半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.128「落合う」

 ()の国の屋敷内。

 

「ったく、へらへらしやがって」

 

 北王(ほくおう)は、眼前のデュオラスへ治療を施しながら呆れたように言う。

 

「あはは……すみません。戻らないといけないのに、時間とらせてしまって」

 

 デュオラスは椅子に深く腰掛け、痛みに耐える素振りも見せずに治療を受け入れている。

 北王は少し表情を強張らせると、思案の果てに口を開いた。

 

「……(かのと)が笑わないのって、お前にとある感情がなかったのと関連があるんだよな?」

 

 顔は同じであるはずなのに、と北王は内心で毒づきながら問いかける。

 

『辛もこういう時■■ば良いのよ』

 

 デュオラスの脳裏に、辛の記憶から読み取れた蝶神の言葉が微かに浮かび上がった。

 

「……そうですよ。この世界に()()()が存在する為には、欠ける必要がありますので……」

 

 デュオラスは視線を外すことなく、真っ直ぐに前を見据えたまま事実だけを答えた。

 デュオラスや辛といった特異な出自を持つ者たちには、等しく何かが欠落しているという逃れられない共通点があった。

 

 ◇

 

 現在。伍の国のとある街。

 (なぎ)爪戯(つまぎ)、そして辛の三人が喧騒の中を歩いていた。

 

「うーん……」

 

 凪は首を傾げながら、手元の紙へ視線を落とす。

 

「この人此処で消息を絶ったらしいんだっけ?」

「探すって言われてもねぇ……」

 

 爪戯が、凪の持つ紙に描かれた人物の似顔絵を指差してぼやいた。

 凪もまた、紙を右手で掲げながら同意する。

 

 事の発端は、少し前の時間に遡る。

 

 伍の国の屋敷にて。

 

「で? オレらはどうしたら良い……? オレも悪魔(あんたら)に協力したい……」

 

 辛がデュオラスに向けて切実な問いを放った。

 凪と爪戯がその言葉を見守り、北王が驚きに目を見開く。

 

「目標は神の拠点を見つけて乗り込むこと……」

 

 デュオラスはひどく咳き込み、口元から血を流しながらも答える。

 

「敵の移動が鍵神の能力だから、鍵神を捕まえるのが一番早いけど……鍵神の能力も死神の能力も厄介で簡単にはいかない」

 

 デュオラスは残された体力を振り絞り、論理を構築していく。

 敵の陣営にいる鍵神は裏切り者の悪魔であり、死神の能力をも併せ持つ極めて危険な存在だった。

 

 北王は「待て! 先に施術させろ!」とデュオラスを制止したが、彼は構わず言葉を続ける。

 そして、傍らの机の引き出しを漁り始めた。

 

「だから自力で見つける計画も、同時に行おうかと思ってて……その為に探して欲しい人がいる……」

 

 デュオラスは紙とペンを取り出すと、机の上で素早くペンを走らせる。

 

「アヴェルスさんの記憶から読み取った限りじゃ、消息を絶ったみたいなんだけど」

 

 このまま止めても無駄だと判断したのか、北王は腕を組み静観に回った。

 

「兄さま何してるの?」

 

 凪が疑問符を浮かべる。

 

「今、(ルリ)は調整中で使い物にならないから……」

「えっ」

 

 本来であればルリの能力で記憶に繋ぎ、視覚情報を共有するのが確実だった。

 しかし今はその手段が使えないとデュオラスは冷静に判断した。

 

「絵でご容赦ください」

 

 そう言って似顔絵の描かれた紙を差し出すと同時に、デュオラスは大量の血を吐いて机に突っ伏した。

 北王が深いため息をつき、凪と爪戯の顔には嫌な汗が浮かんだ。

 

「あ、はい……分かりましたのでお休みください」

 

 凪が慌てて気を遣い、紙を受け取る。

 

 そういった経緯があり、人探し──セーブルという人物の捜索を任された三人。

 デュオラスから託された紙には、特徴的な似顔絵が描かれていた。

 

「人を探してばっかりだな~」

 

 再び現在の街。紙を見つめながら凪がぽつりと呟く。

 自身の母を殺した犯人探しから始まり、攫われた辛の弟探し。そして今度はセーブルの捜索。

 凪は自らの境遇を客観的に受け止めていた。

 

「探偵にでも転職しようかしら?」

 

 凪は冗談めかして言い放つ。

 

「にしてもこの人……あの人に似てる」

 

 似顔絵を見つめる凪の目が細められた。

 

「あの人?」

「前に辛君を救出しに行った時に──……」

「ああ~!」

 

 爪戯の問いに凪が答え、彼も合点がいったように声を上げた。

 以前、撃神(うちがみ)の屋敷で出会った鮫神のことを指しているのだ。

 鮫神と、似顔絵のセーブル。どちらも右眼を眼帯で覆い、黒ずくめの出立ちをしている。放つ雰囲気のベクトルが似通っていた。

 

「助けてくれた人?」

「そう!」

 

 あれ? でも確かあの人……。

 

 同意しながらも、爪戯の記憶に違和感がよぎる。

 爪戯は、(ひのと)の肉体が妖──蟲人(ちゅうじん)の蘇生の器として使われた現場に、鮫神が同席していたのを確かに目撃していた。

 

「……? 助けられたのか?」

 

 二人の会話を聞いていた辛が、微かに目を見開いて言った。

 辛が鍵神と対峙した際、そこに現れたのもまた鮫神だったからだ。

 

「えっ……?」

 

 三者で噛み合わない認識に、凪が思わず声を漏らした。

 恩人として記憶する凪、敵の儀式の立会人として認識する爪戯、弟を連れ去る際の関与者として記憶する辛。

 それぞれが抱く鮫神の印象は、ひどく歪に食い違っている。

 

 そんなやり取りをしている最中、三人のすぐ横で一人の人間が派手に転倒した。

 

「だ……大丈夫!? ん?なんか妙な感じがする……?」

 

 凪が倒れた人物へと声をかける。

 

「ああっすみません! 見ず知らずの人に心配をおかけして!」

 

 転んだ人物は慌てて顔を上げ、平謝りした。

 その左眼は、大きな眼帯で覆われている。

 

「う、うん?」

 

 妙な雰囲気に凪が困惑する。

 

「迷惑料をお支払いした方が良いでしょうか?」

 

 眼帯の人物が唐突な提案をした。

 

「じゃあ、あんみつかお金で頼む」

「しなくて良いから」

 

 即座に実利を要求する凪に、爪戯がすかさずツッコミを入れる。

 

「追加料金を払えるなら、治療もしますぜ旦那!」

 

 凪がさらにオプションを提示する。

 

「どんだけ金取るの」

 

 爪戯は心底呆れたように吐き捨てた。

 

「怪我はしていないので大丈夫ですよ。お気遣い感謝します」

 

 眼帯の人物は立ち上がって衣服を払う。確かに怪我一つ負っていない。

 

「あ! 早く行かないと怒られます……お礼はまた今度いつか……!」

 

 眼帯の人物が先を急ごうと背を向けた。凪が「あんみつ」と念を押そうとしたが、爪戯がそれを遮るように言葉を被せる。

 

「何もしてないから、お礼とか良いって」

 

 爪戯の言葉を受け、眼帯の人物は踵を返して歩き出した。

 しかし、ほんの数歩ですぐに立ち止まる。

 

「何処でしたっけ?」

 

 振り返り、真顔で凪たちへ問いかけた。

 

「えっ!?」

 

 凪の目が限界まで見開かれる。

 

「いえ……目的地は分かるのですが、此処が何処で方向が分かりません」

 

 地面に膝から崩れ落ち、両手をついてうなだれる眼帯の人物。絶望的な方向音痴だった。

 

「目的地教えなさいよ。料金は上乗せね」

 

 凪が親身に寄り添い、肩にポンと手を置いて言った。

 

「お、おい」

 

 爪戯が制止しようとする。辛は爪戯の横で静観を貫いていた。

 

「さっさとこの人を送ってくるから、二人は人探し続けてて」

「すみません」

 

 凪は眼帯の人物を強引に立ち上がらせ、背中を押しながら歩き出す。

 眼帯の人物は俯き加減に謝罪を繰り返した。

 

「一人で大丈夫かよ」

 

 爪戯が純粋な心配から声を張る。

 

「これ以上はフラグになりかねないので、明言を避けさせてイタダキマス」

 

 凪は振り向きもせず、緩い表情のまま不吉な明言を避けた。

 

「それ既にフラグ」

「ぬ゛!?」

 

 爪戯が右手でビシッと指差して的確に突っ込むと、凪の喉から奇妙な音が漏れた。

 

 二人が街の喧騒へ消えた後、その場に残された爪戯と辛。

 

「ところで、さっきの……『助けられたのか』ってどういうこと?」

 

 爪戯が、先ほど保留になっていた疑問を単刀直入に問う。

 

「多分あんたらの言う奴と同じ奴だと思うんだが……オレが会った時は、丁を連れて行こうとしていたところだった──……」

 

 辛が重い口を開く。

 鍵神と対峙した際、現場に現れた鮫神は燦秋を連れ、丁が収められた箱を運搬しようとしていたのだ。

 

「!! オレも妖蘇生? の時に居たのを確認している!」

 

 爪戯の目が見開かれた。

 鮫神があの異常な場に居合わせていた事実。それを目撃していないのは、合流出来ていない凪だけだ。

 

「……でも前に助けてくれた時は、蝶神さんと懇意にしているとか言ってたけど……」

 

 爪戯が情報を付け足す。

 

(くろ)みたいに、神に従う理由があるのかもしれん……」

「敵なのか味方なのか……よく分かんね」

 

 辛が玄の寝返りを引き合いに出して推測を述べ、爪戯は手元にあるセーブルの似顔絵を見つめながら呟いた。

 

 ……!? なんだ……? この気配は……。

 

 不意に、辛の鋭敏な感覚が謎の気配を捉えた。

 

 一方、案内を買って出た凪。

 目的地らしき路地裏へたどり着くと、そこには一人の着物の女性が立っていた。

 

「遅い」

 

 右眼は開かないのか固く閉じられており、周囲には痛々しい痣が見られた。

 その女性の足元には、黒く巨大な箱が無造作に置かれている。

 

「罰として代わりに運べ一片(ひとひら)

 

 女性は、凪が連れてきた眼帯の人物──一片に向けて冷たく言い放った。

 

「すみません、すみません、(ろく)

 

 一片はただひたすらに謝罪を繰り返す。

 

「で? なんで知らない女を連れてやがる」

 

 女性──禄が、忌々しげに右手の人差し指で凪を指差した。

 

「すみません、迷子になったので助けてもらいました」

 

 一片は縮こまり、さらに深く頭を下げる。

 

「ご苦労なことで……じゃあもう用はないな! 帰ってどうぞ!」

 

 禄は心底面倒くさそうに深いため息をつき、凪へ向けて言い捨てた。

 

「禄……そんな言い方しなくても……」

 

 一片が冷や汗を流しながら宥めようとする。

 

「まだよ!! 謝礼がまだよ!!」

 

 凪は怯むことなく、禄を見据えて堂々と言い放った。

 

 次の瞬間、禄が素早く右手を振り、凪の頭上へ向けて何かを放り投げた。

 

「うおおおお!お・か・ね!!」

 

 凪は反射的に投げられたそれを追いかけ、見事な反応速度で空中の対象を掴み取る。

 

「世の中バカしか居ねえ」

 

 禄が呆れ果てて吐き捨てる中、凪は手の中で鈍く光るそれを確かめた。

 

「それより直ちに移動する。奴が気付いて戻ってくる前に」

 

 禄が切迫した様子で一片に指示を出す。

 

「あ、でも……」

 

 一片が凪を気にして言いよどむ。

 一方の凪は、掴み取った物を手のひらで転がし、怪訝に眉を顰めていた。

 

 ん? 石? あれ? 金属っぽい輝き方してたと思うんだけど……?

 

 確かに硬貨が投げられたと認識して飛びついたはずだった。

 だが、手の中にある質量と手触りはただの石ころにすぎない。

 能力の介在を思わせる不可解な現象に、凪は困惑する。

 

「ちょっと~」

 

 凪が文句を言おうと顔を上げた。

 

「はっきり言え」

 

 禄は一片の態度に苛立ち、強い語気で急かした。

 

「鮫神様も直に合流するそうです!」

 

 一片が思い切ったように大声で言い放つ。

 石を握りしめた凪の背後に、いつの間にか、黒ずくめの鮫神が音もなく立っていた。

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