半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
シロホンの踵落としが、黒い仮面の男の脳天へと容赦なく振り下ろされた。
男は力なく膝をつき、そのまま地面へと伏す。
「……」
シロホンは倒れた仮面の男を見下ろしながら立ちすくむ。
なんだ……?
シロホンは明確な違和感を覚えた。
その正体を確かめるべく身をかがめ、仮面の男の頸動脈へと右手を当てる。
この身体……死んでやがる……?
シロホンが感じ取った違和感の正体。
それは、眼前で活動していた仮面の男の肉体が、既に生命活動を停止した死体であるという事実だった。
「しかもこの感じからすると、少し経っているな……死体を操る能力者でもいるのか?」
シロホンは推測を口にする。
能力『シン』による死体の操作は、能力が存在するこの世界において十分に有り得る事象だ。
しかし、彼の思考にはもう一つの仮説が浮かび上がっていた。
「……まさか、神の実験の被害者……じゃあ、無いだろうな?」
シロホンは右手を顎に当て、考えを巡らせながら呟く。
神と呼ばれる人間達が行ってきた、非人道的な人体実験の線を疑ったのだ。
「そのまさかだったら、どうなんだ?」
「……!!」
倒れていたはずの仮面の男が、突如として上体を起こした。
シロホンは驚愕に目を見開く。
仮面の男は右手を前方へ突き出し、致死性の毒煙を再度放出しようと試みる。
しかし、シロホンは先制の踵落としを叩き込んだ際、既に男の頭部へと『爆』の文字を刻み込んでいた。
「また、毒か……」
シロホンが冷徹に呟く。
「だが、終わりだ」
仮面の男が能力によって毒煙を散布するより早く、シロホンは印による起爆プロセスを実行した。
仮面の男の頭部に付与された『爆』の鏡文字を起点として、局所的な爆発が生じる。
頭部を物理的に破壊され、男は完全に行動不能に陥った。
肉体は地面へと崩れ落ち、破壊された頭部からは赤黒い血液が絶え間なく流れ出す。
「念の為、印はつけていたんだよ」
シロホンは男へと言い捨てる。
ちっ……少し死に過ぎたか……。
シロホンはそう思考し、小さくため息をついた。
シロホンが有する悪魔『吸血鬼』のマナは、肉体の超速再生や異能の行使と引き換えに、他者の血液を摂取するという生物学的な代償を要求する。
ゆえに、この戦闘における想定以上のマナ消費が、彼自身の生命維持に影響を及ぼすことを密かに懸念していた。
地に倒れ伏す仮面の男の損壊した肉体から、残留していた毒の煙が微かに漏れ出している。
時を同じくして、
彼女らはセーブルとの合流を果たすべく、
爆破によって生じた瓦礫が散乱し、土煙が立ち込める劣悪な環境である。
前衛を担う
最後尾につく
「お前らか?」
凪達の進行方向に、一人の男が立ちはだかっていた。
ケイが絶対の忠誠を誓っていた存在、エンである。
「!!」
「ケイをやったのは」
凪が驚愕に目を見開く中、エンは静かに言葉を紡ぐ。
その瞳の奥には、明確な怒りの感情が宿っていた。
「ケイ?」
爪戯がいぶかしげに首を傾げる。
辛は無言のまま、敵対者の次なる挙動を冷徹に窺っていた。
「まあ良い……この先に行かせるわけには、いかないんでな」
エンは三人の進行を物理的に阻害すべく、この場に姿を現したのだ。
エンが自らの能力を励起させる。
直後、周囲の空間が異常な速度で温度上昇を引き起こした。
極限まで高められた熱量が、大気中の酸素と結びついて発火現象を誘発する。
エンの背後に、巨大な炎の壁が立ち上がった。
エンは問答無用で右手を振り下ろした。
それに呼応するように、背後の炎が意志を持っているかのように凪達のもとへ殺到する。
大気を焼く轟音と共に、圧倒的な熱量が三人を飲み込もうと迫る。
三人は即座に散開し、間一髪でその暴威を回避した。
「って……なんなのよ!」
地面を転がるようにして回避した凪が、たまらず声を上げる。
突如として現れた敵と、唐突な熱攻撃。
目の前で起きている事象を論理的に把握すべく、彼女は思考を高速で回転させていた。
「あんた達は何をしようとしてるわけ?」
凪は直球の疑問を投げかける。この国に対する敵の真の目的を。
エンは僅かな間、沈黙を保った。
やがて、静かに口を開く。
「此処参の国の破壊と太陽神の復活──……」
エンは周囲の炎を従えながら、自らの目的を明言した。
何故、参の国という国家の転覆にそこまで固執するのか。
そして、太陽の異能を持つ人間の復活が何を意味するのか。
凪達三人の脳裏に、数多くの疑問が浮上する。
断片的な情報から論理的な解を導き出そうと試みながら、三人は立ち上がり、戦闘態勢を再構築した。
「その為に……」
言葉を区切ると同時、エンは熱量を操作しながら三人へと肉薄する。
炎の出力をさらに引き上げ、無慈悲な一撃を放った。
轟音が周囲を制圧し、高熱によって地面が黒く抉り取られる。
焦熱の空間が三人の退路を塞ぐように包み込んだ。
「少しだけ、
エンは揺らめく炎の只中で、自らの立場を冷徹に告げる。
彼自身もまた、目的達成のための論理的な選択として、一時的に燦秋の指揮下に入っているに過ぎないという事実だった。
熱波を掻き分け、爪戯が素早くエンの死角へと回り込む。
即座に自らの能力を行使して大量の水を生成し、エンの背中へと放った。
しかし、生成された水塊がエンに到達するより早く、その形態は液体から気体へと変容した。
エンが周囲に展開する異常な高熱によって、瞬時に水蒸気へと転換させられたのだ。
「駄目だ……水が、蒸発させられる……!」
爪戯は額に冷や汗を滲ませながら、眼前の物理法則を口にする。
一方、瓦礫の物陰には辛と凪が身を潜めていた。
エンの放つ広範囲の熱攻撃を回避するため、一時的に遮蔽物を利用していたのである。
「お前だけでも逃げろ」
「そんな……!」
辛は凪の身体的な脆弱性を考慮し、単独での離脱を指示する。
その隣で、凪は緊張に表情を強張らせていた。
「……私は」
凪は物陰から圧倒的な火力を見せつけるエンを見据え、思考を巡らせる。
この絶対的に不利な盤面において、自分にしか遂行できない役割を探していた。
「ただ逃げるだけじゃなくて、合流する……!」
凪は右手を強く握り込み、明確な決意と共に口にする。
辛は驚きを含んだ視線を、隣にいる凪へと向けた。
「あの眼帯の人と……!」
凪はこの戦域からの離脱を図る。
しかしそれは、恐怖による無目的な逃亡ではない。戦力を一点に集約させるため、セーブルのもとへ合流するという、極めて前向きで戦略的な決意であった。