半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
No.157「お断り」
モドキによる召喚喚起の能力が発動し、空間を跳躍してセーブルが出現した。
物理的な質量の下敷きとなった
「見つけたのはオレだろ」
「はい、ご主人様のお手柄です……」
アヴェルスは床に転がるモドキを冷たく見下ろしながら告げる。
圧倒的な力関係の前に、モドキは恐る恐る手柄を主へと譲渡した。
「ったく、彼方此方行きやがって」
アヴェルスは面倒そうに息を吐き出す。
「巡り巡って結局スタート地点に居やがるしよ」
不満を口にしながら、アヴェルスは黒ずくめのセーブルへと歩み寄った。
「すまんな」
セーブルは表情筋を動かすことなく、平坦な声で謝罪を口にして俯いた。
「ヴァートが居なくなったもんで」
言葉とは裏腹に、セーブルの顔には濃密な暗い影が落ちている。
アヴェルスはその様子を静かに観察していた。
「正確には連れて行かれた……」
セーブルの脳裏に、鮫神の部下である
彼女らが運搬していた巨大な箱。状況証拠から推測すれば、その内部にヴァートが収容されていたことは疑いようがない。
「あっそ」
アヴェルスは他者の悲劇に対し、極めてドライな反応を返す。
「で? Dの奴は?」
アヴェルスは、気絶したモドキを拾い上げるルリに向かって言った。
「兄なら今頃倒れているよ」
魂が抜けたようなモドキを抱えながら、ルリが事もなげに答える。
デュオラスは特殊な身体構造の病弱さゆえに、現在はベッドに伏せている状態だという。
「早くWを呼んで来いよ!!」
アヴェルスは、治療役である
しかし、ルリの態度はひどく楽観的だ。
「う~ん、そのうち来るんじゃない?」
明確な根拠のない、適当な返答。
「ったく……まあオレ個人、こいつに用があるから良いけど」
アヴェルスは諦めたように一度息を吐き、改めてセーブルを指差した。
名指しされたセーブルと、傍観していたシロホンがその言葉に反応を示す。
「なんだ、また失敗したのか?」
口を開いたのはシロホンだった。
「難しいんだよ! 仕方ねーの!」
図星を突かれたアヴェルスが、言い訳がましく叫ぶ。
彼は現在、水神ウルに対抗するための専用武器を作成している最中であった。
その必須素材となる『マナ』を抽出するため、セーブルに用があったのだ。
しかし、マナの加工プロセスは極めて難易度が高く、失敗が連続している状態だった。
「あ~もうやだ~誰か代わって! そしてオレを踏んで~」
アヴェルスは突如として床に寝転がり、駄々をこねる幼児のように手足をばたつかせる。
シロホンは奇行に走るアヴェルスを、冷ややかな視線で傍観していた。
「あの……あの眼帯の人が例の?」
「そーだよ!」
ルリは爪戯へと顔を向け、明るく肯定する。
「セーブルさん。『死神』だよ」
「死神……!」
ルリの紹介を受け、爪戯は僅かに驚きの声を漏らした。
その後方で、
「……」
ルリは思考を巡らせるように沈黙した。
「あれ? ヴァートさん、連れ去られたんだよね?」
「ああ……」
ルリは現状の情報を整理し、疑問を口にする。
「セーブルさんの眼で追えなかったの?」
セーブルが有する『死神』としてのマナは、視覚能力に特化している。
常軌を逸した視力を持つ彼であれば、対象を追跡することなど容易いはずだった。
「どうも、対策されているらしくてな」
セーブルは淡々とした口調で答える。
通常であれば追跡は可能だが、今回の敵は死神の能力特性を熟知し、妨害手段を講じているようだった。
「この眼に捕まらないんだ」
セーブルは眼帯で覆われていない左眼で虚空を見据え、屈辱を滲ませる。
「……?」
死神の能力の詳細を知らない爪戯が首を傾げた。
「ああ、死神ってすごく眼が良いんだよ!」
「は、はあ……」
ルリが爪戯へ向けて解説を始める。
「透視や遠視が出来るから、攫われた人がいても眼で追跡できるはずなんだけど──……」
ルリが言葉を続ける。
あらゆる境界線を視認するだけでなく、物理的な障害物を透過し、遠方の対象を捉えることすら可能な極めて特異な視覚。
「なるほど、それが出来ないと」
爪戯は論理を理解し、納得の意を示す。
辛もその状況分析に小さく頷いた。
ヴァート……。
「早く連れ戻さないと……」
セーブルは脳内で失った仲間の名を反芻し、焦燥を言葉に乗せた。
ルリの腕から抜け出したモドキが、床に降りて勢いよく尻尾を振る。
「にしても、あれだな~」
モドキが場の空気を読まずに口を開く。
「シロホンもセーブルも、いつの間にか年上になってんよご主人様。あんなに大きくなって……」
モドキはアヴェルスの足元へ移動し、感想を述べる。
「何を唐突に」
脈絡のない発言に、アヴェルスは呆れた視線を落とす。
「だって漫画のキャラの年齢追い越して、年上になっちゃったよ自分~の逆状態だよ? これ!」
モドキは独自の比喩を用いて説明を続ける。
いつの間にか、振っていた尻尾は力なく下を向いていた。
「ん? あんたらって一番目と二番目ってやつだろ?」
爪戯が疑問を提示する。
「確かにアヴェルスは、オレの先祖だが……」
シロホンが爪戯の方を向いて肯定する。
「ああ、生きてきた年数的にはずーっと上だが……」
アヴェルスが言葉を引き取った。
この世界に存在している総時間で比較すれば、アヴェルスの方が圧倒的に長い。
「この肉体は一度死んだ時のままで、固定されているからな」
アヴェルスは事実を告げる。
生物学的な成長が停止しているため、肉体年齢という枠組みにおいては、後代であるシロホンやセーブルの方が既に上回っているのだ。
「固定? 不老ってこと?」
爪戯はさらに確認を求める。
辛は無表情のまま、その情報収集に意識を傾けていた。
「まあ、その認識でもOK!」
「ふーん」
モドキが再び尻尾を振りながら軽く肯定し、爪戯も緩く返答する。
「って、あんたら一度死んでるの!?」
爪戯は遅れてアヴェルスの言葉の核心に気づき、声を張った。
右手の人差し指が、無意識にアヴェルスを捉える。
「ああ……殺されてな。蘇る時に願い、呪ったんだ──……」
アヴェルスは過去の死を振り返る。
「そうして誕生したのが悪魔のチカラ──……」
それが、この世界における悪魔の起源。
人間の強烈な呪詛と願望から生み出された『マナ』の誕生プロセス。
そういやシロホンさんの回想でも、ちらっと言ってたっけ……?
爪戯の脳裏に、かつてルリの能力で視認したシロホンの過去の記憶がよぎる。
その光景の中で、アヴェルスが語っていた言葉と現在の情報が論理的に結合した。
「ってな訳で」
「どういう訳?」
アヴェルスが強引に話題を転換しようとする。
モドキがすかさず的確なツッコミを入れた。
「Dが回復するまで暇だし、マナを寄越せセーブル」
アヴェルスは本来の目的を思い出し、堂々とセーブルへと素材を要求する。
「…………駄目だ」
セーブルは一切の感情を交えず、淡々と拒絶を告げた。
「は?」
予想外の返答に、アヴェルスが素っ頓狂な声を上げる。
「駄目だって言ったんだよ」
セーブルはアヴェルスと視線を合わせることなく、拒絶の意志を繰り返す。
「ヴァートを助けるのが先だ」
セーブルは極めて冷静な口調を装って宣告した。
しかし次の瞬間、彼の左眼が大きく見開かれ、そこから大粒の涙がとめどなく溢れ出した。
「ヴァートが助からない限り、誰にも協力はしない!!」
セーブルは子供のように声を震わせて絶叫した。
冷徹な死神という第一印象に反する、あまりにも人間臭く感情的な爆発に、爪戯と辛は驚愕に目を見張る。
え……え──……。
部屋全体を、処理しきれない困惑の空気が支配する。
気絶した凪がルリの膝枕で眠るその傍らで、黒ずくめの死神は床に膝を突き、なりふり構わず大声を上げて泣きじゃくっていた。