半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.156「立至る」

 かつて、ティーが西王(せいおう)に拾われある程度成長したころ。

 

「いつも思うけど、何聞いてんの?」

「西王さん!」

 

 悪魔たちの住む屋敷のテラスで音楽を聴いていたティーに、西王が問う。

 ティーは日常的にヘッドホンを装着し、音の世界に没入する癖があった。

 

「えっと民謡とかだけど?」

「民謡?」

 

 ティーはヘッドホンを外し、無防備な笑顔で答える。

 そして饒舌に言葉を続けた。

 

「あとXって人の作った曲! あれ好きなんだよな。音に雑味が無くて~」

 

 ティーは自身が愛聴する音楽の魅力を、純粋な熱量をもって語る。

 

「ああ、シロホン……」

 

 西王は「X」という名義の正体がシロホンであることを把握していたため、その名を無意識に口にした。

 

 直後、玄関口へ接近する気配が生じる。

 風が吹き抜け、乾いた木の葉が散った。

 

「お、噂をすれば……」

 

 西王は視線を玄関の方角へ向け、来訪者を認識する。

 そこに立っていたのは、シロホン本人であった。

 

「ウエスト、こんなところで何してんだ?」

 

 シロホンがウエストこと西王へ向けて問いかける。

 

「君こそ何してんの?」

 

 西王が軽薄な調子で聞き返す。

 

「楽器取りに来たんだよ」

 

 シロホンは本業を音楽家としている。

 自身の商売道具である楽器を回収するため、この屋敷へ足を運んだようだった。

 

 その姿を視界に収めたティーの顔に、爆発的な歓喜の感情が発現する。

 

「!! 本物だーっ!!」

 

 ティーは抑制の利かない笑顔と共に絶叫した。

 

「誰だよお前は」

 

 シロホンは初対面のティーに対し、露骨な警戒心を滲ませて突き放す。

 

「いや~実はオレ、ファンでして~その~」

 

 ティーは右手を後頭部に添え、緩みきった顔を隠そうともせずに答えた。

 シロホンの楽曲を好む彼にとって、眼前の存在は絶対的な憧憬の対象であった。

 

「この前言ったろ。歌好きのティーってやつのこと」

 

 西王が右手をティーの方へ差し示し、シロホンの記憶を喚起する。

 シロホンは警戒を解き、ひどく面倒そうに短い呼気を漏らした。

 

「TなのにBなのか」

 

 シロホンは唐突に、論理的整合性を欠く指摘を口にする。

 

 ティーの名の由来は階名の「シ」である「Ti」だが、英語圏の音名表記(ABC)に変換した場合、それは「B」に該当する。

 

「何故にB?」

 

 西王は音楽理論に疎いのか、意図を汲み取れずに首を傾げる。

 

「あ、お茶の方か?」

 

 シロホンが容赦のない追撃を放つ。

 飲料の「Tea」であると意図的に曲解したのだ。

 

「Tiで合ってます!!」

 

 ティーは慌てた様子で自身の定義を修正する。

 

「そういやウエストに会いに行った時、隣りの部屋から聞こえたな……下手くそな歌が」

 

 シロホンはオブラートという概念を放棄し、最も鋭利な評価を事実として叩きつける。

 その瞬間、ティーの顔から歓喜が消失し、怒りで額の血管を浮き上がらせた。

 

「なんなんだ、こいつは―っ!!」

 

 ティーは制御不能な怒りに身を任せ、吼えるように叫んだ。

 

「そういう奴なんだよ」

 

 西王が宥めるように補足する。

 シロホンは悪びれる様子もなく、短く鼻を鳴らした。

 

「殺す!! いつか殺す!!」

 

 ティーの脳内で、憧憬の対象が明確な殺意の標的へと書き換えられ、その決意を声に出す。

 

「こいつ不死身だよ」

 

 西王が冷静な事実を提示する。

 シロホンは吸血鬼という悪魔であり、論理的に殺害が極めて困難な生物構造を持っている。

 

「下手に下手と言って、何が悪い」

 

 シロホンは自身の批評の正当性を微塵も疑わず、冷徹に言い放った。

 これが、シロホンとティーの交点の始まりであった。

 

 ◇

 

 現在。

 己の手の中で無機質な残骸と化したティーを、シロホンは無言で見つめている。

 

 お前とは喧嘩ばかりだったが……まさかこんな形で別れるとはな──……。

 

 シロホンの脳裏で、かつての騒がしくも平穏だった記憶と、眼前の凄惨な現実が交差していた。

 

 そして、生き残った四人は拠点とする屋敷へと帰還を果たした。

 

「そっか間に合わなかったんだ……」

 

 出迎えたルリが、四人の空気から結果を察して悲痛な声を出した。

 

「おいこら、クソ兄貴!!」

 

 帰還したシロホンへ向けて、待ち構えていたヒユが怒号を浴びせる。

 

「なんでおれらを……」

 

 ヒユはアナナスと共に戦線から強引に排除された事実について、明確な回答を要求しようと詰め寄る。

 

「足手まといだからだ」

 

 シロホンは弟の感情を一切考慮せず、極めて合理的な結論だけを叩きつけた。

 

「くそっ」

 

 ヒユ自身も自らの戦力不足という事実を理解しているため、それ以上の反論を封じられ、吐き捨てるようにして部屋を飛び出していった。扉が乱暴に閉められる。

 シロホンはその背中を、感情を読み取れない無機質な視線で見送った。

 

「……」

 

 凪(なぎ)は無言のまま、先刻の戦場で得た情報を脳内で整理している。

 

「ティーって人が『改造物』って、言い残してたけど」

 

 凪が思考の一部を言語化する。

 ルリがその単語に反応し、凪の方へ顔を向けた。

 

「どういう意味?」

 

 凪は定義の明確化を求める。

 

「そのままの意味だよ」

「?」

 

 ルリの簡潔すぎる回答に対し、凪は疑問符を浮かべて思考を停止させる。

 

「もっと分かりやすく言えば、改造人間ってところかな」

 

 ルリは対象の理解度に合わせて、表現を一段階引き下げて説明を付加した。

 そして、さらに言葉を繋ぐ。

 

「神って怪しい人体実験とかしてるからね」

 

 ルリの口から、神と名乗る人間たちが日常的に行っている非人道的な行為が事実として語られる。

 

「人体実験!?」

 

 凪は想定外の残酷な事実に、思わず身を乗り出して声を張った。

 

「それって……前に戦った敵が言ってた、崇高な目的ってやつ?」

 

 爪戯(つまぎ)が状況の符合に気づき、真剣な面持ちで推論を口にする。

 

「なんか言ってたね、そんなこと」

 

 凪も記憶の糸をたぐり寄せる。

 

 かつて交戦した撃神(うちがみ)の部下が、彼らの行動原理として口走っていた言葉。

 さらに言えば、蝶神の過去においても、神による実験の犠牲となった人間たちが存在していた。

 

「そういや、あの神も……実験がどうの言ってた──……」

 

 凪は右手を口元に当て、記憶の断片を論理的に繋ぎ合わせる。

 撃神自身の口からも、実験というキーワードは確かに提示されていた。

 

「でもなんでそんなことを……?」

「……」

 

 凪の提示した疑問に、明確な解を出せる者はいない。

 何故、神が同じ人間に対して人体実験を繰り返すのか。その根本的な目的は未だ暗数の中に隠されている。

 

「あーまた謎が増えた~~!」

 

 凪は情報量の過負荷に耐えきれず、降参を宣言するように叫んだ。

 

 辛(かのと)は終始沈黙を保っている。

 左手を口元に添え、得られた情報を基に深い思考の海へと潜っていた。

 その理知的な横顔を、爪戯が静かに観察している。

 

「ティーも被験体だった……」

 

 シロホンは左手で拳を固め、壁に向かって強い衝撃を与えた。

 ティーもまた、神々の身勝手な理由で犠牲となった実験体であり、オリジナルを複製した存在だった。

 

「絶対許さねえ、神共(あいつら)!!」

 

 シロホンは、神と名乗る醜悪な人間たちへの純粋な殺意を声に乗せた。

 

「今回敵を捕まえることが出来ていれば……拠点も分かったかもしれないね」

 

 ルリが冷徹な視点で状況を俯瞰し、失われた機会損失を指摘する。

 敵を拘束し尋問できていれば、実験の目的や拠点座標の特定に至った可能性は高い。

 だが、あの戦力差で彼らを捕縛するなど、戦術的に不可能であったのもまた事実だ。

 

「そうだった、丁(ひのと)君の為にも奴らの拠点に行きたいんだった!! 色々あって忘れてた!!」

 

 凪はテーブルに額をつけ、右手の拳を叩きつけて当初の目的を思い出す。

 

 部屋に数秒の空白が訪れた。

 凪達の本来の行動理念は、神の拠点を特定し、攫われた辛の弟である丁を奪還することである。

 

「あ~~~~もう、わけ分かんない!! どうすれば良いのよ!!」

 

 凪は頭を抱え、思考の限界を露呈する。

 ルリはその姿を眺めながら、極めて緩慢な笑みを浮かべていた。

 

「まあ……セーブルさんが見つかれば、とりあえず良いんだけど……」

 

 ルリは表情を崩さぬまま、一つの解決策を提示する。

 

「あ~そういや探してたね、人を……」

 

 凪は憑き物が落ちたように落ち着きを取り戻し、椅子に座り直した。

 辛、凪、爪戯の三人は、そもそもセーブルという人物を捜索するために街へ出ていたのだ。

 

「大体! その人を見つけろって話が、無茶なのよ!! よく知らないし!!」

 

 凪は再び感情のスイッチを切り替え、右手の人差し指を爪戯へ向けて抗議の声を上げる。

 爪戯は一瞬だけ硬直したが、即座に的確な反論を構築した。

 

「何も知らずに、犯人捜ししてたあんたが言う?」

 

 爪戯は、凪が何の手掛かりも持たずに母親の仇を捜索していたという論理的矛盾を突く。

 

「うるせー!! 片目!!」

「殺すよ?」

 

 凪が感情論で噛みつき、爪戯が冷徹な殺意で即答する。

 

「本当にもう! どうしろと……」

 

 凪は再び頭を抱え込み、床に突っ伏した。

 その直後、凪の頭上の空間で突如として異能の励起反応が生じた。

 モドキが召喚喚起の能力を行使し、空間を跳躍して凪の真上へと落下してきたのだ。

 

 おい、前にもあったぞ。これ!!

 

 凪は物理的な質量の下敷きになりながら、かつてヤナギの精霊であるキルキーが同様の軌道で落下してきた事象をフラッシュバックさせていた。

 

「あ、モドキさんだ~」

 

 ルリが日常の延長のような笑顔で、不法侵入者へ話しかける。

 

「聞いて聞いて~」

 

 モドキは凪の背中を土台にしたまま、嬉々として口を開く。

 

「おれ超有能だから~!! 連れて来てやったぜ!!」

 

 モドキは自らの戦果を誇示し、間髪入れずに再度召喚喚起の能力を発動させる。

 

 上空の空間が歪み、そこから黒ずくめの死神・セーブルが質量を伴って出現し、モドキの身体を無慈悲に踏み潰した。

 最下層に位置する凪は、累加された物理的負荷に耐えきれず、完全に意識をシャットダウンさせた。

 

「あ! セーブルさん!」

 

 ルリは惨状を意に介さず、朗らかな笑顔のままセーブルを指差す。

 その傍らで、爪戯だけが突如として形成された混沌に理解が追いつかず、完全な困惑に陥っていた。

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