半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.68「突抜く」

 木々がざわめく中、爪戯(つまぎ)の水流がウルを襲う。

 だが、ウルは迫りくるそれを右手で軽く払った。

 

「水を蒸気に──……」

 

 ウルは爪戯の作り出した水に干渉し、その分子運動を加速させ、液体を一瞬にして気体へと相転移させた。

 

「!?」

 

 爪戯の眼が見開かれる。

 

「水を固体に出来るのなら、気体にだって出来るよね?」

 

 相転移など能力の基本であるとでも言いたげな口ぶりだ。

 

 自然界に存在する水ならともかく、能力で生成・操作された水には術者のシンが宿る。

 熱などで物理的に変化させるのとは訳が違う。

 他人の支配下にある能力への強制干渉。

 そんなことが可能なのか。

 

 爪戯は冷や汗を流しながらも、敵の異常性を分析する。

 

「所詮、コピー版のシン……オリジナルには敵わない」

 

 少し離れた木の上で、レインもまた戦況を観察し、呟いていた。

 

 神と呼ばれる人間──彼らのシンはオリジナルのものだ。

 劣化コピー版とは出力の桁が違う。

 

 ──というより、水神(あれ)が特殊過ぎるだけなんだけど……。

 

 レインはウルの底知れない実力に、密かに恐怖を抱いていた。

 

 ウルは金属生成にも干渉し、水の能力にも干渉できる。

 能力を使いこなしているというレベルを遥かに超えている。

 

 レインが思考を巡らせていると、不意に音が鳴った。

 

 ──今、何かが……。

 

 レインは音の正体を探るべく、視線を巡らせる。

 

「何よ、あいつ……」

 

 ウミリンゴはウルを見て目を細めた。

 (かのと)もまた、冷徹に敵戦力を分析していた。

 

 オレも、水そのものは生成できないが、周囲にある水を多少操ることはできる。

 だが、他者の能力で作られた物質にまで干渉することは不可能だ。

 そもそもオレが、専門の水使い相手に水属性で挑んでも勝ち目はない。

 

 辛は五行すべてに適性を持つが、水の扱いは最も不得手である。

 

「ん? もう反撃手段が尽きたの?」

 

 白く水蒸気の舞う中、ウルが口を開いた。

 辛たちの手が止まっている。

 

 直後、地面から巨大な氷の刃が柱となって襲い掛かった。

 

 ウミリンゴの右肩を掠め、鮮血が飛ぶ。

 ウルはその氷の上を滑るように疾走した。

 

「あれ? これじゃ水攻めならぬ氷攻め?」

 

 そう言いながら辛へ飛び蹴りを放つ。

 氷で滑り、加速を乗せた重い蹴撃──……。

 

 と見せかけた、フェイント。

 

 辛の目の前で、空中に氷の足場を形成し、縦に一回転。

 軽やかに辛の頭上を飛び越える。

 

「? ? ? ? ? ?」

 

 辛は振り向きざま、何が起きたのか理解できずに瞬いた。

 

「脇腹が空いていますよ?」

 

 背後に着地したウルが、楽しげに告げる。

 

 地面から鋭利な氷が突き出し、辛の死角を貫いた。

 器用に左脇腹から入り、右肩へ向けて体内を一直線に突き抜ける。

 

 大量の鮮血が舞い、辛の眼が見開かれた。

 

「空く(物理)ってか! あ、開くか。今度は上手に貫けました~」

 

 ウルは笑顔で言い放ち、倒れ伏す辛を放置して爪戯たちへと向かう。

 

 反応が遅れた爪戯を、左膝で蹴り飛ばした。

 強烈な衝撃に爪戯の体が吹き飛び、土煙が舞う。

 周囲の氷塊も衝撃で砕け散った。

 

「すこし飛ばし過ぎた」

 

 ウルは右手を額にかざし、遠くを覗き込むような仕草を見せる。

 その手前では、ウミリンゴが傷ついた肩を抑え、膝をついていた。

 

「爪戯……!」

 

 辛が叫ぶ。

 地面から伸びる氷柱に身体を縫い留められ、動くことができない。

 

 ──この氷を何とかしないと。

 

 そう思考するが、現実は無情だ。

 

「無駄だよ。その氷は簡単には壊せない。金属を生成するなら水に変えるし……まあ、そのまま大人しくしててよ」

 

 ウルの強力なシンで構成された氷は、通常の物理干渉では破壊も溶解もできない。

 

「あんた以外は殺しても良いということなので……」

 

 ウルは近くで震えるウミリンゴを見下ろして言った。

 

「特に悪魔は、皆殺せって言うし。でも生き延びることが出来たら、褒美にご馳走を振舞いますよ」

 

 ウルは狂気の笑顔で言い放つ。

 ウミリンゴは全身から冷や汗を噴き出し、逃げなければと本能が警鐘を鳴らす。

 けれど、恐怖で足がすくみ、微動だにできない。

 

「先に死んだ仲間の肉だけど……あ! これ言わない方が良かった? 今の忘れて」

 

 ウルは笑顔のまま、右手をウミリンゴへ向けた。

 ウミリンゴの目が見開かれる。

 

 その時。

 ウルの胸元に突如として亀裂のような傷が走り、鮮血が零れた。

 

 ウルは瞬時に理解する。

 

「ああ、右眼か!」

 

 ウルは爪戯の方へ視線をやる。

 吹き飛ばされたはずの爪戯は、右眼を見開き、瓦礫の中で立ち上がっていた。

 

 右眼の発動限界は一日に数回。

 発動時のシンの消費量と、その後の回復具合によって、三回目が使用可能かどうかが決まる。

 

 本日、ここまでに返したダメージの総量が比較的少なかったため、辛うじて三回目の発動が可能だったのだ。

 

「その氷──……」

 

「自分で作ってもあんたに状態変化させられるから、あんたのを使わせてもらった」

 

 ウルの問いに、爪戯は血を吐き捨てて答えた。

 飛ばされた際に舞った、ウルの能力による氷の破片。それを自らの体に突き立て、発生したダメージを右眼の因果逆転によりウルへと転送したのだ。

 

 ──ってか、どんな馬鹿力で蹴り飛ばしてんだよ。反応も遅れたし。

 

 爪戯は唇を切ったのか、口の端に赤を滲ませながらも内心で悪態をつく。

 

「はっ」

 

 ウルは吐血しながらも、愉悦に相好を崩した。

 

「兄弟揃って刺してくれるとは!」

 

 ウルは天を仰ぎ、軽快に笑い声を上げる。

 

 最初に使った時も感じたが、やはりこの男は痛覚に対して平気なのか。

 爪戯は戦慄する。

 

 ウルは自らの血で濡れるのも厭わず、笑っていた。

 

「良いよ、刺されるの好き」

 

 左手を血の滴る胸に当て、満面の笑みで言った。

 

 その異常性に、爪戯の眼は驚愕に丸くなる。

 

「ご褒美です」

 

 ウルはそう言いながら、ウミリンゴの右手を掴んだ。

 

 腕を背後へ捻じり上げ、さらに足で背中を固定する。

 肩関節の可動域を遥かに超える方向へ、一気に引き上げた。

 

 ボキリ、と嫌な音が森に響き渡り、ウミリンゴの右肩が破壊される。

 

「お前っ!」

 

 ウミリンゴの悲鳴が木霊する中、辛が叫ぶ。

 

 爪戯が地を蹴った。

 捨て身でウルへと接近する。

 

「リョナ嫌い?」

 

 ウルは興味を失ったようにウミリンゴを手放す。

 そして、肉薄した爪戯の鳩尾へ、正確無比な右足を叩き込んだ。

 

「せっかく後回しにしてやろうと思ったのに」

 

 重い蹴撃。

 爪戯は再び吹き飛ばされ、地面を転がる。

 

「あ、そういえば──……」

 

 ウルは転がった爪戯へ歩み寄りながら、思い出したように口を開く。

 

 身体を貫かれ、見ていることしかできない辛は歯噛みする。

 

磔刑(たっけい)、中断されたんだった。だからあんたでやろうか」

 

 ウルは右手を、倒れた爪戯の顔面へと向ける。

 

「でもその前に、その右眼を貰おうか」

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