半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
かつての鮫神の記憶の続き。
「どうして悪魔を……いくら手駒にする為だからって──……」
他の神達は鮫神の存在に疑問を抱き、よく陰で悪口を叩いていた。
「『マナ』って分からないことが、まだまだあるんでしょ?」
「全部研究材料にしてしまえば良いのに」
ただし、一部の変わり者を除いて。
「悪魔を使うならねえ……」
神の言葉を、蛇神が盗み聞きしていた。
「え? お前悪魔なの?」
生前の蛇神が、右手で鮫神を指差して言った。
「だったら、なんなんだよ」
右眼に眼帯をした黒ずくめの男──鮫神が怪訝そうに答える。
「『半妖』の肩書よりカッコいい……気がする」
「はあ?」
蛇神は右手を口元に当てて呟く。
思わず鮫神から間抜けな声が漏れた。
「察するに、この右眼が悪魔の能力ですかな?」
言うが早いか、蛇神は鮫神の眼帯を素早く奪い取った。
「あ! 眼の色が違う~」
「お前!」
「眼帯は頂いた~~~~!」
蛇神は眼帯を握りしめ、楽しげに走り出した。
「子供か!?」
鮫神は目を見開き、思わず叫ぶ。
そんな二人の様子を、蝶神は深いため息をつきながら眺めていた。
それから鮫神は眼帯を取り戻した。
蝶神は「追いつかれた」と肩で息を切らしていた。
「お前らは悪魔とか気にしないのな」
鮫神は眼帯を右眼に付け直しながら言った。
「まあ、オレも特殊だし」
蛇神が言う。
「そういやさっき半妖って──……」
鮫神は蛇神の言葉を思い返しながら尋ねた。
「うん! オレの親、片方妖だし」
蛇神はあっけらかんと自身を指差して言った。
「……!」
「キミらも見たろ? 人に避けられてたの。あの街の近くで産まれてさ~オレ、
街の人々が蛇神を避け、石を投げつけた理由。
それは蛇神が、忌むべき蛟と呼ばれる半妖だったからだ。
「何者だろうと貴方は貴方って私は思うわよ」
「うわっ! 蝶神がまともだ!!」
「何よ失礼ね」
蝶神の真っ直ぐな言葉に、すかさず蛇神が茶化すように叫んだ。
「でもこのことを良く思わない神が居るのも事実……」
蝶神がうつむき加減に憂いを帯びた声で言った。
半妖という存在を許容しない狂信的な神がいるのもまた事実だ。
「此処だけの秘密にしておいた方が良いわね──……」
蝶神が警告するように静かに言った。
鮫神は沈黙し、蛇神は「成程~?」と危機感もなく適当に流した。
こうして蛇神の出自は、彼らだけの秘密にしておくことになった。しかし──……。
とある日。蛇神の家に招かれた鮫神。
家の中には、幼い
「この子は?」
鮫神が問う。
「娘」
「はあ!?」
蛇神が簡潔に述べるや否や、思わず鮫神は声を上げた。
「オレ、一般人と結婚してたんだ~!」
「はあああああああああ!?」
蛇神のさらなる暴露に、鮫神はただ叫ぶしかなかった。
その叫び声を聞きつけ、もう一人の子どもが現れた。
ドアの隙間から不安げに顔を覗かせる幼い
「あっちは二人目か?」
鮫神は頭を抱えながら問う。
「彼は引き取った子だよ。呪われてるとかで厄介払いされたらしく……オレが引き取った」
蛇神が答える。
禄は血の繋がった実の娘だが、一片は引き取った子供だった。
「……お前は本当に馬鹿だよ!!」
鮫神は怒気を含めて吐き捨てた。
「新人の神ならまだしも、掟のことくらい知ってるだろ!? 引き取るのは別に良いが、一人は実子って……」
鮫神は蛇神に詰め寄る。
神になった者は、自らの血を引く子供を作ってはならないという絶対の掟がある。
「人として生きてたらふつーのことじゃん?」
蛇神は「いや、オレは人じゃないけど」と小さく付け加えながら、頬を掻いて言った。
掟を破ったことへの罪悪感も危機感もなく、ただ不思議そうに首を傾げる。
「それが許されないんだよ!! オレ達は!!」
鮫神は語気を強める。
「奴の……本物の……作った掟を破るなんてどうかしてる」
なんてことをしてくれたんだ。馬鹿だよお前は!!
鮫神の脳裏に、理不尽な暴力を振るう真の神の姿がフラッシュバックする。
その必死な態度に、蛇神も神妙な顔つきになった。
「ごめん……キミの、その行動の意味が分からない」
蛇神は純粋に、申し訳なさそうに言った。
……そうだった。こいつは「怒る」という感情の概念が分からないんだった──……。
どうにもならない欠落を再認識し、鮫神は踵を返して家を出た。
一応、鮫神はこの致命的な秘密も黙っておくことにした。
◇
別の日。
「あっち行けよ、呪いがうつる!!」
街の子ども達が一片に向けて石を投げ、暴言を吐いた。
「の、呪われてないですよ!!」
一片は必死に否定した。
しかし、一片は街の子ども達から疎外され、理不尽に虐められていた。
そこへ禄が割って入り、先頭の子供を蹴り上げた。
「何虐めてやがる!」
「げっ、禄!!」
禄が鋭い睨みを効かせると、子供たちは一瞬怯む。
……こいつ、いつもいつも邪魔を……!
苛立った子供の一人が懐からナイフを取り出し、禄へ向かって襲いかかった。
刺突。
しかし、刃が届く直前、一片が間に割って入り禄を庇う。
一片の腹部にナイフが深々と刺さり、服に赤黒い血が滲み出した。
「……?」
禄は振り返り、その光景に一瞬硬直する。
「禄……大丈夫ですか?」
一片は傷口を押さえ、激痛に耐えながら禄の無事を確認する。
禄は崩れ落ちそうになる一片を支えた。
「汚れますよ」
一片が、自身の血で染まる禄の手を案じて言った。
禄は、一片の血がべっとりとついた自らの右手をじっと眺めた。
「どうして一片が怪我を……して?」
これは何が……どういうこと……? こいつらがやったのか。
禄の幼い思考が、目の前の惨状を咀嚼していく。
騒ぎを聞きつけ、周囲に人々が集まりだした。
「なんだ?」
「なに?」
「どうしたの?」
大人や子供、野次馬たちが遠巻きに彼らを囲む。
その視線の中心で、禄の瞳に明確な殺意が宿った。
殺してやる。
激しい憎悪とともに、禄の身体からごぽっと不気味な音が鳴り、何かが隆起し始めた。
一方その頃、蛇神は遊びに出たきり帰って来ない二人を探しに出かけていた。
鮫神は最初ため息をついて座り込んでいたが、やがて重い腰を上げる。
仕方ねえなあ……オレも探してやるか。
そう思い、街へ探しに出た。
そして蛇神よりも先に、鮫神は惨劇の中心にいる禄と一片を見つけた。
禄と一片の周囲は、謎の不気味な液体で満たされていた。
倒れた人々。凄惨な状況。
鮫神が禄たちへ近寄ろうとした、その背後。
音もなく、一つの影が降り立った。
鮫神が咄嗟に振り返る。
「闇神……!?」
鮫神は思わず口を開いた。
そこに立っていたのは、玄がその座に就く前の先代闇神──ラウロス。
頭の右側に妖精の翅が生えている、異様な存在だった。
「何人か死んでいるようだが?」
そう言いながら、闇神ラウロスは身をかがめる。
地面を満たしている液体を、右手の人差し指で掬い取った。
「これは……ふ~ん……」
指に付着した液体を、ラウロスは躊躇なく舐めた。
その常軌を逸した行動に、鮫神は思わず目を見開き、冷や汗を流す。
「成程……妖の使う毒か──……」
ラウロスは一瞬で液体の正体を見破った。
「妖が人間を仕留める為の毒……」
ラウロスは静かに、極めて冷静に分析する。
「いやいや、お前今──……」
鮫神は大量の冷や汗を流しながら狼狽する。
致死の毒を舐めたにもかかわらず、平然としているラウロスに底知れぬ恐怖を覚えた。
ラウロスは視線を一瞬だけ鮫神へと向ける。
そして前を見据え、決定的な言葉を口にした。
「成程な『蛇神の娘』ね……」
ラウロスは薄く笑いながら言った。
鮫神の目が限界まで見開かれる。
「これは少々面白いものが見られそうだ」
ラウロスはそう言い残し、地面を蹴って街の屋根を伝い、軽やかに去っていく。
「待て!!」
鮫神は思わず叫んだ。
心でも読まれたか!?
鮫神は推測しながら、必死にラウロスの背中を視線で追う。
蛇神に娘が居たこと。そしてその娘が妖の毒を使えたこと。この事実が示すのは、蛇神自身も妖の血を引く存在であるという決定的な証拠。
隠していた全てがバレた。
鮫神も地を蹴り、ラウロスを追う。
守り抜こうとした秘密が、最悪の形で暴かれようとしていた。