半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

158 / 158
No.158「大元は」

 セーブルは幼いころ、ヴァートに出会った。

 ヴァートがセーブルを救い、そしてある時セーブルがヴァートを救った。

 二人には並々ならぬ絆があった。

 

 そして現在。

 

「ヴァートオオオ」

 

 冷たい床に顔を押し当て、セーブルは幼児のように大声を上げて泣きじゃくっていた。

 

「オオオオオッ」

 

 感情の制御を完全に放棄したその見苦しい姿に、同席するアヴェルスとシロホンは目に見えて苛立ちを募らせていく。

 

「うるせえええ!!」

 

 アヴェルスとシロホンが怒声を上げ、同時に右脚を振り下ろしてセーブルの頭部を乱暴に床へと押さえつけた。

 床材が物理的限界を超え、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。

 その光景を、爪戯(つまぎ)は理解不能な事象として脳内で処理しきれずにいた。

 

「ねえちょっと! こいつ拷問して良い?」

 

 アヴェルスは床材に頭部をめり込ませたセーブルを指差して、無慈悲な提案をする。

 

「オレが許す!!」

 

 シロホンは腕を組み、その提案を即座に承認した。

 

「やめんか不死組み!!」

 

 モドキが尻尾を垂直に突き立てて抗議の声を上げる。

 爪戯は床にめり込んだセーブルの頭部を凝視し、この異常な空間に対する深い困惑を抱いていた。

 

「……」

 

 数秒の空白が空間を満たす。

 セーブルは押さえつけられていた頭部を、ゆっくりと持ち上げた。

 破壊された床の惨状に対し、セーブルの顔面には擦り傷一つ発生していない。

 爪戯は目前で起きた物理法則の矛盾に対し、思考を巡らせる。

 

「ヴァートが居ないと、俺駄目なんだああああああああっ!!」

 

 セーブルは再び、みっともなく泣き喚き始めた。

 

「分かったから静かにしてろ!」

 

 シロホンが怒声を浴びせるが、感情が破綻した男の耳には届かない。

 

「!?」

 

 爪戯の脳内で、ある違和感が言語化される。

 

 この人、さっきの一撃を食らっておいて無傷──……。

 

 あの一撃をもろに受けておきながら、外傷が一切存在しないという矛盾。

 爪戯はその不可解な現象の論理的な解を推論しようと試みる。

 

「……う~ん、兄なら何か分かるかも」

「!!」

 

 ルリが思案の末、兄であるデュオラスの存在を提示した。

 その名を聞いた瞬間、セーブルはぴたりと涙を止め、ルリの方へ視線を固定する。

 

「早く聞いて来い!!」

 

 アヴェルスが苛立った声でルリへ命令を下す。

 

「え? でも今倒れているよ。言ったじゃん!!」

 

 ルリは、デュオラスが先刻病で倒れたという生体的な事実を無邪気に繰り返した。

 

「はあああああああ!?」

 

 アヴェルスが理不尽な怒号を上げ、乱暴にルリの頭部を掴む。

 

「ちょっと待って。繋いでみるから!」

 

 ルリは自身の能力を行使し、離れた場所にいるデュオラスの意識へと接続を試みた。

 数十秒の間、彼女は脳内で兄との情報交換を構築する。

 

「どうやらヴァートさんを攫った敵は、鮫神の命令で動いてたみたい」

 

 ルリが情報の一端を開示した。

 鮫神の指揮下にある、禄(ろく)と一片(ひとひら)という二人の部下。

 その事実を提示され、アヴェルス、シロホン、セーブル、爪戯、辛(かのと)は各々の思考領域で情報を処理するため、無言となる。

 そして、次なる情報を待つ。

 

「で……その鮫神もとある人物から、お願いされたから実行したみたい」

 

 ルリが説明を補足する。

 デュオラスはかつて鮫神の記憶領域へと介入し、情報を読み取っている。

 鮫神が巨大な箱を運搬していた行動にたいし接触したデュオラス、それはヴァートの略取という明確な目的が存在していたのだ。

 

「実行犯は鮫神の部下だけど、裏にはもう一人いるって感じか」

 

 爪戯が得られた情報を論理的に構築し、結論を口にする。

 

「あれ? でも何で分かるの?」

「兄は敵の記憶を全部覗いたからね~それで分かったみたい」

 

 情報源の不透明さに爪戯が疑問を呈すると、ルリは平易な事実としてそれに答えた。

 モドキの横では、限界を迎えて気絶した凪(なぎ)が依然として床に転がったままである。

 

「……それで」

 

 セーブルは重心を前方へ傾け、切迫した声色で問う。

 

「その……ヴァートを攫うようにお願いとやらをした奴は、誰なんだ?」

 

 セーブルは、事象の根源たる黒幕の個体名を特定しようとした。

 

「……燦秋(さんしゅう)」

 

 ルリの口から、一つの名が提示された。

 

 その固有名詞を認識した瞬間、セーブルの顔から一切の感情が抜け落ちる。

 極めて純度の高い殺意が空間に放たれ、辛と爪戯の皮膚感覚がそれを鋭く感知した。

 

「何故奴が生きて──……。奴は俺がこの手で……斃した筈なのに──……。まだ息があったか、燦秋……」

 

 かつてセーブルとヴァートが死闘を繰り広げた相手、燦秋。

 確実に生命活動を停止させたはずの敵が、今もなお存在しているという矛盾。

 

「なんだ? 知り合いか?」

 

 シロホンがセーブルの反応を見て尋ねる。

 

「前にも俺達を狙ってきた奴で、その昔返り討ちにしたんだが……」

 

 セーブルは極限まで低い声音で過去の事実を述べる。

 

「斃した筈の相手が生きていた、と」

 

 アヴェルスは右手を腰に当て、煩わしそうに息を吐き捨てた。

 

「……」

 

 セーブルは視線を落とし、不快な思考を巡らせて沈黙する。

 

「くそっ余計早く助け出さないとな」

 

 あんな奴のもとにヴァートを置いてはおけない──……。

 

 セーブルは殺意を抑制することなく、己の拳を強く握りしめた。

 その緊迫した空気の傍らで、モドキは意識を失っている凪の頬を無神経に突き、「お~い」と間の抜けた声で呼びかけている。

 

「とりあえず次は、そのヴァートって人を助ければ良いって流れでOK?」

 

 爪戯が諦観を交えたため息と共に、次なるタスクの確認を行う。

 セーブルという目標を発見した直後、今度はヴァートという新たな探索対象が浮上する。果てのない捜索の連鎖に、彼は論理的な徒労感を抱いていた。

 

「そうなるね~♪」

 

 ルリは陽気な笑みを崩さず、その方針を肯定する。

 

「でもさ……何処にいるか知ってんの?」

 

 爪戯は最も現実的な懸念材料を提示した。

 死神の特異な視覚すら欺く相手の座標を、いかにして特定するのか。

 

「大元が燦秋なら、おそらく……参(さん)の国──……」

 

 セーブルが論理的な推論を導き出す。

 眼で追うことは不可能でも、黒幕が燦秋であるという事実が、目的地を必然的に決定づけていた。

 

「奴なら必ずそこへ帰る……」

「帰る……?」

 

 セーブルの不穏な確信に対し、爪戯が疑問の声を上げる。

 

「参の国が燦秋の生まれ故郷であり、奴は自身の国を狙っている……」

 

 セーブルは最小限の身振りを交え、敵の目的を解説する。

 燦秋という人間の出身地であり、同時に彼が掌握を目論む標的の地。

 

「その為の力として、俺達を狙って来たんだ──……」

 

 セーブルは過去の戦闘記録を脳内で再生させながら言葉を紡ぐ。

 一国の支配という目的を達成するための兵器として、自分とヴァートが標的とされた過去。

 

「え~やだやだ。参の国に行きたくな~い! おれもあの辺の出身だけどさ~あ~やだやだ~」

 

 突然、モドキが幼児のように手足をばたつかせて強烈な拒絶反応を示し始めた。

 自身もその領域の出身であるにも関わらず、モドキにとっては極めて足を踏み入れたくない場所であるらしい。

 

「そうなの!?」

 

 爪戯が意外な事実に声を上げる。

 その直後、アヴェルスが容赦なくモドキの頭を踏みつけた。

 

「オレも嫌だが、行くしかないだろ! 協力は必須なんだ……」

 

 アヴェルスは足裏でモドキを物理的に弾圧しながら、苛立ちを吐き捨てる。

 彼にとっても参の国への渡航は決して本意ではない。

 しかし、セーブルのマナを兵器加工の素材として提供させるためには、この取引に応じる他なかった。

 

「はい……」

 

 モドキが弱々しい声で服従の意を示す。

 爪戯は一連の理不尽なやり取りに思考を停止させ、辛は静寂を保ったまま事態の推移を見極めていた。

 

「行くぞ! 参の国!」

 

 アヴェルスが、次なる目的地を高らかに宣言した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

押し入れの向こうは異世界でした(作者:Brooks)(オリジナル:現代/コメディ)

▼練馬区江古田の古いアパートで一人暮らしをする女子大生・篠原澪は、友達の少ないボッチ気質の二十歳。趣味は彫金とギター。貯金は十万円ほどしかなく、大学、家賃、生活費に追われながら、六畳一間で静かに暮らしていた。▼ある日、小さな地震のあと、部屋の押入れの向こうが異世界の市場につながる。▼幸い、言葉は通じた。澪は恐る恐る異世界へ足を踏み入れ、手元にあった爪切りを売…


総合評価:233/評価:7/連載:357話/更新日時:2026年09月26日(土) 18:24 小説情報

人生は詰んでいたと思っていましたが間違いでした。ダメ人間はチートスキルで無双します。(作者:燈夜4649)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

希望に満ちあふれた少年がいた。だけど少年の希望はあっさりと打ち砕かれる。世界の誰もが必ず一つは持っている<スキル>。その<スキル>を少年は持っていなかった。だけど今、運命のいたずらが少年の未来を変える! これはそんな少年がゆかいな仲間たちに囲まれて英雄と呼ばれるようになるまでの話。▼*小説家になろう様にも投稿しています。


総合評価:12/評価:-.--/連載:49話/更新日時:2026年09月26日(土) 16:17 小説情報

マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-(作者:鏑木カヅキ)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

三十歳にもなりながら魔法を使いたいと思っていた男は不意に死んでしまい、目覚めると異世界に転生していた。シオンと名付けられた彼は、異世界ならば魔法もあるだろうと期待に胸を膨らませていたが、その世界には魔法が存在しなかった。▼落ち込み、無気力になるシオンだったが、ある出来事をきっかけに魔力の存在を発見する。▼「そうだ。魔法がないのならば自力で作ればいい」▼そう考…


総合評価:228/評価:8.33/連載:97話/更新日時:2026年09月26日(土) 19:18 小説情報

ゲー廃クズ女の転移生活(作者:カピバラバラ)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

ゲー廃配信者 朱花小花(あやかこばな)は、いつも通りの日常を謳歌していた。稼いだ金で作り上げた極上の自室、クーラーはつけっぱなし清掃はデイサービス、ゲームをする為に全てを注ぎ込んだ自室で味わう極楽の世界。▼堕落と娯楽を貪り、ゲームの為に死ぬ人生。自分をバカにしてきた人間への優越感。絶縁した家族を見返す快楽。全てを手に入れていた、筈だった。▼──ある日突然、全…


総合評価:186/評価:8.83/連載:17話/更新日時:2026年09月17日(木) 01:23 小説情報

アステロイド・ベルトの残骸漁り(作者:七つ葉なずな)(オリジナル:SF/ノンジャンル)

西暦2162年、小惑星帯。人類の9割はまだ地球にいて、残りは企業が実効支配する岩の上で暮らしている。▼ケレスに生まれた17歳のマユルは、戸籍を持たない「不法移民の子」。財産はローンで買った中古のサルベージリグ一機と、月額課金のAIアシスタント、それから己の技と知識だけ。▼戦争が撒き散らした宇宙船の残骸から、ポンプ一個、ハッチ一枚を剥ぎ取って生計を立てる日々。…


総合評価:976/評価:8.8/連載:21話/更新日時:2026年09月25日(金) 20:12 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>