半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
『人と妖、また神の間に子をなすことは許されません』
『そういう掟です』
『産まれてしまった子を、被験体として利用する者もいますが、基本的には処分しなければいけません』
『見逃すことは褒められた行為ではありません』
『度が過ぎれば制裁を』
『……さあ、殺してきなさい』
それが神の間にある掟。
◇
「あ!」
凪は振り返り声を出した。
「あの時助けてくれた人!! あの時はありがとうございました~」
凪は鮫神へ向かって頭を下げた。
あの時とは、
「……」
鮫神は沈黙し、少し思考を巡らせた。
この反応……蝶神には話したりはしていないようだな……?
撃神の屋敷で凪と
凪の今の態度から、彼女がその事実を蝶神に報告していないことを察知する。
「しかも丁度、あんたに似た人を探してる最中で──……」
「オレ似?」
「そう!」
凪は右手を顎に当て、考えるような仕草をして言う。
すかさず鮫神が反応を返す。
「同じ右眼に眼帯をしてて……」
「ああー……」
凪がセーブルを探している旨を告げると、鮫神の脳裏に思い当たる人物が浮かんだ。
「それ多分、
「え? 眼を……?」
鮫神の予期せぬ言葉に、凪は目を瞬かせる。
「死神の眼ってのは、なかなか不思議なものらしい」
「そうなんだ……?」
凪は要領を得ない様子で首を傾げる。
「その人どこに居るか知らない?」
「さあ? 知らねーなあ」
凪がその死神──セーブルの居場所を尋ねるも、鮫神は素っ気なく返した。
彼自身も正確な所在は把握していない。
「おい。何を呑気に会話してやがりますか! つかなんで来たんだよ!?」
「あー悪い悪い! 迎えついでにもう一つやることが出来てな!」
軽く殴られながら、鮫神が答える。
「やること?」
禄が首を傾げ、
鮫神はフッと短く笑いを漏らし、口を開いた。
「丁度良い……なあ、あんた……蝶神と連絡とれるか?」
鮫神が凪へ向けて問う。
「さあ……
凪は右手の人差し指を頬に当て、純粋な疑問を口にする。
「オレ達は今、神に脅されて従わなきゃならねえ状況なんだ。だから今も命令で物資運搬中……なんだが」
鮫神は傍らに横たわる巨大な箱へと視線を移して言った。
「上手く騙せれば、奴らから抜け出せるかもしれねえ……その為にも蝶神の協力が必要不可欠」
鮫神は箱へと歩み寄り、その表面を撫でながら言葉を繋ぐ。
「だから、呼んで来てほしいな」
そして凪の方へ顔を向け、微かな笑顔を作って言った。
「な、なるほど……」
凪は一度納得したように頷く。
ん……? なんだろう……この人は一度私達を助けてくれた人だけど……。
凪の胸の内に、説明のつかない違和感がよぎる。
立ちすくむ彼女に、鮫神がゆっくりと歩み寄ってきた。
なんか……嫌な予感がする……なんて言うか……この……。
「もしかして、嫌か?」
鮫神が問い詰めるように言う。
「助けてやったのに、オレのことが信用出来ないのか?」
恩着せがましい言葉。
凪は、鮫神の左眼を真っ直ぐに見つめ返した。
この眼は……
彼女がかつて知る、決定的な欺瞞を隠す者の眼。
その直感が警鐘を鳴らした瞬間、何かが凪の腹部目掛けて飛翔した。
凪は目を見開いたまま、衝撃で後方へと吹き飛ばされる。
禄が、自身の能力である蛇を放ち攻撃したのだ。
「あーあ……町で蝶神と仲良くしているのを見かけたから、わざわざ助けて敵じゃない様に装ってみたのに……」
かつて
倒れ伏す凪を見下ろしながら、彼は冷淡に種明かしをする。
「な……なんで……」
激痛に耐え、力を振り絞って凪が口を開く。
「蝶神を殺す為に決まってんだろ」
鮫神は光の宿らない瞳で、淡々と事実を告げた。
凪の眼が見開かれ、額から冷や汗が流れ落ちる。
「いずれ
鮫神は身をかがめ、凪に顔を近づけて言う。
「オレが直接呼び出すよりは、お前らを介した方があいつも油断すると思ってな。お前らを助けたのは半分気まぐれも入ってるけどな」
鮫神は倒れる凪へと手を伸ばす。
「まあ、でも……あの後にオレのことを
鮫神は凪の髪を無造作に掴み上げて言葉を続ける。
凪の腹部には、禄の放った蛇が深く噛みついていた。
「それならそれで、お前らの誰かを人質にでもして強行策に出るだけだよなあ」
鮫神は凪の髪を掴んだまま、容赦なく壁へと投げ飛ばした。
凪の身体が硬い壁に激しく打ち付けられる。
「今回は結果、強行策になってしまったわけだが」
凪がよろめきながらもなんとか姿勢を保とうとする。
鮫神は立ち上がり、彼女を冷酷に見下ろした。
「あ……あんた……蝶神さんに、懇意にさせてもらってるとか言ってなかったっけ……? あれも嘘?」
凪は激しい痛みに耐えながら問い質す。
「嘘じゃねーよ」
鮫神は即答した。
しかし──……。
「あ、ちょっと言葉を間違えたな。懇意に
鮫神は、意図的に過去形へと訂正する。
「オレと蝶神と蛇神は、
かつては、確かに仲が良かった。
「……」
治癒をかけてるはず……なのに、身体が……。
凪は自身の能力で治癒を試みているが、身体の異常が一向に回復しない。
「無駄だ。能力で回復できるみたいだが、オレが毒を入れ続けているからな」
禄が冷ややかに言い放つ。
凪の腹部に食らいついた蛇が、絶え間なく致死の毒を注入し続けていたのだ。
限界を迎えた凪は、ふらつき、ついにその場へ倒れ伏した。
「まだ殺すなよ?」
鮫神が念を押す。
「加減くらいしてる!!」
禄が語気を強めて言い返した。
「あ、あの……察するに今から蝶神様を殺す……ということで良いのでしょうか?」
一片が、恐る恐る確認するように問う。
鮫神の脳裏に、先刻のリューの言葉が反芻していた。
『分かってるくせに』
「ああ……そうだ」
鮫神は静かに口を開いた。
流石にもう誤魔化しきれねーな。
内心でそう吐き捨てながら、禄と一片に指示を飛ばす。
「ただ、そこの女には仲間がいてな。お前らにはそっちを頼みたい」
「了解」
鮫神の言葉に禄が即座に了承し、一片は黙って頷いた。
「……行くぞ」
蝶神……オレはお前を──……。
鮫神の心の内に秘められた思いは、誰に届くこともなく風に溶けて消えた。