半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
その昔。
王である玖の護衛という名目で父・
建物の前に立ち尽くす二人の目前で、突如として空間が歪み始める。モドキの「召喚喚起」の能力による空間転移だ。
歪みの中から、小さなシャチと共に二つの人影が姿を現した。
「!!」
辛は強い警戒心を抱き、身を強張らせた。
な……なんだ……この気配は──……あの人に似ている……?
辛の脳裏に、玖の国の王の姿がフラッシュバックする。
この感じ……苦手だ──……。
辛は幼い頃から、玖の放つ特異な気配に生理的な嫌悪感を抱いていた。
それと全く同じ同質の気配を放つ未知の存在を前に、背筋に冷たいものが走る。
現れた人影は、悪魔ゴータスとデュオラスだった。
デュオラスは頑丈な手枷を嵌められており、そこから伸びる鎖をゴータスが握りしめている。
「……」
辛は無言を貫いたが、現れた二人の異様な出で立ちに内心で困惑していた。
「逃げない、勝手に動き回らない! だから放して下さい!」
デュオラスが切実に懇願する。
「オレに嘘は通じんぞ」
ゴータスは深くため息を吐き、一蹴した。
「何親子コントやってんだ」
緊迫感のない二人のやり取りに、北王が呆れたようにツッコミを入れる。
「うるせぇぞ!! 北王!!」
ゴータスが怒気を孕んだ声で怒鳴り返す。
「……」
辛は沈黙したまま、左手の人差し指で隣に立つ北王を指し示した。
「なんだ? あいつのことか?」
辛の視線と意図に気づき、北王が応じる。
「父さま似……」
「あー……なんて言えばいいのか」
辛の率直な感想に、北王が言葉を濁す。
そんな中、ゴータスは仕方なくといった様子でデュオラスの手枷を外した。
「形態形質にオレのを使ってて……だからつまり、同じ奴から遺伝子を受け継いだという意味では……お前の兄だな」
「……」
北王が、極めて生物学的な事実として説明した。
デュオラスは、辛にとっては遺伝子上の兄にあたる。
「……兄さま?」
「兄さまだな」
辛が確認するように呟き、北王が端的に肯定した。
「なんか大げさな感じがあるので、その呼び方やめてもらえませんかね?」
当のデュオラスは、面倒そうに「兄さま」という呼称を拒否した。
その後、デュオラスは王である玖との密会のため、単身で建物の中へと入っていく。
この会談で、玖は悪魔との確固たる協力関係を取り付けることになる。
辛は無言のまま、建物の外で待機していた。
妹とはかなり昔に病院で会ったことがあるが──……。
辛は過去の記憶を遡る。
幼い頃、北王に連れられて玖の国の「
そこで、デュオラスの妹だと名乗るルリという少女と遭遇している。
兄……そうか、もう一人はあいつか……兄……なのか……?
辛は先程会ったデュオラスの姿を思い返し、自身のルーツに関する複雑な情報に思考を巡らせる。
それにしても、あの気配なんで苦手だと思うんだろうな。
辛は、玖に対して抱いていた苦手意識の正体を論理的に解明しようとしていた。
苦手な二人が今、あそこで何かの話してんのか……。
建物の方へ視線を向けながら、辛は手元のノートに左手でペンを走らせる。
待機中の暇をつぶすために、地面に座り込んで自らの能力に関する勉強を続けていた。
「へえ……」
不意に、背後から声をかけられた。
「キミの欠落は『笑い』か……笑えないのか」
いつの間にか建物を抜け出してきたデュオラスが、事もなげに言った。
辛の額に、冷たい汗が滲む。
「キミの欠落は『■■』か……■■ないのか」
辛の脳内に強烈なノイズが走り、その言葉だけがすっぽりと抜け落ちて伝わらない。
デュオラスは意に介する様子もなく、辛の隣に腰を下ろした。
「ははは……抜け出してきちゃった」
「?」
デュオラスは大きく伸びをしながら言った。
「あ、キミって左利きなんだね!」
「……!」
デュオラスの何気ない一言に、辛の身体が僅かに硬直する。
辛が左手でペンを握っていたため、視覚的な情報から容易に推測されたのだ。
幼い頃、辛はその左利きゆえに、村の子供たちから偏見の目に晒された経験がある。
左利きはおかしい、化け物だ。そう罵られ、石を投げつけられた。
右利きの父・北王を見て、左利きの自分はやはり異端なのだと思い詰め、右利きに矯正しようとしたこともある。
だが、北王はそれをすぐに止め、「左手を使って良い」と辛の存在を肯定した。
辛は、胸の奥底に沈めていた幼少期の記憶を不本意に刺激された。
「あ、いや左利きに差別意識とかないから! むしろ縦書きの時に有利じゃない? それって利点じゃない?」
「……? 有利?」
辛の感情の揺れを察知したのか、デュオラスはハッと肩を弾ませて慌てて弁明した。
辛は、その言葉選びの奇妙さに僅かな違和感を覚える。
「ああ、ごめん。オレ心が読めてしまうから……オレの方が気味悪いよね」
デュオラスの能力は「読心」だった。辛が脳内で再生したトラウマも、すべて筒抜けになっていたのだ。
「制御もあまり上手くなくてね。本当にごめん、読まれるの嫌だよね……」
「……いや」
デュオラスの謝罪に対し、辛は警戒を解ききれないまま小さな声で否定した。
「ん? 此処でも勉強してるんだ? 金属についてか……」
デュオラスは、辛の手元にある書物を覗き込んで言った。
「……なんか色々作れて便利そうだね。オレは鉄しか作れないから」
デュオラスは右手の人差し指で頬を掻きながら、自らの能力の限界を口にする。
彼もまた金属生成の能力を持つが、生成できる物質は「鉄」に限定されている。
「でも、まだまだ……特徴や違いを理解できてるわけじゃないから……もっと色々知りたい」
辛は視線を本へと落とし、静かに己の渇望を口にした。
理不尽な世界で生き抜き、強くなるためには、より深い知識と論理が必要だった。
「じゃあオレの今住んでいる、
「……!」
デュオラスが右手の人差し指を立てて、思いついたように提案する。
「実は昔療養で
デュオラスは穏やかな口調で語る。
鎖国体制を敷いていた玖の国に比べ、外の世界と交流のある伍の国の方が、科学や研究のレベルは遥かに進んでいる。
「他にも困ったことがあれば力になるよ?」
「……」
デュオラスは柔らかく微笑み、手を差し伸べた。
辛は無言だったが、その理知的で押し付けがましくない穏やかな態度に、僅かに心を許し始めていた。
気配は苦手だが……悪い奴ではないらしい──……。
辛はそう分析し、デュオラスの顔を真っ直ぐに見た。
「じゃあ……頼む」
「うん、送るね」
辛が提案を受け入れると、デュオラスは研究所の資料を送ることを約束した。
だが、そんな二人の背後に、明確な殺意と怒気を漂わせたゴータスが立っていた。
「デュオラス……」
低く響く声で名を呼ばれ、デュオラスの全身から一気に冷や汗が噴き出す。
ゴータスの眼差しは、絶対零度のように冷たかった。
「会談だから枷を外してやったら、これか!! 分かってはいたが、やはり外すべきではなかったな」
「いや……あの……」
ゴータスはデュオラスの頭を無造作に鷲掴みにし、容赦なく怒鳴りつける。
辛は、その理不尽な光景をただ無表情で観察していた。
カチッと冷たい金属音が鳴り、デュオラスの両手に再び重い手枷が嵌められる。
「ちょっ!?」
デュオラスが情けない声を上げる。
「しばらく手の自由はない」
ゴータスが怒りを込めて宣告した。
「外して下さいよ」
デュオラスが必死に懇願するが、完全に無視される。
「良いから行くぞ」
「ちょ、ちょっとだけ待って!」
強制的に連行しようとするゴータスを、デュオラスが言葉で制止する。
「辛君! 本当に……困ったことがあったら訪ねておいで。北王さんの師、
木々を揺らす風の中、引きずられていくデュオラスが確かな約束を残した。
この数年後、辛は連れ去られた弟・
◇
現在。伍の国の屋敷。
「って……それだけだよ」
デュオラスが、辛との過去の出会いについて淡々と語り終えた。
「あんたら玖の国にいたことあったんだ?」
「うん! その時にうちは、お兄ちゃんと会った!」
ルリが元気よく答える。
療養のため玖の国に滞在していた際、彼女は辛と接触していた。
そうだ……この感じ……! あの人と、同じような感じがするんだ──……。
彼女がデュオラスと初めて対峙した時に覚えた、説明のつかない既視感。
それは、玖の気配と同質のものだったのだ。
でもちょっと違うのよね……。
凪は口元に手を当て、微かな差異について思考を巡らせる。
「……って!」
凪は、過去の話の中で最も重要な違和感に気づき、口を開いた。
「ねえ、気になってたんだけど『笑えない』ってどういうこと?」
「!!」
凪の核心を突く問いに、その場の全員の視線が集中する。
「実は前に、Xのお兄さんとトマト少年の会話聞いちゃって」
凪は以前、宿でシロホンとヤナギが交わしていた会話を盗み聞きしていた。
ヤナギが、辛の持つ精神的なバグについて「笑えないのでは」と推論していた会話だ。
辛は凪の言葉を受け、静かに過去の事象と現在の情報を照らし合わせた。
「……そう言えば、今回戦った奴は『驚けない』って──……あれはなんだったんだ……?」
辛は、驚愕という感情の処理機能が欠落していた
「オレが今の単語を聞き取れなかったのと、関係があるんだよな?」
「!!」
辛の鋭い指摘に、凪と爪戯が驚愕に目を見開く。
「え……辛君!?」
「辛……?」
凪と爪戯が、信じられないものを見るような声を上げる。
「今の、聞き取れなかったの?」
「……」
凪の確認に対し、辛は肯定も否定もせず、ただ一筋の汗を流した。
沈黙する辛の代わりに、デュオラスが静かに口を開く。
「そ……それは……
デュオラスが、世界の理に隠された残酷なシステムを語り始めた。