半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
幼いころのデュオラス。
背中に無数のチューブが繋がれ、彼はうつむき加減でひどく具合が悪そうにしていた。
少し抜いたところで──……契約は変わらず、か……。
デュオラスは、自身の身に起きている不可解な現象について静かに思考していた。
そこへアヴェルスが現れた。
病室には多数の医療器具や輸血パック、点滴などが所狭しと並んでいる。
「そう数はないが、なんとか出来たぞ」
この感じ苦手だ……。
アヴェルスは一本の刀を両手で持ち、デュオラスへと差し出した。
「でもアヴェルスさん、それは
アヴェルスは、自身の天敵である水神ウルを倒すために、特別な武器を創り出そうとしていた。
デュオラスは、差し出されたその刀がアヴェルス自身の切り札になるのではないかと思い、問いかけた。
「……オレでは使いこなせそうにないからな。それに極僅かとは言え、お前からシンを分けてもらったわけだし……」
デュオラスの問いにアヴェルスが苦笑交じりに答える。
デュオラスを一時的な仮死状態へと追い込み、そこから極僅かに抽出したシンを素材にして鍛え上げられた刀。
「これはお前が使うと良い……」
「あ、ありがとうございます」
アヴェルスの手に握られたその冷たい刀身へ、デュオラスは静かに手を伸ばした。
◇
現在。
デュオラスに対峙する鮫神。
『シン』を刀に……!? そんなことが可能なのか?
鮫神は右肩から血を滲ませながら、常識を覆す目の前の武器について思考を巡らせていた。
一方のデュオラスは、急激に体調を崩し始めていた。
鞘がなくなった途端に「共鳴」しやがって……暴走するなよ──……。
デュオラスは奥歯を噛み締める。
右手に持つシンで出来た青い刀。むき出しになったその刀身が、デュオラスの特殊な身体に強烈な悪影響を及ぼしていた。
仕方ない、ここは一旦退く──……。
不利を悟り、そう結論付けた鮫神は、右手を地面へ向けてかざす。
ズゴゴゴと地鳴りが響き、地面から無数の巨大なエナメル質の牙が突き出した。
デュオラスと鮫神の間に巨大な牙の壁が隆起し、視界を完全に遮断する。
デュオラスは素早く刀を振り抜き、牙の壁を粉砕した。
居ない!?
デュオラスは僅かに目を見張った。
砕け散った牙の向こう側に、すでに鮫神の姿はなかった。
「けほっ」
デュオラスは乾いた咳を吐き、左手で自身の能力を行使する。右手の青い刀に鉄生成で鞘を形成していく。
危険な刀身は、分厚い鉄の鞘によって厳重に封印された。
能力も戻ったようだね……しかしこの身体では追えない──……。箱は持って行かれたな……。セーブルさんに顔向け出来ないね──……。
デュオラスは、鮫神に斬り裂かれていた金属生成能力が復活しているのを感じていた。
鮫神が背負っていた巨大な箱──その中身も共に奪い去られたが、刀との共鳴で極限状態にある今のデュオラスの身体では、追跡は不可能だ。
デュオラスは力なくその場に崩れ落ち、地面に腰を下ろした。
でも「容赦はしない」って言ったろ……? こんな身体だし、取り逃がした時のことは考えてある……。
デュオラスの瞳には、まだ先の盤面を見据えた暗い光が宿っていた。
そこへ、足音と共に三つの影が駆け寄ってくる。
「兄さま~!?」
「なんであんた……?」
「……」
「!!」
凪、爪戯、辛。駆けつけた三人の姿を見て、デュオラスは目を見開いた。
三人がこの場に駆けつけたのには明確な理由がある。
『あー! 凪氏~! 爪戯氏~! お兄ちゃ~ん! 「兄」のところへ向かって欲しいの!!』
「ええっ!? 兄さま!?」
ルリの言葉に、凪と爪戯が大きく目を丸くしていた。
辛は表情を変えず、ただ無言で立ち尽くす。
『うん、言いつけを破って外に出てしまって──……』
ルリからのSOSを受け、三人は街中を急行し、デュオラスのもとへ辿り着いたというわけだ。
「敵は戦意喪失してたし、こっちに来たんだけど……場所は教えてもらった!」
凪が身振り手振りを交えながら経緯を説明する。
「ああ、ルリか……」
デュオラスは納得し、微かに口角を上げた。
しかし、その顔色は死人のように青白い。
「でも助かった。肩を貸してくれる?」
座り込んだまま、デュオラスが弱々しく手を伸ばす。
「どこか怪我とかしたなら、私が治療を……!」
凪が慌てて能力を使おうと申し出る。
デュオラスは一瞬、黙り込んだ。
「怪我じゃないけど……この身体かなり『特殊』だからね」
デュオラスは力なく笑って言った。
彼が抱えるのは外傷ではない。特殊な身体構造に起因する欠落であり、凪の治癒ではどうにもならない領域のものだ。
凪は、彼から発せられる異様な雰囲気に冷や汗を流し、ただ見つめることしかできなかった。
その頃、戦意を喪失した一片と
◇
街路樹の間の薄暗い道を、鮫神が全力で駆け抜ける。
くそっ……シンは回収出来なかった──……。
鮫神は、目的の一つであった蝶神のシンをデュオラスに奪われ、回収できなかった失態を悔やみながら走っていた。
だが、その逃走経路の先。前方に先回りするように、二つの影が音もなく現れた。
「!!」
鮫神は驚愕に目を見開く。
「竜神と鍵神──……!!」
鮫神の目の前に立ちはだかったのは、竜神リューと、裏切りの死神である鍵神だった。
リューは右手を軽く挙げて見せ、鍵神は右手を腰に当てて冷ややかな視線を送っている。
「な、なんだよ……蝶神ならちゃんと
鮫神は右肩の激痛に耐えながら、焦燥を隠すように弁明した。
「貴様はいくつ不祥事を起こせば気が済むんだ」
鍵神が、死神の眼で鮫神を射抜きながら低く言い放つ。
「は?」
鮫神から思わず声が漏れる。
「まあ……蝶神のことは今回殺したから良いとして──……だが……」
鍵神は右手に持った鍵の装飾品を空中で弄びながら、言葉を繋ぐ。
「今回の戦いで半人半妖を殺さずにそのまま帰り……そして何より、蛇神の娘を、生かしておいたとはな……」
鮫神が今しがた辛を殺さず撤退したこと。そして過去、処刑対象である禄を密かに生かしておいたこと。
鍵神は、鮫神がひた隠しにしてきた致命的な罪を淡々と並べ立てる。
「神でありながら子供を作るという禁を犯してできた存在……しかもその娘は、四分の一も妖の血を引くものでもある……」
鍵神が容赦なく言葉の刃を突き立てる。
蛇神は半分が妖であった。その血を引く娘の禄は、四分の一が妖となる。
そして何より、神が自らの子をなすことは、絶対の掟として許されていない。
「そんな者の死を偽装して、
鮫神の眼が限界まで見開かれる。
全身から噴き出す冷や汗が止まらない。
「という訳で」
「捕らえさせてもらった」
リューが楽しげに切り出し、鍵神が冷酷に言葉を引き取る。
鍵神が能力を行使すると、空間が歪み、虚空から四角い結界が出現した。
その結界の中に囚われていたのは──一片と禄の二人だった。
二人とも全身傷だらけで、息も絶え絶えに折り重なるように倒れている。
「禄!! 一片!!」
残酷な光景に、鮫神が絶叫した。
「まだ生きてるよ、死んではいない。キミは闇神と違ってこいつらが居なくなっても、離反はしなさそうだけど……一応保険ってやつ」
リューは右手をひらひらと振りながら、横目で血まみれの禄たちを見下ろし、まるで悪戯の成功を喜ぶ子供のように言った。
「……!」
鮫神は怒りと恐怖で口を固く閉ざす。
「そして警告」
リューが不敵な笑みを深め、言い放つ。
「あまりオレ達を怒らせるなよ」
鍵神が、氷のように冷たい声で続けた。
冷たい風が吹き抜け、枯れ葉が宙を舞う。
「じゃないと、この二人……大事な友達だった蛇神の残した子供たち──……殺しちゃうよ?」
リューは悪びれる様子もなく、軽薄なトーンで絶対的な脅迫を告げた。
「いや……
最悪の選択を突きつけるリューの言葉に、鮫神は絶望に眼を見開き、ただ硬直することしかできなかった。