半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
空中にて。妖に乗り空を飛ぶ雨神レインの背後に、アヴェルスが音もなく現れた。
周囲には小さなシャチが舞っている。
あの鯱みたいな奴の能力で、ボクの後ろに出現させたのか……。
レインは冷静に見上げ、逆さになって覗き込んでくるアヴェルスの顔を分析する。
『おれの「呼び出す」能力で、ご主人様を奴の近くに転送してやったんだぜ! 感謝せい!』
と、今にもモドキの自信満々な声が聞こえてきそうだった。
そんなシャチモドキ本人と言えば、無事に墜落していた。
頭から真っ逆さまに落ちて地面へと突き刺さり、「酷い」と情けない声を漏らしている。
アヴェルスはレインを抱え込むと、グイッと体重をかけて後ろへ倒れ込む。
レインの身体は妖から浮き上がり、二人は妖の背から落ちる。
「ボクが墜ちる?」
「!」
レインが淡々と口を開いた。
アヴェルスの眼が見開かれる。
「有り得ないね」
その一言を残し、レインは自身の身体を無数の弓矢へと変換した。
その弓矢は空中にフワリと浮遊したまま、抱える対象を失ったアヴェルスだけが虚空へと落ちていく。
矢になった……?
アヴェルスは落下しながら、今の不可解な状況を分析する。
が、そのまま墜落。
「!!」
地上で引っこ抜かれていたモドキが、墜ちてきたアヴェルスを見て「ひっ」と小さく悲鳴を上げながら肩を震わせた。
「あ~これこれ!」
アヴェルスは頭から真っ逆さまに地面に激突し、その打ち付けられる感覚と衝撃を恍惚として楽しんでいた。
雨神なんて呼ばれてるから水系統の能力かと思えば……。
そんな狂気じみたアヴェルスだが、内心では極めて冷静にレインの能力について分析をしていた。
「やっぱ良いな! 墜落!」
「お前いつも落ちてんな」
アヴェルスが緩い表情で立ち上がりながら言い放つ。
すかさずモドキが呆れたように突っ込んだ。
上空では、レインの化身である無数の弓矢が、モドキたちへ向かって一斉に狙いを定める。
モドキは上空を見上げ、ハッと息をのんだ。
次の瞬間、文字通り雨のように無数の矢が地上へ降り注いだ。
モドキは避けるために、パニックになってアヴェルスへと突進してしまう。
「ひええっ」
「おいこら」
無数の矢が降り注ぐ中、突撃されたアヴェルスは反動を利用して身軽にモドキの背に飛び乗った。
「なんなのさ~! あいつ~!」
アヴェルスを器用に載せたまま、モドキは必死に矢を避けながら叫ぶ。
「後で覚えてろよ」
「ひっ」
アヴェルスはモドキの背で体勢を立て直す。
そして、先ほどの激突を根に持ってモドキを脅す。
思わずモドキから小さく悲鳴が上がった。
矢は止めどなく降り注ぐ。
「矢に憑りついて操ってんだろ」
アヴェルスは空を見上げ、分析の結果を共有した。
「なにそれ、どーすんですか!?」
迫り来る矢をギリギリで躱しながら、モドキが悲鳴混じりに問う。
「どーすっかな~」
アヴェルスは笑みを浮かべたまま、対処法を考える。
一方、上空のレインもまた思考していた。
……。あの鯱に矢を撃ちこんだのに、操作できない……? あの生物は妖とは違うみたいだね。
レインの冷静な分析。レインは矢を撃ちこんだ相手が「妖」ならば操作ができる。
しかしそれが出来ないとなれば、あのシャチのような生物は妖とは全く別の存在であると結論付けた。
アヴェルスは矢を避けながら空を見据え、右手をかざす。
金属生成──身の丈以上の巨大な槍を生成し、一振り。
「全部壊す!!」
降ってきた無数の矢を、槍の暴風で片っ端からへし折り、粉砕していく。
その表情には、戦いを楽しむ余裕の笑みが浮かんでいた。
少し離れた場所の木陰。
そこでレインは矢の集合体から人間の身体を再形成した。
そして、アヴェルス達の無茶苦茶な様子を窺っていた。
シャチの背に乗り、降り注ぐ矢の雨を物理的な槍の薙ぎ払いで破壊していくアヴェルス。
本当に全部壊す気なのか……? 無茶苦茶だよ。
レインは木の陰から一筋の汗を垂らし、呆れ果てていた。
◇
城の傍。
鍵神である。
ゆっくりと、しかし確実に二人に近づき、トドメを刺そうとする。
次の瞬間、どこからともなく現れた
鍵神の正面から鋭く斬りつける。
しかし、鍵神は無造作に振るった手刀でその刀を斬り、破壊した。
北王の傍には、シャチモドキの小さな分身体が浮かんでいた。
モドキの転送能力を利用して、間一髪で駆けつけたのだ。
手を振っただけで斬った──……。「斬る」のが奴の能力というのは間違いないらしい……。
北王は破壊された刀身を見ながら分析する。
自身が遠隔で斬られたこと、そしてアヴェルスの言葉も思い出しながら、鍵神の能力の一つが『斬る』ことそのものであることに気が付いた。
「……!」
鍵神の右目が見開かれる。
どういうことだ……? 傷が治っているだと?
鍵神は北王を見て驚愕した。
身体の深い裂傷はおろか、斬り裂かれた服の繊維までもが完璧に治っていたのだ。
鍵神の不可視の斬撃は、『細胞の治癒能力ごと』斬り裂き、回復を不可能にするはずだった。それなのに、どうして完全に治っているのか。
◇
その頃、
城を出た二人だが、後方から激しい戦闘の音が鳴り響いていた。
「何が起きているの!? すごい音がしたけど!! 展開よ、置いて行かないで!!」
凪は城の方を振り返りながら叫んだ。
あまりにも色んな勢力が入り乱れ、次々と事件が起き過ぎて、彼女の理解が完全に置いてけぼりになっていた。
「こっちはこっちで大変らしいって言う……」
爪戯はため息をつきながら、ウミリンゴを指さした。
「呼んで来いって言われても、何処に居るか分からないわよ!!」
近くに居たウミリンゴは、頭を抱えて森に向かって叫んでいた。
二人は彼女から事情を聞いていた。
「Xのお兄さん(シロホン)を呼んで来れば良いんだっけ?」
凪が問う。
「多分……はっきりとは言われてないけど……多分、おそらく、十中八九そうよ」
ウミリンゴがヤケクソ気味に答える。
ウミリンゴはティーに言われ探しに出た。しかし「呼んで来て」としか言われておらず、途方に暮れていた。
「多分って……」
爪戯は半分呆れながら言った。
「確かあの人、爪に呪いを仕込んでたよね?」
凪は、ふと
シロホンの爪には、自身の能力である「印」の文字──「命」が刻まれている。
撃神戦では、それを利用して転送し、トドメを刺した。
「爪? あの謎センスの?」
ウミリンゴが答える。
ウミリンゴからすれば、爪に『命』の文字をデコレーションしている、少し痛い変なセンスの持ち主にしか見えていなかった。
「とんでも移動を可能にするやつ」
凪と爪戯は、シロホンがその「命」を利用して移動を可能にした場面も見ていた。
だからこそ凪は、あれがただのオシャレなどではないと確信していた。
「それがどうした?」
すかさず爪戯が問う。
凪は少し思考し、そしてハッとして口を開く。
「呪いの発動源を察知できた私なら──……」
凪は此処へ来るまでに、いろいろな経験をした。
その中でも、アナナスの呪いを探知して居場所を特定したり、妖封じの結界を当てて見せたりした。
理由は明確にはわからないが、彼女には「呪いの気配」を鋭敏に感知する力がある。
ならば、シロホンの身体に仕込んである強い『呪い』も辿れるはず──……。
「分かるかも……」
凪は右手を口もとに当て、確信めいた声で言う。
そして、間髪入れずに身を翻し、走り出した。
「私、ちょっと行って来る!」
「ちょっ……!」
爪戯が止めようと手を伸ばしたが、凪はすでに森の奥へと走り去っていた。
残されたのは爪戯とウミリンゴ。
「ったくよぉ!」
すると、苛立たしい声と共に近づく足音。そして明確な能力の殺気。
爪戯はそれを察知すると、即座に氷で壁を作った。
無数の植物の根が、地中から現れ氷の壁を強打した。
ウミリンゴは思わず身を屈める。
「ちゃんと働けよな水神の野郎! まだ生き残り居んじゃん!」
「!?」
そう文句を言いながら、植物を操り森から出てきたのは、赤い服の人物。
後ろで髪を三つ編みにまとめ上げた女──花神だった。
「お! 悪魔見つけたぜ」
花神の言葉に、ウミリンゴの身体が強張る。
「あんたは……」
ウミリンゴの頭の中で、忌まわしい過去の記憶がフラッシュバックする。
親を無惨に殺し、幼馴染のシュンランを傷つけた、あの時の敵。
その冷酷な声と、目の前の女が完全に一致した。
「あの……時の──……」
絶対に許さない!!
ウミリンゴの瞳に怒りの炎が灯る。
砕けた氷の隙間から、花神へ向かって渾身の電撃を放つ。
「ああ、あの時の!」
花神はウミリンゴの存在に気が付くと、悪びれもせずに軽く言った。
「でも忘れたかぁ?」
そう言いながら右手をかざすと、花神の前方に太い木が瞬時に生い茂った。
電撃は木に誘導され、完全に防がれた。
「効かねーんだよ!!」
花神は腰に手を当て、勝ち誇ったように言い放つ。
受け流される……側撃雷を受けないよう、しっかりと距離も取ってくる……。
ウミリンゴは冷や汗を流しながら冷静に分析する。
電気は、より抵抗の少ない、流れやすい方へと移動する性質がある。
木よりも、水分を含む人体の方が電気は流れやすい。
つまり、木を避雷針にして受け流すと言っても、木のすぐ真横に居ては側撃雷を受けてしまう。
そのため花神は、盾にした木から一定の安全距離を正確に取っていた。
「どうした? もう終わりか!?」
花神は右手を素早く動かし、周囲に鋭い茨を大量に展開し始める。
よく分からないけど……
爪戯はウミリンゴと花神の因縁が分からないながらも、右手をかざす。
「オレも居るんだけど!」
爪戯の放った極低温の冷気が、花神とその周囲の茨を包み込み、まとめて氷漬けにした。
しかし氷の中、花神は不敵に微笑んでいた。
ピキッ、と嫌な音が響き、爪戯に一筋の汗が流れる。
内側から膨張する茨の力が、氷を砕き始めたのだ。
そしてそのままの勢いで、氷を突き破った茨が二人へと鞭のように襲い掛かる。
大量の茨が地面へと突き刺さり、周囲に土煙が舞い上がった。
「ハッ! 所詮は人間レベル。この程度の氷で俺はやられね──……」
氷から抜け出した花神は、得意げに言葉を紡いでいた。が──……。
「……って居ねぇ!!」
土煙が晴れると、そこに二人の姿は影も形もなかった。
茨が突き刺さっているのは空の地面。
そしてその奥には、彼らが逃げ込んだであろう城の入り口が、ぽっかりと口を開けていた。