半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
No.125「不機嫌」
屋敷の一室で、一人の少女が横たわっていた。
規則的な電子音を立てる機械に繋がれ、ただ眠り続ける彼女の傍らで、デュオラスは静かに腰を下ろしている。
「……だけど、必ずとってみせる」
少女に誓いを立てるように呟き、彼は部屋を後にした。
◇
「そう言えば、ご主人様~なんで急に居なくなったんですか?」
別室。床にだらしなく座り込んだモドキが、菓子を頬張りながらアヴェルスを見上げる。
口元に食べかすをつけたまま、さらに不満を漏らした。
「おかげで、呼びに行く羽目になったんですけど~!!」
椅子に深く腰掛けていたアヴェルスは、グラスに刺したストローから口を離す。
「『材料』の仕入れだ。大分減ってたのを思い出してな」
水神ウルに対抗するための武器。その素材を調達するために出向いていたのだという。
「気持ち悪っ……味は分からんが」
アヴェルスはグラスの中の赤い液体──血液を見つめ、深いため息をついた。
味覚を失っている彼に血の味は分からない。だが、過去の凄惨な記憶が、他者の血を啜るという行為そのものに強い嫌悪感を抱かせていた。
「……まだ出来てなかったんです、かっ!?」
対ウルの切り札が未完成であることにモドキが言及した瞬間、鈍い音が響いた。アヴェルスがグラスの底でモドキの脳天を叩き据えたのだ。
「うおおおおおおおおおん」
モドキの悲痛な叫び。
涙目でわめくモドキを冷たく見下ろし、アヴェルスは吐き捨てる。
「『シン』とはまた違った加工のしづらさなんだよ」
「へ、へー……」
主の苦しい言い訳を、モドキは適当に聞き流した。
「でも、あいつ……居なかったな」
アヴェルスは視線を上げ、虚空を見つめながら呟いた。
◇
屋敷の中庭では、シロホンが
その光景を、
「悪いのは神……今、そう考えているね」
不意に隣へ並び立ったデュオラスが、凪の心中を読み取って口を開いた。
「あーいや……ははは、あの人たちも神の犠牲者だし……」
突然の指摘に驚き、凪は慌てて取り繕う。
シロホンたちもまた、神の理不尽によって大切なものを奪われた存在だ。
「……なるほど。あの
デュオラスが再び凪の思考を代弁する。
凪の目が大きく見開かれた。
「まだその人に話聞いてないから、何とも言えないけど……」
前回の
内心の動揺を抑えながら、凪は答える。
「ああ、ごめん。オレ、この能力を完璧に使いこなせてるわけじゃなくて……」
「……?」
デュオラスが困ったように頬を掻く。
「たまに制御がきかなくて……考えてることを覗かれるのは嫌だろうけど……」
「あ、いえ……」
心を読み取る能力。しかし、読もうとせずとも勝手に流れ込んでくることがあるらしい。
「あの……
「キミまで兄さま呼びなの!?」
凪は純粋な疑問を投げかけた。
悪魔の多くが神に虐げられた過去を持つ。彼もまた、神の被害者なのだろうか。
「……オレの場合は、尊敬する人が……かな」
デュオラスは少し遠くを見るように答えた。
自身ではなく、尊敬する人物が神の犠牲になったのだという。しかし、その言葉の真意を凪が測りきることはできなかった。
「えっ!?」
素っ頓狂な声を上げる凪を置いて、デュオラスは踵を返した。
「さて、玄って人に会いに行こうか」
「ええっ!?」
足早に歩き出す彼を、凪は慌てて追いかけた。
◇
「あの場所の特定方法?」
玄のいる部屋には、すでに面々が集まっていた。
「王の居たあの場所、蘇生に利用できる場所……気場なんてそう沢山ないし、ある程度は居場所の候補は絞ってあって──……」
椅子の上で胡座をかいた玄が、淡々と説明を始める。
その傍らで、爪戯は静かに腰掛け、ウミリンゴはテーブルに突っ伏して「わ~ん私の可愛いお酒ちゃ~ん」と嘆いている。
そんな彼女を見下ろしながら、ティーが薬を咥えたまま「酒の何が良いの?」と冷たく言い放つ。
床ではヤナギが体育座りをし、スズノが一人でカード遊びに興じていた。
「あとはキミの、王と一緒に居た時の記憶を見て……日の角度とか日没の時間とか、背景に見える物とかから更に絞っていく感じで……」
闇の能力で凪の精神に介入し、記憶という断片的な視覚情報から環境条件を割り出す。
「へ……へー……? ? ?」
説明を受けた凪は、要領を得ない様子で首を傾げた。
隣で話を聞いていたデュオラスの顔に、思考の影が落ちる。玄は緩い笑みを浮かべていた。
「日か……」
デュオラスが小さく呟く。
「何? 何?」
玄が興味深げにデュオラスを指差した。
「この人心が読めるらしいですよ」
凪が玄に耳打ちする。
彼から読み取れた光景から少しだけ分かった……確かに『そこ』なら長年見つけられなかった理由の説明もつく。
デュオラスは視線を上げ、頭の中で情報を組み立てていく。
「でもまだ正確な位置は──……確認する手段も行く方法もない」
モドキさんの能力を駆使してなんとかならないか……?
優れた空間移動能力を持つモドキを活用する術を模索し始めたときだった。
「言っておくが、セーブルは居なかったぞ」
不意に扉が開かれ、モドキの背に乗ったアヴェルスが室内に言い放った。
モドキは「ねーねーところでご褒美の最高級お肉は~?」と尻尾を振りながら歩を進める。
ヤナギがすかさず「ボクはトマトが良いな」と便乗した。
「理解が早くて助かります」
デュオラスが落ち着いた声で返す。
「いや、お前……読んで知ってやがったな」
デュオラスが事前に心を読み、標的が不在であることを把握していたことにアヴェルスが気づく。
「すみません」
デュオラスが反射的に謝罪する間も、モドキは「おにくは~~~~~~~」と要求を続けていた。
「別に良いけど。それより奴らの拠点に乗り込めたとして、あの妖はどうするつもりだ?」
アヴェルスの声音が一段低くなる。
「出来るなら生け捕りかな」
デュオラスが即答する。
「生かしておく必要はないと思うが?」
アヴェルスが冷徹な視線を向ける。
相手は『情報』の能力を持つ。すべてを暴露される前に口封じを優先すべきだというのが彼の合理的な判断だった。
「あの妖って、Aさんが殺したんだっけ?」
ヤナギが確認を求める。
「確かにオレが殺した。正確にはトドメを刺しただけだ。奴は自ら死を選んだ──……」
かつてアヴェルスは、蟲人に直接手を下した。
「この能力をあの世に持って行くと残して……シンもろとも消滅した」
自らの持つ能力が神に利用されることを防ぐため、蟲人は死を選んだのだ。
「ああ、だから自殺しようとしたのか」
遠くの音を拾うことに長けたティーが納得したように呟く。復活直後の妖が自害を図り、神に阻止されていたやり取りを耳にしていたのだ。
「本人が死を望んでいたのなら、無理に生け捕りにしなくても良いのでは? リスクは低い方が良いし」
ティーが感情を排した現実的な意見を述べる。
「あんた……」
ウミリンゴが呆れたような声を上げた。
合理性で言えばその通りだが、器となっているのは丁の身体なのだ。
「あの妖の『情報』の能力は、こちらとしても有益だよ」
デュオラスが冷静な理屈で説得を試みる。
だが、その内心にあるのは『辛のために弟の肉体を傷つけたくない』という切実な感情だった。
「ああね……」
ティーは気のない返事を返した。
「しかし奴らの中には、他人を操作する能力持ちが複数いるぞ」
遅れて合流したシロホンが、厳しい表情で懸念を口にする。
モドキは未だに「おにく~」と鳴いていた。
「妖に話す気はなくとも、今頃はもう──……」
精神を操作され、すでに情報を引き出されているのではないかという危惧。
「当然既に実行しているだろうね」
デュオラスが認める。
その言葉に、凪は不安げに胸元を握りしめた。
「ただ……他人の身体を使ってまで蘇ったんだ。『元』も人間ではなく妖……勝手が違う」
デュオラスが冷静に分析を続ける。
妖の魂が人間の肉体に定着している歪な状態。人間を対象とした操作能力が完璧に機能するとは限らない。
「そう簡単に能力なんて使いこなせないよ……たとえ使えたとしても『創造』はもう……誰にも扱えないよ」
引き出された情報がすぐに脅威となる可能性は低い。そして、神が渇望する『創造』の力も、すでに誰の手にも負えない状態にある。
「あっそーまあ一応、お願いは聞いてやっても良いけどー殺しちゃったらごめんね~」
アヴェルスはそっぽを向き、終始不機嫌な態度で吐き捨てた。
「……」
その横顔を、爪戯がじっと観察していた。
「さっきからなんか機嫌でも悪いの?」
爪戯が単刀直入に切り込む。
「Dさんのことあまり好きじゃねーのよ、ご主人様は!」
アヴェルスの代わりに、モドキが元気よく答えた。
「苦手なだけだ」
アヴェルスは顔を逸らしたまま短く返す。
「てっきり、そっくりさんに負けて機嫌悪くなってるって思うよね!」
ヤナギが嬉々としてアヴェルスを指差した。
凪が目を丸くする。
そっくりさんとは、水神ウルのことだ。
「余程拷問されたいらしいな!!」
アヴェルスは激昂し、モドキの背から飛び降りるや否や、金属生成で刃物を構築してヤナギに肉薄した。
ヤナギは笑いながら、スズノと共に部屋を逃げ回る。
「……そう言えば結局──……」
騒ぎを横目に、凪がふと疑問を口にした。
「あの人との関係って……?」
アヴェルスと、彼に酷似した水神ウルとの関係。
◇
一方、神の陣営。
静まり返った渡り廊下を、水神ウルが歩いていた。
「さて……」
廊下の壁にもたれ、食パンの耳をかじっている竜神リューに近づき、ウルが声をかける。
「拷問に付き合ってくれるって言ったよね?」
「言ったけど」
ウルの快楽主義的な問いに、リューが淡々と応じる。
「その前に一つ聞いても良い?」
「なんですか~?」
問いを返すリュー。
そんな二人の横を、鍵神ヤンリィウが静かに通り過ぎていく。
◇
「あれ? お姉さん知らないの?」
伍の国の屋敷。
逃げ回っていたヤナギが、ピタリと足を止めて凪に振り返った。
◇
「君の子は何が無いの?」
神の陣営。
リューの静かな問いかけ。
◇
「あれAさんの親だよ」
ヤナギの無邪気な暴露。
遠く離れた二つの場所で放たれた言葉が、奇妙なほど完璧に重なり合った。
!?
凪が驚愕に目を見開く。
爪戯が「辛パターンでしたか」と呆れたように呟いた。
隠していた最悪の事実をあっさりと直視させられたアヴェルスは、膝から崩れ落ち、床に両手をついた。
「死にたい」
心底からの絶望が、乾いた音となって室内に響いた。