半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
セーブルは幼いころ、ヴァートに出会った。
ヴァートがセーブルを救い、そしてある時セーブルがヴァートを救った。
二人には並々ならぬ絆があった。
そして現在。
「ヴァートオオオ」
冷たい床に顔を押し当て、セーブルは幼児のように大声を上げて泣きじゃくっていた。
「オオオオオッ」
感情の制御を完全に放棄したその見苦しい姿に、同席するアヴェルスとシロホンは目に見えて苛立ちを募らせていく。
「うるせえええ!!」
アヴェルスとシロホンが怒声を上げ、同時に右脚を振り下ろしてセーブルの頭部を乱暴に床へと押さえつけた。
床材が物理的限界を超え、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
その光景を、
「ねえちょっと! こいつ拷問して良い?」
アヴェルスは床材に頭部をめり込ませたセーブルを指差して、無慈悲な提案をする。
「オレが許す!!」
シロホンは腕を組み、その提案を即座に承認した。
「やめんか不死組み!!」
モドキが尻尾を垂直に突き立てて抗議の声を上げる。
爪戯は床にめり込んだセーブルの頭部を凝視し、この異常な空間に対する深い困惑を抱いていた。
「……」
数秒の空白が空間を満たす。
セーブルは押さえつけられていた頭部を、ゆっくりと持ち上げた。
破壊された床の惨状に対し、セーブルの顔面には擦り傷一つ発生していない。
爪戯は目前で起きた物理法則の矛盾に対し、思考を巡らせる。
「ヴァートが居ないと、俺駄目なんだああああああああっ!!」
セーブルは再び、みっともなく泣き喚き始めた。
「分かったから静かにしてろ!」
シロホンが怒声を浴びせるが、感情が破綻した男の耳には届かない。
「!?」
爪戯の脳内で、ある違和感が言語化される。
この人、さっきの一撃を食らっておいて無傷──……。
あの一撃をもろに受けておきながら、外傷が一切存在しないという矛盾。
爪戯はその不可解な現象の論理的な解を推論しようと試みる。
「……う~ん、兄なら何か分かるかも」
「!!」
ルリが思案の末、兄であるデュオラスの存在を提示した。
その名を聞いた瞬間、セーブルはぴたりと涙を止め、ルリの方へ視線を固定する。
「早く聞いて来い!!」
アヴェルスが苛立った声でルリへ命令を下す。
「え? でも今倒れているよ。言ったじゃん!!」
ルリは、デュオラスが先刻病で倒れたという生体的な事実を無邪気に繰り返した。
「はあああああああ!?」
アヴェルスが理不尽な怒号を上げ、乱暴にルリの頭部を掴む。
「ちょっと待って。繋いでみるから!」
ルリは自身の能力を行使し、離れた場所にいるデュオラスの意識へと接続を試みた。
数十秒の間、彼女は脳内で兄との情報交換を構築する。
「どうやらヴァートさんを攫った敵は、鮫神の命令で動いてたみたい」
ルリが情報の一端を開示した。
鮫神の指揮下にある、
その事実を提示され、アヴェルス、シロホン、セーブル、爪戯、
そして、次なる情報を待つ。
「で……その鮫神もとある人物から、お願いされたから実行したみたい」
ルリが説明を補足する。
デュオラスはかつて鮫神の記憶領域へと介入し、情報を読み取っている。
鮫神が巨大な箱を運搬していた行動にたいし接触したデュオラス、それはヴァートの略取という明確な目的が存在していたのだ。
「実行犯は鮫神の部下だけど、裏にはもう一人いるって感じか」
爪戯が得られた情報を論理的に構築し、結論を口にする。
「あれ? でも何で分かるの?」
「兄は敵の記憶を全部覗いたからね~それで分かったみたい」
情報源の不透明さに爪戯が疑問を呈すると、ルリは平易な事実としてそれに答えた。
モドキの横では、限界を迎えて気絶した
「……それで」
セーブルは重心を前方へ傾け、切迫した声色で問う。
「その……ヴァートを攫うようにお願いとやらをした奴は、誰なんだ?」
セーブルは、事象の根源たる黒幕の個体名を特定しようとした。
「……
ルリの口から、一つの名が提示された。
その固有名詞を認識した瞬間、セーブルの顔から一切の感情が抜け落ちる。
極めて純度の高い殺意が空間に放たれ、辛と爪戯の皮膚感覚がそれを鋭く感知した。
「何故奴が生きて──……。奴は俺がこの手で……斃した筈なのに──……。まだ息があったか、燦秋……」
かつてセーブルとヴァートが死闘を繰り広げた相手、燦秋。
確実に生命活動を停止させたはずの敵が、今もなお存在しているという矛盾。
「なんだ? 知り合いか?」
シロホンがセーブルの反応を見て尋ねる。
「前にも俺達を狙ってきた奴で、その昔返り討ちにしたんだが……」
セーブルは極限まで低い声音で過去の事実を述べる。
「斃した筈の相手が生きていた、と」
アヴェルスは右手を腰に当て、煩わしそうに息を吐き捨てた。
「……」
セーブルは視線を落とし、不快な思考を巡らせて沈黙する。
「くそっ余計早く助け出さないとな」
あんな奴のもとにヴァートを置いてはおけない──……。
セーブルは殺意を抑制することなく、己の拳を強く握りしめた。
その緊迫した空気の傍らで、モドキは意識を失っている凪の頬を無神経に突き、「お~い」と間の抜けた声で呼びかけている。
「とりあえず次は、そのヴァートって人を助ければ良いって流れでOK?」
爪戯が諦観を交えたため息と共に、次なるタスクの確認を行う。
セーブルという目標を発見した直後、今度はヴァートという新たな探索対象が浮上する。果てのない捜索の連鎖に、彼は論理的な徒労感を抱いていた。
「そうなるね~♪」
ルリは陽気な笑みを崩さず、その方針を肯定する。
「でもさ……何処にいるか知ってんの?」
爪戯は最も現実的な懸念材料を提示した。
死神の特異な視覚すら欺く相手の座標を、いかにして特定するのか。
「大元が燦秋なら、おそらく……
セーブルが論理的な推論を導き出す。
眼で追うことは不可能でも、黒幕が燦秋であるという事実が、目的地を必然的に決定づけていた。
「奴なら必ずそこへ帰る……」
「帰る……?」
セーブルの不穏な確信に対し、爪戯が疑問の声を上げる。
「参の国が燦秋の生まれ故郷であり、奴は自身の国を狙っている……」
セーブルは最小限の身振りを交え、敵の目的を解説する。
燦秋という人間の出身地であり、同時に彼が掌握を目論む標的の地。
「その為の力として、俺達を狙って来たんだ──……」
セーブルは過去の戦闘記録を脳内で再生させながら言葉を紡ぐ。
一国の支配という目的を達成するための兵器として、自分とヴァートが標的とされた過去。
「え~やだやだ。参の国に行きたくな~い! おれもあの辺の出身だけどさ~あ~やだやだ~」
突然、モドキが幼児のように手足をばたつかせて強烈な拒絶反応を示し始めた。
自身もその領域の出身であるにも関わらず、モドキにとっては極めて足を踏み入れたくない場所であるらしい。
「そうなの!?」
爪戯が意外な事実に声を上げる。
その直後、アヴェルスが容赦なくモドキの頭を踏みつけた。
「オレも嫌だが、行くしかないだろ! 協力は必須なんだ……」
アヴェルスは足裏でモドキを物理的に弾圧しながら、苛立ちを吐き捨てる。
彼にとっても参の国への渡航は決して本意ではない。
しかし、セーブルのマナを兵器加工の素材として提供させるためには、この取引に応じる他なかった。
「はい……」
モドキが弱々しい声で服従の意を示す。
爪戯は一連の理不尽なやり取りに思考を停止させ、辛は静寂を保ったまま事態の推移を見極めていた。
「行くぞ! 参の国!」
アヴェルスが、次なる目的地を高らかに宣言した。