半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
城の近くの森の中。岩の前。
竜神リューが立ちすくむ。対峙するはヤナギの精霊キルキー。
その横、草むらから様子を窺うのはティー。
「……」
リューはキルキーを見たまま黙っていた。
首輪についた十字架が揺れ、頭の機械耳が不気味に稼働音を立てている。
すると、急に踵を返して走り出した。
岩をそのままに、城の方角へ向かって走る。
「ど……何処に!?」
思わずティーは草むらから顔を出し、叫んだ。
「此処に居る必要ないし。君ら放って置いても、この岩は壊されないし」
リューはティーの方へ少しだけ振り向き、緩く答える。
岩の中にヤナギが閉じ込められているが、今の彼らにはその岩を壊すすべがない。
キルキーは、刃をリューの背中へと突き立てる。
しかし、刃はリューの肌を通ることなく、硬い音を立てて弾かれた。
「無駄」
『っ……!』
リューは短く言うと、そのまま走り続けた。
呪いを解除するには、奴自身をどうにかする必要がある……見失うわけにはいかない──……。
ティーは思考を巡らせる。
ヤナギを封じている呪い──岩をどうにかする為に、リューを見失うわけにはいかなかった。
必然、追う。
◇
城の中。一階の一室。
台所のような、倉庫のような場所へと出た。
荘厳な城には似つかわしくなく、薄暗く埃まみれだ。
そこへ逃げ込んできたのは、
「建物の中まで逃げて来たけど……これからどうする?」
「『あいつを殺す』! それ以外は有り得ないでしょ!」
爪戯の何気ない問いに、ウミリンゴは怒気を強めて叫びながら答える。
「この辺りに武器になりそうな物はないの!?」
ウミリンゴは辺りの棚を乱暴に物色し始めた。
爪戯は止めることはせず、静かに見守った。
「……あいつと、因縁でもあんの?」
爪戯は少し間を置いてから口を開いた。
ウミリンゴの手にはボロボロの包丁が握られ、その顔は酷く残念なものを見るような目だった。
「私の両親を殺し、シュンランを負傷させたのがあいつ」
ウミリンゴはため息をつき、重い事実を説明しだす。
「そしてその襲撃の日……あんたの
ウミリンゴは少し表情を強張らせて答える。
あいつ──花神に襲撃された日、ウミリンゴは爪戯の姉・
遠からず、爪戯とも関係があったのだ。
爪戯の眼がわずかに見開かれる。
「なんとしてでも倒したい相手ってことか……」
爪戯はやっと、ウミリンゴの心情と状況を完全に理解した。
右眼を使えば楽にやれるかも? だけど……。
爪戯は思考する。右目を不意打ちで使えば、花神と言えど確実に仕留められる可能性があった。
それじゃ、この人の気が収まらないだろうし……それに、すでに一度使ってしまった。ここぞって時に温存しておきたい。
必死に物色するウミリンゴの背を見ながら、爪戯は右目を使うことをためらった。
なるべくウミリンゴ自身の手で倒させたいという思いもあった。
「でも……植物をアース代わりにされるし、水も有効打にならなさそう……単に水と電気じゃダメとなると、どうするか」
爪戯は右手を口もとへとやり、思考を呟く。
ウミリンゴの電撃は木で防がれ、爪戯の氷や水も、植物が相手では分が悪い。
「……」
ウミリンゴは少しの間、黙っていた。
そしてしばらくの沈黙の後、背中に括り付けていた重い酒箱を下ろし、爪戯の前に差し出した。
「水と電気の定番だけど、
ウミリンゴは意を決したように、まっすぐ爪戯を見て言った。
「足りない威力は、この呪いがカバーする…………はず……」
ウミリンゴは少し自信なさげに付け加えた。
酒箱と、その中の酒瓶には、シロホンの『印』がびっしりと刻まれていた。
「……」
爪戯は一瞬黙ると、即座に倉庫内の物色を開始した。
「いや、パーツが足りない! 使えそうなのは……」
「えええ!?」
爪戯の素早い行動と駄目出しに、ウミリンゴは少し困惑し声を上げた。
◇
城の中を歩く一つの影。
赤い服に、後ろで髪を三つ編みにまとめた女──花神。
一つの部屋を見つけると、勢いよく戸を開け放った。
「あ~くま!」
花神の挑発的な呼びかけに、返事はない。
建物の中に逃げ込んだと思うんだが……。
そう考えつつ、右手を口元に当てて叫ぶ。
「隠れてないで出ておいで~」
叫びながら一歩、部屋へと踏み込む。
ちゃぷん、と水が波紋を広げ、音を立てた。
「あ゛?」
花神も異変に気が付いた。
「…………水?」
花神は右足を上げる。
足元は水浸しだった。右足から雫が垂れる。
パキッと甲高い音を立て、急速に氷が形成されていく。
床ではなく、花神の入ってきた入り口。それを完全に塞ぐようにして分厚い氷壁ができた。
花神は後ろを振り返る。
入り口をふさがれた!?
「なんのつもりだ……?」
花神には相手の思惑が全く分からなかった。閉じ込めてどうするのか。
すると、異様な音が聞こえてきた。
ブクブクと、金属が水に突き刺さった部分から、大量の泡が形成されていた。
「!!」
花神はその「装置」の正体に気が付いた。
『ただの電気分解よ』
ウミリンゴの声が響く。花神が気付いた時には、既に遅かった。
十字架を揺らす影が、微笑みながら空から急速に接近していた。
次の瞬間、凄まじい轟音と共に一室は爆発し、完全に破壊された。
◇
分厚い壁を盾に、ウミリンゴと爪戯は爆風から身を隠していた。
周囲を瓦礫が埋め尽くし、濛々たる土煙が舞う。
「水を分解して、発生した水素と酸素の混合ガスに引火、爆発させたのよ!」
ウミリンゴは誰に説明するでもなく、興奮気味に言った。
「純水だと電気が通らないから、不純物として酒を混ぜたけど……あ~勿体ねえ~!」
ウミリンゴは頭を抱えながら叫んだ。
飲みたかった酒が消し飛んだことが、何よりも悲しいらしい。
「よく知ってたね」と、爪戯が冷静に突っ込む。
「まあ、純水に電気が通らないのは経験したし」
「ああ……あの時に」
かつて
その時、爪戯は純水を用いて電気を完全に防いでみせたのだ。
「今回は逆の発想に至ったってわけ」
今回は不純物を混ぜ、純水でなくした。それで電気は通る。
それにただの酒ではない。シロホンの『印』によって、爆発の威力を飛躍的に跳ね上げるバフが仕込まれていた。
「あんたこそ、よく知ってるじゃない。電極の存在忘れてたわ」
ウミリンゴはしゃがみ込み、爪戯へ素直な賛辞を送る。
しゃがんでいた爪戯も口を開く。
「電極代わりになる金属が、棚に在って良かったよ……辛ほどじゃないけどね、水の性質くらいは勉強してた」
親に認められたくて。と、小さく悲しい理由を付け加えながら、爪戯は答えた。
「ま、兎に角……私一人じゃ倒せなかったわ」
ウミリンゴはまっすぐ爪戯を見て、感謝を告げる。
「いや、オレは別に……」
爪戯が言いかけると、突如として目を見開いた。
瓦礫の中から、太い木の根がウミリンゴを背後から襲う。
爪戯は咄嗟にウミリンゴを突き飛ばし、庇った。
「!!」
突き飛ばされたウミリンゴが振り返り、目を見開く。
仕方ない……右眼でダメージを返す!
爪戯は木の根に背中を深く突き刺されながらも、魔眼である右眼を開き、己が受けたダメージを相手へと移そうと試みる。
!?
しかし、右眼が捉えたのは、人間の形をした『木で出来た身代わり』だった。
根はそこから生えていたのだ。
身代わりの後ろから、花神が口を開いた。
「雨神戦の報告はちゃんと聞いてるぜ。その右眼で見たものにダメージを返すから、身代わりを立てれば防げるってな!」
羽片での雨神レインとの交戦。
爪戯は右目を使いダメージを返そうとしたが、分身だったため空振りに終わった。その情報が、神の間で共有されていたのだ。
「つーかよォ! もっと早く来いってんだ!! メイン盾!!」
「う~ん……酷い言われようだな~、助けたのに」
身代わりの後ろで、花神が誰かに向かって叫ぶ。
傍らには、竜神リューが立っていた。
爆発の瞬間、リューは上空から一直線に降ってきた。
そして花神の前に立ち、その異常な強度で爆発の威力を完全に防ぎ切ったのだ。まさにメイン盾。
「助かってねーんだよ! 髪が吹っ飛んでんだよ!」
花神は爆発の直撃こそ免れたものの、熱波で後ろで編んでいた三つ編みがチリヂリに焼け焦げていた。
爪戯とウミリンゴは「増えてる!?」と絶望に目を見開いていた。
「髪のことは君の責任でしょ」
「なにぃ!?」
リューの冷淡な言葉に、花神は声を荒げる。
「こんな子供騙しに掛かる君が悪い」
リューの身も蓋もない言葉に、策を練った爪戯とウミリンゴの頬に一筋の汗が垂れる。
「自覚しなよ。『花神は弱い』ってことを」
リューは悪びれる様子もなく、緩い表情を作ったまま、味方に向かって残酷な事実を言い放った。
「表出ろ!! オラァ!!」
髪の短くなった花神は、敵を忘れて怒気を強め叫ぶ。
「何であんたが此処に……」
ウミリンゴの震える声での問い。
森の岩の前に居たはずの竜神が、今目の前に居る。
「花神が勝手に死ぬのは構わないんだけどさ」
「おいっ!」
リューはウミリンゴたちへと向き直り、口を開いた。
すかさず花神がキレる。
「
足元を覆っていた土煙が完全に晴れて行く。
背中を貫かれた爪戯と、その後ろに庇われたウミリンゴ。
対峙するは、最強の竜神と、怒れる花神。
「ついでに腹ごしらえもしておこうかなと」
リューは獲物を品定めするような目で二人を捉え、無慈悲に言い放った。