半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
「置いていってもらおうか」
鮫神の前に静かに立ちはだかったデュオラスが、通る声で言った。
「は?」
なんだ……こいつ。
鮫神の口から、思わず素の反応が漏れる。
「まさかお前か? オレの記憶を覗いたのは」
この感じ……この見た目……。
鮫神は右手の指を相手へ突きつけて問う。
デュオラスの姿と彼が纏う雰囲気に、かつての「ある男」の姿が脳裏をよぎったのだ。
「確かに視たけど、アレは妹の
デュオラスは右手の人差し指を立てて、淡々と答える。
って言っても、この距離ならルリの
デュオラスは、対象の心を読み取る能力を持っている。
この近距離にいる鮫神の内心など、彼には筒抜けだった。
似てる……『あれ』に……『あいつに』……。
鮫神は、脳裏をよぎる存在と目の前のデュオラスを重ね合わせ、強い警戒心を抱いていた。
その思考を、デュオラスは正確に読み取る。
「キミのその印象に対する答えは、当たらずとも遠からず──……かもね」
デュオラスは微笑みを浮かべ、意味深な言葉を返した。
鮫神の背筋を冷や汗が伝う。
しかし、歴戦の神である彼は即座に思考を戦闘へと切り替えた。
「気味の悪い奴だな!!」
鮫神は歯を強く噛み締め、エナメル質で構成された巨大な鮫の顎を生成し、デュオラスへ向けて放った。
「表面はエナメル質……象牙質で内側から支えてる感じかな?
デュオラスは迫り来る鮫の構造を瞬時に分析しながら、腰から刀を抜き取った。
しかし、鞘からは抜かず、納刀したままの状態で構える。
「硬いが意外と脆い」
言うが早いか、鞘付きの刀を鋭く振り下ろし、襲い掛かる巨大な鮫を一撃で粉砕した。
硬質な破砕音が周囲に響き渡る。
鮫神の眼が驚愕に見開かれた。
「その能力で生成している物は、歯みたいな物。で、合ってるよね? オレの力なら破壊は簡単だね」
デュオラスは右手の人差し指を上に向け、事もなげに言った。
な、なんなんだこいつ──……ってか刀は鞘からは抜かないのかよ……刃毀れでもするからか……?
鮫神は得体の知れない強敵に冷や汗を流しつつも、相手の不可解な行動の理由を分析していた。
「ああ……これ? 今はあまり抜きたくなくてね──……」
そんな鮫神の思考を読み取り、デュオラスが答える。
「抜いて欲しいなら、力尽くでやってみなってことでひとつ」
デュオラスは微笑んでいるが、その瞳の奥には一切の笑みがなかった。
……まさかこいつ……心が読めているな?
鮫神は、会話のタイミングと内容から、相手が読心能力を持っている事実に気がついた。
「つーか、なんなんだよお前は! 蝶神のシンまで狙いやがって……チカラが欲しいってやつか!?」
鮫神は両手を広げて叫ぶ。
相手の存在理由と、真の狙いを窺うための揺さぶりだった。
「まあ確かに『神』を殺すチカラは欲しいけど……」
デュオラスは右手の人差し指を口元に当てて、静かに言葉を返す。
鮫神は、続く言葉を黙って待った。
「単純に
デュオラスの要求は明確だった。
鮫神の持つ蝶神のシンと、背負っている箱の中身を神側へ渡すわけにはいかない。
鮫神は、自身の手で殺めた蝶神の姿を思い返し、瞳から暗い光を落とした。
「蝶神さんとは面識があってね。彼女は悪魔でも人として見てくれていた。神には珍しいタイプだった……」
デュオラスは、かつて病院のロビーで蝶神と語り合った日の記憶を思い起こしながら言った。
「そんな人を殺したお前を、オレは嫌悪する」
デュオラスは鮫神を冷徹に見据え、明確な敵意を込めて言い放った。
突き刺さる言葉に、鮫神はギリッと歯を噛み締める。
「仕方ねーだろ!!
鮫神は自身の弱さと保身を肯定するため、血を吐くように叫んだ。
蝶神を殺さなければ、今度は自分が神側に処刑される。
「彼女は手を差し伸べただろう?」
デュオラスが冷たく事実を突きつける。
蝶神は戦う前、鮫神に神側から抜けるよう、何度も説得を試みていた。
「それを蹴ってまで、殺す必要はあったのかい?」
デュオラスの言葉に、鮫神はさらに奥歯を強く噛み締める。
「お前が」
そう言い残し、デュオラスは強く地面を踏みしめ、鋭く蹴り出した。
「保身の為に『味方』を殺すのなら」
肉薄し、鞘付きの刀を容赦なく振り下ろす。
鮫神はすかさずエナメル質の分厚い壁を形成し、防御姿勢をとる。
「オレは
デュオラスの宣言と共に、一撃にさらなる力が込められる。
鮫神の形成した強固な壁が、ガラスのように簡単に砕け散った。
力で強引に砕いてきやがる……!
鮫神は冷や汗を流しながら後退し、思考をフル回転させる。
「蝶神さんの意思は尊重したいけど、敵でいることを選んだお前に容赦はしない」
デュオラスは滑らかな動きでさらに刀を振るう。
鮫神は瞬時に防御壁を再形成するが、それすらも次々と破壊されていく。
防戦一方の状況を打破すべく、鮫神は左脚を強く踏み込み、地面から巨大な牙を無数に隆起させた。
全方位からの串刺し攻撃。デュオラスは瞬時に状況を判断する。
鉄よ──……。
迫り来る牙の群れの中、デュオラスは自身の能力を励起させた。
しかし、鮫神はこのわずかな間を見逃さなかった。
地面から強靭な鉄柱が無数に飛び出し、鮫神の隆起させた牙を跡形もなく粉砕する。
激しい土煙が舞い上がった。
その視界不良の隙を突き、鮫神は姿を消していた。
……居ない、いや……。
「上か」
デュオラスの優れた感覚が、瞬時に鮫神の死角からの強襲を特定した。
上空から急降下してくる鮫神。
デュオラスは背に刀を回し、鮫神の鋭い手刀を背後で受け流した。
流石に「身体」は防がれたか……。
鮫神は視線をデュオラスの背中へ向けながら、冷静に結果を受け止める。
死神の能力で身体を狙いつつ、こちらの読心能力をも絶つ狙いか……。分かっていたけれど、ちょっと避けられなかったなあ……。
デュオラスは背後の鮫神へ視線をやり、自身の身に起きた現象を理解していた。
受け流すと同時にすぐさま振り返り、大きく距離を取る。
とは言え、借り物の眼……効果は一時的みたいだね。一時的だけど相手とのリンクが斬られた。しばらく心は読めない。
デュオラスは冷静に状況を分析する。
鮫神は移植された「死神の眼」によって、対象との間に繋がる境界線──すなわちデュオラスの読心によるリンクそのものを「斬り裂いた」のだ。
心を読む能力は一時的に機能不全に陥った。
まあ……もう十分情報は得ているし、大体の『構想』は出来ている。
読心が封じられようとも、デュオラスの中ですでにこの戦闘の結末までのロジックは組み上がっていた。
次の瞬間、デュオラスの右手に握られていた刀に、鮫神が生成した無数の小さな歯で構成されたロープが巻き付いた。
鮫神がそれを勢いよく引き、デュオラスの手から刀を払い落とす。
「あ」
ま、良いか。
デュオラスは思わず声を漏らしたが、即座にそれを許容範囲内だと判断した。
奪い取られた刀は、乾いた音を立てて地面へと転がる。
「硬い歯しか作れないわけじゃねーんでな!」
鮫神は地を蹴り、無防備になったデュオラスへ一気に肉薄する。
ああ……軟骨と組み合わせて作ったのか、さっきの……。
デュオラスは、巻き付いたロープの柔軟性について生物学的な理屈を分析していた。
硬骨と軟骨を精巧に組み合わせて創り出した、即席の柔軟な捕縛具だったのだ。
刀を奪ったとは言え、奴は金属生成も出来る。そして金属生成能力は死神の能力で斬れなかった……。
鮫神は右手に鋭利なエナメル質の刃を形成しながら、論理的に次の一手を思考する。
だからこちらが武器を生成しても、破壊されてしまう……それなら──……。
鮫神が思考の結論を導き出すのと同時。デュオラスは空になった手の中に鉄を生成し、新たな刀の形へと成形した。
死神の能力と合わせて斬り殺す──……!!
必殺の意志を込めた鮫神の刃と、デュオラスの創り出した鉄の刀が、激しい火花を散らして交叉した。