半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.138「対象物」

 鮫神の記憶を覗き終えた現在。

 ()の国の屋敷にて、デュオラスは黙ったまま虚空を見据えていた。

 

 オレはお前を嫌悪する……。

 

 脳裏に浮かぶ理不尽な神の姿に思考を巡らせながら、デュオラスは戦略を練り終えて口を開く。

 

「……次は(かのと)君達に繋いでもらえる? と言っても会話するだけだけど」

 

 デュオラスは傍らに座り込むルリへ向けて言った。

 

「えっ……まあ……やるけど……?」

 

 ルリはデュオラスの真意が分からないまま了承した。

 デュオラスは立ち上がると窓を開け放ち、その縁に足をかけた。

 

「え……兄よ……何をして?」

 

 突飛な行動に、ルリが首を傾げる。

 

「見たらわかるでしょ」

「え?」

 

 デュオラスの言葉に、ルリの脳裏を嫌な予感がよぎる。

 

「さっき北王(ほくおう)さんに施術してもらったし、大丈夫大丈夫」

「ええええええええっ!?」

 

 デュオラスはルリに向かって親指を立ててみせた。

 ルリは思わず声を荒げる。

 デュオラスは北王が(きゅう)の国に帰還する前、特別な施術を受けていた。今の彼の身体は、一時的にせよ万全の状態になっている。

 

「待って兄!! 父の相手をするのが面倒になるって~!」

 

 ルリは制止しようと必死に叫んだ。

 

 ◇

 

 一方、街に取り残された辛達。

 鮫神と(ろく)はルリの能力で過去の記憶を強制的に覗かれ、その場に動きを止めていた。

 うつ伏せに倒れた爪戯(つまぎ)の背には、禄が重く乗りかかっている。

 爪戯はその拘束から抜け出すべく、強引に足を蹴り上げて禄を払いのけた。

 

 禄は回転しながら地面に着地する。

 

「……」

 

 禄は完全に無言だった。

 爪戯は体勢を立て直すべく起き上がる。

 そのわずかな間で、彼は禄の異様な状態に気がついた。

 

 辛が左手で金属生成を発動し、無数の刃を宙に飛翔させる。

 鋭い刃の群れが禄へ向けて殺到した。

 

「無駄ですよ!」

 

 一片(ひとひら)が瞬時に二人の間に割って入る。エナメル質の刃を自らの腕に纏い、力強く腕を振るって金属の刃をすべて弾き落とした。

 その攻防の間も禄は硬直したままであり、鮫神は自身の眼帯に右手を当て、大量の冷や汗を流していた。

 

「悪いお前ら。此処は任せた」

 

 鮫神は突如として踵を返し、歩き出した。

 背負った黒い箱を運ぶ任務が残っていたこともあるが、不意に暴かれた凄惨な過去の記憶が、彼の精神を著しく乱し、正常な判断力を奪っていたのだ。

 

「鮫神さま!?」

 

 一片が振り返り制止の声を上げるも、鮫神の姿は逃げるように街中へと消えていった。

 

 急にどうしたんだ?

 

 敵の不可解な撤退に、爪戯は怪訝な顔をする。

 

『ルリの能力で、あいつらの過去を覗いたからね』

「!!?」

 

 突如、脳内に直接声が響いた。

 爪戯は驚愕に目を見開く。

 

『相手の記憶に繋いだからね。相手は思い出したくもないものでも、思い出しちゃったんじゃないのかな?』

 

 この声……(あに)さま……。

 

 脳内に響く声の主を特定し、辛は状況を理解する。

 

 そういやシロホンって人の過去覗いたな……前に。

 

 爪戯もまた、かつてルリの能力でシロホンの過去を覗き見た事実を思い出していた。

 

『ところで、そこの二人は任せても良いかな?』

 

 デュオラスが静かに問いかける。

 一片は爪戯の右眼──反射の魔眼を強く警戒し、エナメル質の壁を形成して守りを固めていた。

 

 一人、しかも神が減った分は少し楽かもだけど……まだ敵の能力が掴めていない。

 

 爪戯は冷静に戦況を分析する。

 一片と禄、二人の能力の詳細な(ことわり)がいまだに解明されていない。

 

『辛君はなんとなく、理解は出来てるんじゃない?』

 

 ……いや、一人だけ。もう一人の、左眼眼帯の方はまだ──……。

 

 デュオラスの問いに、辛が心の中で答える。

 禄の能力の性質は推測できていたが、一片の能力の全容が把握できていなかった。

 

『そう……確かに二人とは言ったけど、きっちり二人を相手にする必要はないよ』

「!?」

 

 デュオラスの言葉に、爪戯は思考を巡らせる。

 デュオラスはすでに屋敷を抜け出し、外を移動していた。

 

『一番相手にするのは四分の一妖の方──……。眼帯の方は爆破でいけるよ。意外と耐久ないよ彼の能力』

 

 四分の一妖──それは禄のことだ。

 父親である蛇神が半妖であったため、禄はその血を引くクォーターに当たる。

 一方、一片の生成する物質は鮫神と同質のエナメル質。耐久力はそこそこだが、突破口はある。

 

『過去や精神状態を視た限り、彼女は「驚く」ことが出来ない……いや、正確には「驚いている」けれど、その状態・状況を理解できないというのが正しい……だから一時的に硬直する』

 

 デュオラスは記憶から読み取った禄の精神構造を分析し、結論を述べる。

 禄の心にも決定的な欠落が存在しており、それが「驚き」という感情の理解だった。

 

『四分の一が妖だから欠落は軽め、なのかな? その分半分が神なせいで、右眼が明かないみたいだから……そこで釣り合いを取っている……?』

 

 デュオラスの推論が続く。

 禄は蛇神の子であり、蛇神は半妖だった。

 彼女には二つの欠落があり、一つが「驚き」という感情の喪失。そしてもう一つが、開くことのない右眼と、その周囲に刻まれた痣だ。

 

「え……ええ? いやでも……えええ?」

 

 高度な情報と考察を一気に流し込まれ、爪戯は処理が追いつかず思わず間抜けな声を出した。

 辛の頬を、一筋の冷たい汗が伝う。

 

『ちなみに彼女は怒ると毒を使う』

 

 デュオラスが、最も危険な事実を付け加えた。

 敵陣では、一片が硬直している禄へ声をかけていた。

 禄は短く「大丈夫だ」とだけ反応を示す。

 

 毒……。

 

 爪戯は強い緊張を走らせる。

 デュオラスは外を歩きながら、静かに、しかし確かな意志を込めて言葉を紡ぐ。

 

『辛君、キミの半分は人間だけど……もう半分は妖。味方を守るためなら、利用できるものは使うべきだと思う──……』

 

 デュオラスの言葉を、辛は沈黙の中で重く受け止めていた。

 

『いや、これはオレの勝手な考えで申し訳ない。でもさ、妖の要素(この特異性)って他人に蔑まされる為の「欠点」ではなくて……味方を守るための、キミの「利点」だと思うんだよね』

 

 デュオラスは真っ直ぐに真理を突いた。

 辛はその言葉を飲み込み、覚悟を決めて立ち上がる。

 

「分かった」

「辛!?」

 

 辛は短く了承の意を示した。

 

『あ……勿論キミにもやってもらうことはあるよ、爪戯君』

「なぬっ!?」

 

 デュオラスからの唐突な指名に、爪戯は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 

「爪戯!!」

 

 辛は爪戯の名を叫びながら、金属の刃を無数に生成して前方へ射出した。

 

「了解!!」

 

 爪戯も即座に意図を汲み取り、鋭い氷を生成して放つ。

 

 金属と氷の同時攻撃──……!!

 

 一片と禄へ向けて、二つの異なる物質が飛翔する。

 一片が形成したエナメル質の壁の上空から、それらが雨のように降り注いだ。

 

「オレが金属を変換」

 

 禄が右手を高く掲げ、自身の能力を発動させる。

 空中の金属の刃が、瞬時にサラサラの粉状へと変換されていく。

 

「自分は氷を……!」

 

 一片は迫り来る氷を砕こうと右手を構えた。

 

 氷を水に!

 

 その瞬間、爪戯は放った氷を瞬時に相転移させ、水へと変換した。

 

「また同じ手を使う気ですか!?」

 

 一片は空中で飛散する水を睨み据え、冷静に言い放つ。

 そこへ、辛が左手をかざして別の能力を発動させた。

 

 此処で操作するのは「木」──……。

 

 地面から太い木の根が隆起し、禄と一片の身体を強引に巻き上げる。

 禄は不快そうに目を細めた。

 

「水より先に木を変えるか……」

 

 禄はそう呟き、自身の拘束を解くために能力の対象を木の根へ向けた。

 木の根が粉状へと変換され、二人の拘束が解かれる。

 

 奴の変換対象は一つのみ……。

 何かを変換した時、先に変換したものは元の物質に戻る。

 

 辛は以前の交戦で、この絶対的なルールに気づいていた。

 金属が粉状になった後、再び元の形に戻ったあの現象から、論理的な仮説を立てていたのだ。

 

 木を何かに変換した……つまり金属は今、元の状態に戻る──……。

 そしてこの場には「水」がある……!

 

 禄は一度金属を粉へと変換したが、今は木の根の拘束を解くため、そちらへ能力を回した。

 それはすなわち、変換されていた金属が元の刃の形状へ戻ることを意味する。

 そしてその直下には、爪戯が用意した水が存在していた。

 

 禄と一片の足元に溜まった水に、元の姿を取り戻した金属の刃が触れる。

 

 アルカリ金属は、水と激しく反応する……!

 

 辛の科学的思考が結実した瞬間、一片の超人的な反射神経が危機を察知し、禄を庇おうと動いた。

 

 次の瞬間、大爆発が起きた。

 凄まじい轟音が鳴り響き、粉砕された瓦礫と水蒸気が周囲に舞い散る。

 

 やがて、濛々たる煙が徐々に晴れていく。

 

「禄……大丈夫ですか?」

 

 一片が、禄に覆い被さるようにして彼女を爆風から守り抜いていた。

 咄嗟に身体をエナメル質の「楯鱗(じゅんりん)」で覆ったものの、化学反応による爆発の威力は凄まじく、強固な盾を容易に貫通していた。

 一片の身体には、致命的な重傷が刻まれている。

 

「自分の能力の耐久力では……これが限界……ですね……」

 

 一片は苦しげにそう言い残し、その場に倒れ伏した。

 一方の禄は、「驚く」という感情が欠落しているため、目の前で起きた事象をうまく理解できずにいた。

 

 何が起きたのか分からない……が──……これだけは分かる。こいつらは許さない──……!!

 

 複雑な状況は理解できずとも、一片が自分を庇って倒されたという事実だけは明確に理解できた。

 ゆえに彼女の心は激しい怒りに染まり、目の前の敵を確実に仕留めることを決意した。

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