半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.163「起爆印」

 シロホンの踵落としが、黒い仮面の男の脳天へと容赦なく振り下ろされた。

 男は力なく膝をつき、そのまま地面へと伏す。

 

「……」

 

 シロホンは倒れた仮面の男を見下ろしながら立ちすくむ。

 

 なんだ……?

 

 シロホンは明確な違和感を覚えた。

 その正体を確かめるべく身をかがめ、仮面の男の頸動脈へと右手を当てる。

 

 この身体……死んでやがる……?

 

 シロホンが感じ取った違和感の正体。

 それは、眼前で活動していた仮面の男の肉体が、既に生命活動を停止した死体であるという事実だった。

 

「しかもこの感じからすると、少し経っているな……死体を操る能力者でもいるのか?」

 

 シロホンは推測を口にする。

 能力『シン』による死体の操作は、能力が存在するこの世界において十分に有り得る事象だ。

 しかし、彼の思考にはもう一つの仮説が浮かび上がっていた。

 

「……まさか、神の実験の被害者……じゃあ、無いだろうな?」

 

 シロホンは右手を顎に当て、考えを巡らせながら呟く。

 神と呼ばれる人間達が行ってきた、非人道的な人体実験の線を疑ったのだ。

 

「そのまさかだったら、どうなんだ?」

「……!!」

 

 倒れていたはずの仮面の男が、突如として上体を起こした。

 シロホンは驚愕に目を見開く。

 

 仮面の男は右手を前方へ突き出し、致死性の毒煙を再度放出しようと試みる。

 しかし、シロホンは先制の踵落としを叩き込んだ際、既に男の頭部へと『爆』の文字を刻み込んでいた。

 

「また、毒か……」

 

 シロホンが冷徹に呟く。

 

「だが、終わりだ」

 

 仮面の男が能力によって毒煙を散布するより早く、シロホンは印による起爆プロセスを実行した。

 仮面の男の頭部に付与された『爆』の鏡文字を起点として、局所的な爆発が生じる。

 

 頭部を物理的に破壊され、男は完全に行動不能に陥った。

 肉体は地面へと崩れ落ち、破壊された頭部からは赤黒い血液が絶え間なく流れ出す。

 

「念の為、印はつけていたんだよ」

 

 シロホンは男へと言い捨てる。

 

 ちっ……少し死に過ぎたか……。

 

 シロホンはそう思考し、小さくため息をついた。

 シロホンが有する悪魔『吸血鬼』のマナは、肉体の超速再生や異能の行使と引き換えに、他者の血液を摂取するという生物学的な代償を要求する。

 ゆえに、この戦闘における想定以上のマナ消費が、彼自身の生命維持に影響を及ぼすことを密かに懸念していた。

 

 地に倒れ伏す仮面の男の損壊した肉体から、残留していた毒の煙が微かに漏れ出している。

 

 時を同じくして、凪(なぎ)達の視点。

 彼女らはセーブルとの合流を果たすべく、参(さん)の国の首都内部を疾走していた。

 爆破によって生じた瓦礫が散乱し、土煙が立ち込める劣悪な環境である。

 

 前衛を担う爪戯(つまぎ)が不意に右手を差し出し、後方に続く凪の動きを制止した。

 最後尾につく辛(かのと)も即座に警戒を強め、前方へと鋭い視線を向ける。

 

「お前らか?」

 

 凪達の進行方向に、一人の男が立ちはだかっていた。

 ケイが絶対の忠誠を誓っていた存在、エンである。

 

「!!」

「ケイをやったのは」

 

 凪が驚愕に目を見開く中、エンは静かに言葉を紡ぐ。

 その瞳の奥には、明確な怒りの感情が宿っていた。

 

「ケイ?」

 

 爪戯がいぶかしげに首を傾げる。

 辛は無言のまま、敵対者の次なる挙動を冷徹に窺っていた。

 

「まあ良い……この先に行かせるわけには、いかないんでな」

 

 エンは三人の進行を物理的に阻害すべく、この場に姿を現したのだ。

 エンが自らの能力を励起させる。

 直後、周囲の空間が異常な速度で温度上昇を引き起こした。

 

 極限まで高められた熱量が、大気中の酸素と結びついて発火現象を誘発する。

 エンの背後に、巨大な炎の壁が立ち上がった。

 

 エンは問答無用で右手を振り下ろした。

 それに呼応するように、背後の炎が意志を持っているかのように凪達のもとへ殺到する。

 

 大気を焼く轟音と共に、圧倒的な熱量が三人を飲み込もうと迫る。

 三人は即座に散開し、間一髪でその暴威を回避した。

 

「って……なんなのよ!」

 

 地面を転がるようにして回避した凪が、たまらず声を上げる。

 

 突如として現れた敵と、唐突な熱攻撃。

 目の前で起きている事象を論理的に把握すべく、彼女は思考を高速で回転させていた。

 

「あんた達は何をしようとしてるわけ?」

 

 凪は直球の疑問を投げかける。この国に対する敵の真の目的を。

 

 エンは僅かな間、沈黙を保った。

 やがて、静かに口を開く。

 

「此処参の国の破壊と太陽神の復活──……」

 

 エンは周囲の炎を従えながら、自らの目的を明言した。

 

 何故、参の国という国家の転覆にそこまで固執するのか。

 そして、太陽の異能を持つ人間の復活が何を意味するのか。

 

 凪達三人の脳裏に、数多くの疑問が浮上する。

 

 断片的な情報から論理的な解を導き出そうと試みながら、三人は立ち上がり、戦闘態勢を再構築した。

 

「その為に……」

 

 言葉を区切ると同時、エンは熱量を操作しながら三人へと肉薄する。

 炎の出力をさらに引き上げ、無慈悲な一撃を放った。

 

 轟音が周囲を制圧し、高熱によって地面が黒く抉り取られる。

 焦熱の空間が三人の退路を塞ぐように包み込んだ。

 

「少しだけ、燦秋(さんしゅう)という奴に従っている」

 

 エンは揺らめく炎の只中で、自らの立場を冷徹に告げる。

 彼自身もまた、目的達成のための論理的な選択として、一時的に燦秋の指揮下に入っているに過ぎないという事実だった。

 

 熱波を掻き分け、爪戯が素早くエンの死角へと回り込む。

 即座に自らの能力を行使して大量の水を生成し、エンの背中へと放った。

 

 しかし、生成された水塊がエンに到達するより早く、その形態は液体から気体へと変容した。

 エンが周囲に展開する異常な高熱によって、瞬時に水蒸気へと転換させられたのだ。

 

「駄目だ……水が、蒸発させられる……!」

 

 爪戯は額に冷や汗を滲ませながら、眼前の物理法則を口にする。

 

 一方、瓦礫の物陰には辛と凪が身を潜めていた。

 エンの放つ広範囲の熱攻撃を回避するため、一時的に遮蔽物を利用していたのである。

 

「お前だけでも逃げろ」

「そんな……!」

 

 辛は凪の身体的な脆弱性を考慮し、単独での離脱を指示する。

 その隣で、凪は緊張に表情を強張らせていた。

 

「……私は」

 

 凪は物陰から圧倒的な火力を見せつけるエンを見据え、思考を巡らせる。

 この絶対的に不利な盤面において、自分にしか遂行できない役割を探していた。

 

「ただ逃げるだけじゃなくて、合流する……!」

 

 凪は右手を強く握り込み、明確な決意と共に口にする。

 辛は驚きを含んだ視線を、隣にいる凪へと向けた。

 

「あの眼帯の人と……!」

 

 凪はこの戦域からの離脱を図る。

 しかしそれは、恐怖による無目的な逃亡ではない。戦力を一点に集約させるため、セーブルのもとへ合流するという、極めて前向きで戦略的な決意であった。

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