半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
その昔。
「え? お前悪魔なの?」
生前の蛇神が、右手で鮫神を指差して言った。
「だったら、なんなんだよ」
右眼に眼帯をした黒ずくめの男──鮫神が怪訝そうに答える。
「『半妖』の肩書よりカッコいい……気がする」
「はあ?」
蛇神は右手を口元に当てて呟く。
思わず鮫神から間抜けな声が漏れた。
「察するに、この右眼が悪魔の能力ですかな?」
言うが早いか、蛇神は鮫神の眼帯を素早く奪い取った。
「あ! 眼の色が違う~」
「お前!」
「眼帯は頂いた~~~~!」
蛇神は眼帯を握りしめ、楽しげに走り出した。
「子供か!?」
鮫神は目を見開き、思わず叫ぶ。
そんな二人の様子を、蝶神は深いため息をつきながら眺めていた。
「何やってるのよ貴方達。馬鹿みたいよ」
蝶神は横目で見ながら呆れ果てる。
「助けてーサメが襲ってくるー」
蛇神は叫びながら逃げ回る。
鮫神はその後を追いかけ、必死に眼帯を奪い返そうとする。
しばらくして、蛇神は蝶神のもとへ駆け寄ると、彼女の両手に眼帯を押し付け、そのまま逃げ去っていった。
一瞬、蝶神は沈黙して思考する。
「返して欲しくば、追ってくるが良い!」
突如、蝶神もまた走り出した。
「お前も!?」
鮫神は大量の冷や汗を流しながら、全力でツッコミを入れた。
これは過去の蝶神と鮫神、そして蛇神が共有していた、何気ない日常の一場面。
◇
現在。
蝶神はかつての光景を脳裏の片隅に置きながら、冷静に思考を巡らせる。
悪魔とは聞いていたけれど「種類」までは聞いていなかった。
でもなんとなく『眼』なことは予想出来ていた……。
悪魔「死神」の身体的特徴は、オッドアイであることが多い。
実際にセーブル、ゼニス、鍵神は皆オッドアイだ。
さらに蝶神は思考を推し進める。
こちらの攻撃を見切ったような動きも見せていたから……「死神」だと思ったのだけれど……。
鮫神が眼帯をしていること、その下の眼の色が違うこと、そしてここまでの攻防で見切ったような動きをしていたことから、彼の能力を「死神」であると仮定していた。
しかし今、蝶神の放った決定的な攻撃が無効化され、吸い込まれていく。
私の攻撃が消えた……!? いや……これは……! 攻撃が吸収されている!
「御馳走様」
鮫神は低く呟き、口を閉じた。
「貴方……『鴉』なのね」
蝶神は一筋の汗を流して言った。
悪魔「鴉」の能力は、敵の「シン」による攻撃を無効化し、吸収すること。
吸収した相手の「シン」を自身のものへと変換し、消費したエネルギーを回復できる。
ただし、この能力には容量の限界があり、あらかじめ自身の「シン」を消費して空きを作っておかなければ発動できない。
蝶神は上空から鮫神を見下ろしたまま、沈黙の中で論理を組み立てる。
悪魔の能力源である「マナ」は一人一つ。
見切ったような動きは別の「シン」による能力でも使ったの?
そういえば私の分身に攻撃を当てていたし、死神の眼なら当てる前に気づくはず……。
そこまで思考を走らせ、蝶神は結論付けた。
鮫神の持つ「マナ」の正体は「死神」ではなく、「鴉」であると。
いずれにせよあいつの種類は判明した。
吸収は厄介だけど、死神じゃないなら──……。
「知っているのよ。鴉の能力の弱点……私のシンを食べた今、満腹で使えないってね」
分身はシンの消費が激しい……。
蝶神は計算を走らせながら、相手を牽制する言葉を紡ぐ。
そろそろ決める──……!!
鮫神の真下、地面から大量の金属の刃が突出した。
寸前で鮫神は跳躍し、回避する。
しかし刃は空中で自ら軌道を変え、下方にいる鮫神を正確に狙って降下する。
こちらに注意を引き付けて、隙が出来たところで──……。
上空の蝶神は攻撃の手を緩めない。
鮫神は降下する金属の刃を次々と躱していく。
「良いのかよ、あまり派手にやると」
そう言いながら、鮫神は横たわる凪の身体へ素早く接近した。
「当たるぜ?」
鮫神は凪を無造作に持ち上げ、自らの盾にする。
「鮫神!!」
……なんて。優位を取ったつもりかしら?
蝶神は悲痛に叫ぶ演技をしながら、内心では余裕を保っていた。
鮫神の背後、死角に当たる位置にもう一人の蝶神が音もなく現れる。
「前は分身」
鮫神は振り返ることもなく、目の前の上空にいる蝶神を見据えたまま言った。
「こっちが本物か」
言うが早いか、凪を放り投げた鮫神は左腕を真後ろへと突き出す。
背後に肉薄していた蝶神の眼が驚愕に見開かれた。
鮫神の左腕からエナメル質の鋭い牙が生成され、蝶神を強襲する。
蝶神は咄嗟に身をよじるが、腕を深く切り裂かれた。
「どうしてバレっ……」
なぜ自分が本体であると見破られたのか、論理的な破綻に直面し、蝶神から思わず声が漏れる。
「この眼はさ、死神に貰ったものなんだよ」
事実を告げると同時に、鮫神は鋭い回し蹴りを蝶神の本体へと叩き込んだ。
「おっと……分身が残っていたな」
鮫神は追撃の牙を生成し、上空へと射出する。
それに貫かれた蝶神の分身は、跡形もなく砕け散った。
「悪魔の能力が……二つ?」
地に膝をつき、傷ついた腹部を押さえながら蝶神が呻く。
「生粋の死神には劣るが、目の前の分身が本物かぐらいは見分けられる」
よろめく蝶神を見下ろしながら、鮫神が冷酷に告げる。
彼の右眼は、かつてセーブルから移植された異端の産物だ。
「お前は最初、オレの悪魔の能力は『死神』だと疑っただろ? オレはその思考を逆手にとって『鴉』の能力を使う。そしてオレが『鴉』と判明すれば、悪魔のマナは基本一人一つの原則のせいで、死神ではなかったと判断してしまう」
鮫神が淡々と種明かしをする。
蝶神は自身の持つ確かな知識と、目の前で起きた事象を論理的に結びつけ、鮫神を悪魔「鴉」だと誤認させられたのだ。
「なんでも見通せる死神の眼ではないのなら、分身と本体を織り交ぜて攻撃できると考えるだろうから……あとはわざと隙を見せて、出てきた本体を狙うだけ」
鮫神が凪を盾にし、背後に隙を作ったのは緻密な罠だった。
蝶神の本体は計算通りに誘い出された。
そして、「相手は死神ではない」と確信している蝶神の思考の死角を突き、本体を正確に仕留めた。
「生成・形成・操作を必要とする分身は、シンの消費が激しくて多くは作れないし……そのうち本体が現れるとは思っていたが」
一度分身に攻撃を当てたのは、わざと……。
「奴は死神ではなかった」と思い込ませる為に……そうまでして私を騙すなんて。
蝶神は絶望的な戦力差と思考の誘導を理解し、よろめきながらも立ち上がる。
「とんだ嘘吐きね貴方──……」
蝶神は振り絞るように声を出し、彼を糾弾した。
「言ったろ、この眼は貰いものだって。眼の前のものを見分けられても、何処にいるかまでは分からねえよ」
鮫神は軽く頭を掻きながら、微かな人間臭さを覗かせて答えた。
「ねえ鮫神……それだけ戦えるなら、神達に怯えることもないんじゃない?」
「くどいぞ」
致命傷を負いながらも、蝶神は鮫神の説得を諦めていなかった。
しかし、その言葉は即座に拒絶される。
「お前こそ悪魔に手を貸さずにいれば……いや、ダメか。半人半妖を殺さないお前をよく思わない
鮫神は、掟を絶対視する鍵神の執拗な顔を脳裏に浮かべながら言った。
「そうね……あいつらからしたら私の方が悪いんでしょうから……でも私は、間違ったことをしたとは思わない」
蝶神はふらつく足で地面を踏みしめ、真っ直ぐに鮫神の瞳を見据える。
「人を人とも思わない扱いをしていたのは、あいつらで……」
蝶神の脳裏に、非道な実験施設の冷たい風景が甦る。
「掟だからという理由だけで殺そうとする。理由なんて何も知らずに思考停止して──……」
そして、友である蛇神が理不尽に命を奪われたあの日。
「……は?」
鮫神から、理解の及ばない声が漏れた。
「蛇神も
蝶神の言葉に、鮫神は思考が追いつかず困惑する。
「でも私からしたら『人』なのよ。あの子だって……『人』だわ」
蝶神は右手を胸に当て、己の信念を宣言した。
あの子──かつて出会ったデュオラス。
「私はただ、助けたかった。だから──……」
蝶神がさらなる言葉を紡ごうとした、その瞬間。
無慈悲な手刀が、蝶神の頸動脈を正確に切り裂いた。
私は……あなたも救いたかっただけなのに……。
鮮血が空に舞う中、蝶神は目を見開いたまま、崩れ落ちた。