半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
ヤナギたちを覆っていた黒い靄が晴れていく。
一瞬の静寂が訪れる。
「三人とも居ないな」
ティーが真っ先に口を開いた。
リュー、ウル、花神の姿が完全に消えていた。
シロホンは腕を組み、黙ったままその場に佇んでいる。
「逃げた?」
「植物の奴には個人的に恨みがあるのに!! 殺し損ねた!」
ウミリンゴが頭を抱えて悔しげに叫んだ。
「そう遠くへは行ってないっぽい」
ティーは頭の羽で微かな音を拾いながら言う。
「どうする? 追う?」
「勝てないけど良い?」
爪戯が問うと、ヤナギが間髪入れずに即答した。
「トマト少年、途中から奴に刃通せてたじゃん?」
爪戯は、ヤナギの能力による攻撃がリューに通用したことを指摘した。
「でも耐久を削りすぎたからね。再設定したいけど、ちょっとね~」
ヤナギは右手の人差し指を頬に当てて、困ったように言う。
「あのトマトを殺す方法は浮かんでるけど」
ヤナギには、リューを倒す算段がある。
けれど、それを実行するには時間が欲しかった。
そんなヤナギの真意を知らない爪戯は首を傾げる。
「でも何かを企んでるんだろ? あいつら」
「……」
ティーが低く言う。
あいつら──神側が何か大規模なことを企んでいることは確かだ。
黙っていたシロホンが、重い口を開く。
「何を企んでいるかは知らんが、奴が魂を回収していたな」
「奴?」
「……あ」
シロホンの言葉にティーが反応を示すと、シロホンは『口が滑った』と言わんばかりに小さな声を漏らした。
しばし沈黙。
「言えよ!!」
ティーが思わず突っ込む。
シロホンは一瞬躊躇したが、観念する。
「
奴とは、ゼニスの弟のことであり、その正体は『鍵神』。
シロホンの言葉を聞いた瞬間、ヤナギが不気味に微笑んだ。
「それを早く言えよ、トマト飲み野郎」
ヤナギの冷酷な発言に合わせ、精霊キルキーがシロホンを容赦なく殴り飛ばした。
ヤナギとゼニスの間の深い因縁を知らない爪戯とウミリンゴは、突然の内輪揉めに首を傾げた。
「さ~て、行こうか!!」
ヤナギは城の方を向き、殺意を隠さずに言った。
「あの裏切り者を、この手で殺さないと気が済まない」
◇
ヤナギの言葉と重なるように、場面は城の下層の森の中──
闇を纏った短剣と影の刃に捕らえられ、確かに空間ごと斬ったはず──しかし、鍵神は無傷だった。
左眼を覆っていた布が取れ、隠されていた左眼があらわになる。
右眼は異様な反転目だが、左眼は普通の眼のように見えた。
切断できていない!?
少し離れた位置から見守っていた
対峙する辛と
「貴様らは生かしておけん」
鍵神は殺意を剥き出しにし、右手を振ろうと構えを取る。
「ちょっと待ちな!」
そう言いながら突如現れたのは、背の高い女──音神。
「後にしな!」
そう言い放つなり、音神は鍵神の首の後ろを乱暴に掴むと、反論を許さずそのまま引きずって離脱した。
「!?」
嵐のように現れ、嵐のように去って行った音神を見て、思わず北王が硬直する。
「待っ……」
辛が後を追おうとするが、激しい眩暈に襲われ片膝をつく。
無理をし過ぎた……。
辛は自分の身体と相性の悪い「火」を全力で使い、さらにレインの妖操作という呪縛を精神力で強引に突破した。
反動が来るのも無理はない。
「オレ先に行……」
「おい」
玄が先行しようと立ち上がった瞬間、北王が低く呼び止める。
「奴らの目的はなんだ?」
北王は辛の傍に行き、再び治癒を施しながら問う。
「…………奴らは──……」
◇
城内。
そこに、鮫神が立ちすくむ。
闇神は離反か……オレも
鮫神はそう考えながら、蝶神のことを思い出していた。
「…………」
無言で考える鮫神の足元には、
そういや、同じ模様──……。
鮫神は、北王の顔にある奇妙な模様と、蝶神の顔にあった模様が同じことに気が付いた。
その時、玄によって壊された壁の穴を越えて、城内に入ってくる影があった。
「なんとか逃げ出せた……」
その影は膝をつき、息も絶え絶えに言う。雨神レインだ。
「本当に、全部折られるところだった……」
レインは頭を抱えてうずくまる。
アヴェルスと交戦していたが、あの狂った吸血鬼から命からがら逃げてきたようだ。
「わ~レイン君、頭抱えてどうしたんですか~?」
入り口から水神ウルが両手を広げ、「癒して差し上げますよ~?」と嬉々として付け加えながら登場した。
「ウザっ!!」
レインは怒気を強めて吐き捨てる。
ウルの後ろに続くのは、リューと花神。
「良いから早く始めて帰ろうぜ!!」
膝に手を置いて、息を切らしながら花神が言う。
「う~ん、耳、こんな感じ?」
リューは能力で耳介を形成し、元の形を再現して遊んでいた。
「え~余力あったら遊びたい! シロホン来てるから!」
壁を軽やかに乗り越え現れたのはゼニス。
「あいつら殺す」
「懲りないねぇ」
そして、音神と、首根っこを引っ張られてきた鍵神。
ゼニスの手には妖しい容器。
中には、美しくも禍々しい『翅』が入っている。
「魂は?」
鮫神が問うと、鍵神は腕にぶら下げていた鍵を手に持ち操作する。
カチッと音が鳴り、空間から無数の魂が解放される。
「此処に」
魂は霧散しないように、あらかじめ用意された結界の箱の中にとどまっていた。
「おら! 起きろ! 揃えたぞ!!」
「うにゃ~」
花神は座る燦秋に近づくと、暢気に寝ているのを確認して乱暴に起こす。
「ってか本当にこんな奴が!?」
花神は燦秋のあまりの覇気のなさから疑いを持ち、鮫神に問いかける。
「
鮫神が確信を持って答える。
撃神は『悲願』を達成するため、燦秋を捕え利用しようとしていた。
だが、悪魔と辛達に阻まれたのだ。
燦秋は目を覚ますと、天使のように無垢に微笑んだ。
「霊魂を呼び出すのに最適なこの場所。この世に繋ぎとめる対価には、戦死した魂数多──……」
燦秋は立ち上がり、辺りの魂を見渡しながら歌うように言う。
「発動に必要な『シン』は、
そして、地に転がる丁を見ながら口を開く。
「器と、器に足りない要素は、その翅が補う──……」
器は半妖の丁。そしてゼニスの持つ翅が、器を完成させるための鍵。
「いいよ。材料を揃えた褒美に、願いを叶えてあげる」
禁忌の儀式が、今まさに始まろうとしていた。