半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.114「電解槽」

 城の近くの森の中。岩の前。

 竜神リューが立ちすくむ。対峙するはヤナギの精霊キルキー。

 その横、草むらから様子を窺うのはティー。

 

「……」

 

 リューはキルキーを見たまま黙っていた。

 首輪についた十字架が揺れ、頭の機械耳が不気味に稼働音を立てている。

 

 すると、急に踵を返して走り出した。

 岩をそのままに、城の方角へ向かって走る。

 

「ど……何処に!?」

 

 思わずティーは草むらから顔を出し、叫んだ。

 

「此処に居る必要ないし。君ら放って置いても、この岩は壊されないし」

 

 リューはティーの方へ少しだけ振り向き、緩く答える。

 岩の中にヤナギが閉じ込められているが、今の彼らにはその岩を壊すすべがない。

 

 キルキーは、刃をリューの背中へと突き立てる。

 しかし、刃はリューの肌を通ることなく、硬い音を立てて弾かれた。

 

「無駄」

『っ……!』

 

 リューは短く言うと、そのまま走り続けた。

 

 呪いを解除するには、奴自身をどうにかする必要がある……見失うわけにはいかない──……。

 

 ティーは思考を巡らせる。

 ヤナギを封じている呪い──岩をどうにかする為に、リューを見失うわけにはいかなかった。

 必然、追う。

 

 ◇

 

 城の中。一階の一室。

 台所のような、倉庫のような場所へと出た。

 荘厳な城には似つかわしくなく、薄暗く埃まみれだ。

 

 そこへ逃げ込んできたのは、爪戯(つまぎ)とウミリンゴ。

 

「建物の中まで逃げて来たけど……これからどうする?」

「『あいつを殺す』! それ以外は有り得ないでしょ!」

 

 爪戯の何気ない問いに、ウミリンゴは怒気を強めて叫びながら答える。

 

「この辺りに武器になりそうな物はないの!?」

 

 ウミリンゴは辺りの棚を乱暴に物色し始めた。

 爪戯は止めることはせず、静かに見守った。 

 

「……あいつと、因縁でもあんの?」

 

 爪戯は少し間を置いてから口を開いた。

 ウミリンゴの手にはボロボロの包丁が握られ、その顔は酷く残念なものを見るような目だった。

 

「私の両親を殺し、シュンランを負傷させたのがあいつ」

 

 ウミリンゴはため息をつき、重い事実を説明しだす。

 

「そしてその襲撃の日……あんたの姉兄(きょうだい)に会ったのよ」

 

 ウミリンゴは少し表情を強張らせて答える。

 あいつ──花神に襲撃された日、ウミリンゴは爪戯の姉・爪嵐(そうらん)と、兄・爪雲(そううん)と出会った。

 遠からず、爪戯とも関係があったのだ。

 爪戯の眼がわずかに見開かれる。

 

「なんとしてでも倒したい相手ってことか……」

 

 爪戯はやっと、ウミリンゴの心情と状況を完全に理解した。

 

 右眼を使えば楽にやれるかも? だけど……。

 

 爪戯は思考する。右目を不意打ちで使えば、花神と言えど確実に仕留められる可能性があった。

 

 それじゃ、この人の気が収まらないだろうし……それに、すでに一度使ってしまった。ここぞって時に温存しておきたい。

 

 必死に物色するウミリンゴの背を見ながら、爪戯は右目を使うことをためらった。

 なるべくウミリンゴ自身の手で倒させたいという思いもあった。

 

「でも……植物をアース代わりにされるし、水も有効打にならなさそう……単に水と電気じゃダメとなると、どうするか」

 

 爪戯は右手を口もとへとやり、思考を呟く。

 ウミリンゴの電撃は木で防がれ、爪戯の氷や水も、植物が相手では分が悪い。

 

「……」

 

 ウミリンゴは少しの間、黙っていた。

 そしてしばらくの沈黙の後、背中に括り付けていた重い酒箱を下ろし、爪戯の前に差し出した。

 

「水と電気の定番だけど、()()でいくしかないでしょ!」

 

 ウミリンゴは意を決したように、まっすぐ爪戯を見て言った。

 

「足りない威力は、この呪いがカバーする…………はず……」

 

 ウミリンゴは少し自信なさげに付け加えた。

 酒箱と、その中の酒瓶には、シロホンの『印』がびっしりと刻まれていた。

 

「……」

 

 爪戯は一瞬黙ると、即座に倉庫内の物色を開始した。

 

「いや、パーツが足りない! 使えそうなのは……」

 

「えええ!?」

 

 爪戯の素早い行動と駄目出しに、ウミリンゴは少し困惑し声を上げた。

 

 ◇

 

 城の中を歩く一つの影。

 赤い服に、後ろで髪を三つ編みにまとめた女──花神。

 一つの部屋を見つけると、勢いよく戸を開け放った。

 

「あ~くま!」

 

 花神の挑発的な呼びかけに、返事はない。

 

 建物の中に逃げ込んだと思うんだが……。

 

 そう考えつつ、右手を口元に当てて叫ぶ。

 

「隠れてないで出ておいで~」

 

 叫びながら一歩、部屋へと踏み込む。

 ちゃぷん、と水が波紋を広げ、音を立てた。

 

「あ゛?」

 

 花神も異変に気が付いた。

 

「…………水?」

 

 花神は右足を上げる。

 足元は水浸しだった。右足から雫が垂れる。

 

 パキッと甲高い音を立て、急速に氷が形成されていく。

 床ではなく、花神の入ってきた入り口。それを完全に塞ぐようにして分厚い氷壁ができた。

 

 花神は後ろを振り返る。

 

 入り口をふさがれた!?

 

「なんのつもりだ……?」

 

 花神には相手の思惑が全く分からなかった。閉じ込めてどうするのか。

 すると、異様な音が聞こえてきた。

 

 ブクブクと、金属が水に突き刺さった部分から、大量の泡が形成されていた。

 

「!!」

 

 花神はその「装置」の正体に気が付いた。

 

『ただの電気分解よ』

 

 ウミリンゴの声が響く。花神が気付いた時には、既に遅かった。

 

 十字架を揺らす影が、微笑みながら空から急速に接近していた。

 次の瞬間、凄まじい轟音と共に一室は爆発し、完全に破壊された。

 

 ◇

 

 分厚い壁を盾に、ウミリンゴと爪戯は爆風から身を隠していた。

 周囲を瓦礫が埋め尽くし、濛々たる土煙が舞う。

 

「水を分解して、発生した水素と酸素の混合ガスに引火、爆発させたのよ!」

 

 ウミリンゴは誰に説明するでもなく、興奮気味に言った。

 

「純水だと電気が通らないから、不純物として酒を混ぜたけど……あ~勿体ねえ~!」

 

 ウミリンゴは頭を抱えながら叫んだ。

 飲みたかった酒が消し飛んだことが、何よりも悲しいらしい。

 

「よく知ってたね」と、爪戯が冷静に突っ込む。

 

「まあ、純水に電気が通らないのは経験したし」

「ああ……あの時に」

 

 かつて羽片(うかた)で、ウミリンゴは爪戯と対峙した。

 その時、爪戯は純水を用いて電気を完全に防いでみせたのだ。

 

「今回は逆の発想に至ったってわけ」

 

 今回は不純物を混ぜ、純水でなくした。それで電気は通る。

 それにただの酒ではない。シロホンの『印』によって、爆発の威力を飛躍的に跳ね上げるバフが仕込まれていた。

 

「あんたこそ、よく知ってるじゃない。電極の存在忘れてたわ」

 

 ウミリンゴはしゃがみ込み、爪戯へ素直な賛辞を送る。

 しゃがんでいた爪戯も口を開く。

 

「電極代わりになる金属が、棚に在って良かったよ……辛ほどじゃないけどね、水の性質くらいは勉強してた」

 

 親に認められたくて。と、小さく悲しい理由を付け加えながら、爪戯は答えた。

 

「ま、兎に角……私一人じゃ倒せなかったわ」

 

 ウミリンゴはまっすぐ爪戯を見て、感謝を告げる。

 

「いや、オレは別に……」

 

 爪戯が言いかけると、突如として目を見開いた。

 

 瓦礫の中から、太い木の根がウミリンゴを背後から襲う。

 爪戯は咄嗟にウミリンゴを突き飛ばし、庇った。

 

「!!」

 

 突き飛ばされたウミリンゴが振り返り、目を見開く。

 

 仕方ない……右眼でダメージを返す!

 

 爪戯は木の根に背中を深く突き刺されながらも、魔眼である右眼を開き、己が受けたダメージを相手へと移そうと試みる。

 

 !?

 

 しかし、右眼が捉えたのは、人間の形をした『木で出来た身代わり』だった。

 根はそこから生えていたのだ。

 

 身代わりの後ろから、花神が口を開いた。

 

「雨神戦の報告はちゃんと聞いてるぜ。その右眼で見たものにダメージを返すから、身代わりを立てれば防げるってな!」

 

 羽片での雨神レインとの交戦。

 爪戯は右目を使いダメージを返そうとしたが、分身だったため空振りに終わった。その情報が、神の間で共有されていたのだ。

 

「つーかよォ! もっと早く来いってんだ!! メイン盾!!」

「う~ん……酷い言われようだな~、助けたのに」

 

 身代わりの後ろで、花神が誰かに向かって叫ぶ。

 傍らには、竜神リューが立っていた。

 爆発の瞬間、リューは上空から一直線に降ってきた。

 そして花神の前に立ち、その異常な強度で爆発の威力を完全に防ぎ切ったのだ。まさにメイン盾。

 

「助かってねーんだよ! 髪が吹っ飛んでんだよ!」

 

 花神は爆発の直撃こそ免れたものの、熱波で後ろで編んでいた三つ編みがチリヂリに焼け焦げていた。

 

 爪戯とウミリンゴは「増えてる!?」と絶望に目を見開いていた。

 

「髪のことは君の責任でしょ」

「なにぃ!?」

 

 リューの冷淡な言葉に、花神は声を荒げる。

 

「こんな子供騙しに掛かる君が悪い」

 

 リューの身も蓋もない言葉に、策を練った爪戯とウミリンゴの頬に一筋の汗が垂れる。

 

「自覚しなよ。『花神は弱い』ってことを」

 

 リューは悪びれる様子もなく、緩い表情を作ったまま、味方に向かって残酷な事実を言い放った。

 

「表出ろ!! オラァ!!」

 

 髪の短くなった花神は、敵を忘れて怒気を強め叫ぶ。

 

「何であんたが此処に……」

 

 ウミリンゴの震える声での問い。

 森の岩の前に居たはずの竜神が、今目の前に居る。

 

「花神が勝手に死ぬのは構わないんだけどさ」

「おいっ!」

 

 リューはウミリンゴたちへと向き直り、口を開いた。

 すかさず花神がキレる。 

 

()、欠けられると困るからね。そろそろ準備も整うし」

 

 足元を覆っていた土煙が完全に晴れて行く。

 背中を貫かれた爪戯と、その後ろに庇われたウミリンゴ。

 対峙するは、最強の竜神と、怒れる花神。

 

「ついでに腹ごしらえもしておこうかなと」

 

 リューは獲物を品定めするような目で二人を捉え、無慈悲に言い放った。

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