半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
「ヴァート……待ってろ」
瓦礫まみれの悪路を、セーブルは懸命に進んでいた。
「必ず助ける」
かつて、燦秋はセーブルとヴァートの前に現れた。
自らの悲願を達成させるための駒として、二人を利用しようと画策したのだ。
しかし、二人は力を合わせて燦秋の思惑を打ち砕き、撃退した過去がある。
その悲劇が、今再び繰り返されようとしていた。
だからこそ、セーブルはヴァートの奪還を急がねばならなかった。
その頃、アヴェルスとモドキが展開する戦域。
アヴェルスの槍の石突が、ケイの背を鋭く突いた。
「どうして、後ろに……」
ケイは視線を背後へと向け、驚愕に目を見開いていた。
即座に振り返り、『道』の能力を行使して瞬時に物理的な距離を取る。
その一連の挙動を観察していたモドキは、事象の法則性を論理的に推論していた。
おそらく、敵の能力は対象との距離を自在に延長、あるいは短縮できる性質のものと推測される──……。
モドキの分析は的を射ていた。
ケイは対象との空間距離を意図的に伸ばして接近を阻み、逆に間合いをゼロにまで短縮することで、一瞬にして急所を突く戦術を得意としている。
空間上の『道程』を操作する能力であった。
しかし、こちら側の戦力も空間干渉の能力を有している──……。背後へ回り込ませるなど、造作もないことだ!
モドキは心の中で腕を組み、己の戦術の優位性を確信していた。
モドキの異能は召喚喚起。
それを応用し、対象の座標を書き換える空間移動を実現している。
ケイがいかに距離を延長しようとも、その概念を無視して対象の背後へ呼び出すことが可能なのだ。
ケイはアヴェルスへ鋭い視線を向ける。
「
ケイは両手の爪を構えた。
次の瞬間、アヴェルスとの距離を物理的にカットし、急所へ向けて爪を突き立てる。
しかし、それよりも早くモドキが能力を発動させていた。
アヴェルスの姿が虚空へと消え、ケイの背後を取る。
「だから無理だって」
モドキが余裕綽々で言い放つ。
現出と同時、アヴェルスは無慈悲に槍を突き出した。
「!!」
ケイの眼が見開かれ、背中から胸部にかけて冷たい刃が貫通した。
口から大量の血を吐き、傷口から鮮血が溢れ出す。
エン様……私は……負けるわけには──……エン様の命令を──……。
ケイは薄れゆく意識の中、虚空へと右手を伸ばした。
戦わなければ……戦わな……。
しかし右手は空を撫でるに留まり、ケイは力なく地面に伏した。
大地を赤く染め上げながら絶命した少女を、アヴェルスは冷たく見下ろしていた。
「……」
しばし、場に沈黙が降りた。
ケイの生命活動は完全に停止した。
「あーあっけなく終わらせてしまったー!!」
アヴェルスは槍から手を離し、頭を抱えて不満の叫びを上げた。
他者の苦痛を好む嗜虐的な彼にとって、戦闘が一方的かつ短時間で終結することは著しく不本意であった。
もっと精神と肉体を追い詰める遊びを楽しみたかったという歪な感情を、叫びに込めている。
モドキは尻尾を振りながら、アヴェルスを見上げて傍へと近寄る。
「お前のおかげだ。褒美としてお仕置きな」
「なんでーーーーーーーーーーーーー!?」
アヴェルスはモドキの的確な援護により、ケイを容易く葬り去ることができた。
しかし、それが「容易すぎた」という理不尽な理由によるお仕置きの宣告。
モドキは大量の冷や汗を吹き出しながら絶叫した。
純然たる理不尽。それが、この二人の絶対的な関係性であった。
一方、首都内では、ケイが最期にその名を思っていたエン本人が、彼女の死という事象を感知していた。
「……ケイ」
瓦礫の中に佇むエンは、静かにその名を口にする。
その背後には、別の人影が立っていた。
「どうした?」
人影はエンに問いかける。
しかし、エンがその問いに答えることはなかった。
その頃、シロホンの戦域。
対峙するのは、黒い仮面で顔を隠した男。
土煙が舞う空間には、既に微弱な毒物が散布されていた。
シロホンは地を蹴り、反撃へと転じようと筋肉を収縮させる。
一気に間合いを詰め、強烈な蹴りを叩き込む算段であった。
しかし、先に動いたのは仮面の男だった。
突如として、男の周囲から濃密な紫色の煙が放たれた。
土煙に紛れ込ませた微弱な毒などではない、明確な致死量を含有する猛毒のガスだ。
それは瞬く間に辺りの空間を充満していく。
シロホンはその煙を肺に吸い込み、たまらずその場に倒れ込んだ。
「!?」
シロホンは地に伏せ、大量の血を吐き出していた。
「……毒で死なない?」
仮面の男はシロホンを見下ろしながら、疑問を口にする。
眼前の敵は倒れ伏したものの、完全に生命活動を停止しない事実に首を傾げたのだ。
シロホンは苦痛の中で、自らの肉体に起きている現象を冷静に分析していた。
毒による組織の破壊と、マナによる細胞再生を繰り返している──……くそっ。絶命はしないが、身体が動かん……。
シロホンは悪魔『吸血鬼』のマナを宿した人間だ。
致死の毒を受けたことで、肉体は死の淵に立たされている。しかし、マナの恩恵による超速再生がそれを強引に修復し続けていた。
死にはしないが、ダメージと回復の無限ループに陥り、満足に身体を動かすことすらできない状態にあった。
このままではいずれマナも尽きる……なら──……。
シロホンの能力の源泉はマナである。
無尽蔵の再生など存在しない。マナが枯渇すれば、彼とてただの人間として明確な死を迎える。
その絶対的な限界が訪れる前に、行動を起こさねばならなかった。
シロホンは倒れたまま、地面に『シン』の能力を流し込んで印を刻み込んだ。
『爆』の鏡文字が描かれた印が現出する。それを見た仮面の男は、その意図を図りかねていた。
印を起爆──……。
次の瞬間、地面に刻まれた印を起点として大爆発が発生した。
シロホンの持つ呪い系の能力であり、媒介は『印』。
描かれた『印』の種類によって、さまざまな事象を引き起こすチカラである。
今回は起爆の『印』を選択し、自分を中心とした地面を爆破させたのだ。
爆発の物理的な衝撃を利用し、シロホンは後方へ吹き飛びながら無理やり身体を起こした。
「爆発の風圧で、この場の毒煙を吹き飛ばした──……!?」
仮面の男も爆風を浴びながら、相手の論理的な打開策を分析した。
自身の周囲に滞留する猛毒を排除するため、自爆覚悟で爆風を発生させたのだ。
煙が晴れた瞬間、仮面の男の視界からシロホンの姿が消えていた。
次の瞬間、シロホンは男の頭上へと跳躍し、脳天へ向けて無慈悲な踵落としを振り下ろしていた。