半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.141「強力呪」

「ふ~ん。妖の毒……ねえ」

 

 遠く離れた(じゅう)の国にて。

 竜神リューが右手を頭に当て、独りごちる。

 遠隔から能力を行使し、(かのと)(ろく)の死闘を静かに観察していたのだ。

 

「!?」

 

 リューの傍らを通り過ぎようとした鍵神が、その言葉に足を止めた。

 

「どうやら、鮫神の部下の一人に蛇神の娘が居るみたいだよ」

 

 リューは世間話でもするかのように、緩い口調で告げた。

 

「はあ!? 殺す対象じゃないか!!」

 

 鍵神が即座に声を荒げる。

 掟を破った蛇神の血を引く娘。それは神の(ことわり)において、明確な殺害対象だ。

 リューは口元に手を当て、思案する仕草を見せた。

 

「いや……待って」

「貴様! また殺すなとか言うつもりか!?」

「うん、そうだよ」

 

 リューは両手を広げて平然と言い放つ。

 鍵神はすかさず噛みついた。

 

「だって闇神の離反って、『それ』が原因だったし……まあ、あの鮫神がこちらを裏切れるとは思えないけど」

 

 リューの言う原因とは、前任の闇神ラウロスを死なせた結果、闇神であった(くろ)の離反を招いた一件のことだ。

 

「……要は使い方次第ってことだよ──……こういうのは」

 

 リューは冷徹な眼差しで、ただ自らの盤面を見据えていた。

 

 ◇

 

 一方、()の国の街中。辛達の戦場。

 

「……連れてきた?」

 

 重傷を負った禄が、なんとか上体を起こして声を絞り出した。

 

「今から『呪い』を解く……!」

 

 (なぎ)を連れて合流した爪戯(つまぎ)が、力強く宣言する。

 凪の視線は、真っ直ぐに横たわる一片(ひとひら)へと向けられた。

 

「ああ! この人……!」

 

 凪は言いながら駆け寄る。その後ろを爪戯が追う。

 

「ん……?? つーかお前、毒……」

 

 致死の毒を受けたはずの凪が軽やかに動いている姿を見て、禄は冷や汗を流した。

 

「確かに初めて会った時に、妙な感じがあったのよね……そっか呪いか……」

 

 凪は一片と初めて対峙した時の記憶を遡る。

 あの時、彼から発せられていた妙な感覚の正体が、この呪いだったのだ。

 

「眼帯しているこの左眼と予想するが?」

 

 爪戯が一片の身体を仰向けにしながら推測する。

 一片は全身傷だらけで目を閉じ、荒い息を繰り返していた。

 

「うーん……この眼帯はむしろ……呪いを緩和する為につけてるっぽい……?」

 

 凪が能力で感覚を探りながら答える。

 一片の呪いは両親の秘術によって軽減されてはいるが、完全には解けていない。

 この眼帯は、残る呪いをさらに抑え込むための触媒だった。

 

「でも今は眼帯のおかげか、左の方の呪いは解けてるっぽい」

 

 凪がさらに感覚を研ぎ澄ませる。

 

「そういうもん?」

「なんかそんな感じがするの」

 

 爪戯の疑問に、凪は自らの直感に従って答える。

 凪は慎重に、呪いの核を探っていく。

 

「だから別の場所──……右眼の方だわ……」

「右?」

 

 一片の顔を覗き込みながら、凪が確信を持って言う。

 

「といっても正確には右眼の近くの……奥の……うーん、どうやって正確な位置を伝えたら良いのやら……」

 

 言葉で伝える限界に直面し、凪は頭を抱えた。

 

『そこは任せて!!』

「この声!」

 

 突如、脳内に響いたルリの声に、凪と爪戯が大きく目を見張る。

 

『記憶を繋いでうちが中継するね。それで正確に伝わるはずだよ』

 

 ルリが遠く離れた屋敷から、精神接続の能力で介入してきた。

 

『あとは凪氏が治癒をかけながら、患部を貫き呪いを破壊・排除で解除完了♪』

 

 軽い調子のルリの言葉に、凪は「凪氏!?」と戸惑いを見せる。

 爪戯は言われた通り、右手に鋭い氷の刃を形成した。

 その光景を、少し離れた場所から禄と辛が固唾を呑んで見守っている。

 

「行くよ」

「うん」

 

 爪戯の短い合図に、凪が頷く。

 爪戯はルリの能力で凪からの正確な位置情報を受信し、一片の頭部奥深くにある呪いの核を、氷の刃で精密に貫いた。

 同時に凪が治癒の能力を発動させ、損傷を瞬時に癒していく。

 

 氷の刃が引き抜かれ、傷口が完全に塞がった。

 

 これで呪いは解け──……。

 

 全員がそう安堵した瞬間、一片の頭部から禍々しい黒い靄が溢れ出した。

 

「!?」

 

 予想外の事態に、爪戯、凪、辛の間に緊張が走る。

 靄は上空で渦を巻き、巨大な黒い髑髏の形を形成し始めた。

 

「なっ!? どういうこと!?」

 

 凪が悲鳴のような声を上げる。

 

『媒介を破壊されても呪いが具現化するなんて……弱まっていたとはいえ、相当強い呪いだったみたいだね♪』

 

 ルリの呑気な声が脳内に響く。

 

「えええ?」

 

 凪は額から冷や汗を流し、パニックに陥る。

 

『襲ってくるよ~!』

「ええええええええ」

 

 爪戯が叫ぶ。

 その警告通り、具現化した髑髏が凪へ向けて急降下してきた。

 辛が咄嗟に駆け寄ろうと動いた、その時。

 

『大丈夫──……』

 

 デュオラスの冷静な念話が、辛の動きを制止した。

 

『視認できるほどに強力な呪い……とは言え──……』

 

 デュオラスは、どこかを歩きながら淡々とロジックを組み立てる。

 凪に迫る黒い髑髏。

 その直線上に、爪戯が素早く間に入り、閉じていた右目を開眼させた。

 

『「視る」ことが出来るということは……』

 

 直前での完全な視認。

 その条件を満たした瞬間、対象のダメージを反射する魔眼が発動し、巨大な黒い髑髏は空中で派手にはじけ飛んだ。

 

『右眼が使えるってことだから──……』

 

 だから一回分は残しておいてほしかったんだよね。

 

 デュオラスの采配。盤面は完全に彼の予測通りに動いていた。

 

「いや……え……え、ええ……」

 

 危機を脱した爪戯本人が、自身の右眼が起こした現象に一番驚愕し、震えていた。

 

『キミ、鏡通しても右眼は使えるし……物相手だろうと返せるだろう? 呪いくらい返せるって』

「そういうもんなの!?」

 

 デュオラスの平然とした解説に、爪戯が思わずツッコミを入れる。

 凪もぽかんと口を開けたまま、状況を処理しきれずにいた。

 禄が痛む身体に鞭を打ち、一片のもとへ駆け寄る。

 

『「右眼で直前に視認が条件」だからね、その能力……まあ、鏡も物も防ぐ為に利用されたんだけどね』

「成程……?」

 

 デュオラスの追加説明に、爪戯はどうにか納得しようと努める。

 

「一片……?」

 

 禄が一片の身体を抱き起こし、震える声で呼びかけた。

 

「う、う~ん……」

 

 一片が微かな唸り声を上げる。

 

「大丈夫、治癒かけながらだったし。刺し傷は残ってないわよ」

 

 凪が身をかがめ、無事を保証した。

 

「……呪いが解けたのか?」

 

 禄が、いまだ半信半疑のまま呟く。

 

「禄……?」

 

 一片がゆっくりと目を覚まし、親友の名を呼んだ。

 

「はっ戦いは!?」

「もういい」

 

 意識を完全に取り戻し、慌てて周囲を見渡す一片を、禄が静かに制した。

 

「鍵神の命令は、お前の呪いが解けたことで、聞く必要はなくなったし……鮫神の命令である『こいつらを倒す』は──……」

 

 禄は、鍵神の命令に従えば一片の呪いを解くという取引を交わしていた。

 しかし、呪いが完全に解けた今、あの死神の言葉に従う理由はどこにもない。

 

「……毒もドーピングも使っても勝てなかった。オレ達じゃ勝てない、それに……」

 

 禄は辛を真っ直ぐに見据える。

 そして、再び視線を一片へと戻した。

 

「お前の呪いを解いてくれたんだ……もう戦えるわけない。だから。もういい」

 

 禄の心からは、完全に戦意が消失していた。

 その場の全員が、沈黙の中で事の顛末を受け入れていた。

 

 もしかして兄さま(あいつ)は、始めからこうなることが分かっていた……?

 

 辛は、デュオラスの底知れない頭脳と先読みに触れた気がして、背筋に冷たいものを感じた。

 

 ……蝶神……そう言えば、蝶神のシンは鮫神(あいつ)が──……。

 

 戦いが終わった静寂の中、辛は持ち去られた蝶神のシンの所在を思い出し、思考を切り替えた。

 

 ◇

 

 伍の国の街中。

 鮫神が巨大な黒い箱を背負い、音を立てずに屋根を駆けていた。

 

 嫌なもんを思い出させやがって……。

 

 ルリの能力によって強制的に掘り起こされた凄惨な過去。

 その嫌悪感を振り払うように、足早に進む。

 

 その時、鮫神は上空から自らへ向かって降下してくる一つの影に気づいた。

 地面に降り立とうとしたその影の軌道を、鮫神は素早く横へ飛んで躱す。

 

「向こうは決着ついたみたいだよ」

 

 土煙の中から現れたのは、デュオラスだった。

 彼は屋敷を出て、鮫神の逃走ルートを的確に先回りしていたのだ。

 

「さあ、その箱と蝶神さんのシンを置いていってもらおうか!」

 

 デュオラスは腰に佩いた刀に手をかけ、鮫神の前に静かに立ちはだかった。

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