半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.145「容赦無」

 ()の国の屋敷。(かのと)(なぎ)爪戯(つまぎ)、そしてデュオラスは無事に帰還していた。

 

「あんたって、直接手は貸せないとか言ってなかったっけ?」

 

 爪戯が右手の人差し指でデュオラスを指して言った。

 

 悪魔が辛達を手助けする約束になってはいたが、デュオラスは自身の体調面に不安があり、直接的な戦闘の支援はできないと事前に語っていたはずだった。

 

「いや~他の戦闘可能な人は全員出払ってるし、ルリは此処を離れられないからオレが……」

 

 デュオラスは右手を頭の後ろに回し、気まずそうに弁解した。

 

「それに一応、北王(ほくおう)さんに施術をしてもらった後だったし……いけると思って」

 

 デュオラスは、辛の父である北王の施術により、体調が一時的に回復していたのだ。

 

「でも結局、体調不良起こしてたじゃん」

 

 すかさず爪戯が痛いところを突く。

 

「まあ……だから、ごめんね辛君。蝶神さんのシンはなんとか取り返せたけど……鮫神(やつ)を倒せなかった」

 

 デュオラスは蝶神のシンを辛へと差し出しながら言った。

 辛は左手でそれを静かに受け取る。

 

「遺体は後で回収しておくね」

 

 デュオラスの言葉を聞きながら、辛は掌の上の青いシンをじっと見つめていた。

 

「でも部下二人を生かしたおかげで、今頃は精神的にきてると思うよ」

 

 デュオラスはベッドに腰かけながら、淡々と言った。

 

「? どういうこと?」

 

 凪が不思議そうに首を傾げる。

 

「ルリに敵の記憶を繋いでもらって、いろいろ情報を得て……辛君と戦わせたり、呪いを解除したりすることで、部下二人を戦意喪失させ生存するように仕組んだんだ」

 

 デュオラスは足を組み、事もなげに語る。

 

鮫神(やつ)には『容赦しない』って言ったからね。あの部下二人には生きていてもらわないと困る」

 

 デュオラスの声音が、不意に冷徹なものへと変わった。

 

「仕組んだって……?」

 

 凪がさらに首を傾げる。

 爪戯と辛は黙って彼のロジックに耳を傾けていた。

 

「神側は今、闇神(玄)の離反がきいているんだよ。あれは従わせる為に、幽閉されていた人質が実はいなかったと分かったせい……だから今度は鮫神が離反できないように、部下二人をきちんと生け捕りにして威すとふんでね──……鮫神ってなんだかんだ神のこと、嫌っているからね。」

 

 デュオラスが盤面の種明かしをする。

 部下である(ろく)一片(ひとひら)を生かして神側に回収させることで、神は彼らを新たな人質として扱う。

 

 結果として鮫神の離反は防がれるが、それは鮫神にとって底知れぬ精神的苦痛を伴うことになる。

 「容赦はしない」と宣言したデュオラスは、鮫神を徹底的に絶望させるため、あえてこの状況を構築したのだ。

 

「まあ……かなりの臆病者みたいだから、簡単に離反出来る器じゃないと思うけどね」

「ふ~ん……?」

「保険だよ保険」

 

 デュオラスが付け加えた。鮫神に自ら離反するほどの意志の強さはないだろうが、確実な保険として禄たちを生かした。

 

 凪は高度な盤面操作の要領を得ないのか、生返事をした。

 

「そ、そこまで考えてたの? 兄さま……」

 

 凪は驚愕し、デュオラスに問う。

 

「こんな身体じゃ逃がす可能性の方が高いからね」

 

 デュオラスは、自身が途中で限界を迎える可能性を計算に入れ、鮫神が逃げ帰った先で地獄を見るように罠を張っていたのだ。

 

「それに『敵』には容赦しないって決めてるから──……」

 

 オレは味方(なかま)の為なら、(てき)を斃す悪魔(あく)になる──……。

 

 デュオラスの瞳には、敵と認定した相手を容赦なく追い詰める深い闇が宿っていた。

 

「ってちょっと、ごちゃごちゃ考えてやりすぎたかな?」

 

 デュオラスは右手を頭の後ろに回し、誤魔化すように苦笑いを浮かべて言った。

 

「いや、私も敵には容赦ない発言したし……そんなもんじゃね? これなんて殺し屋だよ」

 

 凪が隣の爪戯を指さして言った。

 デュオラスは「そうですか」と短く返答した。

 爪戯は右手を顎に当て、もっともらしく考えるポーズを取っていた。

 

「まあ、今すぐ倒せなくてすっきりとはいかないだろうけど……」

「……いや、倒す目標が出来た。オレも容赦しない」

 

 デュオラスの言葉を受け、辛は手の中にある蝶神のシンを強く握りしめて言った。

 

 蝶神──……。仇は必ずオレが──……。

 

 そう心に深く誓いながら、辛は左手を胸元へと当てた。

 

「辛……」

「辛君……」

 

 爪戯と凪は、静かに彼の名を呟いた。

 二人は辛の内に秘められた熱い思いを、確かに汲み取っていた。

 

「デュオラス!!」

 

 突如、部屋のドアが勢いよく開け放たれ、赤髪の長身の男が姿を現した。

 デュオラスは大量の冷や汗をかき、肩をびくっと弾ませた。

 

「兄よ~見つかってしも~た~!」

 

 男の背後からひょっこり顔を出し、ルリが冷や汗を流しながらデュオラスに言った。

 辛と爪戯と凪の視線は、突然現れた男とデュオラスの方を交互に見ていた。

 

「いや……あの……状況的に仕方なく……仕方なく、ね?」

 

 デュオラスは必死に弁明を試みる。

 男は一瞬の沈黙の後、

 

「何故貴様は毎回毎回、簡単に言いつけを破って外に出やがる!!」

 

 男の容赦ない踵落としが炸裂した。

 デュオラスの頭頂部に、男の右足の踵が正確に直撃する。

 後方でルリは緩く微笑み、辛は無表情のまま、凪と爪戯は予想外の暴挙に呆然と立ち尽くしていた。

 

「自分の身体のことを考えろ。勝手に動き回るな!」

「すみませんでした」

 

 床に倒れ伏したデュオラスの上に、男が胡坐をかいて座りながら怒鳴る。

 圧倒的な力関係を前に、デュオラスはただ平身低頭で謝罪するしかなかった。

 

「そろそろ、首輪に呪いを仕込んで自由を奪ってやろうか? あぁ?」

「ご容赦ください」

 

 男の物騒な脅しに、デュオラスは許しを請う。

 

「……」

 

 凪と爪戯は事態の急展開に黙っていたが、やがて限界を迎えた。

 

「誰!?」

 

 ここにきて、二人は見事なまでに息を合わせて叫んだ。

 辛は終始無言を貫き、ルリは面白そうに微笑んでいた。

 

「お父さまと書いてゴ―さまと読む」

 

 ルリが簡潔に説明した。

 

「その呼び方は貴様だけだろ」

 

 ゴー様──かつて蝶神の回想に登場した悪魔、ゴータスである。

 彼こそが、デュオラスとルリを庇護する親的存在だった。

 

「お父さま!?」

 

 凪と爪戯が思わず叫び声を上げる。

 

「まーまーお父さま(ゴ―さま)! そのくらいで許してやって」

 

 ルリは笑顔でデュオラスを許すように諭した。

 

「貴様も同罪に決まっているだろ」

「なんでー!?」

 

 ゴータスは左手でルリの頭に鋭いチョップを見舞って言った。

 ルリは冷や汗を流しながら悲鳴を上げる。

 その理不尽な制裁に、辛、凪、爪戯は肩を弾ませて驚いた。

 

「で? 北王は……来てたのにもう帰っただと!?」

 

 ゴータスは北王の所在を尋ねようとした瞬間、瞬時にデュオラスの心を読み取った。

 ルリはゴータスの左手で頭を掴まれたまま、魂が抜けたような顔をしている。

 デュオラスはゆっくりと上体を起こした。

 

「オレにも師にも挨拶なしとはな、良い度胸してやがる」

 

 ゴータスが不機嫌そうに怒気を孕んで言った。

 北王は「忙しいなら良いや~オレも忙しいし~」と軽い口調で言い残し、さっさと(きゅう)の国へと帰還していたのだ。

 

「まあ良い。そろそろオレも戻らないとな」

 

 ゴータスはそう言うと、左腕を乱暴に振り、掴んでいたルリを放り投げた。

 

「貴様達、あとで覚えてろよ。帰ったら続きだ」

 

 ゴータスは忌々しげに踵を返す。

 

「まだやるの!?」

 

 床に見事に着地したルリが、顔を上げて不満を漏らした。

 

「拷問されるね、めんどいな~」

 

 ルリは帰宅後に待っているであろう折檻を想像し、めんどくさそうに言った。

 

「言ってるだけだから」

 

 隣でデュオラスが小さく呟き、場を宥める。

 

「さっきの人、辛君のお父さんとも関りが?」

 

 凪が、すでにゴータスが姿を消したドアの方を指さして言った。

 

「そうだよ! こっちの父がそっちの父(パパ)を助けたの」

「へー……」

 

 ルリが得意げに答える。

 かつてゴータスが蝶神と共に神の研究施設を襲撃して破壊し、そこにいた北王を救い出したのだ。

 

「その後身体の調整とか、病気とかから救った恩人とかもいるけど……そっちはパパのお師匠さんで~……」

 

 ルリがさらに言葉を続ける。

 研究施設から救い出された後、北王の特殊な身体の調整や病気の治療を行った恩人がいる。

 その恩人こそが、北王の師匠にあたる人物だった。

 

「そういや、いつだったか……恩人がいるって話してたよね。さっきの人とは別ってことか」

 

 爪戯が過去の会話と記憶を照らし合わせて納得する。

 横で凪は頭上に疑問符を浮かべていた。

 

「ああ……助けたのが二人居て、一人は師匠って感じか。辛君はどっちにも会ったことあるの?」

 

 凪はようやく関係性を理解し、辛に尋ねる。

 

「……」

「どっちなの!?」

 

 辛からの返答はなく、その表情にも微かな変化すら読み取れなかった。

 

「そう言えばそんな話してた時、兄さまと辛君が出会ったことがあるって言ってたような?」

 

 凪が右手の人差し指を立て、頬に当てて思い出す。

 

「あれ? でもふわっとしか聞いてない……」

 

 凪は記憶を辿りながら呟く。

 

「……最初に此処を訪ねるのを目指したのだって、昔会ったことがあったからだったよね? 確か。兄さまに会いたいけど、簡単にはいかなくて……羽方(うかた)経由して取り次いでもらうとかなんとか」

 

 凪は、自分たちが伍の国のこの屋敷へ辿り着くまでの経緯を振り返った。

 辛は連れ去られた弟の丁を探す過程で、デュオラスの協力を得るために「羽方」という場所を経由しようとしていた。

 

「でもその後色々あったよね、なんか懐かしい」

 

 凪は床に座り込みながら、しみじみと言った。

 釣られるように、爪戯や辛もその場に座り込む。

 

「で? どうなの? 兄さまとの馴れ初めは」

「馴れ初めって表現おかしくね!?」

 

 凪の無邪気な言葉選びに、すかさず爪戯がツッコミを入れた。

 

「妹の方に会ったのはずいぶん昔だが……あれから大分経ってから兄さまと会った、が──……第一印象は気配が苦手だった。その後は変な奴って感じだ……」

 

 辛が過去を思い返し、静かに語り始めた。

 

「それ~今もじゃん~!」

 

 ルリが右手を前に突き出しながら、的確なツッコミを入れた。

 辛は再び沈黙へと沈み、デュオラスは気まずそうに冷や汗をかいていた。

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