半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.119「真暗闇」

 北王(ほくおう)と対峙する鍵神。

 その間に、燦秋(さんしゅう)を背負った鮫神が現れた。

 

 地面を重く踏み鳴らす音が鳴り、風が吹いた。

 

「やっと来たか、鮫神」

 

 鍵神は布で隠れていない右眼で鮫神を捉えると、低く呟いた。

 

「許せよ」

 

 右眼を眼帯で覆う黒づくめの男──鮫神。

 その唐突な登場を、北王は警戒し睨みつける。

 

「国を往ったり来たりしたんだぜ?」

 

 鮫神は()の国郊外の戦場から、今いるこの地点、(きゅう)の国へと国をまたいでの大移動をしていたのだ。

 

「まあいい、少し待ってろ。今片付ける」

 

 鍵神が言った。

 近くには、雨神レインが運んできた謎の箱と、地に倒れ伏す(かのと)(くろ)の姿があった。

 

「だーかーら、駄目だって言ってんだろ」

 

 鮫神が面倒そうに止める。

 「言われてない」と鍵神は小さく突っ込んだ。

 

「もうすぐ儀式開始すんだよ!」

「……」

 

 神には真の目的があり、それが今まさに行われようとしていた。

 そのために、鮫神は無駄な戦闘を止めに入ったのだ。

 

()()()と同じ右眼を持っているからと言って、調子に乗るなよ」

 

 鍵神は冷静だが、苛立ちを含んだ低い声で言った。

 

「乗ってねーし」

 

 鮫神は半ば呆れたように返す。

 

「ろくに使えん借りものが!」

 

 鍵神は怒気を強め叫ぶ。

 

「お前も使いこなしてねーだろ、自前の癖に!」

 

 鮫神は右手の人差し指で鍵神を指さして言い返した。

 

 これはどうしたら……?

 

 敵同士の口論を後ろで見ていた北王は、困惑した。

 だが次の瞬間、無数の影が二人の神へと牙を剥いて襲い掛かった。

 

「玄か」

 

 鍵神は軽く呟くと、左手を振る。

 手刀による不可視の斬撃で、迫る影をあっさりと両断して見せた。

 

「悠長に会話してんじゃねぇ! 的な?」

 

 口調こそいつもの飄々とした玄だが、その目はひどく冷静で、真剣だった。

 ゆっくりと立ち上がり、懐からは凪が落とした短剣が音を立てて転がり落ちた。

 

「裏切るつもりか」

 

 鍵神が問う。

 

「悪魔を裏切った奴に言われたくない。闇神の件も、許さん」

 

 立ち上がった玄は、足元の影をどす黒くうねらせる。

 

「その怪我……」

 

 横から北王が心配そうに声をかけた。

 玄はレインの矢によって胸から肩を負傷していた。

 服は赤く滲んでいる。

 

「大丈夫」

 

 玄は前の敵を見据えたまま短く言った。

 

「やっと調子が上がってきた!」

 

 玄は影を前方、神達へと向ける。

 闇使いは『病み使い』。肉体に傷を負うほど、精神的に負荷がかかるほど、その能力は強大になる。

 

「こんなもの」

 

 鍵神は右手を振り、手刀で容赦なく影を斬る。

 

「鮫神、そこの箱を持って退避しろ」

「仕方ねーな」

 

 鍵神の指示で、背後の鮫神が駆け出し、謎の箱へと接近する。

 玄の影が、箱を手に取った鮫神へと迫る。

 影の一撃が、鮫神の持っていた箱へと命中した。

 

 箱の一部が壊れ、中身が露わになる。

 

 北王の眼が見開かれた。

 壊れた箱の中に、探し求めていた存在──(ひのと)の姿があったからだ。

 手足をきつく縛られ、口を塞がれた痛々しい姿。

 

「チッ」

 

 鮫神は舌打ちをした後、箱の中身──丁を強引に抱きかかえ、その場を素早く後にする。

 

 鍵神に肉薄した玄が、激しく斬りあう。

 

 今のは丁……。あいつら……。

 

 丁のまさかの登場に驚き焦る北王だが、目の前の戦闘に集中するため、そして倒れた息子を案じて辛へと駆け寄りしゃがむ。

 

 追いたいところだが……まずは辛を──……。

 

 そう思い辛を見る。そして、辛の身体に起きている微かな変化に気づいた。

 

 ◇

 

 此処は、辛の精神世界。

 

「丁が居る……? しかし、身体が動かせない……」

 

 現実の辛は地に伏し、レインの『妖操作』によって筋肉の微細な動きまで封じられていた。

 

「弟君は今回の目的に利用される。あ、精神お邪魔しま~す」

「……!」

 

 そこへ現れたのは玄だった。

 病み使いの彼は、他者の精神をも蝕む使い手だ。しかし今回は、病ませる目的で干渉して来たわけではない。

 

「玄……」

「でもまずは、目の前の神をどうにかしないと……特にあの片目反転目は、キミを本気で殺したがってるし」

 

 辛が振り返り名を呟くと、玄はいつになく真剣な表情で答えた。

 片目反転目とは鍵神のことである。

 執拗に辛の命を狙っている厄介な敵だ。

 

「奴は……?」

「奴は『鍵神』であり、悪魔『死神』でもある」

「!?」

 

 玄が衝撃の事実を答える。

 六年前、悪魔から裏切者が出た。その一人が現在の鍵神なのだ。

 

「悪魔を裏切って神側についたらしい……『死神』の能力で、あらゆるものを斬ることが出来るって言われてるけど……」

 

 玄が説明を続ける。

 北王が細胞の治癒能力ごと斬られたのは、神の力ではなく、悪魔『死神』の凶悪な能力あってこそのものだったのだ。

 

「正確には『眼が良い』ってことらしい。物を見ると、斬れる『境界線』が視えるとかなんとか……その境目をシャってすると、スパって斬れるらしい」

 

 玄は身振り手振りを交えて説明を続けた。

 圧倒的な視力。それが死神の能力の本質。

 

「『眼』を使いこなせる者は、遠視や透視も出来るって。また光の少ない場所でも視ることが可能で、物理的に潰しても眼だけは再生する──……」

 

 玄の恐ろしい説明を、辛はずっと黙って聞き入れた。

 

「でもまあ……」

 

 玄は思い返す。

 かつてレイン、ウル、そして鍵神が密談していた時のことを。

 その時、玄は影に隠れてその会話を聞いていた。

 

「隠れていたオレに気づいてなかったようだし、あいつはまだあの眼を使いこなせていない方らしい。付け入る隙はある」

 

 玄には確信があった。堂々と言ってのける。

 

「オレが奴の注意を引き付ける。辛君は機を見て奴を──……」

 

 黙ったままの辛を相手に、玄は作戦を続ける。

 

「だから今はまだ動かないで。流石に下手に動くと『眼』で捉えられるかもしれないから」

「……いや……」

「あ、一応短剣は利子付けて返すよ」

「……でも」

 

 玄の言葉に、辛は何か言いたげに口を挟もうと試みた。

 

「雨神って奴の能力のせいで、動けない……」

 

 辛は半分が妖だ。

 雨神の「妖操作」に抗えず、今、指一本動かすことが出来ない。

 その切実な吐露を聞き、玄は優しく微笑んで口を開いた。

 

「大丈夫、大丈夫。キミは、()()()人間なんだから」

 

 玄の、何気ない言葉。

 それは、辛は化け物ではない、そう断言してくれる暖かな言葉だった。

 辛の表情は一切変化しなかったが、冷え切っていた心の奥底で、人間としての自我が微かに熱を帯び、呪縛を焼き切るような感覚があった。

 

 ◇

 

 現実世界。

 

「無駄だ」

 

 鍵神が冷酷に言い放つ。

 

 もっと……。

 

 玄は負荷に耐えながら、影の刃で鍵神を執拗に斬りつける。

 鍵神は当然、手刀でその影を容易く斬り裂いていく。

 激しい斬りあいが続く。

 

 だが、鍵神の後ろに落ちた『斬り飛ばされた影』がうごめく。

 後ろから鍵神の死角を狙う──が、鍵神の眼はそれすらも見通した。

 

 斬り落とした影も操りだしたか……小賢しい。

 

 そう思いながら、左手の手刀で背後の影を斬り払う。

 

 次の瞬間、前方から伸びてきた本命の影が、鍵神の四肢を捕えだす。

 

 速度が上がった……!?

 

 さらに加速した影が、鍵神の周囲をドーム状に覆っていく。

 

 オレは、消耗するほど強くなるんだよ。

 

 そう思いながら、玄は完全に鍵神を『影の壁の中』へと捕縛し、閉じ込めた。

 

「閉じ込められたか。しかし、こんなものすぐ斬って……」

 

 影の中、囚われた鍵神はすぐに決定的な異常事態に気が付く。

 

「物を見るには『光』が必要だ。死神の眼なら光量の少ないところでも光を捉えるらしいね。でも、そこは完全な暗闇……」

 

 影の外から玄が声をかける。

 光量ゼロの漆黒の世界では、まだ使いこなせていない「死神の眼」では、いかなる境界線も見ることはできない。見えなければ、斬れない。

 

「光は無い。闇だ」

 

 玄は続ける。

 

「思った通り」

 

 妖操作の呪縛を自らの意志で破った辛が、玄の声に合わせるように立ち上がる。

 

「流石に光量ゼロでは」

 

 辛は地面に落ちていた短剣を握りしめる。

 

「無力みたいだね」

 

 鍵神の右眼が見開かれた。

 辛は、玄の『闇』を纏った短剣を、影のドームごと全力で横一文字に振り抜く。

 

 一閃。

 

 短剣から伸びた影の刃が、鍵神のいる空間ごと両断した。

 

「短剣に、影を纏わせて……!?」

 

 北王が驚愕に目を見開いて言った。

 

 念には念を入れて、意表をついて辛君に攻撃してもらったけど……金属の刃だと、斬る瞬間にわずかに光が入る可能性があったから、オレの能力で影を纏わせた──……。

 

 玄が己の策を反芻する。

 死角からの攻撃。そして、影を纏わせることで、わずかな光の侵入すらも許さずに斬り裂く。

 それが、死神の眼に対抗する唯一にして最善の手段だと考えたからだ。

 

 完璧な一撃だった。

 

 だけど……。

 

「……!」

 

 玄の思考と重なるように、辛が気付く。

 勝利を確信したはずの二人の眼が、同時に細まった。

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