半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.126「御法度」

 ウルはいつものように笑顔で彼を見下ろしていた。

 その瞳は氷のように冷たく、そこに父親としての慈愛は微塵もなかった。

 

「どうして……」

 

 少年の声がかすれた。

 それを聞いたウルは、薄く笑った。

 

「平和を得てから、随分人らしくなったね」

 

 彼は氷でできた短いナイフを指先に生成すると、アヴェルスの顎を持ち上げた。

 そして、ためらいなくその刃を、舌に当てた。

 

 冷たい感触のあと、鈍い切断音が響く。

 温かい液体が口内に溢れた。

 

 アヴェルスは痛みを感じなかった。

 ただ、血の味だけが広がった。

 鉄のような、生臭い味。

 

 ウルは満足そうに笑った。

 

「あははははは! なるほど! 平和を得た代わりに痛覚をなくしたのか!」

 

 その声が、白い部屋に反響する。

 笑いながら、彼は手元の針と糸を取った。

 

「切れちゃったね。……でも安心して、縫ってあげるよ。麻酔はありませんけど」

 

 ウルの顔は高揚していた。

 子どもの苦痛を純粋に楽しむように。

 血の滴る舌を持ち上げ、針で縫いつけていく。

 

『まだ、人とは認められませんね』

 

 これが、ウルとアヴェルスの過去の断片。

 

 ◇

 

「君の子は何が無いの?」

 

 リューの静かな問い。

 その言葉を耳にした途端、通りがかった鍵神の右眼が見開かれた。

 

「貴様!! どういうことだ!! 『掟』を破ったのか!?」

 

 鍵神がウルに詰め寄る。

 アヴェルスは貴様の子供なのか、と鍵神が言いかけたところで、ウルはあっさりとそれを肯定した。

 

「って!! リュー君わざとこのタイミングで言ったね!?」

 

 ウルはリューの方へと顔を向けて言い放つ。

 

「う~ん拷問の言質取られたから、有耶無耶にしたいじゃん?」

 

 リューは鍵神が近くに来たタイミングを計算し、わざとこの話題を出したのだ。

 悪びれもせず、緩い口調で答える。

 

「話を逸らすな!!」

 

 鍵神が怒気を含めて言い放つ。

 

「はー……あんたさー真の神を妄信してるみたいだけどさ、ちゃんと理解してる?」

「は?」

 

 ウルが深いため息をついて口を開く。

 思わず鍵神から声が漏れた。

 

 鍵神は力を持つ者を絶対的な存在として妄信している。しかし、ウルにそのような信仰心は一切ない。

 

「何故神のシンを得た者には、子供を作ることが許されていないのか」

 

 ウルが言った。

 オリジナルのシンを持つ者には絶対の掟がある。それが、自らの血を引く子供を作ってはならないというものだ。

 

「…………本物の神、『真の神』がそういう掟を作ったから……」

 

 鍵神が答える。

 

「だから、何でそんな掟を作る必要があったかってこと」

 

 ウルがさらに深堀りする。

 鍵神は少し悩み、口を開いた。

 

「妖と人間のような、異種族間でも作ることは禁止されている。我々のような神のシンを持つ者も人を超えた存在。神と神、神と人もまた妖と人同様になる……だから勝手は許されない、とか」

 

 鍵神の認識では、神のシンを持つ自分たちは強者であり、すでに人を超越した存在だった。

 

「オレ達は立派に『人間』ですよ」

 

 だが、ウルはその言葉を真っ向から否定した。

 神と崇められていようと、真の神である一柱を除けば、彼らもまた生物学的な『人間』の枠を出ない。

 

「でもまあ……生まれてくる子は『人』とは呼べない代物ですけどね~」

「はあ?」

 

 ウルの言葉に、鍵神が再び声を荒らげる。

 

「なんていうのかな? そういうのも含めて、知りたがった神がいてさ」

 

 ウルはゆっくりと目を閉じ、過去を語りだす。

 

 かつて、ウルはある神と協力関係を結んだ。

 

『協力?』

『ええ……どうしても、好奇心が勝ってしまって』

 

 死体の山の上に座り、ウルは横目でその神を見ながら口を開いていた。

 その神は、白衣を纏った研究者だった。

 ゆっくりとウルに近づき、言葉を交わす。

 

『謎を解き明かしたい』

『で? 何故オレに?』

 

 ウルが、自分に白羽の矢が立った理由を問う。

 

『貴方ならお互いの行動に口出ししないでしょう? 自ら進んで言いふらすタイプでもないと思ったから。勿論タダとは言わない。私の実験体……好きにして良いわよ』

 

 これが、かつての神──カナリヤとウルの間に交わされた密約だった。

 

 ウルはその光景を思い出し、フッと笑う。

 

「まあ……オレはただあの女に協力しただけ。とは言え、『掟』を破ったんだから処罰してくれて構わないよ」

 

 ウルは胸に手を当て、嬉々として言い放つ。

 

「むしろご褒美!! ありがとうございます!!」

 

 満面の笑みで、狂気に満ちた言葉を続けた。

 

「こいつ……」

 

 鍵神は怒りに肩を震わせる。

 

「まあ落ち着け」

 

 リューが鍵神の肩に手を置いて制した。

 

「止めるな!!」

「駄目だって!」

「見逃せというのか!?」

「そう」

 

 鍵神が語気を強めて叫ぶ中、リューは軽く受け流す。

 

「本物の神が作った掟だぞ、絶対順守だ!! 蛇神も禁を犯して生まれた存在で、かつ自らも犯した。だから処理された。何故こいつだけ特別視する!?」

 

 かつて蛇神も掟を破り、処刑された。その前例を持ち出し、鍵神は激しく追及する。

 

「戦力になるから」

 

 リューは極めて冷静に返した。

 

「性格に問題はあるけど、悪魔を殺してくれるし……今抜けられても困る。あと、色々知ってそうだしね」

 

 リューはウルを見据えて言った。

 ウルも目線をそらさず、微笑みを崩すことなくその場に立ち尽くしている。

 

「ちっ」

 

 鍵神は舌打ちをすると、踵を返した。

 

「リュー君って誰の味方なの? たまに分からない」

 

 鍵神の背を見送った後、ウルが口を開いた。

 わざと鍵神に追及させておきながら、結局は処罰を与えないように立ち回る。リューの真意は読めない。

 

「う~んオレにも分からん!」

「えー……」

 

 リューが緩い表情を作って答えると、ウルは気の抜けた声を返した。

 

「で? 君の子は何が無いの?」

「その話に戻るの!?」

 

 リューが再び話題を振る。

 神と神、神と人間、人間と妖の間に生まれる子には何かが欠落している。

 

「……結局よく分からないんですよね。多分今は痛覚かな? オレのせいで味覚もなくしてるけど……そう言えば蛇神君も何か欠けてたんだっけ?」

 

 ウルは右手の人差し指を頬に当て、幼い頃のアヴェルスを思い出しながら言った。

 

「蛇……あ! そーだった!」

「?」

 

 リューは右手で拳を作ると、左掌にポンと打ち付けた。

 ウルはそんなリューを見て首を傾げる。

 

 ◇

 

 とある一室。

 

「どうだ?」

 

 鮫神が部屋へと入るなり問う。

 

「駄目ね~なんとかして操って能力を使わせてみたけど、ろくに扱えないみたいよこの子」

 

 椅子に座り、頬杖を突きながらゼニスが答える。

 床には、生気を失った(ひのと)の肉体が無造作に転がされていた。

 

「あ、色々弄ってみましょ」

 

 ゼニスが妖しく微笑む。

 部屋には音神や花神の姿もあった。

 

「鮫神……」

 

 すると、背後の扉から声がした。

 

「良かったね。今回は殺さずに済んで」

 

 声の主はリューだ。

 扉を開け、右手を挙げながら歩み寄ってくる。

 

「は?」

 

 鮫神にはなんのことか分からず、思わず声が出た。

 

「オレ、逃げ出した被験体と蝶神が一緒に居るところ……目撃したんだよね」

 

 リューが言い放つ。

 

「あー前にお前が言ってたやつか?」

 

 答えたのは花神。

 リューは以前、(かのと)と蝶神、そして北王(ほくおう)が一緒に居た場面を目撃している。

 

「だったらなんだよ」

 

 鮫神は冷や汗をかきながら問う。

 

「あの被験体を逃がすのに協力した神が居たらしいけど、それって蝶神だったのかなって」

 

 あの被験体とは、北王のことだ。

 昔、北王が施設から逃げ出した際、手引きをした神が居ることをリューは把握していた。そしてその神こそが蝶神ではないか、というのが彼の推測だった。

 

「蝶神って神側の思想に賛同してないみたいだし、禁を犯した蛇神とも仲が良かった……そのせいもあってか、もう一人の妖と人間の子を殺さずにいる」

 

 もう一人の妖と人間の子。それは辛のことである。

 蝶神は辛を殺すどころか、むしろ彼らと良好な関係を築いていた。

 

 神になった者は子供を作ってはならない。

 また、人と妖の間にも子供を作ってはならない。そういう掟が存在している。

 禁を犯した者も、それによって産まれた者も、速やかに処分されるのがこの世界の常識だ。

 

「何が言いてぇんだよ」

 

 鮫神は頭の中で掟を反芻させながら問う。

 

「分かってるくせに」

 

 リューは冷静な声で言葉を返した。

 

 竜神だって殺さずに帰ってきたじゃねーか。

 花神は内心でそう突っ込んだが、口には出さなかった。リューがかつて辛を見逃している事実を知っていたからだ。

 

 鮫神は無言で部屋を出て、歩き出す。

 廊下に出ると、燦秋(さんしゅう)が壁にもたれかかっていた。

 

「やあ」

「燦秋か、なんだ?」

 

 燦秋に声をかけられ、鮫神が問う。

 

「ボクの望みは聞き入れてもらえたのかな?」

「……」

 

 燦秋の言葉に、鮫神は一瞬沈黙した。

 

 撃神(うちがみ)の屋敷の地下室での出来事が蘇る。

 

『良いよちゃんと対価を払えるならね。でもそちらのお願いを叶えてあげるんだから、ボクの頼みも一つ聞いて欲しいな』

 

 燦秋は地下牢の中で、鮫神にそう取引を持ち出していた。

 鮫神はその記憶を思い出しながら、ゆっくりと口を開く。

 

「ああ、分かっている。ついでだ、今から迎えに行ってやるよ」

 

 鮫神は燦秋に対し、そう短く宣言した。

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