半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
命令に逆らえないのなら……私があなたに殺されることで、一時でも貴方は救われる?
そんな悲痛な思いを残し、蝶神は倒れた。
鮫神は地に伏した彼女を見下ろしたまま、ただ静かに立ち尽くしていた。
……最後の方、言っていることが良く分からなかったが──……お前は正しいことを言っていたんだろう。
鮫神は声に出すことなく、胸中でそう結論づける。
そして、ゆっくりと身をかがめた。
それでもオレは、逆らえない。……シンは貰って行く──……。
冷酷な現実を受け入れ、彼は蝶神の身体から能力の源であるシンを抜き取った。
視界の端には、毒に侵されて横たわる
「…………」
こいつは放置で良いな。
これ以上の追撃は不要。鮫神は立ち上がり、凪をその場に放置する合理的な判断を下した。
さて……運ぶとしようか……。
彼はあらかじめ草むらに隠しておいた巨大な黒い箱を引き寄せると、運搬の準備を始めた。
◇
一方、
彼らと対峙するのは鮫神の部下、
感じた妙な気配……あれはこいつの──……。
辛は眼前の禄を見据え、警戒を強める。
街中で感知した不可解な気配の正体は、彼女が放つものだったのだ。
「で? あの女は無事? ……な訳ないか」
爪戯は右手を頭の後ろに置いて、軽口を叩くように尋ねた。
「一応まだ生かしてる。もっとも……毒が回りきれば、死ぬかもな」
禄が感情を交えずに事実だけを告げる。
凪の腹部には蛇が噛みついたままであり、今この瞬間も致死の毒が注入され続けているはずだ。
悠長に構えている時間はない。
辛は地を蹴り、一気に距離を詰める。
走りながら左手で金属生成の能力を発動した。
禄が即座に反応し、何らかの能力を行使する。
辛が生成したはずの強固な金属が、突如としてサラサラの粉状へと崩れ去っていった。
金属が……!
予想外の現象に、辛の表情が険しくなる。
金属が消えた? 水神って奴の金生水みたいな能力……?
後方で状況を観察していた爪戯が、瞬時に論理を組み立てながら右手を振り下ろす。
無数の氷の礫が、禄たちへ向けて射出された。
そこへ一片が前に躍り出る。手からエナメル質の刃を形成し、迫り来る氷の礫を一瞬にしてすべて叩き斬った。
砕かれた氷を一度、水に──……!!
爪戯は一片と禄の周囲に舞い散る氷の破片を、即座に水へと変換する。
その水を再凝固して貫く!!
次なる一撃を見据えて爪戯が構えた瞬間、禄が右手をかざした。
水を空気に……!
禄の能力が発動し、宙に浮かぶ水が瞬時に気化して空気に変換される。
水も消された!? 相転移? やはり水神と同じ……!?
爪戯は驚愕とともに、敵の能力の正体を推測する。物質の状態を強制的に変化させる
辛は自身の左手に視線を落とした。
先ほど粉状にされたはずの金属が、元の形へと戻っている。
「命令ですので……すみません!」
一片が律儀に謝罪の言葉を口にしながら、爪戯へと肉薄してきた。
ならば右眼で……!
爪戯は咄嗟に閉じていた右眼を開眼し、対象のダメージを反射する魔眼で迎え撃とうとする。
だが、禄が右手を振り下ろし、乾いた音を立てて指を鳴らした。
「!?」
途端に、濃厚な煙が展開され、視界を完全に奪い去る。
「煙幕!?」
爪戯が忌々しげに声を上げた。
「その右眼のことは一応聞いている」
煙幕の向こう側から、禄の冷ややかな声が響く。
……標的を見失った。これじゃ右眼が……!
爪戯の魔眼は、対象を直接視認していなければ発動できない。見事なメタ戦術だった。
視界が遮られた隙を突き、一片の刃が爪戯へ向けて振り下ろされる。
間一髪のところで辛が割って入り、生成した金属の刃でその斬撃を受け止めた。
辛は金属の刃を巧みに滑らせ、一片の力を受け流す。
やはり──……。
幾度かの交錯で、辛は禄の能力の性質についてある確信を抱いていた。
同時に、周囲に立ち込める煙に異変を感じ取る。
辛は即座に踵を返し、爪戯の首根っこを掴んで強引に後方へ飛び退いた。
「辛っ!?」
突然の行動に、爪戯が目を丸くする。
「逃がしません!」
一片が叫び、追撃を試みる。
煙幕に紛れて金属を粉状に生成──……。そのまま引火!
退避しながら、辛は視界を覆う煙幕の内部に微細な金属の粉末を大量に生成した。そして、そこへ自身の持つ「火」の能力で着火する。
空気中に浮遊する金属粉の表面積が、急激な酸化反応を引き起こす。火花が散った次の瞬間、連鎖的な大爆発が発生した。
轟音。
爆炎と衝撃波が吹き荒れる中、禄を庇うようにして一片がエナメル質の巨大な盾を形成していた。
「爆発させるとは……禄、大丈夫ですか?」
一片が声をかけるが、禄は無言のまま沈黙している。
やがて、爆煙が風に流されて晴れていく。
あ……あの二人が居ません!
盾を解いた一片は、完全に無人となった前方を見て内心で驚愕した。
「逃げられましたか……」
一片が目を細めて警戒を促す。
その頃、爪戯と辛は離れた岩陰に身を隠し、息を潜めていた。
「さっき何故逃げ……?」
爪戯が状況の意図を辛に問う。
「……煙幕に少し毒が混ぜられていた」
辛は冷や汗を拭うこともなく、冷静に事実を告げた。
「妖が人間を仕留める用の毒のようだった……オレには効かんが」
「あのまま居たらオレ、ヤバかったってこと!?」
半妖である辛の肉体には影響を及ぼさないが、純粋な人間である爪戯が吸い込めば命に関わる。
そのリスクを瞬時に天秤にかけ、辛は一時撤退を選択したのだ。
「しかし、ここからどうすれば……相手の能力もイマイチ謎な部分もあるし……右眼の対処法も知ってるっぽいし」
爪戯は右手を口元に当て、早口で戦況を整理する。
今隠れているこの状況を利用して、有利に事を運べそうだ。
爪戯がそう計算を立てた矢先、辛の鋭敏な感覚が新たな存在を捕捉した。
「……まずいな」
辛は岩陰から前方を鋭く見据え、低く唸るような声を出した。
ズン、ズンと、重い足音が地面を踏みしめて近づいてくる。
「なんだ……まだやってたのか」
怠惰な声とともに、巨大な箱を背負った鮫神が悠然と姿を現し、一片と禄の元へと合流した。