半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
その間に、
地面を重く踏み鳴らす音が鳴り、風が吹いた。
「やっと来たか、鮫神」
鍵神は布で隠れていない右眼で鮫神を捉えると、低く呟いた。
「許せよ」
右眼を眼帯で覆う黒づくめの男──鮫神。
その唐突な登場を、北王は警戒し睨みつける。
「国を往ったり来たりしたんだぜ?」
鮫神は
「まあいい、少し待ってろ。今片付ける」
鍵神が言った。
近くには、雨神レインが運んできた謎の箱と、地に倒れ伏す
「だーかーら、駄目だって言ってんだろ」
鮫神が面倒そうに止める。
「言われてない」と鍵神は小さく突っ込んだ。
「もうすぐ儀式開始すんだよ!」
「……」
神には真の目的があり、それが今まさに行われようとしていた。
そのために、鮫神は無駄な戦闘を止めに入ったのだ。
「
鍵神は冷静だが、苛立ちを含んだ低い声で言った。
「乗ってねーし」
鮫神は半ば呆れたように返す。
「ろくに使えん借りものが!」
鍵神は怒気を強め叫ぶ。
「お前も使いこなしてねーだろ、自前の癖に!」
鮫神は右手の人差し指で鍵神を指さして言い返した。
これはどうしたら……?
敵同士の口論を後ろで見ていた北王は、困惑した。
だが次の瞬間、無数の影が二人の神へと牙を剥いて襲い掛かった。
「玄か」
鍵神は軽く呟くと、左手を振る。
手刀による不可視の斬撃で、迫る影をあっさりと両断して見せた。
「悠長に会話してんじゃねぇ! 的な?」
口調こそいつもの飄々とした玄だが、その目はひどく冷静で、真剣だった。
ゆっくりと立ち上がり、懐からは凪が落とした短剣が音を立てて転がり落ちた。
「裏切るつもりか」
鍵神が問う。
「悪魔を裏切った奴に言われたくない。闇神の件も、許さん」
立ち上がった玄は、足元の影をどす黒くうねらせる。
「その怪我……」
横から北王が心配そうに声をかけた。
玄はレインの矢によって胸から肩を負傷していた。
服は赤く滲んでいる。
「大丈夫」
玄は前の敵を見据えたまま短く言った。
「やっと調子が上がってきた!」
玄は影を前方、神達へと向ける。
闇使いは『病み使い』。肉体に傷を負うほど、精神的に負荷がかかるほど、その能力は強大になる。
「こんなもの」
鍵神は右手を振り、手刀で容赦なく影を斬る。
「鮫神、そこの箱を持って退避しろ」
「仕方ねーな」
鍵神の指示で、背後の鮫神が駆け出し、謎の箱へと接近する。
玄の影が、箱を手に取った鮫神へと迫る。
影の一撃が、鮫神の持っていた箱へと命中した。
箱の一部が壊れ、中身が露わになる。
北王の眼が見開かれた。
壊れた箱の中に、探し求めていた存在──
手足をきつく縛られ、口を塞がれた痛々しい姿。
「チッ」
鮫神は舌打ちをした後、箱の中身──丁を強引に抱きかかえ、その場を素早く後にする。
鍵神に肉薄した玄が、激しく斬りあう。
今のは丁……。あいつら……。
丁のまさかの登場に驚き焦る北王だが、目の前の戦闘に集中するため、そして倒れた息子を案じて辛へと駆け寄りしゃがむ。
追いたいところだが……まずは辛を──……。
そう思い辛を見る。そして、辛の身体に起きている微かな変化に気づいた。
◇
此処は、辛の精神世界。
「丁が居る……? しかし、身体が動かせない……」
現実の辛は地に伏し、レインの『妖操作』によって筋肉の微細な動きまで封じられていた。
「弟君は今回の目的に利用される。あ、精神お邪魔しま~す」
「……!」
そこへ現れたのは玄だった。
病み使いの彼は、他者の精神をも蝕む使い手だ。しかし今回は、病ませる目的で干渉して来たわけではない。
「玄……」
「でもまずは、目の前の神をどうにかしないと……特にあの片目反転目は、キミを本気で殺したがってるし」
辛が振り返り名を呟くと、玄はいつになく真剣な表情で答えた。
片目反転目とは鍵神のことである。
執拗に辛の命を狙っている厄介な敵だ。
「奴は……?」
「奴は『鍵神』であり、悪魔『死神』でもある」
「!?」
玄が衝撃の事実を答える。
六年前、悪魔から裏切者が出た。その一人が現在の鍵神なのだ。
「悪魔を裏切って神側についたらしい……『死神』の能力で、あらゆるものを斬ることが出来るって言われてるけど……」
玄が説明を続ける。
北王が細胞の治癒能力ごと斬られたのは、神の力ではなく、悪魔『死神』の凶悪な能力あってこそのものだったのだ。
「正確には『眼が良い』ってことらしい。物を見ると、斬れる『境界線』が視えるとかなんとか……その境目をシャってすると、スパって斬れるらしい」
玄は身振り手振りを交えて説明を続けた。
圧倒的な視力。それが死神の能力の本質。
「『眼』を使いこなせる者は、遠視や透視も出来るって。また光の少ない場所でも視ることが可能で、物理的に潰しても眼だけは再生する──……」
玄の恐ろしい説明を、辛はずっと黙って聞き入れた。
「でもまあ……」
玄は思い返す。
かつてレイン、ウル、そして鍵神が密談していた時のことを。
その時、玄は影に隠れてその会話を聞いていた。
「隠れていたオレに気づいてなかったようだし、あいつはまだあの眼を使いこなせていない方らしい。付け入る隙はある」
玄には確信があった。堂々と言ってのける。
「オレが奴の注意を引き付ける。辛君は機を見て奴を──……」
黙ったままの辛を相手に、玄は作戦を続ける。
「だから今はまだ動かないで。流石に下手に動くと『眼』で捉えられるかもしれないから」
「……いや……」
「あ、一応短剣は利子付けて返すよ」
「……でも」
玄の言葉に、辛は何か言いたげに口を挟もうと試みた。
「雨神って奴の能力のせいで、動けない……」
辛は半分が妖だ。
雨神の「妖操作」に抗えず、今、指一本動かすことが出来ない。
その切実な吐露を聞き、玄は優しく微笑んで口を開いた。
「大丈夫、大丈夫。キミは、
玄の、何気ない言葉。
それは、辛は化け物ではない、そう断言してくれる暖かな言葉だった。
辛の表情は一切変化しなかったが、冷え切っていた心の奥底で、人間としての自我が微かに熱を帯び、呪縛を焼き切るような感覚があった。
◇
現実世界。
「無駄だ」
鍵神が冷酷に言い放つ。
もっと……。
玄は負荷に耐えながら、影の刃で鍵神を執拗に斬りつける。
鍵神は当然、手刀でその影を容易く斬り裂いていく。
激しい斬りあいが続く。
だが、鍵神の後ろに落ちた『斬り飛ばされた影』がうごめく。
後ろから鍵神の死角を狙う──が、鍵神の眼はそれすらも見通した。
斬り落とした影も操りだしたか……小賢しい。
そう思いながら、左手の手刀で背後の影を斬り払う。
次の瞬間、前方から伸びてきた本命の影が、鍵神の四肢を捕えだす。
速度が上がった……!?
さらに加速した影が、鍵神の周囲をドーム状に覆っていく。
オレは、消耗するほど強くなるんだよ。
そう思いながら、玄は完全に鍵神を『影の壁の中』へと捕縛し、閉じ込めた。
「閉じ込められたか。しかし、こんなものすぐ斬って……」
影の中、囚われた鍵神はすぐに決定的な異常事態に気が付く。
「物を見るには『光』が必要だ。死神の眼なら光量の少ないところでも光を捉えるらしいね。でも、そこは完全な暗闇……」
影の外から玄が声をかける。
光量ゼロの漆黒の世界では、まだ使いこなせていない「死神の眼」では、いかなる境界線も見ることはできない。見えなければ、斬れない。
「光は無い。闇だ」
玄は続ける。
「思った通り」
妖操作の呪縛を自らの意志で破った辛が、玄の声に合わせるように立ち上がる。
「流石に光量ゼロでは」
辛は地面に落ちていた短剣を握りしめる。
「無力みたいだね」
鍵神の右眼が見開かれた。
辛は、玄の『闇』を纏った短剣を、影のドームごと全力で横一文字に振り抜く。
一閃。
短剣から伸びた影の刃が、鍵神のいる空間ごと両断した。
「短剣に、影を纏わせて……!?」
北王が驚愕に目を見開いて言った。
念には念を入れて、意表をついて辛君に攻撃してもらったけど……金属の刃だと、斬る瞬間にわずかに光が入る可能性があったから、オレの能力で影を纏わせた──……。
玄が己の策を反芻する。
死角からの攻撃。そして、影を纏わせることで、わずかな光の侵入すらも許さずに斬り裂く。
それが、死神の眼に対抗する唯一にして最善の手段だと考えたからだ。
完璧な一撃だった。
だけど……。
「……!」
玄の思考と重なるように、辛が気付く。
勝利を確信したはずの二人の眼が、同時に細まった。