半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
「ふ~ん。妖の毒……ねえ」
遠く離れた
竜神リューが右手を頭に当て、独りごちる。
遠隔から能力を行使し、
「!?」
リューの傍らを通り過ぎようとした鍵神が、その言葉に足を止めた。
「どうやら、鮫神の部下の一人に蛇神の娘が居るみたいだよ」
リューは世間話でもするかのように、緩い口調で告げた。
「はあ!? 殺す対象じゃないか!!」
鍵神が即座に声を荒げる。
掟を破った蛇神の血を引く娘。それは神の
リューは口元に手を当て、思案する仕草を見せた。
「いや……待って」
「貴様! また殺すなとか言うつもりか!?」
「うん、そうだよ」
リューは両手を広げて平然と言い放つ。
鍵神はすかさず噛みついた。
「だって闇神の離反って、『それ』が原因だったし……まあ、あの鮫神がこちらを裏切れるとは思えないけど」
リューの言う原因とは、前任の闇神ラウロスを死なせた結果、闇神であった
「……要は使い方次第ってことだよ──……こういうのは」
リューは冷徹な眼差しで、ただ自らの盤面を見据えていた。
◇
一方、
「……連れてきた?」
重傷を負った禄が、なんとか上体を起こして声を絞り出した。
「今から『呪い』を解く……!」
凪の視線は、真っ直ぐに横たわる
「ああ! この人……!」
凪は言いながら駆け寄る。その後ろを爪戯が追う。
「ん……?? つーかお前、毒……」
致死の毒を受けたはずの凪が軽やかに動いている姿を見て、禄は冷や汗を流した。
「確かに初めて会った時に、妙な感じがあったのよね……そっか呪いか……」
凪は一片と初めて対峙した時の記憶を遡る。
あの時、彼から発せられていた妙な感覚の正体が、この呪いだったのだ。
「眼帯しているこの左眼と予想するが?」
爪戯が一片の身体を仰向けにしながら推測する。
一片は全身傷だらけで目を閉じ、荒い息を繰り返していた。
「うーん……この眼帯はむしろ……呪いを緩和する為につけてるっぽい……?」
凪が能力で感覚を探りながら答える。
一片の呪いは両親の秘術によって軽減されてはいるが、完全には解けていない。
この眼帯は、残る呪いをさらに抑え込むための触媒だった。
「でも今は眼帯のおかげか、左の方の呪いは解けてるっぽい」
凪がさらに感覚を研ぎ澄ませる。
「そういうもん?」
「なんかそんな感じがするの」
爪戯の疑問に、凪は自らの直感に従って答える。
凪は慎重に、呪いの核を探っていく。
「だから別の場所──……右眼の方だわ……」
「右?」
一片の顔を覗き込みながら、凪が確信を持って言う。
「といっても正確には右眼の近くの……奥の……うーん、どうやって正確な位置を伝えたら良いのやら……」
言葉で伝える限界に直面し、凪は頭を抱えた。
『そこは任せて!!』
「この声!」
突如、脳内に響いたルリの声に、凪と爪戯が大きく目を見張る。
『記憶を繋いでうちが中継するね。それで正確に伝わるはずだよ』
ルリが遠く離れた屋敷から、精神接続の能力で介入してきた。
『あとは凪氏が治癒をかけながら、患部を貫き呪いを破壊・排除で解除完了♪』
軽い調子のルリの言葉に、凪は「凪氏!?」と戸惑いを見せる。
爪戯は言われた通り、右手に鋭い氷の刃を形成した。
その光景を、少し離れた場所から禄と辛が固唾を呑んで見守っている。
「行くよ」
「うん」
爪戯の短い合図に、凪が頷く。
爪戯はルリの能力で凪からの正確な位置情報を受信し、一片の頭部奥深くにある呪いの核を、氷の刃で精密に貫いた。
同時に凪が治癒の能力を発動させ、損傷を瞬時に癒していく。
氷の刃が引き抜かれ、傷口が完全に塞がった。
これで呪いは解け──……。
全員がそう安堵した瞬間、一片の頭部から禍々しい黒い靄が溢れ出した。
「!?」
予想外の事態に、爪戯、凪、辛の間に緊張が走る。
靄は上空で渦を巻き、巨大な黒い髑髏の形を形成し始めた。
「なっ!? どういうこと!?」
凪が悲鳴のような声を上げる。
『媒介を破壊されても呪いが具現化するなんて……弱まっていたとはいえ、相当強い呪いだったみたいだね♪』
ルリの呑気な声が脳内に響く。
「えええ?」
凪は額から冷や汗を流し、パニックに陥る。
『襲ってくるよ~!』
「ええええええええ」
爪戯が叫ぶ。
その警告通り、具現化した髑髏が凪へ向けて急降下してきた。
辛が咄嗟に駆け寄ろうと動いた、その時。
『大丈夫──……』
デュオラスの冷静な念話が、辛の動きを制止した。
『視認できるほどに強力な呪い……とは言え──……』
デュオラスは、どこかを歩きながら淡々とロジックを組み立てる。
凪に迫る黒い髑髏。
その直線上に、爪戯が素早く間に入り、閉じていた右目を開眼させた。
『「視る」ことが出来るということは……』
直前での完全な視認。
その条件を満たした瞬間、対象のダメージを反射する魔眼が発動し、巨大な黒い髑髏は空中で派手にはじけ飛んだ。
『右眼が使えるってことだから──……』
だから一回分は残しておいてほしかったんだよね。
デュオラスの采配。盤面は完全に彼の予測通りに動いていた。
「いや……え……え、ええ……」
危機を脱した爪戯本人が、自身の右眼が起こした現象に一番驚愕し、震えていた。
『キミ、鏡通しても右眼は使えるし……物相手だろうと返せるだろう? 呪いくらい返せるって』
「そういうもんなの!?」
デュオラスの平然とした解説に、爪戯が思わずツッコミを入れる。
凪もぽかんと口を開けたまま、状況を処理しきれずにいた。
禄が痛む身体に鞭を打ち、一片のもとへ駆け寄る。
『「右眼で直前に視認が条件」だからね、その能力……まあ、鏡も物も防ぐ為に利用されたんだけどね』
「成程……?」
デュオラスの追加説明に、爪戯はどうにか納得しようと努める。
「一片……?」
禄が一片の身体を抱き起こし、震える声で呼びかけた。
「う、う~ん……」
一片が微かな唸り声を上げる。
「大丈夫、治癒かけながらだったし。刺し傷は残ってないわよ」
凪が身をかがめ、無事を保証した。
「……呪いが解けたのか?」
禄が、いまだ半信半疑のまま呟く。
「禄……?」
一片がゆっくりと目を覚まし、親友の名を呼んだ。
「はっ戦いは!?」
「もういい」
意識を完全に取り戻し、慌てて周囲を見渡す一片を、禄が静かに制した。
「鍵神の命令は、お前の呪いが解けたことで、聞く必要はなくなったし……鮫神の命令である『こいつらを倒す』は──……」
禄は、鍵神の命令に従えば一片の呪いを解くという取引を交わしていた。
しかし、呪いが完全に解けた今、あの死神の言葉に従う理由はどこにもない。
「……毒もドーピングも使っても勝てなかった。オレ達じゃ勝てない、それに……」
禄は辛を真っ直ぐに見据える。
そして、再び視線を一片へと戻した。
「お前の呪いを解いてくれたんだ……もう戦えるわけない。だから。もういい」
禄の心からは、完全に戦意が消失していた。
その場の全員が、沈黙の中で事の顛末を受け入れていた。
もしかして
辛は、デュオラスの底知れない頭脳と先読みに触れた気がして、背筋に冷たいものを感じた。
……蝶神……そう言えば、蝶神のシンは
戦いが終わった静寂の中、辛は持ち去られた蝶神のシンの所在を思い出し、思考を切り替えた。
◇
伍の国の街中。
鮫神が巨大な黒い箱を背負い、音を立てずに屋根を駆けていた。
嫌なもんを思い出させやがって……。
ルリの能力によって強制的に掘り起こされた凄惨な過去。
その嫌悪感を振り払うように、足早に進む。
その時、鮫神は上空から自らへ向かって降下してくる一つの影に気づいた。
地面に降り立とうとしたその影の軌道を、鮫神は素早く横へ飛んで躱す。
「向こうは決着ついたみたいだよ」
土煙の中から現れたのは、デュオラスだった。
彼は屋敷を出て、鮫神の逃走ルートを的確に先回りしていたのだ。
「さあ、その箱と蝶神さんのシンを置いていってもらおうか!」
デュオラスは腰に佩いた刀に手をかけ、鮫神の前に静かに立ちはだかった。