半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
木々がざわめく中、
だが、ウルは迫りくるそれを右手で軽く払った。
「水を蒸気に──……」
ウルは爪戯の作り出した水に干渉し、その分子運動を加速させ、液体を一瞬にして気体へと相転移させた。
「!?」
爪戯の眼が見開かれる。
「水を固体に出来るのなら、気体にだって出来るよね?」
相転移など能力の基本であるとでも言いたげな口ぶりだ。
自然界に存在する水ならともかく、能力で生成・操作された水には術者のシンが宿る。
熱などで物理的に変化させるのとは訳が違う。
他人の支配下にある能力への強制干渉。
そんなことが可能なのか。
爪戯は冷や汗を流しながらも、敵の異常性を分析する。
「所詮、コピー版のシン……オリジナルには敵わない」
少し離れた木の上で、レインもまた戦況を観察し、呟いていた。
神と呼ばれる人間──彼らのシンはオリジナルのものだ。
劣化コピー版とは出力の桁が違う。
──というより、
レインはウルの底知れない実力に、密かに恐怖を抱いていた。
ウルは金属生成にも干渉し、水の能力にも干渉できる。
能力を使いこなしているというレベルを遥かに超えている。
レインが思考を巡らせていると、不意に音が鳴った。
──今、何かが……。
レインは音の正体を探るべく、視線を巡らせる。
「何よ、あいつ……」
ウミリンゴはウルを見て目を細めた。
オレも、水そのものは生成できないが、周囲にある水を多少操ることはできる。
だが、他者の能力で作られた物質にまで干渉することは不可能だ。
そもそもオレが、専門の水使い相手に水属性で挑んでも勝ち目はない。
辛は五行すべてに適性を持つが、水の扱いは最も不得手である。
「ん? もう反撃手段が尽きたの?」
白く水蒸気の舞う中、ウルが口を開いた。
辛たちの手が止まっている。
直後、地面から巨大な氷の刃が柱となって襲い掛かった。
ウミリンゴの右肩を掠め、鮮血が飛ぶ。
ウルはその氷の上を滑るように疾走した。
「あれ? これじゃ水攻めならぬ氷攻め?」
そう言いながら辛へ飛び蹴りを放つ。
氷で滑り、加速を乗せた重い蹴撃──……。
と見せかけた、フェイント。
辛の目の前で、空中に氷の足場を形成し、縦に一回転。
軽やかに辛の頭上を飛び越える。
「? ? ? ? ? ?」
辛は振り向きざま、何が起きたのか理解できずに瞬いた。
「脇腹が空いていますよ?」
背後に着地したウルが、楽しげに告げる。
地面から鋭利な氷が突き出し、辛の死角を貫いた。
器用に左脇腹から入り、右肩へ向けて体内を一直線に突き抜ける。
大量の鮮血が舞い、辛の眼が見開かれた。
「空く(物理)ってか! あ、開くか。今度は上手に貫けました~」
ウルは笑顔で言い放ち、倒れ伏す辛を放置して爪戯たちへと向かう。
反応が遅れた爪戯を、左膝で蹴り飛ばした。
強烈な衝撃に爪戯の体が吹き飛び、土煙が舞う。
周囲の氷塊も衝撃で砕け散った。
「すこし飛ばし過ぎた」
ウルは右手を額にかざし、遠くを覗き込むような仕草を見せる。
その手前では、ウミリンゴが傷ついた肩を抑え、膝をついていた。
「爪戯……!」
辛が叫ぶ。
地面から伸びる氷柱に身体を縫い留められ、動くことができない。
──この氷を何とかしないと。
そう思考するが、現実は無情だ。
「無駄だよ。その氷は簡単には壊せない。金属を生成するなら水に変えるし……まあ、そのまま大人しくしててよ」
ウルの強力なシンで構成された氷は、通常の物理干渉では破壊も溶解もできない。
「あんた以外は殺しても良いということなので……」
ウルは近くで震えるウミリンゴを見下ろして言った。
「特に悪魔は、皆殺せって言うし。でも生き延びることが出来たら、褒美にご馳走を振舞いますよ」
ウルは狂気の笑顔で言い放つ。
ウミリンゴは全身から冷や汗を噴き出し、逃げなければと本能が警鐘を鳴らす。
けれど、恐怖で足がすくみ、微動だにできない。
「先に死んだ仲間の肉だけど……あ! これ言わない方が良かった? 今の忘れて」
ウルは笑顔のまま、右手をウミリンゴへ向けた。
ウミリンゴの目が見開かれる。
その時。
ウルの胸元に突如として亀裂のような傷が走り、鮮血が零れた。
ウルは瞬時に理解する。
「ああ、右眼か!」
ウルは爪戯の方へ視線をやる。
吹き飛ばされたはずの爪戯は、右眼を見開き、瓦礫の中で立ち上がっていた。
右眼の発動限界は一日に数回。
発動時のシンの消費量と、その後の回復具合によって、三回目が使用可能かどうかが決まる。
本日、ここまでに返したダメージの総量が比較的少なかったため、辛うじて三回目の発動が可能だったのだ。
「その氷──……」
「自分で作ってもあんたに状態変化させられるから、あんたのを使わせてもらった」
ウルの問いに、爪戯は血を吐き捨てて答えた。
飛ばされた際に舞った、ウルの能力による氷の破片。それを自らの体に突き立て、発生したダメージを右眼の因果逆転によりウルへと転送したのだ。
──ってか、どんな馬鹿力で蹴り飛ばしてんだよ。反応も遅れたし。
爪戯は唇を切ったのか、口の端に赤を滲ませながらも内心で悪態をつく。
「はっ」
ウルは吐血しながらも、愉悦に相好を崩した。
「兄弟揃って刺してくれるとは!」
ウルは天を仰ぎ、軽快に笑い声を上げる。
最初に使った時も感じたが、やはりこの男は痛覚に対して平気なのか。
爪戯は戦慄する。
ウルは自らの血で濡れるのも厭わず、笑っていた。
「良いよ、刺されるの好き」
左手を血の滴る胸に当て、満面の笑みで言った。
その異常性に、爪戯の眼は驚愕に丸くなる。
「ご褒美です」
ウルはそう言いながら、ウミリンゴの右手を掴んだ。
腕を背後へ捻じり上げ、さらに足で背中を固定する。
肩関節の可動域を遥かに超える方向へ、一気に引き上げた。
ボキリ、と嫌な音が森に響き渡り、ウミリンゴの右肩が破壊される。
「お前っ!」
ウミリンゴの悲鳴が木霊する中、辛が叫ぶ。
爪戯が地を蹴った。
捨て身でウルへと接近する。
「リョナ嫌い?」
ウルは興味を失ったようにウミリンゴを手放す。
そして、肉薄した爪戯の鳩尾へ、正確無比な右足を叩き込んだ。
「せっかく後回しにしてやろうと思ったのに」
重い蹴撃。
爪戯は再び吹き飛ばされ、地面を転がる。
「あ、そういえば──……」
ウルは転がった爪戯へ歩み寄りながら、思い出したように口を開く。
身体を貫かれ、見ていることしかできない辛は歯噛みする。
「
ウルは右手を、倒れた爪戯の顔面へと向ける。
「でもその前に、その右眼を貰おうか」