半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
それは家柄的に、一族の者を「外」へ行かせないための、呪いという名の縛りだった。
一片の両親は、せめて末っ子の一片だけでも外の世界へ行かせてやりたいと願い、秘術を用いてその呪いを軽減した。
こうして一片を縛る家への枷は、わずかに緩んだ。
しかし、これらの事実を知って不都合を被る者がいるらしく、両親は仕方なく一片が亡くなったと偽装し、外の世界へと逃がした。
そして外へ出た一片が、子供一人で生きていけるはずもなく、
蛇神は一片の抱える複雑な事情を詳しくは知らなかったが、即座に彼を受け入れた。
「近づくな、おれは化け物……」
幼い禄は、一片を遠ざけるために言い放った。
「ろろろ禄は化け物じゃありません!」
一片は禄を拒絶しなかった。
やがて二人は、確かな友人関係を築いていく。
しかし、一片の呪いは軽減されたとはいえ、完全に消え去ったわけではない。
いつか「家」へ強制送還される日が来るかもしれない。ならばこの呪いを、完全に解いてやりたい。
禄は、信念をもってそう思うようになっていった。
◇
「蝶神さん……」
爪戯は思わず呟いた。
そして、そのすぐ近くで倒れている
これか……毒の元ってのは……。
爪戯は凪の腹部に噛みついている蛇を引き剥がすと、自身の能力で凍結させて投げ捨てた。
「おい女! これで治癒が使えるだろ!?」
「う……う~ん……」
「なるべく急いで欲しいんだけど!!」
爪戯は凪の肩を掴み、乱暴に揺さぶる。
凪は目を回していたが、徐々に気を取り戻していく。
「あれっ毒の注入がなくなってる? 治癒できる!」
凪は自らの腹部に手を当て、能力を発動させて傷を癒していく。
「早く治して! 頼む!」
「ん?」
爪戯が焦燥を滲ませて急かす。
凪は不思議に思い、視線を近くの蝶神へと向けた。
「蝶神さん!?」
凪は驚愕に叫ぶ。
「もう手遅れ」
「そんな……!」
爪戯は凪の肩に右手を置き、冷や汗を流しながら非情な事実を告げた。
凪の頬にも、一筋の汗が伝う。
「今は
「!!?」
爪戯は、死闘を繰り広げている辛のもとへ向かうよう促した。
◇
一方、辛。
負けるわけにはいかない──……!!
立ち上がった禄は、周囲に漂わせていた毒を操り、自らの背中へと深く突き刺した。
毒を自分に!?
辛は警戒を強める。
次の瞬間、異常な速度で肉薄した禄が、辛の腹部に重い拳を叩き込んだ。
強烈な衝撃が走り、辛の身体は後方の崖へと激しく吹き飛ばされる。
轟音。
崖の表面に亀裂が走り、岩の破片が飛び散る。
禄は追撃をかけるべく、逆の拳を振り上げて一撃を放つ。
辛は間一髪のところでそれを躱した。
急に動きが──……!! 毒を薬に変換してドーピングか……。
辛は自身の頬に一筋の赤い線を作りながら、相手の能力の理を分析していた。
間髪入れず、禄の追撃が迫る。
右膝が辛の胴体へ向けて突き出された。
辛の身体が再び弾き飛ばされる。
少ししか使っていないのに「火」の影響で対応が遅れる……。
辛は空中を舞いながら苦悶した。
彼の身体には半分妖の血が流れており、「火」の能力を行使すると自傷ダメージが発生する。その反動が、確実に肉体を蝕んでいた。
すると、精神世界にて、妖である母が不意に語りかけてきた。
『私を頼りなさい辛』
「……!」
辛の頬を冷たい汗が流れる。
『私が全部殺してあげる。それに言われたでしょ? 利用出来るものは使えって。だから、ね?』
母は優しく、ひどく蠱惑的に微笑んで言った。
辛の表情が険しく強張る。
「……オレは、お前の
辛は内なる母──妖の血に対し、明確な拒絶を突きつけた。
意識を現実へと引き戻す。
一瞬で良い……。
辛は左手をかざし、金属生成を試みる。
禄が地を蹴り、再び肉薄してくる。
辛は自分と禄の間に、分厚い金属の壁を急造した。
隙を作ることが出来れば……。
辛の意図をよそに、禄は強化された拳で金属の壁を容赦なく粉砕していく。
辛は後退しながら、次々と金属の壁を複数形成する。
「無駄だ。全部壊すのみ!!」
それでも禄の猛攻は止まらない。
立ちはだかる全ての金属を、暴力的に破壊し尽くした。
しかしその直後、禄の動きが一瞬だけ不自然に硬直した。
「……?」
禄が怪訝そうに首を傾げる。
その瞬間を見逃さず、辛は目を細めた。
ドーピングによる身体への負荷が、ようやくここにきて出て来たな……。
辛は左手を前へと突き出す。
「暴れすぎて身体がついて来なくなったようだな」
破壊された金属の中には、マグネシウムを混ぜてある──……。
辛は、粉々になって空中に舞い散る金属粉に向けて「火」の能力を発動させる。
マグネシウムが瞬時に引火し、強烈な閃光弾となった。
視界を奪うほどの巨大な光が、禄を包み込む。
「……?」
禄の動きが完全に停止した。
彼女は「驚き」という感情の概念を理解できない。閃光弾による突発的な異常事態に対し、脳の処理が追いつかず反応できなかったのだ。
辛は鋭く踏み込み、左脚で禄の胴体を刈り取るように蹴り抜いた。
蹴撃。
「かっ」
腹部に重い一撃を受けた禄が、短い苦悶の声を漏らす。
そのまま地面へと叩きつけられ、倒れ伏した。
辛は金属で鋭い刀を生成し、転がる禄の首筋に冷たい刃を突きつけた。
「隙さえ出来ればこの身体でも対応できる……驚かせる隙が欲しかっただけだがな」
「?」
辛の理屈が理解できず、禄は首を傾げる。
「
辛は左手に刀を構えたまま、静かに告げた。
「ちなみに……さっきのにもマグネシウムを混ぜておいた。燃焼させて閃光弾の代わりに使わせてもらった」
辛の種明かしに、禄は無言で応じた。
ドーピングの効果も切れた……使っても勝てなかった……能力相性も悪い。鮫神と鍵神の命令はこなせそうにないな……。
論理的に自らの敗北を悟り、禄は口を開く。
「……殺せ」
禄は残された力を振り絞り、死を求めた。
「待った!!」
そこへ、爪戯が凪を引き連れて駆け寄ってくる。
「連れてきたよ!!」
爪戯が凪を指差して言った。
「はぁ~病み上がりに無理させよってからに~」
凪は大量の汗をかきながら、疲労困憊の様子で文句を垂れる。
その騒がしい光景を、刃を突きつけられた禄が不思議そうに見上げていた。