半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.129「強行策」

『人と妖、また神の間に子をなすことは許されません』

 

『そういう掟です』

 

『産まれてしまった子を、被験体として利用する者もいますが、基本的には処分しなければいけません』

 

『見逃すことは褒められた行為ではありません』

 

『度が過ぎれば制裁を』

 

『……さあ、殺してきなさい』

 

 それが神の間にある掟。

 

 ◇

 

 (なぎ)の背後に鮫神が立っていた。

 

「あ!」

 

 凪は振り返り声を出した。

 

「あの時助けてくれた人!! あの時はありがとうございました~」

 

 凪は鮫神へ向かって頭を下げた。

 あの時とは、撃神(うちがみ)の屋敷での出来事を指している。

 

「……」

 

 鮫神は沈黙し、少し思考を巡らせた。

 

 この反応……蝶神には話したりはしていないようだな……?

 

 撃神の屋敷で凪と爪戯(つまぎ)に接触した際、鮫神は自身が蝶神と懇意にしていると語っていた。

 凪の今の態度から、彼女がその事実を蝶神に報告していないことを察知する。

 

「しかも丁度、あんたに似た人を探してる最中で──……」

「オレ似?」

「そう!」

 

 凪は右手を顎に当て、考えるような仕草をして言う。

 すかさず鮫神が反応を返す。

 

「同じ右眼に眼帯をしてて……」

「ああー……」

 

 凪がセーブルを探している旨を告げると、鮫神の脳裏に思い当たる人物が浮かんだ。

 

「それ多分、()()()()()()()死神だな」

「え? 眼を……?」

 

 鮫神の予期せぬ言葉に、凪は目を瞬かせる。

 

「死神の眼ってのは、なかなか不思議なものらしい」

「そうなんだ……?」

 

 凪は要領を得ない様子で首を傾げる。

 

「その人どこに居るか知らない?」

「さあ? 知らねーなあ」

 

 凪がその死神──セーブルの居場所を尋ねるも、鮫神は素っ気なく返した。

 彼自身も正確な所在は把握していない。

 

「おい。何を呑気に会話してやがりますか! つかなんで来たんだよ!?」

 

 (ろく)が鮫神に近寄り、左手で握った拳を彼に打ちつけた。

 

「あー悪い悪い! 迎えついでにもう一つやることが出来てな!」

 

 軽く殴られながら、鮫神が答える。

 

「やること?」

 

 禄が首を傾げ、一片(ひとひら)は禄の背後へ回って身を隠す。

 鮫神はフッと短く笑いを漏らし、口を開いた。

 

「丁度良い……なあ、あんた……蝶神と連絡とれるか?」

 

 鮫神が凪へ向けて問う。

 

「さあ……(かのと)君なら出来ると思うけど……でも、どうして?」

 

 凪は右手の人差し指を頬に当て、純粋な疑問を口にする。

 

「オレ達は今、神に脅されて従わなきゃならねえ状況なんだ。だから今も命令で物資運搬中……なんだが」

 

 鮫神は傍らに横たわる巨大な箱へと視線を移して言った。

 

「上手く騙せれば、奴らから抜け出せるかもしれねえ……その為にも蝶神の協力が必要不可欠」

 

 鮫神は箱へと歩み寄り、その表面を撫でながら言葉を繋ぐ。

 

「だから、呼んで来てほしいな」

 

 そして凪の方へ顔を向け、微かな笑顔を作って言った。

 

「な、なるほど……」

 

 凪は一度納得したように頷く。

 

 ん……? なんだろう……この人は一度私達を助けてくれた人だけど……。

 

 凪の胸の内に、説明のつかない違和感がよぎる。

 立ちすくむ彼女に、鮫神がゆっくりと歩み寄ってきた。

 

 なんか……嫌な予感がする……なんて言うか……この……。

 

「もしかして、嫌か?」

 

 鮫神が問い詰めるように言う。

 

「助けてやったのに、オレのことが信用出来ないのか?」

 

 恩着せがましい言葉。

 凪は、鮫神の左眼を真っ直ぐに見つめ返した。

 

 この眼は……嘘吐(うそつ)きの眼と同じ──……。

 

 彼女がかつて知る、決定的な欺瞞を隠す者の眼。

 その直感が警鐘を鳴らした瞬間、何かが凪の腹部目掛けて飛翔した。

 

 凪は目を見開いたまま、衝撃で後方へと吹き飛ばされる。

 禄が、自身の能力である蛇を放ち攻撃したのだ。

 

「あーあ……町で蝶神と仲良くしているのを見かけたから、わざわざ助けて敵じゃない様に装ってみたのに……」

 

 かつて(きゅう)の国の町中で、鮫神はひっそりと凪たちの動向を目視していた。(二十九話)

 倒れ伏す凪を見下ろしながら、彼は冷淡に種明かしをする。

 

「な……なんで……」

 

 激痛に耐え、力を振り絞って凪が口を開く。

 

「蝶神を殺す為に決まってんだろ」

 

 鮫神は光の宿らない瞳で、淡々と事実を告げた。

 凪の眼が見開かれ、額から冷や汗が流れ落ちる。

 

「いずれ蝶神(あいつ)とは、()()()()()()分かってたからな」

 

 鮫神は身をかがめ、凪に顔を近づけて言う。

 

「オレが直接呼び出すよりは、お前らを介した方があいつも油断すると思ってな。お前らを助けたのは半分気まぐれも入ってるけどな」

 

 鮫神は倒れる凪へと手を伸ばす。

 

「まあ、でも……あの後にオレのことを蝶神(あいつ)に話されたら、蝶神(あいつ)が事情やら全部やらお前らに話してしまって、警戒されることになっただろうが」

 

 鮫神は凪の髪を無造作に掴み上げて言葉を続ける。

 凪の腹部には、禄の放った蛇が深く噛みついていた。

 

「それならそれで、お前らの誰かを人質にでもして強行策に出るだけだよなあ」

 

 鮫神は凪の髪を掴んだまま、容赦なく壁へと投げ飛ばした。

 凪の身体が硬い壁に激しく打ち付けられる。

 

「今回は結果、強行策になってしまったわけだが」

 

 凪がよろめきながらもなんとか姿勢を保とうとする。

 鮫神は立ち上がり、彼女を冷酷に見下ろした。

 

「あ……あんた……蝶神さんに、懇意にさせてもらってるとか言ってなかったっけ……? あれも嘘?」

 

 凪は激しい痛みに耐えながら問い質す。

 

「嘘じゃねーよ」

 

 鮫神は即答した。

 しかし──……。

 

「あ、ちょっと言葉を間違えたな。懇意に()()()()()()()だよ」

 

 鮫神は、意図的に過去形へと訂正する。

 

「オレと蝶神と蛇神は、()仲良かったんで」

 

 かつては、確かに仲が良かった。

 

「……」

 

 治癒をかけてるはず……なのに、身体が……。

 

 凪は自身の能力で治癒を試みているが、身体の異常が一向に回復しない。

 

「無駄だ。能力で回復できるみたいだが、オレが毒を入れ続けているからな」

 

 禄が冷ややかに言い放つ。

 凪の腹部に食らいついた蛇が、絶え間なく致死の毒を注入し続けていたのだ。

 限界を迎えた凪は、ふらつき、ついにその場へ倒れ伏した。

 

「まだ殺すなよ?」

 

 鮫神が念を押す。

 

「加減くらいしてる!!」

 

 禄が語気を強めて言い返した。

 

「あ、あの……察するに今から蝶神様を殺す……ということで良いのでしょうか?」

 

 一片が、恐る恐る確認するように問う。

 鮫神の脳裏に、先刻のリューの言葉が反芻していた。

 

『分かってるくせに』

 

「ああ……そうだ」

 

 鮫神は静かに口を開いた。

 

 流石にもう誤魔化しきれねーな。

 

 内心でそう吐き捨てながら、禄と一片に指示を飛ばす。

 

「ただ、そこの女には仲間がいてな。お前らにはそっちを頼みたい」

 

「了解」

 

 鮫神の言葉に禄が即座に了承し、一片は黙って頷いた。

 

「……行くぞ」

 

 蝶神……オレはお前を──……。

 

 鮫神の心の内に秘められた思いは、誰に届くこともなく風に溶けて消えた。

 ()の国を見渡せる位置に、蝶神が一人、静かに立っていた。

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