半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.36「再凝固」

「おれらは……悪魔──……」

 

 瓦礫の上で悪魔だと名乗る二人は、ヒユは右腕に「命」の文字が三つ、女──アナナスは足首に「A」の文字が刻まれていた。

 

「あ、悪魔──……?」

 

 (なぎ)爪戯(つまぎ)に緊張が走った。そして、凪はその時初めて女の顔の異様さに気づき、凝視した。

 

「って、あの子、顔がないよ!? 正確には目と鼻?」

「へ?」

 

 女の顔には口だけがついており、唇の形は今は不気味に笑っているように見える。つるりとした肌色の曲面。

 

「ホントだ!」

「これ、モブの如く顔が描かれていないだけだと思ったけど……マジでないよ!?」

 

 凪たちの無礼な反応にも動じず、女は凪達が一頻り騒ぐのを待ってから言った。

 

「私は悪魔のめおにってやつだからね〜」

「め、めおに?」

 

 女は畏怖されても特段反応せず、のんびりとしている。

 

 ◇

 

 アナナスの説明によると、この世界の悪魔とは、能力発動源である「シン」とは別の「マナ」を持つ者のことを指すらしい。

 

 一つのシンを使う不老長寿の神。

 その複製された、もしくは遺伝によって受け継いだ神よりは劣る能力を使う能力者に対し、悪魔は一つのマナを使って能力を行使する。

 

 マナは神のシンと同じく基本的に一つしか持てず、それを持っている者を悪魔と呼ぶ。

 マナも遺伝によって子に受け継がれ、人によってはシンとマナの両方を持つ者も可能性としては存在し得るという。

 

 シンとマナでは、得られる能力は異なるが、似たような能力はお互いに存在する。

 ただしマナはシンに比べ、能力の種類は少ないらしい。

 

 悪魔たちは、そのマナの能力の種類によってさらに分類されている。

 マナの種類によっては身体に特徴が現れる者もいて、めおになら能力は姿消しで、目と鼻がないという特徴が現れるのだと言う。

 

 ◇

 

 そういえばトマトの少年がそんなこと言っていたような。

 凪は以前会った、ヤナギという子どもの悪魔が言っていたことを思い出した。

 情報が一致する。彼らは本物の悪魔だ。

 

「悪魔だかなんだかどうでも良い! 殺すよ?」

 

 先ほど氷塊を一つ投げつけて叩き割られた爪戯は、今度は人間と同じくらいの大きさの巨大な氷塊を一気にいくつも生成し、ヒユめがけて投げつけた。

 

「チッ」

 

 さすがにヒユもこの大きさにこの量は対応できず、舌打ちをして落下する巨大な氷からバックステップで逃げた。

 

「アナナス! お前は姿隠してろ!」

「了解!」

 

 めおにの女アナナスは、返事をして自身の身体を半透明から少しずつ消していった。空間に溶け込むように。

 

「こっちが殺すつーの!」

 

 ヒユがまた握りこぶしに力を込めると、手の甲に「力」の鏡文字が赤く浮き出た。

 辺りは少年の家が崩落した瓦礫だらけになっているが、それにも構わずヒユは瓦礫ごと爪戯めがけて上から叩くように拳を振り下ろした。

 重い音を立てて辺りの瓦礫が粉砕される。

 爪戯はそれをサッと避けた。ヒユの拳は空振りとなり、痛みなどを感じないのか、ヒユは空振りしたあとすぐに上半身を起こし、また獣のように爪戯の後を追った。

 

 辺りはヒユが割った瓦礫が飛び散り、土煙が舞っている。

 しばらく防戦一方の爪戯を見て、凪は焦りを覚えた。

 

 どうしよう。加勢? どうやって?

 

 自身に攻撃能力がないことで、こういう時やはり役に立てない。無力感が胸を刺す。

 

 ううん。

 

 弱気になりそうな自分を叱咤して懸命に考えていると、先日爪戯が言った言葉を思い出した。

 

 あんたはあんたの出来ることをすれば良いんじゃないの?

 そう。私は私のやるべきことを。

 

 凪は袂から、(かのと)が能力で作ってくれた短剣を取り出した。

 この感じは前にも。そう、あの時と同じ呪い系の能力。

 凪はアナナスと呼ばれていためおにの能力の解決策について、必死で頭を巡らせた。辛が突然捕まったあの状況。

 人か(あやかし)、またはその両方の動きを封じるものに辛君は捕まったんだと思うけど。

 

「呪い系には媒介がある。でも何だろう? 姿を隠せるみたいだし、隠れている間に仕込んだと思う──……なら──……」

 

 凪は短剣を握り直し、自らの勘を信じて走り出した。

 

 何となくだけど分かる。何でかは分からないけど。

 辛君みたいに気配を感じるってのは無理。でも、呪い系の能力の発信源は、此処。

 

 凪は一見何もなさそうな、背の高い木と低木が生えている近くの何もない空間を、袖をまくって短剣で思い切り切り裂いた。

 手応えがあった。

 凪が振った短剣は、透明になっていたアナナスの腕に命中した。アナナスの腕には斜めに刀傷ができ、辺りに鮮血が飛び散った。

 

 何で居場所がバレ。

 

 透明になっていたアナナスの身体は半透明からだんだん色が浮き上がり、凪の目にしっかりと見えるようになった。術が解けたのだ。

 

「姿見せたね。辛君にかけている呪い系能力、解除して」

 

 凪は短剣の尖った刃先を、アナナスの顔のすぐ目の前に突きつけて言った。

 

「ひぃぃぃぃいっ待って待って。私は本当はこんなことしたくなくて、ヒユがどうしてもって言うから!」

 

 アナナスの反応は好戦的なヒユやラルとは違った。凪に脅えて叫びながら腰を抜かし、地面にへたり込みながら無様に後退りしている。

 

「無理やり手伝わされてて!」

 

 戦う意思はないと言うように、アナナスは片手をあげて凪に降参の意思を示した。

 

「ん? アレ!? 弱い……?」

 

 凪が思いがけない反応に驚いていると、アナナスは地面に腰をつけたままにやりと口角をあげ、こっそりと地面に指で線を引いた。呪術の予備動作だ。

 しかし、凪はその所作を見逃さなかった。

 

「嘘吐き。何をしようとしているの?」

 

 凪は冷たい視線で見降ろし、容赦なく短剣をアナナスの手の甲に突き刺した。

 肉を刺す音がして、アナナスの手からは痛々しく鮮血が飛び、辺りを真っ赤に汚した。

 

「え……いや……あの……」

 

 アナナスは凪の容赦ない殺気に、しどろもどろな返事で狼狽えた。

 

「チッ……アナナス!」

 

 ヒユは爪戯と戦いながらも、アナナスのピンチを察して声を張り上げた。

 爪戯はその一瞬の隙を見逃さず、ヒユがよそ見した瞬間に再び氷の巨大な塊を投げつけた。

 

「学習しないな! 氷は──……」

 

 アナナスに気を取られながらも、ヒユは爪戯の攻撃にしっかり反応した。先ほどと同じ単調な攻撃だろうと高を括り、同じように拳に力を込めて氷を殴ろうとした瞬間。

 爪戯が指を立て、氷を操作した。すると、巨大な氷だったものは、一瞬にして大量の水へと性質を変えた。

 

「これは……!? み……水か!?」

 

 ヒユは予期せぬ変化に対応できず、大量の水をモロに全身に浴びることとなった。

 

「しかし、何故水……?」

 

 水はヒユの髪や服、指の先などあちこちから滴るほど満遍なくかかったが、それだけではダメージにはならない。ヒユは爪戯の能力操作の意図が分からず困惑した。

 しかし、ヒユが戸惑っているうちに爪戯はもう一度指を構えた。

 

 このまま、再凝固。水を再び氷に。

 

 爪戯が操った水は、大きな音を立ててまた一瞬で水から氷へと変化した。

 全身濡れた状態で水から変わった氷は、ガラスのように尖った先がヒユの身体のあちこちをナイフのように突き刺した。肩も腕も足も、服に染み込んだ水分さえもが凶器となり、皮膚が裂け、血が流れた。

 

「一度水にしてから氷にすれば避けにくいだろ? つか、よそ見すんなよ!」

「……!」

 

 ヒユは氷まみれになった自身の身体を観察し、考えた。

 マナを使えば。だが、あれは。あれだけは手をだしたくない。

 ヒユは自身の切り札を使うか迷い、何かと葛藤しているような様子を見せ、歯ぎしりをした。

 ちょうどその時、呪術の解除により辛を拘束していた異界の杭が崩れ始め、辛は自由の身となった。

 

「ん? あれ? あの顔のない子は?」

 

 一方、気がつくと凪が仕留めていたはずのアナナスの姿が消えていた。

 

「いつの間に?」

 

 アナナスがいた辺りは、血の痕だけになっている。

 

「おれは……」

 

 ヒユは傷口を抑え、何かを呟きだした。何と言っているのか爪戯にははっきりと聞き取れなかったが、兄貴とか違うというような単語が聞こえたような気がした。

 急に大人しくなったヒユを爪戯が不思議に思っていると、ヒユの脳天を目掛け上方から思いっきり蹴りが入った。

 重い打撃音が響く。

 蹴ったのは、悪魔のヤナギだった。

 

「痛ってーな、何すんだよ!」

 

 痛みに頭を抑えたヒユが振り返ると、ヤナギは悪びれもせずいつもの明るい調子でウィンクをしながら言った。

 

「は〜い♪ ご指名ありがとうございま〜す! ヤナギ君だよ!」

「……」

 

 片足を軽快に上げて笑顔を振り撒くヤナギに、ヒユは口をつぐんだ。

 あれ、こいつ確か。

 爪戯はその姿や言動を見て思い出した。前に凪が結界を解くために単独行動していたのを爪戯が追った際、二人はヤナギと交戦したことがあった。あのトマト好きの殺人鬼だ。

 

「飴食べる? トマト味しかないけど」

 

 ヤナギは能天気にヒユに話しかけた。

 

「あの……何で此処へ? ってか呼んでないし」

 

 ヒユが訳が分からないといった様子でヤナギに問うと、今度はヒユの背後に背の高い人物がぬっと現れた。

 

「お前らのせいだろ」

「──……!!」

 

 現れたのは、またしても町で凪達が会った、頬にX印のついた男──シロホンだった。

 

「え!? 何事!?」

 

 凪がシロホンの方へ振り返ると、いつの間にかアナナスはその男に抱えられていた。

 

「あの顔のない子、あっちに連れていかれてる……」

 

 前に遭ったトマトの少年も居るし、新たに来たのも悪魔か。

 ヒユはシロホンを前に大人しくなり、ヤナギはシロホンが不服そうな顔しているのも構わずいつもの調子で談笑している。

 今この瞬間は戦っていないようだが、凪はヤナギが笑ったりふざけたりしながら大きな刃を振るってくるというのを知っている。

 じゃあもしかして、増援。

 凪は警戒を強め、不安に唾を飲み込んだ。

 状況は、さらに混迷を極めていく。

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