半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
「ったく、へらへらしやがって」
「あはは……すみません。戻らないといけないのに、時間とらせてしまって」
デュオラスは椅子に深く腰掛け、痛みに耐える素振りも見せずに治療を受け入れている。
北王は少し表情を強張らせると、思案の果てに口を開いた。
「……
顔は同じであるはずなのに、と北王は内心で毒づきながら問いかける。
『辛もこういう時■■ば良いのよ』
デュオラスの脳裏に、辛の記憶から読み取れた蝶神の言葉が微かに浮かび上がった。
「……そうですよ。この世界に
デュオラスは視線を外すことなく、真っ直ぐに前を見据えたまま事実だけを答えた。
デュオラスや辛といった特異な出自を持つ者たちには、等しく何かが欠落しているという逃れられない共通点があった。
◇
現在。伍の国のとある街。
「うーん……」
凪は首を傾げながら、手元の紙へ視線を落とす。
「この人此処で消息を絶ったらしいんだっけ?」
「探すって言われてもねぇ……」
爪戯が、凪の持つ紙に描かれた人物の似顔絵を指差してぼやいた。
凪もまた、紙を右手で掲げながら同意する。
事の発端は、少し前の時間に遡る。
伍の国の屋敷にて。
「で? オレらはどうしたら良い……? オレも
辛がデュオラスに向けて切実な問いを放った。
凪と爪戯がその言葉を見守り、北王が驚きに目を見開く。
「目標は神の拠点を見つけて乗り込むこと……」
デュオラスはひどく咳き込み、口元から血を流しながらも答える。
「敵の移動が鍵神の能力だから、鍵神を捕まえるのが一番早いけど……鍵神の能力も死神の能力も厄介で簡単にはいかない」
デュオラスは残された体力を振り絞り、論理を構築していく。
敵の陣営にいる鍵神は裏切り者の悪魔であり、死神の能力をも併せ持つ極めて危険な存在だった。
北王は「待て! 先に施術させろ!」とデュオラスを制止したが、彼は構わず言葉を続ける。
そして、傍らの机の引き出しを漁り始めた。
「だから自力で見つける計画も、同時に行おうかと思ってて……その為に探して欲しい人がいる……」
デュオラスは紙とペンを取り出すと、机の上で素早くペンを走らせる。
「アヴェルスさんの記憶から読み取った限りじゃ、消息を絶ったみたいなんだけど」
このまま止めても無駄だと判断したのか、北王は腕を組み静観に回った。
「兄さま何してるの?」
凪が疑問符を浮かべる。
「今、
「えっ」
本来であればルリの能力で記憶に繋ぎ、視覚情報を共有するのが確実だった。
しかし今はその手段が使えないとデュオラスは冷静に判断した。
「絵でご容赦ください」
そう言って似顔絵の描かれた紙を差し出すと同時に、デュオラスは大量の血を吐いて机に突っ伏した。
北王が深いため息をつき、凪と爪戯の顔には嫌な汗が浮かんだ。
「あ、はい……分かりましたのでお休みください」
凪が慌てて気を遣い、紙を受け取る。
そういった経緯があり、人探し──セーブルという人物の捜索を任された三人。
デュオラスから託された紙には、特徴的な似顔絵が描かれていた。
「人を探してばっかりだな~」
再び現在の街。紙を見つめながら凪がぽつりと呟く。
自身の母を殺した犯人探しから始まり、攫われた辛の弟探し。そして今度はセーブルの捜索。
凪は自らの境遇を客観的に受け止めていた。
「探偵にでも転職しようかしら?」
凪は冗談めかして言い放つ。
「にしてもこの人……あの人に似てる」
似顔絵を見つめる凪の目が細められた。
「あの人?」
「前に辛君を救出しに行った時に──……」
「ああ~!」
爪戯の問いに凪が答え、彼も合点がいったように声を上げた。
以前、
鮫神と、似顔絵のセーブル。どちらも右眼を眼帯で覆い、黒ずくめの出立ちをしている。放つ雰囲気のベクトルが似通っていた。
「助けてくれた人?」
「そう!」
あれ? でも確かあの人……。
同意しながらも、爪戯の記憶に違和感がよぎる。
爪戯は、
「……? 助けられたのか?」
二人の会話を聞いていた辛が、微かに目を見開いて言った。
辛が鍵神と対峙した際、そこに現れたのもまた鮫神だったからだ。
「えっ……?」
三者で噛み合わない認識に、凪が思わず声を漏らした。
恩人として記憶する凪、敵の儀式の立会人として認識する爪戯、弟を連れ去る際の関与者として記憶する辛。
それぞれが抱く鮫神の印象は、ひどく歪に食い違っている。
そんなやり取りをしている最中、三人のすぐ横で一人の人間が派手に転倒した。
「だ……大丈夫!? ん?なんか妙な感じがする……?」
凪が倒れた人物へと声をかける。
「ああっすみません! 見ず知らずの人に心配をおかけして!」
転んだ人物は慌てて顔を上げ、平謝りした。
その左眼は、大きな眼帯で覆われている。
「う、うん?」
妙な雰囲気に凪が困惑する。
「迷惑料をお支払いした方が良いでしょうか?」
眼帯の人物が唐突な提案をした。
「じゃあ、あんみつかお金で頼む」
「しなくて良いから」
即座に実利を要求する凪に、爪戯がすかさずツッコミを入れる。
「追加料金を払えるなら、治療もしますぜ旦那!」
凪がさらにオプションを提示する。
「どんだけ金取るの」
爪戯は心底呆れたように吐き捨てた。
「怪我はしていないので大丈夫ですよ。お気遣い感謝します」
眼帯の人物は立ち上がって衣服を払う。確かに怪我一つ負っていない。
「あ! 早く行かないと怒られます……お礼はまた今度いつか……!」
眼帯の人物が先を急ごうと背を向けた。凪が「あんみつ」と念を押そうとしたが、爪戯がそれを遮るように言葉を被せる。
「何もしてないから、お礼とか良いって」
爪戯の言葉を受け、眼帯の人物は踵を返して歩き出した。
しかし、ほんの数歩ですぐに立ち止まる。
「何処でしたっけ?」
振り返り、真顔で凪たちへ問いかけた。
「えっ!?」
凪の目が限界まで見開かれる。
「いえ……目的地は分かるのですが、此処が何処で方向が分かりません」
地面に膝から崩れ落ち、両手をついてうなだれる眼帯の人物。絶望的な方向音痴だった。
「目的地教えなさいよ。料金は上乗せね」
凪が親身に寄り添い、肩にポンと手を置いて言った。
「お、おい」
爪戯が制止しようとする。辛は爪戯の横で静観を貫いていた。
「さっさとこの人を送ってくるから、二人は人探し続けてて」
「すみません」
凪は眼帯の人物を強引に立ち上がらせ、背中を押しながら歩き出す。
眼帯の人物は俯き加減に謝罪を繰り返した。
「一人で大丈夫かよ」
爪戯が純粋な心配から声を張る。
「これ以上はフラグになりかねないので、明言を避けさせてイタダキマス」
凪は振り向きもせず、緩い表情のまま不吉な明言を避けた。
「それ既にフラグ」
「ぬ゛!?」
爪戯が右手でビシッと指差して的確に突っ込むと、凪の喉から奇妙な音が漏れた。
二人が街の喧騒へ消えた後、その場に残された爪戯と辛。
「ところで、さっきの……『助けられたのか』ってどういうこと?」
爪戯が、先ほど保留になっていた疑問を単刀直入に問う。
「多分あんたらの言う奴と同じ奴だと思うんだが……オレが会った時は、丁を連れて行こうとしていたところだった──……」
辛が重い口を開く。
鍵神と対峙した際、現場に現れた鮫神は燦秋を連れ、丁が収められた箱を運搬しようとしていたのだ。
「!! オレも妖蘇生? の時に居たのを確認している!」
爪戯の目が見開かれた。
鮫神があの異常な場に居合わせていた事実。それを目撃していないのは、合流出来ていない凪だけだ。
「……でも前に助けてくれた時は、蝶神さんと懇意にしているとか言ってたけど……」
爪戯が情報を付け足す。
「
「敵なのか味方なのか……よく分かんね」
辛が玄の寝返りを引き合いに出して推測を述べ、爪戯は手元にあるセーブルの似顔絵を見つめながら呟いた。
……!? なんだ……? この気配は……。
不意に、辛の鋭敏な感覚が謎の気配を捉えた。
一方、案内を買って出た凪。
目的地らしき路地裏へたどり着くと、そこには一人の着物の女性が立っていた。
「遅い」
右眼は開かないのか固く閉じられており、周囲には痛々しい痣が見られた。
その女性の足元には、黒く巨大な箱が無造作に置かれている。
「罰として代わりに運べ
女性は、凪が連れてきた眼帯の人物──一片に向けて冷たく言い放った。
「すみません、すみません、
一片はただひたすらに謝罪を繰り返す。
「で? なんで知らない女を連れてやがる」
女性──禄が、忌々しげに右手の人差し指で凪を指差した。
「すみません、迷子になったので助けてもらいました」
一片は縮こまり、さらに深く頭を下げる。
「ご苦労なことで……じゃあもう用はないな! 帰ってどうぞ!」
禄は心底面倒くさそうに深いため息をつき、凪へ向けて言い捨てた。
「禄……そんな言い方しなくても……」
一片が冷や汗を流しながら宥めようとする。
「まだよ!! 謝礼がまだよ!!」
凪は怯むことなく、禄を見据えて堂々と言い放った。
次の瞬間、禄が素早く右手を振り、凪の頭上へ向けて何かを放り投げた。
「うおおおお!お・か・ね!!」
凪は反射的に投げられたそれを追いかけ、見事な反応速度で空中の対象を掴み取る。
「世の中バカしか居ねえ」
禄が呆れ果てて吐き捨てる中、凪は手の中で鈍く光るそれを確かめた。
「それより直ちに移動する。奴が気付いて戻ってくる前に」
禄が切迫した様子で一片に指示を出す。
「あ、でも……」
一片が凪を気にして言いよどむ。
一方の凪は、掴み取った物を手のひらで転がし、怪訝に眉を顰めていた。
ん? 石? あれ? 金属っぽい輝き方してたと思うんだけど……?
確かに硬貨が投げられたと認識して飛びついたはずだった。
だが、手の中にある質量と手触りはただの石ころにすぎない。
能力の介在を思わせる不可解な現象に、凪は困惑する。
「ちょっと~」
凪が文句を言おうと顔を上げた。
「はっきり言え」
禄は一片の態度に苛立ち、強い語気で急かした。
「鮫神様も直に合流するそうです!」
一片が思い切ったように大声で言い放つ。
石を握りしめた凪の背後に、いつの間にか、黒ずくめの鮫神が音もなく立っていた。