半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
水神ウルが、アヴェルスの実の親であることが判明した。
隠されていた最悪の事実を突きつけられたアヴェルスは、床に両膝と両手をつき、「死にたい」とこぼした。
「同じ親から血を分けたんじゃない。奴の半分を引き継いで産まれたんだ……この事実、あ~~誰か殺してくれ~~惨たらしく頼む~」
アヴェルスは額まで床に擦りつけ、懇願するようにうめき声を上げた。
「神のシンを持つと長寿になるらしいし、子供の一人や二人いるもんでしょ」
「自然の摂理、人間だもの」
悪びれもせず言い放つ凪の横で、モドキが冷や汗をかいた。
アヴェルスは床に力なく突っ伏し、完全に脱力している。
そんな彼の背中を、スズノが無言でポカポカと叩き続けていた。
「お姉さん知らないの? 神になったら子供を作っちゃダメなんだよ」
ヤナギが凪を指差して言った。
「えっ……?」
その言葉に凪の目が大きく見開かれ、爪戯も目を丸くした。
そして、それから数日が経った。
「事後処理の為一度戻りますよって。
玄が言った。
凪が了承の意を示す。
玄、
「さて探しに行くか、用事あるし」
アヴェルスはモドキの背に乗り、セーブルを探しに出発した。
「そういやお前、弟に謝ったか?」
ティーが、腕を組んで佇むシロホンに言い放つ。
二人も連れ立って屋敷を出て行った。
「調査行ってきま~す」
ウミリンゴとヤナギもまた、調査のために出かけていく。
皆がそれぞれ、次なる動きを開始していた。
◇
夢の中。
暗闇の中で座り込む
『ああ……辛、可哀想に……あんな戦い方しなくても良いのに』
母親は静かに辛へと近づいてくる。
『私に任せてくれたら、全員殺してあげるのに』
妖のチカラで人間を操り、殺す。
甘く、恐ろしい誘惑を囁く。
辛は冷や汗を流しながら、勢いよく振り向いた。
瞬間──目が覚めた。
現実世界。
「……」
そうだ、「火」の能力を使いすぎたんだった……。
辛はゆっくりと上半身を起こし、左手を顔の前にかざして現状を整理する。
辛の思考はすぐに、奪われた弟の安否へと向かった。
「あ、おはようございます」
不意に顔を覗き込んできたデュオラスが、声をかけた。
辛は視線を彼へと向ける。
「
あまりにも唐突な出現に、流石の辛も少し焦り、思わずその呼び名が口をついた。
「名前かDって呼んでおくれ」
デュオラスは辛から少し距離を取りつつ、苦笑交じりに言う。
そして、サイドテーブルに置いてあったアップルパイの皿を手に取り、辛へと差し出した。
「アップルパイ、作ったんだけど食べる?」
促されるまま受け取った辛は、無言でそれにかぶりついた。
「口に合って良かった」
黙々と食べる姿に、デュオラスは安堵の息を吐く。
「……丁君だけど、一応皆には殺さないように言っておいた。アヴェルスさん辺りが聞いてくれるかは微妙だけど」
デュオラスは、一番の懸念事項である丁の処遇について触れた。
辛の心情を慮り、できれば生け捕りにするよう提案したものの、合理主義のアヴェルスが乗り気でなかったことも隠さずに伝える。
辛の頬を、一筋の汗が伝った。
「あーちょっと兄さまー!? 私らは辛父に言われて、そっとしておいたというのに~! ずるいー」
不意に扉の隙間から顔を出した凪と爪戯が、抗議の声を上げた。
「兄さまで定着しないでいただけると嬉しいです」
デュオラスは冷や汗をかきながら返す。
辛は空になった皿を持ったまま、少し俯き加減で口を開いた。
「……何故、丁が? 同じシンと言ってたが──……そもそも
ぽつりと、根本的な疑問を投げかける。
「本物の神の復活と悪魔の根絶、そして創造の入手かな」
辛の隣に立つデュオラスが、右手を顔の近くに添えて答える。
凪と爪戯が、静かに部屋の中へ足を踏み入れた。
「ん? 本物?」
凪が首を傾げる。
「キミ達が今まで出会った神ってのは『オリジナル』の『シン』を持つ者のことで──……神以外の一般人のシンはオリジナルの劣化コピー品。オリジナルからコピーして渡した産物」
デュオラスが丁寧に説明する。
彼の額には、体調が良くないのか、うっすらと汗が浮かび始めていた。
「では『オリジナル』は何処から来たのか、という話になるよね」
デュオラスの問いかけに、凪と爪戯の目が大きく見開かれた。
「本物ってのが渡した!」
爪戯が核心を突く。
デュオラスは「そう」と静かに頷いた。
本物の神。「真の神」とも呼ばれるその存在こそが、この世界を創造し、オリジナルのシンをばら撒いた張本人なのだ。
凪は思考を巡らせる。
ずっと前に蝶神さんが、人間も神も悪魔も等しく「人」だと言っていた。それは、本物以外はすべて生物学的な『人間』だという意味だったのか。
彼女はかつての言葉を反芻しながら、真理に近づいていく。
「世界を創った時の能力が『創造』なんだけど、今は訳あって行方不明。だからどうにかして取り戻したくて、
デュオラスが言葉を継ぐ。
「そんなに凄いの? その能力」
凪が尋ねる。
「世界を創ったくらいだしね。何でも創造できるらしいよ」
なんでも、とは物理的な物質に限らない。事象から何から、本当にすべてを無から作り出せる。それが『創造』の力だ。
「……それが奴らの手に渡れば、奴らにとって都合の良い世界に創り変えられるってところかな?」
爪戯が冷や汗を流しながら推測する。
デュオラスは「だろうね」と短く同意した。
「だから
失われた創造の能力。その在処を探り当てるために、
その器として、丁が利用されたのだ。
「……シンを取り出して別の奴に移す、そして能力を使わせる……なんてことにならないか?」
辛が前のめりになり、切迫した様子でデュオラスに問う。
シンは死んだ人間の肉体から取り出すことができる。丁を殺害し、シンだけを奪われる最悪のシナリオを危惧したのだ。
「多分それは大丈夫。蘇った妖が自殺しようとしたのを神は止めた……他にこの能力を使いこなせる人材を見つけられなかったから、わざわざ手間のかかる方法を取ったと思う」
デュオラスは辛を真っ直ぐに見つめて答える。
妖を他人の体に蘇生させるという回りくどい手段をとったこと自体が、他に代役がいないことの証明である。
「だから今すぐに殺されてシンを取り出すってことはないと思う」
デュオラスは右手を口元に当て、軽く咳き込みながら断言した。
その頃、廊下では北王が彼らのいる部屋へと歩みを進めていた。
「……そうか」
辛はデュオラスの論理的な説明を聞き、ひとまず丁に即時の命の危機がないことを理解して、わずかに安堵した。
「でも猶予はあるけど、悠長にはしていられない」
デュオラスが釘を刺す。
辛は顔を上げ、前を見据えた。
「…………オレは諦めないと決めた。だから丁を助けに行く。みんな力を貸してくれると助かる」
迷いのない、力強い宣言だった。
凪と爪戯も、深く頷く。
「当り前よ~」
「何度も言ってるじゃん」
凪は左手で拳を作り、右手で辛の肩を軽く叩きながら笑う。
そんな彼女の頭を押さえながら、爪戯も飄々と答えた。
「悪魔にとってもこの状況は良くない、引き続きみんな協力は惜しまないよ」
デュオラスも同意を示す。
でもアヴェルスって人は殺しちゃったらごめんねって言ってたけどね。
爪戯は内心で冷や汗をかきながら、そう付け加えた。
「みんなって、それちゃんと兄さまも入ってますよね!?」
凪が緩い笑顔を作り、右手でデュオラスをビシッと指差した。
デュオラスが、ゴホッと咳をする。
「オレが……直接……手を貸したいけど……げほっかはっ」
言葉を紡ごうとするデュオラスの咳が、急激に悪化していく。
「ゲホっケホッ、ゴホッ……かはっ」
デュオラスは床に膝をつき、激しく咳き込み始めた。
「だ、大丈夫!?」
凪が慌てて手を差し伸べる。
「……!」
そのタイミングで、北王が乱暴に扉を開け放った。
デュオラスは大量の汗を流し、酷い咳とともに鮮血を吐き出していた。
「なんでお前は会うたびに悪化してんだよ!!」
北王は怒鳴りながら歩み寄り、容赦なく拳を振り下ろしてデュオラスの頭を殴りつけた。
「って」
デュオラスから情けない声が漏れる。
凪と爪戯が目を丸くする中、辛だけは静観していた。
「えっ……でも、ほら取引内容は死なせずに苦しめるだったので、この状態で死ぬことはないですよ。それにこうなったのは全部自業自得ですし……ははははははは~」
デュオラスは汗を流し、血まみれの口元で無理やり笑顔を作って言う。
「笑ってる場合か」
北王が怒気を含んだ声で凄む。
「ただでさえ特殊構造のせいで……!」
北王は文句を吐き捨てながら、再びデュオラスの頭を殴った。
「痛っ」
デュオラスが痛みに頭を抱える。
「ねえ、結局この人とお父さん、どういう関係?」
凪が口元に右手を当て、辛にこっそりと尋ねた。
爪戯も興味津々で聞き耳を立てる。
「オレも良くは知らん」
「ええ……」
辛の身も蓋もない答えに、凪は一瞬気が抜けた。
「よくは知らんが、主に形態形質が父のらしい……」
「?? つまり?」
辛の呟きに、凪と爪戯は揃って首を傾げた。
「あの野郎は何してやがる」
北王が、デュオラスを睨みつけながら問う。
「今は本職が忙しいんですよ」
デュオラスは笑いながら、また血を吐いて答えた。
そんな騒がしいやり取りの中、辛が静かに口を開く。
「同じ男から遺伝子を貰ったという意味でオレの「兄」になるということらしい」