に、北王と玖の姿は既になかった。玖は棺ごと転移した。
「ってかキミ、そんな乗り方で大丈夫?」
レインは逃亡を確認すると、すぐに空中のアヴェルスの方へと向き直り、純粋な疑問を投げかけた。
「え? 落ちるのって楽しくない?」
「ウザっ」
アヴェルスの狂った嗜虐嗜好は、自分自身に対しても適応される。
レインは反射的に嫌悪の言葉を発した。
そうだった、こいつは
そう思い出しながら、レインは冷静さを取り戻し、能力を全開にする。
「それじゃあ、お望み通り」
レインの構えていた弓が形を変え、空中に無数の光の矢を形成する。
それらが一斉に、アヴェルスとモドキを捉えた。
モドキはその凄まじい光景に、思わず「ひっ」と大量の汗をかいた。
数多の矢がアヴェルス達を襲う。
飛翔するモドキは、パニックになりながら急旋回して避けようとする。
「うわあああああっ」
モドキが乱暴に急旋回したため、立っていたアヴェルスはあっさりと背から放り出された。
「ぬああっ」
そして回避しきれなかったモドキの羽に、矢が何本か深く突き刺さる。
放り出されたアヴェルスは、宙を舞いながらも終始緩い笑顔を浮かべていた。
「墜ちる~っ」
モドキの悲鳴と共に、一人と一匹は弾かれたように森へと真っ逆さまに落ちていった。
上空では、レインがため息をついてその様子を見下ろしていた。
だが、次の瞬間。
レインの真後ろに、アヴェルスが音もなく現れた。
アヴェルスの周囲には、空間能力を持つ小さなシャチ──モドキの分身体が数匹、フワフワと舞っていた。
「どうせなら、一緒に落ちようぜ」
アヴェルスは最高に楽しそうな笑みを浮かべ、悪魔のように宣告した。