半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.115「最善手」

 森の中。シロホンが腕を組み立ちすくむ。

 その後ろで、真白(ましろ)(すい)が不安げに控えていた。

 

 そこへ現れたのは、モドキの小さな分身体であるシャチ。

 

「じゃあ連れていくよ」

「早く行け」

 

 モドキが言うと、シロホンも短く答えた。

 モドキの能力で、真白と翠は無事にこの場を離脱した。

 

 二人の気配が完全に消えるのを確認したシロホンは、前を向く。

 

 在庫を聞くのを忘れた……アヴェルスも来ているようだし、機を見て──……。

 

 シロホンは此処に来るまでに何度か死に、吸血鬼の再生能力で蘇っている。

 『在庫』とは血のことである。

 吸血鬼の能力の代償である血液の補給、その切実な問題について考えていた。

 

「あーあ……」

 

 不意に声が聞こえた。

 足音を踏み鳴らし現れたのは、黒髪を一つにまとめ上げた背の高い女。

 

「逃がしてしまったようだね」

 

 シロホンと対峙する女。

 二人の間に風が舞い、木の葉が散る。

 

「まあ、ノルマは達成したようだから……良いかね」

 

 女の言うノルマとは、魂回収のことである。

 

 そのせいで、少しずつ追い詰めるって訳にはいかなくなったがねぇ……。

 

「ところであんたかい? 私の『音』を打ち消したのは」

 

 女が問う。

 音で軍人を操っていたのはこの女──音神である。

 それを逆位相で打ち消したのはティーだが、シロホンは答えない。

 

「はあ? 知らねーよ」

 

 シロホンは怒気を強めながら言い放ち、能力で木琴を展開した。

 宙に木の板が周囲を囲むように広がる。

 

「違うみたいだねぇ」

 

 音神は、シロホンの媒介が木琴であること、それでは自分の音を直接打ち消せないことを看破した。

 

 「音」で強化して、一撃で終わらせる。

 

 シロホンはそう思考し、ステップを踏み込もうとする。

 

 だが、次の瞬間。

 先に蹴撃を入れたのは音神の方だった。

 音を置き去りにするような踏み込みで、シロホンの腹を音神の右脚が深々と射貫く。

 

「!?」

 

 シロホンの眼がわずかに見開かれる。

 

()()()()奏でる時間はやらないねぇ!」

 

 音神は右足をシロホンにめり込ませたまま、軸足である左脚を蹴り上げ、シロホンの顎を下から射貫く。

 強烈なサマーソルトキックがシロホンを襲い、宙へ高々と吹き飛ばされる。

 

 音神は服の袖から優雅に笛を取り出した。

 

 笛を奏で始める。

 その怪しい音色は、空中のシロホンが展開した木の板──木琴を強制的に操りだした。

 

 吹き飛ばされながら上体を起こしたシロホンは、その絶望的な光景を目にする。

 

 あの音、人以外も操れるのか──……!

 

 そう思考するシロホンへ、自身の武器であるはずの木琴が牙をむく。

 無数の重い木の板が、シロホン目掛けて一斉に飛翔する。

 

 地面へ突き刺さる音。

 砂が舞い、大量の赤が飛び散った。

 

「おっと、そろそろ時間かねぇ」

 

 音神は笛をゆっくりとしまう。

 

「もう少し遊んでいたかったんだけどねぇ……」

 

 音神は、自らの木の板に身体を無数に貫かれ、磔のようになったシロホンを一瞥すると、踵を返す。

 

「ん? そう言えば……この顔、どこかで見た気が──……」

 

 そう言い、記憶をたどる。

 シロホンは大量の血を流し、完全に沈黙していた。

 

「! あの子が言ってた奴か──……!」

 

 音神は右手で指を立てると、思いだしたかのように呟いた。

 

 その言葉と重なるように、森の別の位置では、『あの子』と呼ばれた人物が鼻歌交じりに歩いていた。

 手には妖しい容器が握られている。

 

「さて、私も向かうかね」

 

 そう言い残し、音神は立ち去った。

 

 ◇

 

 少しして、シロホンの意識が戻る。

 

 奴の音のせいで、能力の制御もうまくいかなかった……。

 

 身体中に木が刺さった致命傷だらけの状態ながら、冷静に分析した。

 そして能力を解除し、自身に刺さった木を消していく。

 

 流石に死に過ぎた……血が足りない……そう言えばさっきの奴は何処に……血が足りない。血が血が血が血が血血血血血血血血血……。

 

 限界を迎えたシロホンの思考は、猛烈な渇きと血に支配されていく。

 

 血血血血血血血血血血血血血血血血

 ……もう少し思考がまともに動くなら……敵を倒して血を奪うんだが──……。

 

 血血血血血血血血血血血血血血血血

 

 こうなると、むやみに突っ込むことしか出来ん。

 

 右手で顔を覆いながら思考するも、まるでまとまらない。

 

「血……血が……」

 

 このままじゃ味方を……。

 

「血が欲しい……」

 

 襲ってしまう……。

 

 シロホンは自らの右手の甲に深く噛みつき、理性をなんとか保とうとする。

 

「吸血鬼って大変だね~」

 

 不意に、(なぎ)がシロホンの横にひょっこりと現れて言う。

 シロホンは血走った目で、一筋の汗を流して凪を見た。

 

「私の血、あげるよ?」

 

 凪の唐突な提案。その顔は普段通りの緩いものだった。

 

「はあ? ってかいつから……なんで此処に居るんだよ!」

 

 シロホンは何とか理性を繋ぎ止めて問う。

 

「ついさっき来たばかりだけど?」

 

 凪は両手を広げて答える。

 凪は彼に刻まれた呪いを感知し、見事辿り着くことに成功したのだ。

 

「代理で呼びに来ただけよ」

「はあ?」

「敵の呪いの媒介は分かったんだけど、それをどうにかするには、お兄さんのチカラが必要みたいだから……」

 

 凪はウミリンゴから提供された情報を手短に提示した。

 シロホンは少し困り顔で黙った。

 そして、苦しげに口を開く。

 

「あぁ……分かった……分かったから、お前は今すぐ此処を離れろ」

「でも……」

 

 それでもシロホンは断固として、凪にこの場を離れることを指示した。

 

「オレの過去を見たなら知ってるだろ……早く行け。オレが、オレでなくなる前に」

 

 凪はルリの能力で、シロホンの凄惨な過去を見た。

 シロホンは完全に理性を失い人を殺したことはないが、渇きに負けて何度か襲いかけていた。

 

 この人の過去は知っている。味方の血は、アヴェルスって人以外のはなるべく飲みたくないみたい。襲いたくないし、殺したくないから……だと思う。

 

 凪は苦しそうにうなだれるシロホンを見下ろしながら考えていた。

 

「うん、知ってる」

 

 凪は静かに続ける。

 

「そのうえで、提供すると言ってるの!」

 

 凪は右手を胸に当て、左手をすっと差し出しながら力強く言い放った。

 その眼は、一切の恐怖を見せず、まっすぐシロホンを捉えていた。

 

「は?」

 

 シロホンはあっけにとられた。

 

「まあ……私、一応治癒能力持ってるし……いや、あの……加減はして下さい」

 

 凪は両手を合わせて緩い顔つきになり、少しおどけて言った。

 シロホンは沈黙した。

 

「……正直言うとね──……今何が起きているか分からないけど、敵が来てるのは分かる」

 

 敵…あの人……辛君を殺したくないみたいだったけど……。

 

 凪の頭には、城で別れた玄の姿が浮かんでいた。

 

 私の母親が殺された真相を、知ってる気がする……。

 

「だから! なんとしてでも生き延びて! 奴を捕まえる!!」

 

 凪は右手で拳を作ると、決意を込めて宣言した。

 生きて玄に追及する。それが彼女の今の目的だった。

 

 シロホンは凪の突然の宣言に「なんだ急に」と小さく呟いていた。

 

「兎に角、此処を乗り切らなきゃいけないわけでしょ? でも私に出来ることってあまりないから……お兄さんの方が戦力になるし」

 

 凪は再びシロホンへと顔を向ける。

 まっすぐに見据えて。

 

「これが最善手って思ったの」

 

 凪の理路整然とした覚悟と、その言葉の重みを、シロホンはしっかりと受け止めた。

 

「じゃあ……」

 

 そう言い、シロホンは震える左手で、差し出された凪の右手を取った。

 ゆっくりと、自らの口もとへと引き寄せる。

 

「少しだけ……」

 

 そう言い、シロホンは凪の白い腕へと、鋭い牙を立てた。

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