半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

157 / 158
覚醒
No.157「お断り」


 モドキによる召喚喚起の能力が発動し、空間を跳躍してセーブルが出現した。

 物理的な質量の下敷きとなった凪(なぎ)が完全に意識を失った直後、遅れてアヴェルスが姿を現す。

 

「見つけたのはオレだろ」

「はい、ご主人様のお手柄です……」

 

 アヴェルスは床に転がるモドキを冷たく見下ろしながら告げる。

 圧倒的な力関係の前に、モドキは恐る恐る手柄を主へと譲渡した。

 

「ったく、彼方此方行きやがって」

 

 アヴェルスは面倒そうに息を吐き出す。

 

「巡り巡って結局スタート地点に居やがるしよ」

 

 不満を口にしながら、アヴェルスは黒ずくめのセーブルへと歩み寄った。

 

「すまんな」

 

 セーブルは表情筋を動かすことなく、平坦な声で謝罪を口にして俯いた。

 

「ヴァートが居なくなったもんで」

 

 言葉とは裏腹に、セーブルの顔には濃密な暗い影が落ちている。

 アヴェルスはその様子を静かに観察していた。

 

「正確には連れて行かれた……」

 

 セーブルの脳裏に、鮫神の部下である禄(ろく)と一片(ひとひら)の姿が焼き付いていた。

 彼女らが運搬していた巨大な箱。状況証拠から推測すれば、その内部にヴァートが収容されていたことは疑いようがない。

 

「あっそ」

 

 アヴェルスは他者の悲劇に対し、極めてドライな反応を返す。

 

「で? Dの奴は?」

 

 アヴェルスは、気絶したモドキを拾い上げるルリに向かって言った。

 

「兄なら今頃倒れているよ」

 

 魂が抜けたようなモドキを抱えながら、ルリが事もなげに答える。

 デュオラスは特殊な身体構造の病弱さゆえに、現在はベッドに伏せている状態だという。

 

「早くWを呼んで来いよ!!」

 

 アヴェルスは、治療役である西王(せいおう)(ウエスト)を急いで呼ぶよう声を荒げた。

 しかし、ルリの態度はひどく楽観的だ。

 

「う~ん、そのうち来るんじゃない?」

 

 明確な根拠のない、適当な返答。

 

「ったく……まあオレ個人、こいつに用があるから良いけど」

 

 アヴェルスは諦めたように一度息を吐き、改めてセーブルを指差した。

 名指しされたセーブルと、傍観していたシロホンがその言葉に反応を示す。

 

「なんだ、また失敗したのか?」

 

 口を開いたのはシロホンだった。

 

「難しいんだよ! 仕方ねーの!」

 

 図星を突かれたアヴェルスが、言い訳がましく叫ぶ。

 彼は現在、水神ウルに対抗するための専用武器を作成している最中であった。

 

 その必須素材となる『マナ』を抽出するため、セーブルに用があったのだ。

 しかし、マナの加工プロセスは極めて難易度が高く、失敗が連続している状態だった。

 

「あ~もうやだ~誰か代わって! そしてオレを踏んで~」

 

 アヴェルスは突如として床に寝転がり、駄々をこねる幼児のように手足をばたつかせる。

 シロホンは奇行に走るアヴェルスを、冷ややかな視線で傍観していた。

 

「あの……あの眼帯の人が例の?」

 

 爪戯(つまぎ)はルリの傍へ静かに歩み寄ると、口元に手を添えて小声で尋ねた。

 

「そーだよ!」

 

 ルリは爪戯へと顔を向け、明るく肯定する。

 

「セーブルさん。『死神』だよ」

「死神……!」

 

 ルリの紹介を受け、爪戯は僅かに驚きの声を漏らした。

 その後方で、辛(かのと)は無言のまま視線だけを鋭くして反応を示す。

 

「……」

 

 ルリは思考を巡らせるように沈黙した。

 

「あれ? ヴァートさん、連れ去られたんだよね?」

「ああ……」

 

 ルリは現状の情報を整理し、疑問を口にする。

 

「セーブルさんの眼で追えなかったの?」

 

 セーブルが有する『死神』としてのマナは、視覚能力に特化している。

 常軌を逸した視力を持つ彼であれば、対象を追跡することなど容易いはずだった。

 

「どうも、対策されているらしくてな」

 

 セーブルは淡々とした口調で答える。

 通常であれば追跡は可能だが、今回の敵は死神の能力特性を熟知し、妨害手段を講じているようだった。

 

「この眼に捕まらないんだ」

 

 セーブルは眼帯で覆われていない左眼で虚空を見据え、屈辱を滲ませる。

 

「……?」

 

 死神の能力の詳細を知らない爪戯が首を傾げた。

 

「ああ、死神ってすごく眼が良いんだよ!」

「は、はあ……」

 

 ルリが爪戯へ向けて解説を始める。

 

「透視や遠視が出来るから、攫われた人がいても眼で追跡できるはずなんだけど──……」

 

 ルリが言葉を続ける。

 あらゆる境界線を視認するだけでなく、物理的な障害物を透過し、遠方の対象を捉えることすら可能な極めて特異な視覚。

 

「なるほど、それが出来ないと」

 

 爪戯は論理を理解し、納得の意を示す。

 辛もその状況分析に小さく頷いた。

 

 ヴァート……。

 

「早く連れ戻さないと……」

 

 セーブルは脳内で失った仲間の名を反芻し、焦燥を言葉に乗せた。

 ルリの腕から抜け出したモドキが、床に降りて勢いよく尻尾を振る。

 

「にしても、あれだな~」

 

 モドキが場の空気を読まずに口を開く。

 

「シロホンもセーブルも、いつの間にか年上になってんよご主人様。あんなに大きくなって……」

 

 モドキはアヴェルスの足元へ移動し、感想を述べる。

 

「何を唐突に」

 

 脈絡のない発言に、アヴェルスは呆れた視線を落とす。

 

「だって漫画のキャラの年齢追い越して、年上になっちゃったよ自分~の逆状態だよ? これ!」

 

 モドキは独自の比喩を用いて説明を続ける。

 いつの間にか、振っていた尻尾は力なく下を向いていた。

 

「ん? あんたらって一番目と二番目ってやつだろ?」

 

 爪戯が疑問を提示する。

 

「確かにアヴェルスは、オレの先祖だが……」

 

 シロホンが爪戯の方を向いて肯定する。

 

「ああ、生きてきた年数的にはずーっと上だが……」

 

 アヴェルスが言葉を引き取った。

 この世界に存在している総時間で比較すれば、アヴェルスの方が圧倒的に長い。

 

「この肉体は一度死んだ時のままで、固定されているからな」

 

 アヴェルスは事実を告げる。

 生物学的な成長が停止しているため、肉体年齢という枠組みにおいては、後代であるシロホンやセーブルの方が既に上回っているのだ。

 

「固定? 不老ってこと?」

 

 爪戯はさらに確認を求める。

 辛は無表情のまま、その情報収集に意識を傾けていた。

 

「まあ、その認識でもOK!」

「ふーん」

 

 モドキが再び尻尾を振りながら軽く肯定し、爪戯も緩く返答する。

 

「って、あんたら一度死んでるの!?」

 

 爪戯は遅れてアヴェルスの言葉の核心に気づき、声を張った。

 右手の人差し指が、無意識にアヴェルスを捉える。

 

「ああ……殺されてな。蘇る時に願い、呪ったんだ──……」

 

 アヴェルスは過去の死を振り返る。

 

「そうして誕生したのが悪魔のチカラ──……」

 

 それが、この世界における悪魔の起源。

 人間の強烈な呪詛と願望から生み出された『マナ』の誕生プロセス。

 

 そういやシロホンさんの回想でも、ちらっと言ってたっけ……?

 

 爪戯の脳裏に、かつてルリの能力で視認したシロホンの過去の記憶がよぎる。

 その光景の中で、アヴェルスが語っていた言葉と現在の情報が論理的に結合した。

 

「ってな訳で」

「どういう訳?」

 

 アヴェルスが強引に話題を転換しようとする。

 モドキがすかさず的確なツッコミを入れた。

 

「Dが回復するまで暇だし、マナを寄越せセーブル」

 

 アヴェルスは本来の目的を思い出し、堂々とセーブルへと素材を要求する。

 

「…………駄目だ」

 

 セーブルは一切の感情を交えず、淡々と拒絶を告げた。

 

「は?」

 

 予想外の返答に、アヴェルスが素っ頓狂な声を上げる。

 

「駄目だって言ったんだよ」

 

 セーブルはアヴェルスと視線を合わせることなく、拒絶の意志を繰り返す。

 

「ヴァートを助けるのが先だ」

 

 セーブルは極めて冷静な口調を装って宣告した。

 しかし次の瞬間、彼の左眼が大きく見開かれ、そこから大粒の涙がとめどなく溢れ出した。

 

「ヴァートが助からない限り、誰にも協力はしない!!」

 

 セーブルは子供のように声を震わせて絶叫した。

 冷徹な死神という第一印象に反する、あまりにも人間臭く感情的な爆発に、爪戯と辛は驚愕に目を見張る。

 

 え……え──……。

 

 部屋全体を、処理しきれない困惑の空気が支配する。

 気絶した凪がルリの膝枕で眠るその傍らで、黒ずくめの死神は床に膝を突き、なりふり構わず大声を上げて泣きじゃくっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。