半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
オレには名前以外何もない──……。
ティーの身体から、崩壊した肉体の欠片が乾いた音を立てて剥がれ落ちていく。
何もないからこそ、この身を捨ててでも……奴らから「シン」を奪う──……!!
「おおおっ!!」
ティーは残された全生命力を振り絞り、自身を戒める茨の呪縛を力任せに引きちぎろうと足掻き始めた。
その様子を目前で見下ろしていたリューが、視線だけをティーへと向ける。
「……!」
まだ能力は封じているはずなのに……強引に──……。
リューの双眸に、計算外の事象を観測したわずかな驚愕が走る。
茨に込められた呪いによって、ティーは能力の一切を使用できない状態にある。
しかし彼は、純粋な物理的筋力のみでその強固な拘束を破ろうと試みていた。
リューは瞬時に思考を巡らせ、あえてティーに絡みつかせた茨の呪いを解いた。
ティー自身が力で振り払ったかのように偽装しつつ、意図的に拘束を解除したのだ。
身の自由を取り戻したティーは、残骸となりつつある脚でリューへ向かって駆ける。
「シンを貰う!!」
敵の能力源を奪取する。その一点のみに思考を絞り、必死に距離を詰める。
だが次の瞬間、背後へ回り込んでいたウルが、ティーの無防備な胴体へ容赦なく左拳を突き入れた。
限界を迎えていたティーの肉体は物理的な衝撃に耐えきれず、無数の破片を散乱させながら上下に分断される。
「かはっ」
ティーの口から、血の混じった空気が漏れ出た。
肉体を侵食する亀裂は、既に頭部にまで到達している。
ウルは己の破壊衝動を満たした喜悦の笑みを浮かべ、その惨状を見下ろしていた。
「ったく……あんた風に言うなら、『放置しておいた君が悪い』ってか!?」
ウルは上半身だけとなり地に伏すティーを眺めながら、リューへ向けて軽薄に言い放つ。
「別に、こいつ何も出来ないし」
リューは興味を失ったように背を向けて答えた。
事実、ティーの戦力では彼ら二人に手傷を負わせることなど到底不可能であった。
くそっ……やっぱ無理か……。
ティーは残された両腕の拳を強く握り締め、己の非力を痛感して呪う。
「まあ……此処まで壊せば、今度こそ何も出来ないね!」
ウルは満面の笑みを貼り付け、右手の人差し指を立てて無邪気に断言した。
ティーの喉は痙攣し、反論の言葉すら紡げない。
「頑張ったご褒美だよ」
ウルは、虫の息となったティーへと冷酷な宣告を下す。
「その身体が崩れゆくさまを感じながら、最期まで生きると良いよ」
ウルは満足げに前方へ歩み出しながら告げた。
ティーは自らに背を向ける二人の「神」を名乗る人間たちの姿を、ただ無力に見送ることしかできない。
「早く死んだ方がましかもね」
「!!」
ウルが嗜虐的な悦びに満ちた声で追い打ちをかけ、ティーの顔に絶望的な未来を突きつけられた強烈な戦慄が走る。
顔面の亀裂がさらに深く広がり、苦痛に表情が歪んだ。
「こーいう放置プレイもありだね!!」
ウルは悪びれることなく、自身の残虐性を純粋に楽しんでいる。
「ほら行くよ~」
リューが歩みを止めず、ウルへ撤退を促す。
「じゃあね。生を最期までご堪能下さ~い」
ウルは背後のティーに向かって大袈裟に手を振りながら、狂気的な笑顔で言い残した。
「まっ待て!!」
ティーは消えゆく意識の中で、精一杯の力を振り絞り叫んだ。
しかし二人は振り返ることなくその場を後にし、ティーは虚空を掴むように拳を握ったまま激しく震える。
「くそっ」
何も、何も……出来なかった。
ティーは絶望的な無力感の中、身動き一つ取れずに自らの肉体が完全に崩壊する時を待つことしかできなかった。
それから少しして。
ヒユとアナナスを安全な屋敷に退避させてきたシロホンが、戦場へと駆けつける。
「!!」
到着した四人は、眼前に広がる凄惨な光景に思考を硬直させ、本能的な悪寒に顔を強張らせた。
「
辛は、凄惨な死を遂げたかつての同僚たちの名を呆然と呟く。
三人は大量の血を流し、既に完全に絶命していた。
「!! ティー……!」
シロホンが、無残にも上下に分断されて横たわるティーの姿を視認し、悲痛な叫びを上げる。
「くそっ! 遅かったか」
シロホンは弾かれたようにティーの元へと駆け寄った。
「……」
辛はその場に立ち尽くし、冷酷な現実を脳裏に焼き付けるように沈黙する。
「辛君……」
「辛……」
凪と爪戯は、微動だにしない辛の背中を見つめ、心配からその名を小さく呼んだ。
「……シ……シロホン……」
ティーは砕け散りゆく身体で、最後の力を振り絞り口を開く。
「お前、まだ息が……!」
シロホンはティーの崩れかけた身体を慎重に抱え上げ、必死に語りかける。
「奴……竜……神は……」
ティーはひび割れた顔面を歪ませ、必死に口を動かす。
「多分……改造物だ」
ティーはリューと対峙し、その異常な能力行使の過程から導き出した一つの論理的仮説を告げた。
「……!」
シロホンは、ティーの口から発せられた想定外の事実に言葉を失う。
「あの……シンの多さは……」
ティーは命を削って情報を伝えようと口を動かす。
しかし、その顔面に刻まれた亀裂が致命的な速度で広がっていく。
「…………を……つ……く…………」
手や胴体が、音を立ててボロボロと砂のように崩れ落ちていく。
そして、言葉を紡いでいた顔面もまた限界を迎えた。
すべての情報を伝達し終える前にティーの肉体は完全に崩壊し、シロホンの手には無機質な欠片だけが残された。
シロホンの顔が苦痛に歪み、やり場のない焦燥が全身を駆け巡る。
「ティー……!」
シロホンが悲痛な叫びを上げるが、その声がティーに届くことは二度とない。
辛、爪戯、凪の三人は、眼前で失われた命を前に、かける言葉を見出せずにいた。
管が喰われた時点で、死は確定していたが──……。
シロホンの脳裏に、シンで形成されたティー専用の管がリューに捕食された瞬間の記憶が蘇る。
あの時点で、ティーの死という結果は論理的に確定していたのだ。
こんな形で──……お前──……だから神は嫌いなんだ……。
粉々になったティーの残骸を見つめ、シロホンは「神」と名乗る傲慢な人間たちへの激しい憎悪に奥歯を噛み締めた。
「……」
辛は無言のまま、横たわる玄の遺体へと歩み寄る。
そしてゆっくりと身を屈め、その損傷部位を冷静に確認した。
闇神のシンが抜かれている──……。
辛は、玄の体内から能力の源である「シン」が意図的に抉り取られている痕跡を視認する。
……蝶神に続き、離反した玄からも回収したという訳か──……。
辛の脳裏に、かつての蝶神と玄の生前の姿がよぎる。
彼らの命を単なる資源として略奪する神々の理不尽な行為に対し、辛は怒りで歯を軋ませた。
増援として駆けつけた凪たちだったが、結局は一歩間に合わず。
残されたのは、敵の圧倒的な暴力が蹂躙した凄惨な死の光景だけだった。
にしても……。
凪は右手を口元に当て、提供された不可解な情報を論理的に処理しようと試みる。
「改造物……?」
凪がぽつりと疑問を言語化し、隣に立つ爪戯が彼女の方へ視線を向けた。
一体どういうこと──……!?
凪の思考回路には、ティーが遺した最後の言葉が未解決のパズルのように渦巻いていた。