半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
茨に拘束され、生命線であるシンで形成された管を竜神リューに捕食されたティー。
彼は
こんな死に方をするのは……オレがオリジナルを殺した──……その報いなのか。
ティーの脳裏に、凄惨な過去の記憶がフラッシュバックする。
それは、彼がまだ幼かった頃の記憶。
ティーのオリジナルにあたる少年は、実の両親によって「神」と呼称される能力者たちへ売却された実験体だった。
両手に冷たい手枷を嵌められ、鎖に繋がれた状態で、人間たちの狂気が渦巻く研究施設へと連行されてきたのだ。
それから幾ばくかの時が流れ、その施設でオリジナルの遺伝子情報から複製物が生成された。
二人は劣悪な環境の中で唯一の家族と呼べる関係性を築き、実験動物として施設内で日々を過ごしていた。
ティーは人工的に造り出された極めて不安定な個体であったため、生命維持用の管に常時接続されている必要があった。
「好きな音? 音楽じゃなくて?」
ある日、オリジナルが唐突に投げかけた問いに対し、ティーは疑問符を浮かべて聞き返した。
「オレさ、此処を抜け出そうと思ってて……脱走後は悪魔の一族に認めてもらう!」
オリジナルは無謀な脱走計画を企てており、彼の脳内では既に成功した後の未来が描かれているようだった。
「は……はあ……」
ティーは現実味のない計画に対し、気のない生返事を返す。
「悪魔って
オリジナルは右手の人差し指を立て、得意げに知識を披露する。
かつて悪魔の集団には階級制度が存在し、最下層のAから最上層のZまで序列化されていた。
そして、己の階級を示すアルファベットを頭文字とした名を冠する規則があったという。
「それと音となんの関係が……あ」
「そう!」
ティーが疑問を口にした直後、ある事実に思い至る。
オリジナルはティーの思考を正確に読み取り、満面の笑みを浮かべた。
「「シ」」
二人の声が完全に重なる。
彼らが最も好む音は、階名の「シ」であった。
「やっぱ気が合うな! 流石オレの複製品!」
「品って!!」
オリジナルは右手の拳を天井へと突き上げ、嬉々として叫ぶ。
物品扱いされた言葉の綾に対し、ティーはすかさず反論した。
「物扱いかよ」
「ごめんごめん~」
彼らを囲むのは、神と名乗る人間たちが支配する非人道的な環境だった。
それでも、二人は互いの存在を唯一の拠り所とし、ささやかな平穏を分かち合っていた。
「『シ』……階名はTiだから、『T』のアルファベットを貰ってティーを名乗る!」
オリジナルは右手の拳を力強く自らの胸に当て、未来の己の名を宣言した。
「……それ、ダジャレってやつか?」
当時のティーは、そのあまりにも安直な発想に呆れを隠せなかった。
「違う! そんなつもりじゃ……!」
オリジナルは顔を赤らめて必死に否定する。
彼のささやかで絶対的な目標は、この地獄のような研究施設を脱走し、Tの階級を得て「ティー」と名乗ることだった。
それから数日が経過し、ついに計画を実行に移す時が来た。
しかし、子供二人の浅知恵による脱走劇は、呆気なく研究員たちに発見される結果となる。
「逃がすな」
「追え!」
無機質な研究施設内に、人間たちの無慈悲な怒号が響き渡る。
「捕まえたぞ!」
「くっ! 放せ!!」
オリジナルは追手の研究員に取り押さえられ、手足を必死に暴れさせて抵抗を試みる。
先行していたティーが足を止め、絶望的な状況を視認した。
「オリジナル!!」
「行け!! お前だけでも」
ティーの悲痛な叫びに対し、オリジナルは自らを犠牲にしてでも逃げるよう命令を下す。
「こんな間違った場所から抜け出せ!! 早く行け!」
拘束されながらも、オリジナルはティーの生存を何よりも優先した。
だが、ティーはその場に縫い止められたかのように動けない。
思考が硬直する、数秒の空白。
「……嫌だ」
ティーは明確な拒絶の意思を示した。
「オレはオリジナルと一緒に抜け出す!!」
ティーは己の能力である音波を極限まで声帯に乗せ、絶叫を放った。
「よせ!」
「その
研究員と拘束下のオリジナルは、空間を歪ませるほどの高密度の音波に本能的な死の恐怖を覚えた。
ティーの放った絶叫が閉鎖空間に反響し、直後に耳を劈くような破壊音が連続する。
衝撃波を至近距離で浴びたオリジナルと研究員たちは、肉体の構造を維持できずに文字通り粉砕され、即死した。
「……」
ティーは、自身の能力が引き起こした凄惨な結果を脳が処理しきれず、完全に沈黙する。
己の声が、救うべきオリジナルもろとも敵を破壊してしまったという事実。
ティーは冷たい床に膝から崩れ落ち、力なく項垂れた。
「そんな……そんなつもりじゃ……」
オリジナルを殺害する意図など、微塵も存在しなかった。
後悔の念が限界を突破し、ティーの双眸から大粒の涙が零れ落ちる。
その後、ティーは混乱の中を一人で抜け出し、見知らぬ森の中を当てもなく彷徨っていた。
だが、その肉体に異変が生じる。彼の皮膚に、硬質な物質が砕けるような亀裂が走ったのだ。
「なんでヒビが……」
ティーは亀裂の入った箇所を震える手で押さえ、絶望的な事実に直面する。
彼の身体は、定期的なメンテナンスを施さなければ崩壊するよう設計されていた。
「そういや、毎日身体の調整とかされてた……ヤバい……」
このままじゃ……なんの為に、オリジナルを壊してまで外に──……。
人工的に合成された脆弱な複製物。
外部での生存能力を持たない彼がこのまま野に放置されれば、待っているのは確実な自壊による死。
ただ一人の家族を自らの手で殺め、それでも外の世界へ出た意味が、今まさに無に帰そうとしている。
強烈な虚無感と後悔が、ティーの精神を激しく苛んだ。
自壊の進行に膝を折り、死を待つしかなかったティーの運命は、偶然通りかかった悪魔によって拾われることで辛うじて繋がった。
彼を保護した悪魔は、名を
西王はティーの肉体崩壊を食い止めるため、延命措置となる施術を施し、特殊な薬草を供給する管を開発した。
その処置により、ティーはギリギリのところで完全な崩壊を免れることができた。
そして、幾らかの月日が経過したある日のこと。
「
西王からの説明を受け、ティーは疑念を口にした。
「今はなくなったよ。ちょっと色々あってね、だから勝手に好きに名乗ると良いよ」
西王は淡々と告げる。
かつて悪魔たちを縛っていた階級制度は、既に歴史の闇に消え去っていた。
「好きに……」
ティーは部屋の椅子に腰掛けたまま、ポツリと呟く。
「じゃあ……『ティー』で」
己の存在証明となる名を、彼は静かに決定した。
「てぃー?」
意図を測りかねた西王が聞き返す。
「オリジナルの好きだった『音』だから……」
ティーは、今は亡きオリジナルとの他愛ない記憶を脳裏に浮かべながら、ひどく穏やかな表情で答えた。
そして、現在。
ティーの身体は限界を迎え、肉体の欠片が音を立てて剥がれ落ちていく。
「……」
亀裂は容赦なく全身を侵食し、既に顔面にまで到達していた。
オレには両親はいない。兄とも呼べるオリジナルはもう居ない……。
ティーは死に向かう己の肉体を冷静に俯瞰し、静かに思考を巡らせる。
オレのことを思ってくれる家族はこの世に居ない。だからちょっとあの兄弟が羨ましかった……。
彼には、互いに悪態をつきながらも根底では深く結びついていたシロホンとヒユの兄弟が、ひどく眩しく見えていた。
自分を案じてくれる家族は、もうこの世のどこにも存在しない。その絶対的な孤独が、強烈な羨望となって彼の胸を焦がしていた。
崩壊した肉体の欠片が、無情にも宙を舞う。
オレには名前以外、何もない──……。