半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
「ありがとうございます」
ウルは己の嗜虐性を微塵も隠すことなく、歓喜に満ちた声で言い放つ。
ティーは後方からその異常な光景を視認し、戦況の悪化を計算していた。
「君はよそ見してて良いの? な~んて」
頭上からの死角を突き、竜神リューが落下を伴う質量でティーを地面へと押さえ込んだ。
強烈な圧力によってうつ伏せに固定されながらも、ティーは気力を振り絞って口を開く。
歌で自身を強化──……加速!!
ティーの口から紡がれた特殊な音波が、彼自身の身体能力を強制的に引き上げる。
加速した筋力をもって、拘束するリューの腕から強引に抜け出した。
瞬時に死角である背後へと回り込み、重力と遠心力を乗せた踵落としをリューの頭部へ正確に見舞う。
「痛っ」
くっ……硬い! よくこんなのに蹴り入れてたな、シロホンの奴!
ティーは己の脚を襲った理不尽な反発力に涙目を浮かべた。
「盾」の超硬度への一撃は攻撃した側の骨を軋ませ、ティーは痛覚に耐えながら小さく震える。
「玄さん、刀を……」
「はいよ」
翠の短い要求に応じ、玄は自身の操る影を圧縮して刀の形状へと変換し、翠の手へと託す。
翠は即座に呪いの媒介である
札で自身を強化──……。
強化された脚力で地を蹴り、翠は漆黒の刀を握り締めて踏み込む。
迎撃としてウルが左脚の蹴りを放つが、翠は姿勢を極限まで低くしてその軌道を潜り抜け、無防備な懐へと侵入する。
勢いを殺さず、鋭利な影の刃を一閃してウルの肉体を斬り裂いた。
「あはは」
刃が肉を断ち、空中に鮮血が散開する。
しかしその痛覚すらも快楽に変換するように、ウルは狂気的な笑みを深めた。
「ありがとうございます」
「っ!?」
ウルは空を切った左脚の軌道を強引に捻じ曲げ、真下にいる翠へ向けて容赦なく振り落とした。
重力と筋力が乗った踵が、翠の頭部へと直撃する。
「翠……!」
どうすれば……。
玄は悲痛な叫びを上げながらも、脳内で打開策を高速で模索する。
呪いの札で身体能力を底上げした翠の反応速度すら凌駕する、ウルの異常な攻撃精度。
「う~ん、何遊んでんのかな?」
リューがウルの挙動を観察し、呆れたように告げる。
致命傷を与え得る状況でありながら、ウルが意図的に出力を抑えて戦場を遊技場と化している事実への指摘だった。
「リュー君こそ、遊んでるじゃないですか!! 殺さないのその蝙蝠!!」
痛いところを突かれたウルも、即座に皮肉で応戦する。
リュー自身もまた全力を出しておらず、結果としてシロホンたちの戦線離脱を見逃す形になっていた。
「う~ん? ああ、これ?」
リューは背後で動けずにいるティーを右手の親指で無造作に指し示し、口を開く。
ティーは、直感的な死の予感に顔を強張らせた。
リューの足元の地面から、突如として無数の黒い茨が異常増殖を始める。
質量を持った茨は意思を持つかのように蠢き、ティーの四肢へと強固に巻き付いていく。
物理的な拘束により、ティーの機動力は完全に無力化された。
「放って置いても、勝手に壊れていく」
リューは両手を広げ、残酷な事実を淡々と宣言する。
「!!」
捕まった……!!
ティーの額から、濃密な死への恐怖が汗となって滲み出した。
「え~何それ! 面白っ! 放置プレイ出来るってこと!?」
ウルは右手の人差し指をリューへ向け、悪趣味な玩具を見つけた子供のように声を弾ませる。
その傍らで、頭部への一撃を受けた翠が、平衡感覚を失いながらも執念で立ち上がった。
「ちっ」
舐めやがって!!
翠は屈辱に舌打ちを漏らし、再びウルへ向けて単身での急襲を仕掛ける。
影の刀が鋭く薙がれるが、ウルは初動の筋肉の僅かな収縮から軌道を読み切り、最小限の動作で身を屈めて刃を躱す。
回避の姿勢から滑らかに両手を地面へと突き、ウルは自らの身体を逆立ちの状態へと跳ね上げた。
下から上へと跳ね上がった両脚が、翠の顎を的確に捉えて打ち抜く。
さらにウルは空中の脚を器用に折り曲げ、脳震盪で無防備となった翠の喉元へ追撃を放つ。
「かっ」
急所である気管を正確に突かれ、翠はくぐもった苦悶の声を漏らした。
翠が稼いだコンマ数秒の隙を縫い、玄がウルへと肉薄する。
その右手には、極限まで鋭さを増した影の刃が握られていた。
確実な死を与えるべく、玄は無防備なウルの頸動脈へ向けて刃を薙ぎ払う。
「あはは……」
先の斬撃で生じた自らの傷口から鮮血を撒き散らしながら、ウルは逆立ちの姿勢のまま狂気的に笑う。
地面に突いた両腕を軸にして急速に身体を回転させ、玄の方へと身体を向ける。
そのまま玄の肩へ両足をフックするように引っかけ、自らの膝を急激に折り曲げた。
玄の頭部を両脚で万力のように挟み込み、自重と遠心力のすべてを乗せて地面方向へと引きずり下ろす。
アクロバティックに空中を一回転し、ウルは自身の体勢を立て直すと同時に、玄の頭部を硬い地面へと激突させた。
脳髄を揺らすほどの衝撃を顔面に受け、玄は皮膚を裂き出血しながらも辛うじて意識を繋ぎ止める。
「なっなんで……」
地面に押さえ込まれた状態のまま、顔だけを上げて玄は問う。
「なんでこんな身体能力が、出せる……!?」
涼しい顔で立ち上がり、塵を見下ろすような視線を向けるウルに対し、玄は理解不能な現象への疑問をぶつける。
身体構造の枠組みを逸脱した、純粋な生物学的限界を超える暴力的な機動力。
「無意識に制限しているとされる、脳のリミッター」
ウルは自身のこめかみに右手の人差し指を当て、教師のように淀みなく語り始める。
「……!?」
玄が絶望的な論理の帰結に思い至り、表情を強張らせた。
「それすらも枷とし外すのが、この能力──……」
それこそが、この死闘の裏にあったウルの絶対的優位の種明かしであった。
軍人として培われた純粋な戦闘技術に加え、能力による肉体の物理的リミッターの解除。
脳の保護機能という生物としての枷を外すことこそが、ウルの常軌を逸した身体能力の正体である。
「それが『枷外し』お分かりです? 再生治癒能力で、デメリットは打ち消せるしね。要は最初から強化済み状態って訳」
通常、人間の肉体はリミッターを外せば筋肉や骨格が自壊する。
だが、ウルは自己再生・治癒というもう一つの異能を併せ持っている。
本来なら肉体が自壊するほどの負荷という致命的なデメリットを、超常的な治癒速度で完全に相殺しているのだ。
事実、先ほど玄の刃によって裂かれたはずのウルの首元の傷跡は、既に完全に塞がっていた。
「さて」
ウルは無造作に歩み寄ると、地に倒れ伏す翠の右腕へと体重を乗せた足を踏み下ろし、無慈悲に骨を粉砕した。
「翠!!」
翠の壮絶な悲鳴が響き渡り、玄が血を吐きながらも上体を起こして絶叫する。
「オレも一人、放置プレイできる状態にしようかな?」
破壊された腕を押さえて苦悶する翠を見下ろし、ウルは極上の娯楽を楽しむような邪悪な微笑みを浮かべて言い放った。