半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
「行くぞ!
アヴェルスが、次なる目的地を高らかに宣言した。
出発の準備が進められる中、
「これを少し預かっていて欲しい……」
「……! これは……」
辛は左手に固く握りしめていた能力発動の源、『シン』を差し出して言った。
ルリはその『シン』を見つめた。
「蝶神さんのシン……!」
ルリは慎重にそれを受け取りながら確認する。
辛は短い沈黙を挟んだ。
「今から戦うことになるかもしれないからな……持って行くわけにはいかない」
辛は極めて論理的な判断を口にする。
「うちはてっきり、お兄ちゃんが──……」
ルリは言葉の途中で推測を口にするのをやめた。
辛も即座には応じず、数秒の空白の後に静かに口を開く。
「オレより相応しい奴がいる──……元々そいつに渡す予定だった」
辛は前を見据え、己の意志を明確に告げた。
強大な力を持つ「神」の座に就くことを、彼はきっぱりと否定したのだ。
ルリは辛の横顔をじっと観察していた。
「分かった預かるね!」
ルリは意図を汲み取り、快諾して『シン』を自らの手元に収めた。
「ん? 兄? 何? どうしたの? ……分かった」
突如、ルリの脳内にデュオラスからの念話が接続される。
ルリの不可解な独り言に、
ルリは迷うことなく、足元にいたモドキの尻尾を掴み上げた。
「モドキさん、ちょっと来て!」
「ぬえっ何ぞ!?」
ルリは抗議するモドキを抱え上げ、足早に部屋を退出していく。
モドキの困惑した叫びが遠ざかる。
床には、先刻から意識を失ったままの
「おい! 参の国!」
出鼻をくじかれたアヴェルスが、苛立ちを隠さずに怒号を飛ばす。
「ちょっとだけ待ってて!」
廊下の奥からルリの返答が響き、一行は出発を保留にされた。
アヴェルスは怒りで肩を震わせ、シロホンはその傍らで腕を組み、冷ややかな視線を送っている。
セーブル、爪戯、辛の三人は、ただ無言でその場に佇んでいた。
◇
気絶した凪は、深い意識の底で過去の夢を見ていた。
かつて、凪の周囲にも対等な友人と呼べる存在は確かに存在した。
しかし、彼女が「姫」という特権的な身分を与えられた瞬間、周囲の人間は潮を引くように離れていった。
「同じ人じゃない、身分が何よ」
かつての凪は、社会的な階層という壁に強い憤りを覚えていた。
彼女は生まれながらの王族ではなく、特殊な経緯によって人為的に姫の座に据えられただけの、ただの人間である。
だからこそ、一度は得た友人を身分というシステムによって喪失した事実が、凪の精神をより深く抉っていた。
「一人になっちゃった」
凪は縁側に腰を下ろし、拭いきれない孤独をぽつりとこぼす。
緩やかな風が吹き抜け、枯れ葉が舞い、物理的な冷たさが肌を撫でる。
「ふふふ……」
突如、凪の背後に接近する気配が生じた。
重力の法則に逆らう能力を行使したのか、上空から緩やかに降下してくる一つの影。
「大丈夫、一人じゃないよ」
現れたのは、黒髪をサイドテールに結んだ見知らぬ少女だった。
空間から突然出現したかのようなその人間に、凪は警戒を強める。
「こんにちは」
少女は無邪気に右手を振り、挨拶を投げかけてきた。
凪の記憶領域を検索しても、該当する人物のデータは存在しない。
「あんたは……?」
凪は率直な疑問を言語化する。
「私は■神」
少女は自らの名を名乗ったが、不可解なノイズが混ざり、最も重要な固有名詞の部分だけが凪の聴覚から欠落した。
何度思い返そうとしても、正確な音声を認識できない。
「あなたは持っている筈よ」
少女は自身の胸元に右手を当てて告げる。
凪にはその言葉の意図が理解できない。
「わたしの能力を──……」
少女が言葉を続ける。
その事実を突きつけられ、凪の思考が激しく揺さぶられた。
自身の中に存在するはずの能力、それを与えた大元であると主張する人間。
「また会えると良いね」
少女は両手を広げ、別れの言葉を告げた。
凪は過去に彼女と接触していた。
だが、その少女がどこの誰であったのか、記憶の欠損によってどうしても思い出すことができない。
凪の意識が、徐々に現実の階層へと浮上していく。
過去の残滓から切り離され、視界が光を捉えた。
「はっ!!」
床に転がっていた凪は弾かれたように上体を起こし、短い呼気を漏らした。
「お?」
凪のバイタルサインの変化を観察していた爪戯が反応を示す。
「やっと起きたか」
爪戯が淡々とした口調で声をかける。
「あれ? 私は……」
凪は自身の状況を把握するため、直前の記憶を辿る。
モドキが上空から落下し、続いてセーブルが質量を伴って着地した。
最下層でそのすべての物理的負荷を受けた凪が、キャパシティを超えて気絶したのだった。
その後、覚醒した凪に対し、爪戯たちが現在に至る論理的なプロセスを説明した。
「な、成程……」
凪は得られた情報を脳内で整理し、状況を理解する。
「参の国へ行って、人を助けないとこの眼帯の人が協力してくれないと」
凪は壁際で虚空を見つめるセーブルを指差した。
セーブルは焦点の合わない瞳で「ヴァ~ト~」と、壊れた機械のように呟き続けている。
「で……協力してくれないと、神の拠点が分からないままで……そうなると
凪は事象の因果関係を反芻する。
アヴェルスは対水神兵器の素材としてセーブルのマナを必要としている。
その協力を取り付けるためには、セーブルの条件であるヴァートの奪還というタスクを処理せねばならない。
そして神の拠点を特定するには、セーブルの死神としての追跡能力が必須条件となる。
「これ、行くしかないじゃん」
回避不可能な論理の帰結に、凪は軽い諦観を交えて嘆息した。
「だから行くしかないんだよ」
爪戯は凪の背中を指差し、唯一の選択肢を容赦なく提示する。
「あー分かったよ、何処へでも連れて行けコノヤロー!」
「
凪は完全に開き直り、半ば自暴自棄に叫んだ。
爪戯がすかさず的確な指摘を入れ、辛はそのやり取りを傍らで静かに見守っている。
アヴェルスは腕を組み、ひどく深いため息を吐いた。
「ただいま~」
そこへ、ルリに連れ出されていたモドキが部屋へと帰還した。
しかし、その表情は出立前とは異なり、明らかな懸念を帯びている。
「何してたんだよ」
アヴェルスがモドキへ説明を要求する。
「預かり物がありまして~使わずに済めば良いけど」
モドキは詳細な言及を避け、曖昧な表現で答えた。
アヴェルスは微かな疑念に一瞬だけ眉を顰める。
「まあ良い、とりあえず揃ったことだし行くぞ」
だが深くは追及せず、アヴェルスは改めて参の国への進行を宣言した。
◇
「持って来たぞ」
背中に巨大な箱を背負った鮫神が、目的の人物へ声をかけた。
接触相手は、かつて死んだはずの男、
「どうも」
燦秋は柔和な微笑を浮かべて応じる。
「これからどうする気だ?」
鮫神は純粋な疑問として、次のフェーズの行動を問う。
「それは勿論、参の国を落とす」
燦秋は一切の淀みなく、国家転覆という人間のどろどろとした野望を口にする。
鮫神は想定外のスケールに、僅かに警戒心を高めた。
「そうだ! せっかくだし、国民の魂はキミらにあげるよ」
燦秋は参の国を掌握した暁には、そこに住む人間たちの命を報酬として譲渡すると持ちかける。
「要らねーよ」
鮫神は無価値な提案として、即座に却下した。
「はは……必要になると思うけどね」
燦秋は意味深に微笑み、鮫神の拒絶を軽く受け流す。
「ま、元からあの国を落とすのが僕の悲願なんだよね」
燦秋の顔に張り付いた微笑が、狂気を孕んだ不気味なものへと変貌する。
「あ! そうだ、さらについでに……復活させてきてあげる──……」
燦秋は唐突に、論理的帰結を飛躍させた提案を口にする。
鮫神は背負っていた重い箱を下ろし、傍らの地面へと置いた。
「太陽神の一人を……ね」
燦秋は横たわる箱を見下ろしながら、ある能力者の再生を示唆した。
太陽神という大層な異名を持つ者の復活。
その情報を提示され、鮫神は理解不能な事象に思考を停止させた。