半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.117「柳の下」

 土煙が舞い、青い空を白く染め上げる中。

 急降下から地に降り立ったシロホンが、ゆっくりと一歩踏み込む。

 

「硬いな」

 

 シロホンが忌々しげに低く言った。

 後ろには爪戯とウミリンゴ。二人は息を呑み、黙ったまま事態を観察していた。

 

()()()……無理だったか」

 

 シロホンは煙の奥を見据えて言う。

 

「ちょっと! 破壊出来なかったって!! 呪いを解くには奴(媒介)を破壊しなきゃいけないんでしょ!?」

 

 すかさずウミリンゴが叫びながら、シロホンへと駆けよる。

 シロホンは「うるせぇ……」と呟く。

 

「破壊出来なくても、印付けて上書き出来れば良いだろ!」

 

 シロホンはウミリンゴの言葉にいら立ちを隠すことなく言い放つ。

 呪いを呪いで上書きし、効果を一時的に相殺すればいいだけの話だ。

 そこへ空からティーが下りてきて口を開く。

 

「分かってんじゃん。なら、ちゃんと出来たよな?」

 

 ティーはシロホンの結果を試すように、挑発的に言う。

 

「うるせぇ! 頭の毟るぞ!!」

 

 シロホンが怒気を強め、ティーの頭に生えている蝙蝠の羽を指さして吠えた。

 やがて、煙が完全に晴れていく。

 

「印はつけたが──……すぐに消された」

 

 クレーターの中心で、竜神リューが無言で立ちすくんでいた。

 頭頂部から微かに血が滲んでいたが、ほぼ無傷。

 ただし、特徴的だった頭部の機械耳は、粉々に壊れていた。

 

 リューの後方では、花神が瓦礫に埋まって咳き込んでいた。

 

「……う~ん、この耳介気に入ってたのにな~」

 

 リューは何事もなかったかのように緩い表情を作ると、軽くこぼした。

 

 爪戯は「ってかあの耳取れるんだ!?」と目を丸くしていた。

 

「いや、そうでも無いな」

 

 リューは壊れた人工的な耳介を、ただの装飾として惜しんでいるわけではない。

 花神が瓦礫から顔を出しながら、化け物を見るような呆れた表情を作った。

 

 あいつ全然平気そうじゃない……それに印を消したって……。結局あいつの能力って一体……。

 

 ウミリンゴは冷や汗をかきながら思考していた。

 岩、氷、音、そして呪い──リューの見せた能力が多すぎて、どれが奴の本質なのか分からないからだ。

 

 こんな奴相手に、どうすればいいのよ。

 

 無傷で対峙するリューを前に、ウミリンゴには勝ち筋が見えなかった。

 

 う~ん、大分消耗したから益々お腹が空いて来たけど……。

 

「食料は増えた」

 

 リューは目の前に集まった悪魔たちを見て、残酷な一言をこぼした。

 

「どうすんの!?」

 

 ウミリンゴはシロホンの背に隠れ、その腕をつかんで震える声で言う。

 

「どうするってお前……」

 

 シロホンはどこか余裕を含んだ声で冷静に返す。

 

「……!!」

 

 瞬間。

 リューの足元の地面から突如現れた凶刃が、リューを背中から一突きにした。

 リューの目が見開かれ、信じられないというように視線を背後へと移す。

 

「一瞬無効化出来れば十分だろ。つーか、もっと早く設定変えろよな」

 

 シロホンは腕を組みながら、目の前の影に向かって言った。

 

 ウミリンゴと爪戯は目を丸くし、ティーは「お前はもっと早く来いよ」とシロホンへ突っ込んでいた。

 

 リューの背を貫いた刃が、硬質な音を立てて欠ける。

 

「もう! 何言ってんの? この能力、結構使い勝手が悪いんだよ?」

 

 地面からぬっと出るようにして現れたのは、ヤナギの精霊キルキー。

 そして、その巨大な刃の上に立つのは、声の主──ヤナギだった。

 シロホンの一撃による呪いの上書きで、岩の封印から脱出したのだ。

 

 何故……?

 

 リューは背中の痛みに顔をしかめながら思考する。

 

「おはよう! 朝食トマトの時間だね!」

 

 そう言い、ヤナギが右手をかざす。

 それに合わせ、キルキーが刃をさらに伸ばす。

 

 攻撃が通るようになった……?

 

 リューは自身の『盾』の能力によって、絶対に傷をつけられない存在だったはずだ。

 それがどうしてか、刃が肉を裂き、通るようになった。

 その不可解な現象を考えながら、続く刃を首の皮一枚で避ける。

 無敵のはずの頬に、赤い線が走った。

 

 同時に、キルキーの刃に大きな刃毀れが生じた。

 

 ……!? 刃が壊れた……?

 

 リューは避けながらも、その奇妙な現象をきちんと認識した。

 

 左手をかざし、リューは無数の石礫をヤナギへとぶつける。

 

「効かないって」

 

 ヤナギは退屈そうに答える。

 石礫はヤナギとキルキーの身体を、幻影のように素通りしていく。

 

「う~ん」

 

 リューは瞬時に分析しながら呟く。

 

『すみません、通るようにはなりましたが……』

「ううん、ボクの方こそごめんね? 痛くない?」

『大丈夫です!』

 

 キルキーはボロボロになった刃を自身の手元に引き寄せ、忠誠を示す。

 ヤナギは刃毀れをしたキルキーの刃を労わるように声をかける。

 

 塩神戦の時、触れても塩にはならなかったらしいし……初めにオレに刃を突き立てた時も、刃毀れしていなかった。

 

 リューは事前に、ヤナギと塩神の戦いの情報を得ていた。

 そして自身との初戦で、キルキーの刃が刃毀れ一つ起こしていなかった事実を思い返す。

 

 『設定』……自身の刃の耐久を削るという代償を払って、防御貫通に極振りしたってところかな。そういえばこいつ……。

 

 リューの思考は、ある一つの真実へと至った。

 

「……本当に、厄介なものを残してくれたね。夜神(よるがみ)達も」

 

 リューは首輪の十字架を揺らしながら忌々しげに言った。

 ヤナギは一瞬だけ不愉快だと言わんばかりの顔をした後、すぐにいつもの笑顔を作る。

 

「なんのことか分からないな~♪」

 

 右手の人差し指を立てて、おどけてみせる。

 

「とぼけないでよ~」

「キミは悪いトマトだね!」

 

 リューに核心を突かれるが、ヤナギは話をかわそうとする。

 

「う~ん、その透過能力は悪魔『幽霊』のもの……もう一つ、シンの方の能力は『(うつつ)』だよね?」

 

 リューは自身の結論を披露する。

 

「それらはあの神達(あいつら)と同じ──……『幽霊』の癖に、この世に干渉するなんて……」

 

 あの神──かつて存在した夜神達のことだ。

 

「……? トマト少年、『幽霊』なんだ?」

 

 爪戯は首を傾げながら、素朴な疑問を口にした。

 

「冷凍トマトさん、知らないの?」

「?」

 

 ヤナギの返しに、爪戯はさらに首を傾げる。

 

「柳の木の下には、幽霊が居るんだよ?」

 

 ヤナギの回答──ヤナギという名前の由来である。

 

「あれって女性の幽霊じゃなかったか?」

 

 そうティーが突っ込めば、「それ以上言うな」とシロホンが口を塞ぐ。

 

「ってか、私らも攻撃しなくて良いの?」

 

 ウミリンゴは、敵を前にして悠長にしているこの光景に焦りから突っ込んだ。

 

「攻撃しても通らないよ」

 

 爪戯がすかさず止める。リューの盾で防がれる以上、今この場にはヤナギの『設定変更』以外、リューに攻撃を通すことは叶わないのだ。

 

「んあ!? どういう意味だ!? あいつの能力なんだよ!」

 

 瓦礫を押しのけながら、花神が訳が分からないと叫ぶ。

 

「う~ん、ざっくり言うと、『設定』をいじれるって感じかな?」

 

「なんだよ! そのメタっぽい発言は!」

 

 リューの身も蓋もない説明に、思わず突っ込む花神。

 

「……」

 

 ヤナギは黙ったまま、リューの言葉を聞いていた。

 

「現実歪めてんだよね? でも、効果範囲は相当狭そうだけどね」

 

 リューはヤナギの弱点を見抜き、どこか余裕の表情で言い放った。

 ヤナギの眼が、微かに細まった。

 

 キルキーが頭上を取り、上から刃を力任せに振り下ろした。

 リューは前へ大きく倒れこむ。

 

 一瞬の出来事に花神の目が見開かれる。

 

 しかし、倒れこむリューは微笑んでいた。

 異能の強烈な気配。

 

 ヤナギはそれを瞬時に察知した。

 

 リューはうつ伏せに倒れながらにして、口から凄まじい威力の砲撃を放った。

 

 !? あの態勢のまま……狙いは──……!

 

 キルキーに一筋の冷や汗が流れる。

 リューの砲撃の狙いは、ヤナギではない。自身の背後に居た存在、爪戯たちだ。

 

「ハクレイ!!」

 

 ヤナギがその名を叫ぶと、砲撃の直前、爪戯たちの目の前にもう一体の精霊──ハクレイが現れた。

 右手をかざし、空中に不可視の文字を高速で書き連ねる。

 

 ◇

 

 轟音が響く森の中。

 

「おお! やってるやってる~」

 

 木々の間から青い空を見上げる影があった。

 

「この方角で合ってそうですね」

 

 そう言いながら軍帽を被り、血まみれになった誰かの身体を片手で引きずって歩くのは──水神ウル。

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