半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
真の神のいる神殿の中央。
「聞いたんだが、アレは人ではない」
真の神の冷たい声が響く。
鮫神は膝をつき、深く頭を下げていた。
「この世のものではない。殺さなければならない」
真の神はそう言いながら右手を伸ばし、鮫神の頭を鷲掴みにした。
「お前が」
無慈悲な言葉を続けながら、鮫神の頭を乱暴に持ち上げる。
そして左手にナイフを持ち、その切っ先を鮫神の口の中へと忍ばせた。
「殺して来い」
了承しなければ舌を切り裂く。そう脅すように、冷徹に命じた。
◇
鮫神は街へと降り立つ。
「……蛇神」
鮫神はそう呼びかけながら、右手にエナメル質の刃を生成した。
「なんだ? こんなところに呼び出して」
指定された場所に現れた蛇神は、鮫神を見据えて言った。
「オレはお前を殺すよう命令された……」
鮫神は刃を持ったまま、重い足取りで蛇神へと近づく。
「そうなんだ……」
蛇神は視線を逸らし、短く答えた。
「お前が、馬鹿なことさえしなければ!!」
鮫神が悲痛に叫ぶ。
馬鹿なこと──掟を破り、子をなしたこと。
「いや……ダメか……そもそもお前の出生がバレてる時点で──……なんでこうなるんだよ!!」
鮫神は左手で頭を抱えて吐き捨てた。
蛇神が半妖である以上、いずれ処罰される運命だったのだ。
「半人半妖は殺す」という狂信的な考えを持つ神は多い……。
蛇神自身も、その現実を理解していた。
「……やっぱ分からないな。キミのさっきの行動……いや『感情』なのかな……?」
蛇神は鮫神を真っ直ぐに見て言った。
鮫神が何故叫び、苦悩するのか。その言動の根本が、蛇神には理解できない。
「こればかりはどうしても理解してやれないね」
蛇神はため息交じりに言った。
蛇神は鮫神の痛みを理解するために、自らの顔を切り裂いて傷を作ったほどだ。
しかし、『怒り』やそれに付随する感情の概念が決定的に欠落しているため、今の鮫神の心を理解してやることが出来なかった。
「でもさ、感情は分からなくても。殺したくないんだろうなってのは、なんとなく伝わった」
蛇神には感情の構造は理解できない。
けれど、友である鮫神が刃を向けることを躊躇している事実だけは理解した。
「オレは……」
鮫神が視線を落とし、言葉を紡ごうとした。
その時、蛇神は軽く指を鳴らした。
その音を皮切りに、地面から大量の巨大な蛇が出現した。
無数の蛇は、主である蛇神の身体に容赦なく噛みつき、喰らい始めた。
「!!」
自分で生成した蛇を自分に──……!!
鮫神は目を見開き、蛇神の元へ肉薄する。
「なんで!!」
鮫神は生成した刃を振り回し、蛇神を襲う蛇を次々と斬り刻んでいく。
友を助けるために。
「俺を殺さないといけないんだろ? キミは。でもキミは殺したくない」
蛇神は身体の肉を引きちぎられながらも、平然と語りかける。
蛇を捌ききれない……!
鮫神は必死に刃を振るうが、自喰の蛇は無尽蔵に湧き出てくる。
「ならオレが、自ら死ねば……それで──……」
蛇神は口から大量の血を吐き出しながら、最期の言葉を遺した。
そして蛇神は、引きちぎられた右手のみを残し、無残にも自らの蛇に食い殺された。
地面を赤い血が染め上げ、空からは冷たい雨が降り出した。
その凄惨な現場に、蝶神が到着した。
雨の降る中、鮫神はただ立ち尽くし、その手には主を失った蛇神のシンが握られていた。
どうして、こうなるんだよ。
神なんて嫌いだ。あんな所に居たくない……でも蛇神と蝶神のことは嫌いではなかった。
なのにオレは、オレはオレはオレはオレはオレはオレはオレはオレはオレは──……。
鮫神は絶望の中で歯を食い縛った。
蛇神は妖と人間の子。だから処分が下された。
そして神でありながら子を持ったことも、処罰の対象となった。
だから、娘である
鮫神は後日、蛇神の家へ行き、幼い禄と
子を残して死にやがって……無責任な。
そう毒づきながら、鮫神は彼らを殺すための能力を使おうとして──やめた。
「父は?」
幼い禄が問う。
「死んだ。殺された」
鮫神は簡潔に事実だけを述べる。
禄は無言のまま硬直した。
神のシンとは違い、一般人のシンは誤魔化しがきく……。
鮫神は必死に思考を巡らせた。
鮫神は禄と一片を殺さず、別のシンや死体を用意して完璧に偽装した。
彼らが死んだことにして、上層部に虚偽の報告を行った。
「……お前ら今日から、オレのところへ来るか?」
こうして鮫神は、禄と一片を自身の部下として引き取った。
◇
それから、鮫神は蝶神と会っていない。
そんなとある日。
鮫神は人気の無い岩場に腰を下ろしていた。
蝶神はオレが殺したと思ってるだろうし、どんな顔して会えばいいのか分からねーよ。
そう独り物思いに耽っていた。
そこへ、前任の塩神が足早に現れた。
「鮫神!」
「塩神」
「今さっき、連絡があって……施設が何者かの攻撃を受けている・と……」
塩神の緊急報告を受け、鮫神と塩神はその施設へと急行した。
その様子を、木の陰から闇神ラウロスが静かに監視していた。
鮫神と塩神が施設に到着すると、そこはすでに破壊され尽くしていた。
「悪魔が嗅ぎつけて来たか……?」
鮫神は瓦礫の山と化した施設を見渡し、推理を口にする。
「!! あ……あれは……!」
塩神が人影を発見し、指を差して言った。
「蝶神……!!」
二人の眼には、蝶神と悪魔ゴータス、そして
何故あいつ……悪魔なんかと……?
鮫神は思考を巡らせるが、明確な答えは出ない。
「神と悪魔が……? まさか蝶神、悪魔に協力を? ……俺達だけで判断は出来ない」
塩神はそう言いながら、報告用の通信符を握りしめた。
「とりあえず竜神にもこのことを話して──……」
「……」
塩神は竜神リューに判断を仰ごうと、連絡するために通信符を口元へ持っていく。
「竜神! 実は悪魔に協力したとされる神がいて……」
「……」
鮫神は無言のままだった。
「そのか、み……は」
次の瞬間、鮫神は一切の躊躇なく手刀を振り抜き、塩神の身体を両断した。
塩神の報告が途切れる。
「? 塩神?」
通信の向こうで、リューが怪訝そうに首を傾げた。
「……」
思わず殺してしまった。
悪魔が殺したということにしよう。
鮫神は冷徹に思考を切り替え、無言で身をかがめると、塩神の身体からシンを抜き取った。
さて……塩神のシンはどうするかね……。
鮫神は血に濡れた塩神のシンを見つめながら、次なる偽装工作を思考した。
◇
「塩神……悪魔に殺されたなんて……」
塩神の墓の前に佇む一人の男──しお。
のちに
彼は妖を寄せ付ける特異体質であり、そのため塩神から力を分け与えられ、妖に対抗できるようになった過去がある。
そんな彼の元へ、鮫神が姿を現した。
塩神のシンを差し出し、厳かに告げる。
「……なんとか回収は出来た。死んだあの神のシンだ……これをお前にやろう──……」
しおは鮫神の言葉を信じ、神のシンを受け取った。
『嘘』は言っていない──……。オレも『悪魔』なのだから──……。
「これでより妖に対抗できる」
鮫神はしおに言い放つ。
塩神を殺した悪魔は鮫神だ。その論理に嘘はない。
「そしてその能力で悪魔を……お前の恩人を殺した害虫を殺せ」
鮫神はしおに復讐を唆す。
蝶神のことは隠蔽出来た。塩神の死も誤魔化せた。
蛇神は無理だったが……蛇神の娘と預かっていた子ども、そして蝶神の命はなんとかなった。
鮫神は、自らの罪と引き換えに最悪の事態は免れたのだと思っていた。
「良かったね今回は殺さずに済んで」
「は?」
そして現在。蝶神を殺す直前、リューに告げられた言葉。
「だったらなんだよ」
「あの被験体を逃がすのに協力した神がいたらしいけど、それが蝶神だったのかなって」
「何が言いてぇんだよ」
「分かってるくせに」
リューの言葉で、鮫神は全てを察した。
結局バレた、駄目だった……流石にこれ以上は誤魔化せない。
たとえオレが殺しにいかなくとも他の神が許すわけがない。
他の神? いや、違うな……結局オレは蝶神を殺しに行っただろう……。
真の神の絶対的な暴力と恐怖。それに抗えない己の限界。
自分の身可愛さに、奴らに逆らえないただの臆病者だから──……。