半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.29「役立つ」

「あんみつ、いただきま〜す」

「ここの美味しいのよ!」

 

 (かのと)の家から少し歩いたところにある村で、(なぎ)爪戯(つまぎ)蝶神(ちょうがみ)は甘味処に立ち寄っていた。

 店はこじんまりとしていて、三人はカウンター席に横に並んで座った。

 浮かない顔の爪戯をよそに、凪と蝶神はあんこに黒蜜がかかった寒天、フルーツなどがガラス鉢にたくさん入った特製あんみつを注文し、上機嫌になっている。

 

 ◇

 

 三人が何故甘味処でお茶をしているか、その理由は遡ることしばし前。

 封印が解けてしまった辛に、北王の協力で話をさせてもらった後のこと。

 北王が辛と二人きりで話している間、三人は廊下に身を寄せて、ことの行方を窺っていた。

 

「辛君大丈夫かな?」

「うーん……」

「ここはアレかな? 辛君をめぐってお父さんと戦うところ?」

「え?」

 

 凪は脳内で、勇者が囚われた辛を魔王から取り返すような、物語じみたイメージを描いた。

 しかし、それはすぐに蝶神によって全力で打ち消されてしまった。

 

「そんなことをしたら貴方達死ぬわよ?」

「え〜そこは蝶神さんも助けてくださいよ」

「いやよ! いくら貴方達が不利になろうとも、あいつと戦うなんて断固拒否!」

 

 蝶神は本気で脅えるように凪から離れ、後退していく。

 辛ともう一度話し合いたいという二人の希望に賛成し、一緒にお願いしてくれた蝶神なら乗ってくれるかと思いきや、凪の当ては外れてしまった。

 そんな会話をしていると、いつの間にか辛の部屋から出て来た北王《ほくおう》が、またも強い力で蝶神の頭に容赦ない拳骨を食らわせた。

 

「へ?」

「うるせぇぞお前ら!」

「何故私を……」

 

 蝶神はその場で痛そうに頭を抱えた。神への扱いではない。

 そんな二人のやりとりを蚊帳の外で見つめる凪だったが、部屋から辛が出てこないことが気になった。

 

「か、辛君はどうなったの!?」

 

 北王に詰め寄ったが、彼はなんともいえない感情のなさそうな無表情を浮かべている。

 それは少しだけ辛に似ているようにも見える。

 

「まだ何もしてないが?」

「ええ……」

「それなんだが、お前らやっぱ今から出て行け」

「そ、そんな……!」

 

 凪と爪戯の熱意は、辛や北王には伝わらなかったのだろうか。

 焦りや寂しさで体が強張り、ほかに何を言えばいいのかと、一瞬の内に凪の頭の中には色々な考えが駆け巡った。

 

「勘違いするなよ。辛がどうしてもって言うから仕方なく封印をするんだ」

 

 まるで断るかのような素っ気ない紛らわしい言い方だが、つまり、当初の希望が叶えられるということだ。

 二人は驚いて言葉が出なくなった。

 

「それでその作業の間、お前らは邪魔だから少しの間出かけていろってことだ。オレはやりたくないんだが」

 

 そういう訳で、渋々と言った感じで引き受けてくれた北王の気が変わらないうちに、三人は大人しく辛の家を出て時間つぶしをするのことになったのだった。

 

 ◇

 

 北王が辛を心配する仲間達に、封印するから外に出ろと言うと、二人は安堵の表情でそれに従った。

 無知とは残酷だ。

 辛の痛がる姿、見せられるかよ。

 封印の儀がどんなものか、知らないのだろう。

 そんなに簡単なことじゃない。強大な力を抑えるということは、それに伴う代償も比例して大きい。杭で身体を刻み、魂に楔を打つような所業。

 それを、友人たちの前で見せるわけにはいかない。

 

「北王、あっさり折れたのね。断固拒否、絶対ダメ!! かと思ったわ。説得大変そうって」

 

 家の中に残った蝶神が、人間姿で話しかけてくる。

 

「まぁ……な」

 

 蝶神の言う通り、これまでならもう三度目はないという意見を譲らなかっただろう。

 しかしあの二人の存在と、それに影響された辛の変化を見たら。

 北王は複雑な思いで、覚悟を決めて再び辛の部屋に入っていった。

 

 ◇

 

「のんきつーか、何というか」

 

 甘味処で、爪戯はお茶しか飲んでいなかった。

 美味しそうにあんみつを頬張りはしゃぐ凪と蝶神を横目に、皮肉まじりにぼやきをこぼしている。

 

「しょーがないでしょ。私達じゃ何も出来ないし、邪魔になるならねぇ〜。あっこれ美味しー」

 

 封印に関しては蝶神も立ち入れないようで、北王が一人で辛の封印に当たっている。

 

「そうだ! 蝶神さん、こんなところで言うのもなんだけど……」

 

 凪には、少し前から考えていたことがあった。

 

「私に能力をください!」

 

 もし自分に戦闘の能力があれば、そもそもあの時辛君を一人にしなかったかもしれない。

 もしそうだったら(あやかし)の能力の封印が解けることなく、今頃何事もなく過ごせていたかもしれない。

 これからのことを考えても、守られてばかりではいけないのではないかと、凪はずっと考えていた。

 

「今の私には、戦闘用の能力がないから……それに神って能力の源である“シン”を他の人に与えることが出来るんでしょ?」

「……そうね」

 

 凪の真剣な眼差しに、蝶神も口に匙を運ぶのを止め、真面目に答えた。

 

「神の持つシンはオリジナルのもので、チカラが大きくて一つしか持てないけど、能力者の持つシンは神のシンを劣化コピーし人に分け与えたもの。

 チカラを抑えてあるから複数持つことが可能。一応、“神としての”能力は一つしか持つことが出来ないけれど、その人の許容量に空きがあればコピー版のシンも同時にいくつか持つことも可能よ」

 

 説明をしながら、蝶神は手持無沙汰になった右手で匙をくるくると回した。

 

「神の能力一つと、その他いくつかの能力を持てるってことだけど、流石に無限に持つことは不可能なの。

 個人差はあるけれど、さっき言った許容量ってのが人には決められているの。

 ──そして人には得手不得手があるわ。貴方には貴方に合った能力があるはずよ。私から貰うより、別の神から貰った方がいいと思うの」

「で、でも……!」

 

 蝶神に断られてしまったことに動揺し、凪は思わず立ち上がった。

 

「大丈夫。貴方はすでに持っているわ──……」

「えっ!?」

 

 爪戯は蝶神と驚く凪を交互に見たが、口は挟まなかった。

 そこへ一羽のアゲハチョウが甘味処の店内に入ってきて、優雅に舞いながら蝶神の前に近づいた。

 なんの音もしなかったが、蝶神には何かが伝わったらしい。

 蝶神は何も言わずに血相を変えて立ち上がり、食べかけのあんみつも置いて店から出ていってしまった。

 

「蝶神さん!?」

 

 二人は何事かと驚くも、呆然と見送るしか出来なかった。

 

「行っちゃった……」

 

 ◇

 

 蝶神は甘味処を飛び出し、人間の姿のまま村を出て息を切らし山の方へ向かって走り続けた。

 まさか、此処に。

 辛が倒れ、妖の能力を使ってしまった崖に着くと、そこにはまだ血のあとがそこかしこにべっとりとついたままになっていた。

 あいつは? 何処に。

 蝶神はしばらく周辺を歩き、鋭い視線で辺りを見回した。

 

「居ない……」

 

 去った後、か。

 だが、その時。背後の木陰に動く人影があったことを、蝶神は気づくことができなかった。

 

 ◇

 

 凪と爪戯は時間潰しに、村を歩いて回った。

 中央の掲示板には近々行われるコンサートのお知らせや、お菓子の宣伝などが掲示されており、そこそこ賑わっている様子がうかがえる。

 

「蝶神さん何処へ行ったのかな?」

「さあ……つーかあんたさ……」

「ん〜?」

「能力貰えてたとして、直ぐに使いこなして戦力になると思ったわけ?」

 

 凪がコンサートのお知らせをしげしげと眺めていると、爪戯が聞いた。

 爪戯はそれらの広告には興味が無さそうだった。

 

「光線出す系ならいけそう。パッと出すだけだし」

「あぁ……そう……」

 

 あんまりうまくいきそうにない作戦に、爪戯は真剣に考えるのを一時放棄した。

 

「いやさあ……私役に立ってないからさ、少しでも力になりたくて……ね」

 

 爪戯の言う通り、能力を貰いさえすれば即戦力とはいかないのかもしれない。それでもとにかく一歩でも進まなければと、凪の心は落ち着かず、気が急いていた。

 

「まあ確かに戦闘においては役立たずだよな〜」

「ひどっ」

 

 爪戯は凪とは逆に、一つ一つの状況を冷静に捉え考える性格だった。

 けれども凪の少しでも現状を突破していこうとする気持ちの熱量や優しさは、十分に伝わっていた。

 

「でもさ、あんたは治癒が出来るだろ? それはさ、オレには出来ないことだから」

 

 爪戯は凪に向き直り、ぶっきらぼうに言った。

 

「あんたはあんたの出来ることをすれば良いんじゃないの?」

 

 この前まで言い争っていた爪戯が励ましてくれるのは意外で、凪は一瞬きょとんとしてしまった。

 

「うん……!」

 

 けれど凪も凪で、爪戯の根底にある人の良さを垣間見ていた。

 

「そろそろ帰ろうぜ〜」

 

 爪戯は言うだけ言っていつもの調子にすぐに戻り、さっさと前を歩き始めた。

 

「あ、待って! 辛君に何か買って帰ろうよ! 甘いもの好きみたいだし……ってか蝶神さんはー!?」

「何処行ったんだか」

 

 二人がお土産を買いに再び歩き出した。

 そこへ、店の影に隠れてその様子をにやりと笑みを浮かべなら見ている者がいた。こちらもまた、その存在に気づかずに、呑気な会話を重ねていたのだった。

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