半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
「その右眼を貰おうか」
ウルは無造作に、
次の瞬間。
空間を食い破るように、巨大な影──シュヴェールトヴァールが突如として顕現した。
ウルの右手を食いちぎらんばかりの勢いで、シャチの形態をしたモドキが宙を泳ぐ。
ウルの目が見開かれた。
「簡単に頭はとらせてくれないか」
シュヴェールトヴァール──モドキは、最初からウルの頭部を狙って出現していた。
だが、出現位置が紙一重でずらされている。
ウルは顔を上げ、頭上のモドキを観察していた。
氷に貫かれ身動きのできない
この戦場に、もう一人。
アヴェルスが来ていることに──。
アヴェルスは空中に浮かぶモドキの尻尾に着地した。
そして慣性を殺さず、そのまま尾を蹴り跳躍する。
眼下のウルへ向かって、一直線に落下した。
「久し振り」
ウルは笑顔のまま、頭上から迫る死を見上げて挨拶する。
アヴェルスの黒い槍がウルを襲う。
必殺の突き。
だがウルは、あえて「少しかすめる」位置で身をかわした。
「いつ以来かな?」
ウルは槍に左胸を微かに引き裂かれながら、楽しげに問う。
「知るか」
アヴェルスの答えは短く、冷淡だ。
実に六年ぶりの再会である。
黒い槍を、ウルは左手で鷲掴みにし、地面へと強引に突き刺させた。
固定した槍を支柱に、自身の身体を持ち上げ、遠心力を利用して地面を蹴る。
蹴撃。
空中のアヴェルスへ向けて、腹部に重い一撃が入った。
「そう寂しいことを言うなよ。ヴィヴラフォン君」
ウルはかつての呼び名──アヴェルスの別名を口にしながら、地へ降り立つ。
腹を蹴られたアヴェルスもまた、空中で体勢を立て直し、距離を取りつつ着地した。
「ああ、本名に戻したんだっけ? じゃあ、今はアヴェルス君か」
ウルは奪い取った槍を半回転させ、切っ先を上に向けた。
「まあ、いいや……にしてもこの槍、そうかついに『マナ』も武器に──……
どおりで水に変換できないわけか!」
ウルは歓喜の表情で叫ぶ。
黒い槍──魔女の槍は、通常の金属で作られてはいない。
悪魔の能力源である『マナ』で構成されている。
ゆえに、金属を水に変えるウルの能力『
「ったく……オレの教育が悪かったせいで、こんなことになってしまって」
ウルの歪んだ称賛に、アヴェルスは不快そうに眉を顰める。
「本当に最高だよ! また殺しに来てくれてありがとう」
ウルは血に塗れた満面の笑みで言った。
傷ついた右手を、自身の治癒能力で修復しながら続ける。
「そして殺されに来てくれて嬉しいよ。惨たらしく殺してあげよう」
ウルの右手は、瞬く間に完全に元通りになった。
「あ、アヴェルス君は不死身だったね。それはそれでずっと遊べるか」
アヴェルスは吸血鬼の能力を持つ悪魔だ。
その特性は不死身。
「惨殺されるのは好きだが、お前は例外だ。オレが殺す」
アヴェルスが殺気を込めて言葉を紡ぐ。
「ただし即死しろ」
「えっ」
「痛めつけても喜ぶだけだって知ってんだよ! そろそろ黙れ、黒子抉るぞ!」
「お願いします」
「……」
アヴェルスの罵倒に、ウルは恍惚とした様子で即答した。
アヴェルスの調子が狂う。これだから話の通じない相手はやりづらい。
辛は動けないまま、歯噛みする。
その隙に、モドキは小型の『ましゅまろモード』に変形し、辛の近くへ
「隙を見て逃げるよ!」
モドキは撤退の算段を立てる。
「でも、
辛は凪の身を案じ、抵抗の意思を見せる。
凪は未だ、
「シュンランも連れて行って」
「ウミちゃん……」
ウミリンゴは左手で、破壊された右肩を抱きながら懇願した。
シュンランが死んだとはいえ、その亡骸を置き去りには出来ない。
爪戯は痛ましげにその様子を見ていた。
駆けつけられたのは良いけど……他の
モドキが焦燥する。
水神ウルとの相性が、彼女にとっては最悪なのだ。
ウルは背後に居るモドキたちへ、首だけで振り向きながら口を開く。
「もう帰るの? もう少しオレと遊んでよ」
左手に奪った槍を持ち、空いた右手で水を生成しながら言い放つ。
「モドキ!」
アヴェルスが叫ぶ。
ウルの左手にあった槍が、煙のように消滅した。
直後、槍はアヴェルスの右手の中へと再出現する。
これが魔女の槍の特性だ。
悪魔「魔女」の能力を内包した槍。
能力は召喚喚起。
その応用により、投擲すれば戻り、狙えば必中となる因果の槍である。
「さっさと探し当てろ」
「……!!」
アヴェルスは魔女の槍を構え、一気に間合いを詰める。
ウルへ一直線に突き進む。
「お前は、オレが相手をしてやるよ」
アヴェルスはウルの標的を自分に固定する。
鋭い突き。ウルはそれを左手一本で捌く。
受け流す動作は水の流れのように滑らかだ。
「仲間を殺されるのは嫌い?」
槍を繰り出すアヴェルスへ肉薄し、その懐へ侵入する。
「そんな教育はしてないのに。どうしてこうなったのやら……」
言いながら右脚でアヴェルスの脇腹を蹴り上げる。
だが、アヴェルスは踏みとどまり、簡単には吹き飛ばない。
「……蹴りじゃイマイチ」
ウルは不満げに呟き、右脚を引いた。
入れ替わるように、左掌をアヴェルスの胸板へと突き出す。
掌底と共に、爆発的な水流を放つ。
水圧の衝撃を利用し、アヴェルスを後方へと強引に吹き飛ばした。
そして間髪入れずに地を蹴る。
「ところで、武器はそれだけ?」
水流に飛ばされたアヴェルスだが、即座に受身を取り、地に足をつけて冷静な表情で構え直す。
だが、その背後を既にウルが取っていた。
足元に氷を放ち、摩擦係数を消して滑るように高速移動したのだ。
アヴェルスが反応し、振り向く。
その瞬間、ウルは真上へと跳躍していた。
「金属が水に変えられてしまう以上、あんたは二つも能力を封じられる」
落下しながら、アヴェルスの頭蓋を右手で鷲掴みにする。
「頼れるのは『マナ』で出来たその武器と、悪魔としての身体能力だけだ」
ウルはアヴェルスの頭を、勢いよく地面へと叩きつけた。
鈍く重い音が響く。
アヴェルスは金属生成能力と、その金属が奏でる音を強化・弱化にできる能力を持つ。
だが、金生水を持つウルの前では、その二つは無力化される。
「死なないと言っても、動きを封じられないわけじゃない」
ウルが冷徹に告げる。
アヴェルスは額から血を滲ませながら、眼光鋭く顔を上げた。
「そうなったら、あんたが寝てる間に仲間は死ぬんだ。頑張らないと同じ過ちを繰り返すよ?
昔みたいに──……」
ウルはアヴェルスの身体の上に乗り上げ、拘束しながら言い放つ。
周囲の木々が、不吉な予兆のようにざわめき続けていた。