半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
「あんたって、直接手は貸せないとか言ってなかったっけ?」
爪戯が右手の人差し指でデュオラスを指して言った。
悪魔が辛達を手助けする約束になってはいたが、デュオラスは自身の体調面に不安があり、直接的な戦闘の支援はできないと事前に語っていたはずだった。
「いや~他の戦闘可能な人は全員出払ってるし、ルリは此処を離れられないからオレが……」
デュオラスは右手を頭の後ろに回し、気まずそうに弁解した。
「それに一応、
デュオラスは、辛の父である北王の施術により、体調が一時的に回復していたのだ。
「でも結局、体調不良起こしてたじゃん」
すかさず爪戯が痛いところを突く。
「まあ……だから、ごめんね辛君。蝶神さんのシンはなんとか取り返せたけど……
デュオラスは蝶神のシンを辛へと差し出しながら言った。
辛は左手でそれを静かに受け取る。
「遺体は後で回収しておくね」
デュオラスの言葉を聞きながら、辛は掌の上の青いシンをじっと見つめていた。
「でも部下二人を生かしたおかげで、今頃は精神的にきてると思うよ」
デュオラスはベッドに腰かけながら、淡々と言った。
「? どういうこと?」
凪が不思議そうに首を傾げる。
「ルリに敵の記憶を繋いでもらって、いろいろ情報を得て……辛君と戦わせたり、呪いを解除したりすることで、部下二人を戦意喪失させ生存するように仕組んだんだ」
デュオラスは足を組み、事もなげに語る。
「
デュオラスの声音が、不意に冷徹なものへと変わった。
「仕組んだって……?」
凪がさらに首を傾げる。
爪戯と辛は黙って彼のロジックに耳を傾けていた。
「神側は今、闇神(玄)の離反がきいているんだよ。あれは従わせる為に、幽閉されていた人質が実はいなかったと分かったせい……だから今度は鮫神が離反できないように、部下二人をきちんと生け捕りにして威すとふんでね──……鮫神ってなんだかんだ神のこと、嫌っているからね。」
デュオラスが盤面の種明かしをする。
部下である
結果として鮫神の離反は防がれるが、それは鮫神にとって底知れぬ精神的苦痛を伴うことになる。
「容赦はしない」と宣言したデュオラスは、鮫神を徹底的に絶望させるため、あえてこの状況を構築したのだ。
「まあ……かなりの臆病者みたいだから、簡単に離反出来る器じゃないと思うけどね」
「ふ~ん……?」
「保険だよ保険」
デュオラスが付け加えた。鮫神に自ら離反するほどの意志の強さはないだろうが、確実な保険として禄たちを生かした。
凪は高度な盤面操作の要領を得ないのか、生返事をした。
「そ、そこまで考えてたの? 兄さま……」
凪は驚愕し、デュオラスに問う。
「こんな身体じゃ逃がす可能性の方が高いからね」
デュオラスは、自身が途中で限界を迎える可能性を計算に入れ、鮫神が逃げ帰った先で地獄を見るように罠を張っていたのだ。
「それに『敵』には容赦しないって決めてるから──……」
オレは
デュオラスの瞳には、敵と認定した相手を容赦なく追い詰める深い闇が宿っていた。
「ってちょっと、ごちゃごちゃ考えてやりすぎたかな?」
デュオラスは右手を頭の後ろに回し、誤魔化すように苦笑いを浮かべて言った。
「いや、私も敵には容赦ない発言したし……そんなもんじゃね? これなんて殺し屋だよ」
凪が隣の爪戯を指さして言った。
デュオラスは「そうですか」と短く返答した。
爪戯は右手を顎に当て、もっともらしく考えるポーズを取っていた。
「まあ、今すぐ倒せなくてすっきりとはいかないだろうけど……」
「……いや、倒す目標が出来た。オレも容赦しない」
デュオラスの言葉を受け、辛は手の中にある蝶神のシンを強く握りしめて言った。
蝶神──……。仇は必ずオレが──……。
そう心に深く誓いながら、辛は左手を胸元へと当てた。
「辛……」
「辛君……」
爪戯と凪は、静かに彼の名を呟いた。
二人は辛の内に秘められた熱い思いを、確かに汲み取っていた。
「デュオラス!!」
突如、部屋のドアが勢いよく開け放たれ、赤髪の長身の男が姿を現した。
デュオラスは大量の冷や汗をかき、肩をびくっと弾ませた。
「兄よ~見つかってしも~た~!」
男の背後からひょっこり顔を出し、ルリが冷や汗を流しながらデュオラスに言った。
辛と爪戯と凪の視線は、突然現れた男とデュオラスの方を交互に見ていた。
「いや……あの……状況的に仕方なく……仕方なく、ね?」
デュオラスは必死に弁明を試みる。
男は一瞬の沈黙の後、
「何故貴様は毎回毎回、簡単に言いつけを破って外に出やがる!!」
男の容赦ない踵落としが炸裂した。
デュオラスの頭頂部に、男の右足の踵が正確に直撃する。
後方でルリは緩く微笑み、辛は無表情のまま、凪と爪戯は予想外の暴挙に呆然と立ち尽くしていた。
「自分の身体のことを考えろ。勝手に動き回るな!」
「すみませんでした」
床に倒れ伏したデュオラスの上に、男が胡坐をかいて座りながら怒鳴る。
圧倒的な力関係を前に、デュオラスはただ平身低頭で謝罪するしかなかった。
「そろそろ、首輪に呪いを仕込んで自由を奪ってやろうか? あぁ?」
「ご容赦ください」
男の物騒な脅しに、デュオラスは許しを請う。
「……」
凪と爪戯は事態の急展開に黙っていたが、やがて限界を迎えた。
「誰!?」
ここにきて、二人は見事なまでに息を合わせて叫んだ。
辛は終始無言を貫き、ルリは面白そうに微笑んでいた。
「お父さまと書いてゴ―さまと読む」
ルリが簡潔に説明した。
「その呼び方は貴様だけだろ」
ゴー様──かつて蝶神の回想に登場した悪魔、ゴータスである。
彼こそが、デュオラスとルリを庇護する親的存在だった。
「お父さま!?」
凪と爪戯が思わず叫び声を上げる。
「まーまー
ルリは笑顔でデュオラスを許すように諭した。
「貴様も同罪に決まっているだろ」
「なんでー!?」
ゴータスは左手でルリの頭に鋭いチョップを見舞って言った。
ルリは冷や汗を流しながら悲鳴を上げる。
その理不尽な制裁に、辛、凪、爪戯は肩を弾ませて驚いた。
「で? 北王は……来てたのにもう帰っただと!?」
ゴータスは北王の所在を尋ねようとした瞬間、瞬時にデュオラスの心を読み取った。
ルリはゴータスの左手で頭を掴まれたまま、魂が抜けたような顔をしている。
デュオラスはゆっくりと上体を起こした。
「オレにも師にも挨拶なしとはな、良い度胸してやがる」
ゴータスが不機嫌そうに怒気を孕んで言った。
北王は「忙しいなら良いや~オレも忙しいし~」と軽い口調で言い残し、さっさと
「まあ良い。そろそろオレも戻らないとな」
ゴータスはそう言うと、左腕を乱暴に振り、掴んでいたルリを放り投げた。
「貴様達、あとで覚えてろよ。帰ったら続きだ」
ゴータスは忌々しげに踵を返す。
「まだやるの!?」
床に見事に着地したルリが、顔を上げて不満を漏らした。
「拷問されるね、めんどいな~」
ルリは帰宅後に待っているであろう折檻を想像し、めんどくさそうに言った。
「言ってるだけだから」
隣でデュオラスが小さく呟き、場を宥める。
「さっきの人、辛君のお父さんとも関りが?」
凪が、すでにゴータスが姿を消したドアの方を指さして言った。
「そうだよ! こっちの父が
「へー……」
ルリが得意げに答える。
かつてゴータスが蝶神と共に神の研究施設を襲撃して破壊し、そこにいた北王を救い出したのだ。
「その後身体の調整とか、病気とかから救った恩人とかもいるけど……そっちはパパのお師匠さんで~……」
ルリがさらに言葉を続ける。
研究施設から救い出された後、北王の特殊な身体の調整や病気の治療を行った恩人がいる。
その恩人こそが、北王の師匠にあたる人物だった。
「そういや、いつだったか……恩人がいるって話してたよね。さっきの人とは別ってことか」
爪戯が過去の会話と記憶を照らし合わせて納得する。
横で凪は頭上に疑問符を浮かべていた。
「ああ……助けたのが二人居て、一人は師匠って感じか。辛君はどっちにも会ったことあるの?」
凪はようやく関係性を理解し、辛に尋ねる。
「……」
「どっちなの!?」
辛からの返答はなく、その表情にも微かな変化すら読み取れなかった。
「そう言えばそんな話してた時、兄さまと辛君が出会ったことがあるって言ってたような?」
凪が右手の人差し指を立て、頬に当てて思い出す。
「あれ? でもふわっとしか聞いてない……」
凪は記憶を辿りながら呟く。
「……最初に此処を訪ねるのを目指したのだって、昔会ったことがあったからだったよね? 確か。兄さまに会いたいけど、簡単にはいかなくて……
凪は、自分たちが伍の国のこの屋敷へ辿り着くまでの経緯を振り返った。
辛は連れ去られた弟の丁を探す過程で、デュオラスの協力を得るために「羽方」という場所を経由しようとしていた。
「でもその後色々あったよね、なんか懐かしい」
凪は床に座り込みながら、しみじみと言った。
釣られるように、爪戯や辛もその場に座り込む。
「で? どうなの? 兄さまとの馴れ初めは」
「馴れ初めって表現おかしくね!?」
凪の無邪気な言葉選びに、すかさず爪戯がツッコミを入れた。
「妹の方に会ったのはずいぶん昔だが……あれから大分経ってから兄さまと会った、が──……第一印象は気配が苦手だった。その後は変な奴って感じだ……」
辛が過去を思い返し、静かに語り始めた。
「それ~今もじゃん~!」
ルリが右手を前に突き出しながら、的確なツッコミを入れた。
辛は再び沈黙へと沈み、デュオラスは気まずそうに冷や汗をかいていた。