半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.136「報告者」

 かつての鮫神の記憶の続き。

 

「どうして悪魔を……いくら手駒にする為だからって──……」

 

 他の神達は鮫神の存在に疑問を抱き、よく陰で悪口を叩いていた。

 

「『マナ』って分からないことが、まだまだあるんでしょ?」

「全部研究材料にしてしまえば良いのに」

 

 ただし、一部の変わり者を除いて。

 

「悪魔を使うならねえ……」

 

 神の言葉を、蛇神が盗み聞きしていた。

 

「え? お前悪魔なの?」

 

 生前の蛇神が、右手で鮫神を指差して言った。

 

「だったら、なんなんだよ」

 

 右眼に眼帯をした黒ずくめの男──鮫神が怪訝そうに答える。

 

「『半妖』の肩書よりカッコいい……気がする」

「はあ?」

 

 蛇神は右手を口元に当てて呟く。

 思わず鮫神から間抜けな声が漏れた。

 

「察するに、この右眼が悪魔の能力ですかな?」

 

 言うが早いか、蛇神は鮫神の眼帯を素早く奪い取った。

 

「あ! 眼の色が違う~」

「お前!」

「眼帯は頂いた~~~~!」

 

 蛇神は眼帯を握りしめ、楽しげに走り出した。

 

「子供か!?」

 

 鮫神は目を見開き、思わず叫ぶ。

 そんな二人の様子を、蝶神は深いため息をつきながら眺めていた。

 

 それから鮫神は眼帯を取り戻した。

 蝶神は「追いつかれた」と肩で息を切らしていた。

 

「お前らは悪魔とか気にしないのな」

 

 鮫神は眼帯を右眼に付け直しながら言った。

 

「まあ、オレも特殊だし」

 

 蛇神が言う。

 

「そういやさっき半妖って──……」

 

 鮫神は蛇神の言葉を思い返しながら尋ねた。

 

「うん! オレの親、片方妖だし」

 

 蛇神はあっけらかんと自身を指差して言った。

 

「……!」

「キミらも見たろ? 人に避けられてたの。あの街の近くで産まれてさ~オレ、(みずち)ってよく言われてた」

 

 街の人々が蛇神を避け、石を投げつけた理由。

 それは蛇神が、忌むべき蛟と呼ばれる半妖だったからだ。

 

「何者だろうと貴方は貴方って私は思うわよ」

「うわっ! 蝶神がまともだ!!」

「何よ失礼ね」

 

 蝶神の真っ直ぐな言葉に、すかさず蛇神が茶化すように叫んだ。

 

「でもこのことを良く思わない神が居るのも事実……」

 

 蝶神がうつむき加減に憂いを帯びた声で言った。

 半妖という存在を許容しない狂信的な神がいるのもまた事実だ。

 

「此処だけの秘密にしておいた方が良いわね──……」

 

 蝶神が警告するように静かに言った。

 鮫神は沈黙し、蛇神は「成程~?」と危機感もなく適当に流した。

 

 こうして蛇神の出自は、彼らだけの秘密にしておくことになった。しかし──……。

 

 とある日。蛇神の家に招かれた鮫神。

 家の中には、幼い(ろく)の姿があった。

 

「この子は?」

 

 鮫神が問う。

 

「娘」

「はあ!?」

 

 蛇神が簡潔に述べるや否や、思わず鮫神は声を上げた。

 

「オレ、一般人と結婚してたんだ~!」

「はあああああああああ!?」

 

 蛇神のさらなる暴露に、鮫神はただ叫ぶしかなかった。

 その叫び声を聞きつけ、もう一人の子どもが現れた。

 ドアの隙間から不安げに顔を覗かせる幼い一片(ひとひら)

 

「あっちは二人目か?」

 

 鮫神は頭を抱えながら問う。

 

「彼は引き取った子だよ。呪われてるとかで厄介払いされたらしく……オレが引き取った」

 

 蛇神が答える。

 禄は血の繋がった実の娘だが、一片は引き取った子供だった。

 

「……お前は本当に馬鹿だよ!!」

 

 鮫神は怒気を含めて吐き捨てた。

 

「新人の神ならまだしも、掟のことくらい知ってるだろ!? 引き取るのは別に良いが、一人は実子って……」

 

 鮫神は蛇神に詰め寄る。

 神になった者は、自らの血を引く子供を作ってはならないという絶対の掟がある。

 

「人として生きてたらふつーのことじゃん?」

 

 蛇神は「いや、オレは人じゃないけど」と小さく付け加えながら、頬を掻いて言った。

 掟を破ったことへの罪悪感も危機感もなく、ただ不思議そうに首を傾げる。

 

「それが許されないんだよ!! オレ達は!!」

 

 鮫神は語気を強める。

 

「奴の……本物の……作った掟を破るなんてどうかしてる」

 

 なんてことをしてくれたんだ。馬鹿だよお前は!!

 

 鮫神の脳裏に、理不尽な暴力を振るう真の神の姿がフラッシュバックする。

 その必死な態度に、蛇神も神妙な顔つきになった。

 

「ごめん……キミの、その行動の意味が分からない」

 

 蛇神は純粋に、申し訳なさそうに言った。

 

 ……そうだった。こいつは「怒る」という感情の概念が分からないんだった──……。

 

 どうにもならない欠落を再認識し、鮫神は踵を返して家を出た。

 

 一応、鮫神はこの致命的な秘密も黙っておくことにした。

 

 ◇

 

 別の日。

 

「あっち行けよ、呪いがうつる!!」

 

 街の子ども達が一片に向けて石を投げ、暴言を吐いた。

 

「の、呪われてないですよ!!」

 

 一片は必死に否定した。

 しかし、一片は街の子ども達から疎外され、理不尽に虐められていた。

 そこへ禄が割って入り、先頭の子供を蹴り上げた。

 

「何虐めてやがる!」

「げっ、禄!!」

 

 禄が鋭い睨みを効かせると、子供たちは一瞬怯む。

 

 ……こいつ、いつもいつも邪魔を……!

 

 苛立った子供の一人が懐からナイフを取り出し、禄へ向かって襲いかかった。

 刺突。

 しかし、刃が届く直前、一片が間に割って入り禄を庇う。

 一片の腹部にナイフが深々と刺さり、服に赤黒い血が滲み出した。

 

「……?」

 

 禄は振り返り、その光景に一瞬硬直する。

 

「禄……大丈夫ですか?」

 

 一片は傷口を押さえ、激痛に耐えながら禄の無事を確認する。

 禄は崩れ落ちそうになる一片を支えた。

 

「汚れますよ」

 

 一片が、自身の血で染まる禄の手を案じて言った。

 禄は、一片の血がべっとりとついた自らの右手をじっと眺めた。

 

「どうして一片が怪我を……して?」

 

 これは何が……どういうこと……? こいつらがやったのか。

 

 禄の幼い思考が、目の前の惨状を咀嚼していく。

 騒ぎを聞きつけ、周囲に人々が集まりだした。

 

「なんだ?」

「なに?」

「どうしたの?」

 

 大人や子供、野次馬たちが遠巻きに彼らを囲む。

 その視線の中心で、禄の瞳に明確な殺意が宿った。

 

 殺してやる。

 

 激しい憎悪とともに、禄の身体からごぽっと不気味な音が鳴り、何かが隆起し始めた。

 

 一方その頃、蛇神は遊びに出たきり帰って来ない二人を探しに出かけていた。

 鮫神は最初ため息をついて座り込んでいたが、やがて重い腰を上げる。

 

 仕方ねえなあ……オレも探してやるか。

 

 そう思い、街へ探しに出た。

 そして蛇神よりも先に、鮫神は惨劇の中心にいる禄と一片を見つけた。

 

 禄と一片の周囲は、謎の不気味な液体で満たされていた。

 倒れた人々。凄惨な状況。

 

 鮫神が禄たちへ近寄ろうとした、その背後。

 音もなく、一つの影が降り立った。

 鮫神が咄嗟に振り返る。

 

「闇神……!?」

 

 鮫神は思わず口を開いた。

 そこに立っていたのは、玄がその座に就く前の先代闇神──ラウロス。

 頭の右側に妖精の翅が生えている、異様な存在だった。

 

「何人か死んでいるようだが?」

 

 そう言いながら、闇神ラウロスは身をかがめる。

 地面を満たしている液体を、右手の人差し指で掬い取った。

 

「これは……ふ~ん……」

 

 指に付着した液体を、ラウロスは躊躇なく舐めた。

 その常軌を逸した行動に、鮫神は思わず目を見開き、冷や汗を流す。

 

「成程……妖の使う毒か──……」

 

 ラウロスは一瞬で液体の正体を見破った。

 

「妖が人間を仕留める為の毒……」

 

 ラウロスは静かに、極めて冷静に分析する。

 

「いやいや、お前今──……」

 

 鮫神は大量の冷や汗を流しながら狼狽する。

 致死の毒を舐めたにもかかわらず、平然としているラウロスに底知れぬ恐怖を覚えた。

 ラウロスは視線を一瞬だけ鮫神へと向ける。

 そして前を見据え、決定的な言葉を口にした。

 

「成程な『蛇神の娘』ね……」

 

 ラウロスは薄く笑いながら言った。

 鮫神の目が限界まで見開かれる。

 

「これは少々面白いものが見られそうだ」

 

 ラウロスはそう言い残し、地面を蹴って街の屋根を伝い、軽やかに去っていく。

 

「待て!!」

 

 鮫神は思わず叫んだ。

 

 心でも読まれたか!?

 

 鮫神は推測しながら、必死にラウロスの背中を視線で追う。

 

 蛇神に娘が居たこと。そしてその娘が妖の毒を使えたこと。この事実が示すのは、蛇神自身も妖の血を引く存在であるという決定的な証拠。

 隠していた全てがバレた。

 

 鮫神も地を蹴り、ラウロスを追う。

 

 闇神(やつ)の素性や行動原理は一切謎だが……これだけは分かる……あいつ、絶対に報告しやがる!!

 

 守り抜こうとした秘密が、最悪の形で暴かれようとしていた。

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