半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
ウルはいつものように笑顔で彼を見下ろしていた。
その瞳は氷のように冷たく、そこに父親としての慈愛は微塵もなかった。
「どうして……」
少年の声がかすれた。
それを聞いたウルは、薄く笑った。
「平和を得てから、随分人らしくなったね」
彼は氷でできた短いナイフを指先に生成すると、アヴェルスの顎を持ち上げた。
そして、ためらいなくその刃を、舌に当てた。
冷たい感触のあと、鈍い切断音が響く。
温かい液体が口内に溢れた。
アヴェルスは痛みを感じなかった。
ただ、血の味だけが広がった。
鉄のような、生臭い味。
ウルは満足そうに笑った。
「あははははは! なるほど! 平和を得た代わりに痛覚をなくしたのか!」
その声が、白い部屋に反響する。
笑いながら、彼は手元の針と糸を取った。
「切れちゃったね。……でも安心して、縫ってあげるよ。麻酔はありませんけど」
ウルの顔は高揚していた。
子どもの苦痛を純粋に楽しむように。
血の滴る舌を持ち上げ、針で縫いつけていく。
『まだ、人とは認められませんね』
これが、ウルとアヴェルスの過去の断片。
◇
「君の子は何が無いの?」
リューの静かな問い。
その言葉を耳にした途端、通りがかった鍵神の右眼が見開かれた。
「貴様!! どういうことだ!! 『掟』を破ったのか!?」
鍵神がウルに詰め寄る。
アヴェルスは貴様の子供なのか、と鍵神が言いかけたところで、ウルはあっさりとそれを肯定した。
「って!! リュー君わざとこのタイミングで言ったね!?」
ウルはリューの方へと顔を向けて言い放つ。
「う~ん拷問の言質取られたから、有耶無耶にしたいじゃん?」
リューは鍵神が近くに来たタイミングを計算し、わざとこの話題を出したのだ。
悪びれもせず、緩い口調で答える。
「話を逸らすな!!」
鍵神が怒気を含めて言い放つ。
「はー……あんたさー真の神を妄信してるみたいだけどさ、ちゃんと理解してる?」
「は?」
ウルが深いため息をついて口を開く。
思わず鍵神から声が漏れた。
鍵神は力を持つ者を絶対的な存在として妄信している。しかし、ウルにそのような信仰心は一切ない。
「何故神のシンを得た者には、子供を作ることが許されていないのか」
ウルが言った。
オリジナルのシンを持つ者には絶対の掟がある。それが、自らの血を引く子供を作ってはならないというものだ。
「…………本物の神、『真の神』がそういう掟を作ったから……」
鍵神が答える。
「だから、何でそんな掟を作る必要があったかってこと」
ウルがさらに深堀りする。
鍵神は少し悩み、口を開いた。
「妖と人間のような、異種族間でも作ることは禁止されている。我々のような神のシンを持つ者も人を超えた存在。神と神、神と人もまた妖と人同様になる……だから勝手は許されない、とか」
鍵神の認識では、神のシンを持つ自分たちは強者であり、すでに人を超越した存在だった。
「オレ達は立派に『人間』ですよ」
だが、ウルはその言葉を真っ向から否定した。
神と崇められていようと、真の神である一柱を除けば、彼らもまた生物学的な『人間』の枠を出ない。
「でもまあ……生まれてくる子は『人』とは呼べない代物ですけどね~」
「はあ?」
ウルの言葉に、鍵神が再び声を荒らげる。
「なんていうのかな? そういうのも含めて、知りたがった神がいてさ」
ウルはゆっくりと目を閉じ、過去を語りだす。
かつて、ウルはある神と協力関係を結んだ。
『協力?』
『ええ……どうしても、好奇心が勝ってしまって』
死体の山の上に座り、ウルは横目でその神を見ながら口を開いていた。
その神は、白衣を纏った研究者だった。
ゆっくりとウルに近づき、言葉を交わす。
『謎を解き明かしたい』
『で? 何故オレに?』
ウルが、自分に白羽の矢が立った理由を問う。
『貴方ならお互いの行動に口出ししないでしょう? 自ら進んで言いふらすタイプでもないと思ったから。勿論タダとは言わない。私の実験体……好きにして良いわよ』
これが、かつての神──カナリヤとウルの間に交わされた密約だった。
ウルはその光景を思い出し、フッと笑う。
「まあ……オレはただあの女に協力しただけ。とは言え、『掟』を破ったんだから処罰してくれて構わないよ」
ウルは胸に手を当て、嬉々として言い放つ。
「むしろご褒美!! ありがとうございます!!」
満面の笑みで、狂気に満ちた言葉を続けた。
「こいつ……」
鍵神は怒りに肩を震わせる。
「まあ落ち着け」
リューが鍵神の肩に手を置いて制した。
「止めるな!!」
「駄目だって!」
「見逃せというのか!?」
「そう」
鍵神が語気を強めて叫ぶ中、リューは軽く受け流す。
「本物の神が作った掟だぞ、絶対順守だ!! 蛇神も禁を犯して生まれた存在で、かつ自らも犯した。だから処理された。何故こいつだけ特別視する!?」
かつて蛇神も掟を破り、処刑された。その前例を持ち出し、鍵神は激しく追及する。
「戦力になるから」
リューは極めて冷静に返した。
「性格に問題はあるけど、悪魔を殺してくれるし……今抜けられても困る。あと、色々知ってそうだしね」
リューはウルを見据えて言った。
ウルも目線をそらさず、微笑みを崩すことなくその場に立ち尽くしている。
「ちっ」
鍵神は舌打ちをすると、踵を返した。
「リュー君って誰の味方なの? たまに分からない」
鍵神の背を見送った後、ウルが口を開いた。
わざと鍵神に追及させておきながら、結局は処罰を与えないように立ち回る。リューの真意は読めない。
「う~んオレにも分からん!」
「えー……」
リューが緩い表情を作って答えると、ウルは気の抜けた声を返した。
「で? 君の子は何が無いの?」
「その話に戻るの!?」
リューが再び話題を振る。
神と神、神と人間、人間と妖の間に生まれる子には何かが欠落している。
「……結局よく分からないんですよね。多分今は痛覚かな? オレのせいで味覚もなくしてるけど……そう言えば蛇神君も何か欠けてたんだっけ?」
ウルは右手の人差し指を頬に当て、幼い頃のアヴェルスを思い出しながら言った。
「蛇……あ! そーだった!」
「?」
リューは右手で拳を作ると、左掌にポンと打ち付けた。
ウルはそんなリューを見て首を傾げる。
◇
とある一室。
「どうだ?」
鮫神が部屋へと入るなり問う。
「駄目ね~なんとかして操って能力を使わせてみたけど、ろくに扱えないみたいよこの子」
椅子に座り、頬杖を突きながらゼニスが答える。
床には、生気を失った
「あ、色々弄ってみましょ」
ゼニスが妖しく微笑む。
部屋には音神や花神の姿もあった。
「鮫神……」
すると、背後の扉から声がした。
「良かったね。今回は殺さずに済んで」
声の主はリューだ。
扉を開け、右手を挙げながら歩み寄ってくる。
「は?」
鮫神にはなんのことか分からず、思わず声が出た。
「オレ、逃げ出した被験体と蝶神が一緒に居るところ……目撃したんだよね」
リューが言い放つ。
「あー前にお前が言ってたやつか?」
答えたのは花神。
リューは以前、
「だったらなんだよ」
鮫神は冷や汗をかきながら問う。
「あの被験体を逃がすのに協力した神が居たらしいけど、それって蝶神だったのかなって」
あの被験体とは、北王のことだ。
昔、北王が施設から逃げ出した際、手引きをした神が居ることをリューは把握していた。そしてその神こそが蝶神ではないか、というのが彼の推測だった。
「蝶神って神側の思想に賛同してないみたいだし、禁を犯した蛇神とも仲が良かった……そのせいもあってか、もう一人の妖と人間の子を殺さずにいる」
もう一人の妖と人間の子。それは辛のことである。
蝶神は辛を殺すどころか、むしろ彼らと良好な関係を築いていた。
神になった者は子供を作ってはならない。
また、人と妖の間にも子供を作ってはならない。そういう掟が存在している。
禁を犯した者も、それによって産まれた者も、速やかに処分されるのがこの世界の常識だ。
「何が言いてぇんだよ」
鮫神は頭の中で掟を反芻させながら問う。
「分かってるくせに」
リューは冷静な声で言葉を返した。
竜神だって殺さずに帰ってきたじゃねーか。
花神は内心でそう突っ込んだが、口には出さなかった。リューがかつて辛を見逃している事実を知っていたからだ。
鮫神は無言で部屋を出て、歩き出す。
廊下に出ると、
「やあ」
「燦秋か、なんだ?」
燦秋に声をかけられ、鮫神が問う。
「ボクの望みは聞き入れてもらえたのかな?」
「……」
燦秋の言葉に、鮫神は一瞬沈黙した。
『良いよちゃんと対価を払えるならね。でもそちらのお願いを叶えてあげるんだから、ボクの頼みも一つ聞いて欲しいな』
燦秋は地下牢の中で、鮫神にそう取引を持ち出していた。
鮫神はその記憶を思い出しながら、ゆっくりと口を開く。
「ああ、分かっている。ついでだ、今から迎えに行ってやるよ」
鮫神は燦秋に対し、そう短く宣言した。