半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
「水神、おいでよ」
竜神リューが、遠く離れた
シロホンが鋭く目を細める。
「仲間を呼ばれた!?」
ヒユが顔を強張らせ、切羽詰まった声を出した。
「どうする……!?」
「どうするって、逃げる以外の選択肢はない」
ティーが、眼前のリューの戦力を冷静に分析しながら言った。
現在、リューと直接対峙しているのはシロホン。
そしてリューの背後に、
「オレが相手をする! その隙に行け!!」
シロホンは地を強く蹴り、リューへと肉薄する。
左足を鋭く振り抜き、渾身の蹴撃を放った。
「おっと……」
リューは最小限の動きで身を屈め、その一撃を躱す。
そしてシロホンには目もくれず、そのまま振り返って玄達の集団へと駆け出した。
真っ直ぐに迫り来るリューに対し、玄が即座に迎撃の態勢をとる。
「オレは……怪我をしている方が、強くなる!!」
玄は足元に広がる自身の影を無数の刃状へと変形させ、リューへ向けて一斉に射出する。
玄は「闇」使いであるが、同時に「病み」使いでもある。
肉体に傷を負うほど、そして精神を病むほどに、その能力は際限なく強化される性質を持っていた。
だが次の瞬間、玄の視界を強烈な「白」が覆い尽くした。
光!? これじゃ影が──……。
玄は反射的に右手を顔の前にかざし、論理的な敗北を悟る。
目の前に強烈な光源が存在するということは、影は後方へと伸び、前方の敵に対する攻撃手段として使えなくなる。
「ちゃんと知ってるよ!」
「かっ」
目眩ましで生じた一瞬の隙を突き、リューは玄の腹部に重い飛び蹴りを叩き込んだ。
そのままダメージを受けた玄の身体を足場にし、空高くへと跳躍する。
光まで……。
ティーは、上空へと舞い上がったリューを見上げながら、その規格外の能力の多様性に戦慄した。
滞空するリューは、右の手のひらから鋭い茨を生成し、地上へと伸ばす。
蛇のようにしなる茨は、ティーが口に咥えていた管に正確に巻き付き、リューはそれを手元へと強引に引き寄せた。
「!!」
ティーの口から、命綱である管が奪い去られる。
リューは手に入れた管を弄びながら、ふわりと地面に降り立った。
「てめっ」
まずい……取られた……。
ティーの表情に、隠しきれない焦燥が滲む。
「お前の相手はオレだろ!!」
木琴展開──……強化!!
シロホンは足元に巨大な木の板を展開した。
そのまま板を強く踏み鳴らし、「音」の能力による身体強化のバフを自身に付与する。
筋力を限界まで引き上げ、着地したばかりのリューの無防備な背中へ、全力の左回し蹴りを叩き込んだ。
「ちっ」
無理か……。
しかし、シロホンの強化された蹴撃すらも、リューが展開している見えない「盾」を突破することはできなかった。
リューの肌には、かすり傷一つついていない。
リューはシロホンを振り返ることすらなく、別の能力を発動させて背後の地面を隆起させた。
シロホンとリューの間に巨大な岩の壁が形成され、シロホンは咄嗟に後方へと跳躍して距離を取らざるを得なくなる。
「う~ん、これを返して欲しいのかな?」
リューは、ティーから奪った管を指先でつまみ、見せつけるように言った。
その言葉の意図が読めず、翠とヒユは怪訝そうに首を傾げる。
「……」
ティーは動揺を押し殺し、沈黙を保っていた。
「この管、『シン』で出来てるね」
リューが、物質の構成を正確に分析して口にする。
「この管で中の薬を強化している、というところかな……? それでやっと自壊を止めていられるんだよね?」
リューはティーを真っ直ぐに見据えて事実を突きつける。
ティーが自身の肉体を維持するために不可欠なこの管。
それは単なる金属ではなく、能力の源たる『シン』を素材として造られた特注品だった。
「う~ん……君は」
「……!」
リューの続く言葉に、ティーの喉が引きつるように鳴る。
「『複製物』だね」
リューが、ティーの根幹に関わる衝撃の真実を容赦なく暴き立てた。
ティーの頬を、一筋の冷たい汗が滑り落ちる。
そのまま、リューはティーから奪ったシン製の管を、口を大きく開けて放り込もうとした。
事態の最悪さを察知したシロホンが、阻止すべく再び肉薄する。
しかし、放った蹴撃はまたしても透明な盾に阻まれた。
「くっ……」
シロホンの妨害も空しく、リューは管を噛み砕き、そのまま丸呑みにした。
こいつ……!
シロホンはギリッと奥歯を噛み締める。
食いやがった……だと!?
ティーは、常軌を逸した捕食行為を前に思考を停止させかけた。
中の薬だけじゃ駄目だ……あの管があってやっと──……。
ティーは絶望的な計算を強いられる。
彼の脆い身体を保つためには、薬を強化するあの管が絶対に必要なのだ。
かつて撃神に捕獲された際にも、あの管を人質に取られて身動きが封じられていた。
そしてあれは、この世に一つしか存在しない専用の生命維持装置だ。
「……」
ティーの背筋を、本能的な死の恐怖が駆け上がる。
「複製……物?」
ヒユが、理解の及ばない単語に首を傾げた。隣にいるアナナスや翠も、何が起きているのか状況を把握できていない様子だった。
「まんまだよ。オリジナルが別に存在していて、その複製物」
リューは右手の人差し指を立て、教師が子供に教えるような口調で説明する。
ティーという存在には、基となった「オリジナル」が別に存在していた。
「神の実験の一つでね~でも上手くいかなかったみたい。薬がないと身体が崩壊してしまう程に脆くなってしまった」
リューが残酷な歴史を語る。
神が行った非人道的な生体実験の産物、それがティーという悪魔のルーツだった。
「要はただの失敗作」
リューが、一切の感情を交えずに冷酷な評価を下す。
「ティー! お前ってそんな奴だったのか!?」
ヒユが驚きのあまり叫んだ。
ティーの複雑な出自を知っているのは、この場においてはシロホンのみだ。
「……」
……もう、こうなったら……。
ティーの脳内で、あらゆる生存のロジックが破綻していく。
唯一の延命装置である管を失った以上、彼に残された時間はわずかしかない。
ゆえに、彼は理知的に己の最期を計算し、覚悟を決めた。
「シロホン!!」
ティーは静寂を切り裂くように、意を決して叫んだ。
「こいつと戦うのは、オレがやる。みんなを連れて此処を去れ」
ティーは死を目前にしながらも、仲間を生かすための最善手を堂々と宣言してみせた。