半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

2 / 22
No.2「妖寄せ」

 和の国――(きゅう)。都のきらびやかさから遠く離れ、苔むした森と古い因習が息づく里山の国。

 前回の騒動を経て、青い髪の青年・(かのと)と、和装の少女・(なぎ)は奇妙な縁で結ばれた。だが、その関係はまだ「契約」以前の段階だ。

 

 霧の薄い森の小径。凪は両の掌を合わせ、拝むように頭を下げながら、必死に青年の背中に食らいついていた。

 

「ねえ、聞いてる!? 私の目的を手伝ってくださいってば!」

 

 懇願の声。だが、返ってくるのは森の静寂よりも重い沈黙だった。辛は無言のまま、一定の速度で歩き続ける。その歩幅は広く、凪は小走りでなければついていけない。

 

「ちょっ――! 無視しないでよ!」

 

 凪は堪り兼ねて、その背中に飛びつくように前に回り込んだ。

 

「おおおおお願い! 私一人で家を飛び出したものの、さっきみたいなことがあると無力なの! か弱い乙女なの!」

「……」

「私は、人を探してるの。どうかお願いします! 何でもはしませんけど!」

 

 何でもします、ではなく、何でもはしない。

 この期に及んで自分の安売りはしない。それが凪という少女のちゃっかりした強情さだ。

 

 それでも辛は、路傍の石でも見るような目で凪をかわし、歩を緩めない。

 交渉決裂か。凪が唇を噛み、最後の一手――なけなしの切り札を放つ。

 

「あんみつ! 奢るから!!」

 

 辛の足が、地面に縫い付けられたように止まった。

 表情は彫像のように硬いままだが、その歩みが止まった理由は明白だ。

 

 え、止まった? マジで? あんみつで?

 凪は半信半疑のまま、引きつった笑みを浮かべる。

 最強の異能者の買収価格が、あんみつ一杯。安い。安すぎるが、賭けには勝ったようだ。

 

 ◇

 

 ふたりは肩を並べて森を抜ける。梢の間を抜ける風に、辛はひそやかに目を細めた。

 妖の気配が、至る所に漂っている。それも、異常な密度だ。

 

 辛は“妖と人の間”に生まれた忌み子。気配に敏いのは生まれながらの呪いのような(さが)である。

 だが妙なことに、それらの気配はこちらへ向かってこない。まるで、別の何かに吸い寄せられているかのように。

 

 やがて視界が開けた。峠の開けた場所に、古びた茶屋が一軒、ひっそりと佇んでいた。

 

「おお、茶屋発見! 私の鼻に狂いはなかった!」

 

 凪が指を伸ばして喜ぶ。だが辛は、無言で屋根の縁、そして店の周りを一瞥し、警戒心を強めた。

 軒先には、円錐形に盛られた白い山がいくつも置かれている。盛り塩にしては、あまりに量が多い。まるで結界のように店を囲んでいる。

 

「これ、塩? 盛り塩的な? ずいぶん気合入ってるね」

 

 凪が不思議そうに首を傾げ、指先でその山を突こうとする。

 

「……」

 

 辛が目で制した。

 

「そんなことより、あんみつ食べよう! あ・ん・み・つ!」

 

 凪は忠告を流し、きらきらした目で暖簾をくぐる。

 そのとき、軋んだ音を立てて戸が開いた。

 

「いらっしゃい」

 

 現れたのは若い店主の男。

 白に近い水色の髪に、十字を模した奇妙な髪飾りが揺れている。

 

「あんみつ二人分ください! 特盛で!」

 

 凪は縁台に腰を下ろし、まだ突っ立っている辛を手招きする。

 

「ほら、座りなよ。奢るって言ったでしょ」

 

 しかし、店主は注文を通すことなく、氷のように冷たい視線を辛に向けた。

 

「……申し訳ないんだけどさ」

 

 店主の声は平坦で、商売人の温かみなど微塵もない。

 

「そっちの人から、少しだけ“妖気”を感じるんだよね」

 

 凪が目を瞬く。店主は淡々と、しかし明確な拒絶を込めて続けた。

 

「今すぐ立ち去ってもらえるかな? ボク、妖が嫌いなんだ。“悪魔”の次にね」

 

 凪の頬に、カッと血が上る。

 

「はあ!? 何よそれ! お客さんに向かって失礼じゃない!? 差別反対!」

 

 憤慨する凪をよそに、辛は静かに視線を逸らした。

 

「……行こう。こうなるとは思ってた」

 

 その声には、怒りよりも諦めが混じっていた。

 慣れているのだ。この扱いには。

 

 ふたりはあんみつを諦め、再び歩き出す。

 凪は何度も振り返り、店に向かって舌を出した。

 

「なんなのあの店! 感じ悪すぎ! ……でも意外。辛、甘いの好きなの?」

「……別に」

「ふーん。ま、いいけど」

 

 凪は歩調を合わせ、辛の横顔を見上げた。

 

「……それより、さっきのあんたの話。聞いてみたくなった」

 

 辛が唐突に口を開く。

 

「話?」

「オレも、人を探しているから――」

 

 辛の目的は、連れ去られた弟・(ひのと)

 凪の目的は、母を殺した犯人と、奪われた“平穏”。目的は違えど、どちらも失った半身を追っている。

 

「ただ、オレといたら、あんたも嫌われるぞ。さっきの店主みたいに」

 

 辛の忠告に、凪は鼻で笑った。

 

「だったら尚更、私は必要よ!」

 

 彼女は人差し指をぴしりと立て、商談をまとめる商人の顔になる。

 

「私があんたの分も聞き込みをする! 顔役は私。戦闘はあんた。私は“治療”はできるけど戦えない。あんたは強いけどコミュ力がない。私達“仲間”でしょ?」

 

 辛は答えず、ただ前を向く。だが、その沈黙は拒絶ではなかった。

 

「んんん? 反応がない! “仲間”って言葉、早すぎた?」

 

 凪が頭をガシガシと掻いたその時である。

 

「おーい! こいしちゃん、参上!」

 

 茶屋の方から、小柄な影が駆け出してきた。

 額に×印の絆創膏、店主とお揃いの十字の髪飾りを揺らす少女だ。

 

「間に合った~! さっきはごめんね、うちの兄が失礼なことしたでしょ? これお詫び、饅頭! 持ってって!」

 

 差し出されたのは、湯気の立つ温かい饅頭。

 

「え、いいの?」

「うん、あんみつじゃなくてごめんね!」

 

 少女――こいしは、ふと辛を見上げ、大きな瞳を細めた。

 

「お兄さん、妖の血でも混ざってる? ……あー、なるほどね」

 

 ひとり得心したように頷き、あっけらかんと言い放つ。

 

「うちの“しおにぃ”、生まれつき“妖寄せ”なの。妖を呼んじゃう体質でさ、昔から大変で――」

 

 その言葉と同時だった。

 辛の視線が鋭く凍りつく。

 森に散っていたおびただしい気配が、一本の線で結ばれ、収束する。

 地面が低く唸り声を上げた。

 

 茶屋の屋根の上。空間が歪み、巨大な黒い影が実体化する。

 

「きゃああ! しおにぃいいい!」

 

 こいしの悲鳴。

 泥のような不定形の妖が、茶屋の屋根を握りつぶそうと腕を振り上げる。

 

 辛は迷いなく地を蹴った。

 左掌から銀色の粒子が溢れ出し、瞬時に鋭利な金属の刃を形成する。

 跳躍。

 空気が裂ける鋭い音と共に、一閃。妖の巨体が真っ二つに崩れ落ちる。

 

 ドサドサと黒い残滓が雨のように降る中。

 店主――しおは、腕を組んだまま、軒先で冷ややかにその光景を見上げていた。まるで、日常の些事であるかのように。

 

「しおにぃ~、無事!? なんだねその態度は!」

「……うるせぇ」

 

 兄妹の何気ないやり取りを背に、辛は着地し、刃を消した。

 凪はへたり込みながら胸を撫で下ろす。

 

「いや~、死ぬかと思った……ありがと、お兄さん!」

 

 こいしが無邪気に礼を言う。

 辛は短く、ぶっきらぼうに答えた。

 

「……饅頭の礼」

 

 そこへ、しおが無言で歩み寄る。

 手にはお盆。その上には――

 

「はい、“お礼のお礼”。助けろなんて言ってないけど。食ったらさっさと帰れ」

 

 乱暴に突き出されたのは、みずみずしいあんみつだった。

 勢い余ってシロップが跳ね、凪の頬にべちゃりと張り付く。

 

「つめたっ……え?」

 

 戸惑いつつも、凪は器を受け取った。

 辛にももう一つ、強引に押し付けられる。

 

 なんだかんだで甘味を平らげたふたりは、追い出されるように道へ戻る。

 

「じゃあね! ご馳走さま!」

 

 凪は口元の黒蜜を舐めとり、明るく手を振った。

 辛もまた、小さく会釈をして背を向ける。

 

 ◇

 

 背後でこいしが大きく手を振っている。

 その足元――魔除けの盛り塩の陰から、どす黒い腕がぬっと伸びた。

 死んだはずの妖の残骸だ。こいしの足首を狙い、爪を立てる。

 

「どうだった?」

 

 誰にともなく、こいしがたずねる。しおは振り返らなかった。ただ、指先を軽く鳴らす。

 妖の黒い腕が、一瞬にして白い粉へと変わり、崩れ落ちた。

 塩だ。妖そのものが、塩の結晶へと変換されたのだ。

 

「たいしたこと、ないな」

 

 しおは肩をすくめ、退屈そうに吐き捨てる。

 

「所詮、人間レベルの能力者だし」

 

 こいしがニコニコとした表情を変えずに答えた。

 

「あーあ。どこぞの“(みずち)君”みたいになるのがオチかなぁ」

 

 しおが口もとに手をやり、呟く。

 風が吹き、妖だった塩の山をさらっていく。しおはその白い粉を見下ろし、ふいに膝をついて頭を抱えた。

 

「ああ……クソッ、何故“砂糖”じゃないんだ!」

「そこ?」

 

 甘党らしい悲痛な嘆きに、こいしが苦笑する。そして、遠ざかる凪の背を目で追いながら、ぽつりと呟いた。

 

「でも、あの女の子。どこかで見た気がするんだよね――」

 

 ◇

 

 茶屋から離れ、里道を行くふたり。

 

 凪は両手で頬を挟み、「あっ、あの兄妹に情報聞きそびれた! ま、いいか!」とすぐに立ち直った。

 辛はその騒がしい横顔を見つめ、口の中に残るあんみつの甘さを反芻する。

 

 表情は、やはり能面のように動かない。

 笑うことも、緩むこともない。けれど、常にその身に纏っていた氷のような鋭い殺気だけは、今は嘘のように消え失せていた。

 

 並んで歩く背を、山風が押す。“妖を寄せる者”がいる土地。盛り塩の白、散った黒、そして甘いあんみつの記憶――すべてが、この国のどこか深い場所で繋がっていることを、二人はまだ知らない。

 

 辛は胸の奥でひとつ名を呼ぶ。

 丁。

 彼を追う旅は、まだ始まりにすぎない。

 

 戦う者と、癒す者。出会うべくして出会った二人は、同じ方向を見据えて歩き出した。

 ちなみに、辛もまた、かなりの甘党である。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。