半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
「
呼び出しに応じた蝶神が、辛のもとへ合流した。
「蝶神……」
その姿を認め、辛が短く呟く。
「何があったの?」
「
蝶神の問いに、辛が答える。
「探していたら、これが……蝶神にも来て欲しいそうだ」
辛は左手に握っていた紙片を差し出した。
『少女はお預かりいたしましたので、蝶神と共にお越しください。鮫』
そこには、簡潔な要求が記されていた。
「鮫神……分かったわ」
蝶神は紙を受け取り、その内容を静かに了承する。
裏面に描かれた略地図が、彼らの現在地を示していた。
即座に、蝶神、辛、
「にしても。なんで蝶神さんを?」
先頭を走る蝶神の背中へ、爪戯が疑問を投げかける。
「鮫神と私は、昔ちょっとあって……」
蝶神は視線を少しだけ後方の爪戯へ向け、口を開いた。
「そう言えば懇意にしてる? とかなんとか言ってたけど……でもやっぱ敵?」
かつて
「あいつ、そんなことを……」
蝶神がわずかに反応を返す。
短い沈黙の後、彼女は走りながら過去を語り始めた。
「……私と鮫神と蛇神は、昔仲良かったの。それで……蛇神が実は、妖と人間の間に生まれた存在だったの」
言葉を慎重に選びながら、隠されていた事実を明かす。
「辛と同じ!?」
爪戯が驚きの声を上げた。
辛も無言のまま、その事実に内心で驚愕していた。
「でもね、そういう半人半妖の存在を許さない神が何人かいてね──……」
妖と人間の間に子をなしてはならないという、神の理不尽な掟。
「まだ、神には子をなすことが許されていないの。そういう掟があるんだけど……」
そして、オリジナルのシンを持つ神自身も子をなしてはならないという、もう一つの絶対の掟。
「それを蛇神は破ってしまったの……つまり、半分妖である存在だったことと、神の掟を破ったこと……この二つの理由で殺されることになってしまったの」
蝶神は辛と爪戯の方へ振り返り、残酷な結末を告げる。
「殺したのは鮫神──……」
声を振り絞るようにして放たれた事実。
「仲良かったんじゃ!?」
爪戯が声を荒らげる。
「ええ……でも鮫神は幼い頃に神に連れてこられた悪魔らしくて、神の命令に従うように教育されたみたいで……だから蛇神を殺したのも命令で仕方なく……そして今回は私を──……」
蝶神は再び前を向き、重い足取りで進む。
鮫神の精神は、幼少期からの洗脳にも等しい教育によって神に縛り付けられている。
かつては友である蛇神を命令で手にかけ、そして今回は蝶神を排除する。
それが彼に課された絶対の任務だった。
「あんたも何かやらかしたの?」
爪戯が右手の人差し指で蝶神を指して問う。
「私の場合は、私の思想が悪魔寄りだからよ。神よりは悪魔に勝って欲しいわね。だから……鮫神には神側に居て欲しくないって思ってる」
蝶神は俯き加減に本音をこぼす。
吹き抜ける風が、彼女の長い髪を撫でていった。
「……私は凪ちゃんを助けて、鮫神をなんとか説得してみるつもり」
蝶神の目的は、鮫神を神の呪縛から解放することだった。
次の瞬間、巨大な蛇が三人の軌道を襲い、凄まじい轟音が響き渡る。
三人は即座に後方へ跳躍し、直撃を回避した。
「そこの神以外は通すなと言いつけられている」
舞い上がる土煙の中から現れたのは
攻撃を外した蛇は、禄の足元へと引き下がった。
「蝶神……先に行ってくれ」
辛が前方の敵を見据えたまま告げる。
「……! 分かったわ」
蝶神は即座に状況を理解し、先を急ぐ決断を下す。
禄と一片の横をすり抜け、最奥へと走り去っていった。
「ああーっ!!」
禄の背後に立つ一片の姿を捉え、爪戯が右手で指差して叫ぶ。
「なんであんたが!?」
「すみません、すみません……!」
爪戯の言葉に、一片はひたすらに謝罪を繰り返した。
「自分、鮫神様の部下ですので! すみません……! 命令ですので!」
目を伏せ、何度も頭を下げながら言い訳を並べる。
しかし、彼が顔を上げた瞬間、周囲の空気が一変した。
「殺す気で行きます」
一片の纏う空気が鋭く冷え込み、場を凍らせるような強烈な殺気が滲み出す。
その劇的な豹変に、爪戯と辛は警戒を強めた。
一方、蝶神。
走り抜けた先の開けた場所に、一本の太い木が聳え立っていた。
そこに立ち尽くす鮫神と、蛇に噛みつかれたまま意識を失い、地面に横たわる凪の姿がある。
「鮫神!」
蝶神が鋭く声をかける。
「お前が悪いんだからな。化け物と仲良くしたり、悪魔の手伝いなんかするから──……」
鮫神は背を向けたまま、感情を抑え込んだ声で応じた。
「! 辛を化け物呼ばわりしないで! 貴方だって昔は蛇神と仲良かったじゃない!」
蝶神が強く反論する。
化け物と蔑まれた半妖の辛。そして、彼らの友であった蛇神もまた、半妖の存在だった。
「それに悪魔を手伝ったのは、神が非人道的なことをしてたからで……!」
蝶神は言葉をぶつけ続ける。
神の冷酷な行いを見過ごせず、結果として悪魔の側に立った。
「神達のやることに賛同できないわ。神も悪魔も能力者も、全部同じ『人』なのに……大体、貴方に友人を殺すように命令する奴らよ? 私が従う訳ないじゃない」
蝶神は右手を胸に当て、己の信念を突きつける。
鮫神は振り返ったが、その表情は読めない。
「そもそも貴方は『悪魔』でもあるんでしょう? 『神』を抜けて悪魔側につくことも出来るはずよ」
蝶神は懸命に説得を試みる。
鮫神は神のシンを持つと同時に、悪魔としての能力も併せ持っている。
「悪魔に知り合いがいるの。その人に頼めば受け入れてもらえるわ」
蝶神は右手を真っ直ぐに差し出し、救いの道を提示した。
「私と来て! 神を抜けて!」
「……出来ない」
差し出された手を、鮫神は冷絶に拒否した。
「障害となる者が居るなら私が戦うから──……私と貴方が戦う必要はないはずよ」
蝶神は右手を下ろさず、さらに食い下がる。
「出来るわけねーだろ」
鮫神は光のない、虚ろな瞳で答えた。
蝶神は、その眼の奥に底知れぬ深い闇と恐怖を見る。
「お前は何も知らないから、そんなことが言えるんだ……あれが──……あれに逆らって、戦うなんて……」
鮫神の脳裏に、幼いころに刻み込まれた凄惨な記憶が蘇る。
あれ──「真の神」によって心身を蹂躙され、虐げられた絶望の日々。
生物としての根源的な恐怖が、彼の精神を縛り付けていた。
「オレには出来ない」
鮫神はきっぱりと拒絶の意志を示した。
そして、足元に横たわる凪の首を無造作に掴み、乱暴に持ち上げる。
「この女を殺されたくなかったら、オレに殺されてくれよ蝶神!」
オレは……お前を殺すしかないんだよ。
圧倒的な暴力への恐怖から逃れられない一人の弱い人間として、鮫神は友を殺す覚悟を決めていた。
「鮫神!!」
蝶神の悲痛な叫びが、虚しく周囲に木霊した。