半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.72「遁げる」

 氷漬けになる、その直前。

 

 探索用のシャチたちから、モドキの脳内へ連絡が入った。

 

 ──シュンランを見つけた!! いける……!

 

 絶対零度の氷壁が迫る中、モドキは『召喚喚起』の能力を最大出力で発動する。

 

 直後、あたり一面を覆う、逃げ場のない氷の結界が形成された。

 閉ざされた空間。

 だが、その中に獲物の姿はない。

 

 ウルの眼が細まる。

 

「寸前のところで、逃げられたか~」

 

 ウルは無人の氷室を見上げながら独りごちた。

 だが、その表情に悔恨の色はない。

 むしろ、まだこの“鬼ごっこ”で遊べると思い、内心で歓喜すらしていた。

 

 モドキたちは、この死地からの脱出に成功したのだ。

 

「キミは相手を舐めすぎだよ」

 

 レインが呆れながら、ウルの背後に降り立つ。

 ウルは振り返りもせず、「そう?」と軽薄に返した。

 

 ウルが能力を解除すると、ドーム状の氷壁は音を立てて崩れ落ち、霧散していく。

 

「いや~あの魔女の能力の起点になる水分って微量だし、一瞬で呼び出すから反応するの大変なんだよ?」

 

 ウルは言い訳をしているようで、どこか嬉しそうだ。

 

「頭みたいな狙いが分かりやすいと避けるの簡単なんだけど……ということにでもしておいて下さい」

「知るか」

 

 ウルの戯言に、レインは短く悪態をつく。

 

「それに、流石に遠くへ逃げられると……距離的にも干渉できないし、逃げ込んだ先が悪いんだよね」

「……?」

 

 レインはウルの言葉に少し首を傾げた。

 

「能力の干渉が出来ないとでもいうべき場所かな」

 

 モドキたちが逃げ込んだ先──()の国。

 そこは特殊な結界で覆われ、外部からの(てき)の干渉を拒絶する聖域だ。

 

 レインは思考する。

 

 そういえば、(かれ)に一矢打ち込んだ。本来ならボクの能力で支配下に置けるはずだが……しかし何だろうこの感覚は?

 発動しない……。

 

 レインの能力は、矢を打ち込んだ『妖』を支配することだ。

 現在騎乗していた妖も、その能力によって従えている。

 

 (かのと)は人間と妖の混血、『半妖』だ。

 レインの能力の適用範囲内であるはず。

 しかし、伍の国へと逃げ込まれ、物理的・能力的な距離が離れた以上、能力のパスが通らないのだ。

 

 ウルは首を傾げるレインを見て、黙っていた。

 レインが戦闘中に妖を操る能力を発動させなかったことを追及しようか考えたが、自分も遊んでいた手前、藪蛇になると判断してやめた。

 

「……分からないと言えば」

 

 不意に、レインが口を開く。

 ウルの目が微かに見開かれた。

 

「キミに似た彼は何者?」

「悪魔だよ」

 

 ウルはレインへと歩み寄る。

 

「そうではなくて!」

 

 レインはウルとアヴェルスの関係、その核心を聞き出したかった。

 だが、ウルはレインの左手を取ると、すれ違いざまに合気道の要領でレインを投げ飛ばした。

 

「真面目が過ぎますね」

「!?」

 

 なっ……今何が起きた!?

 

 レインの眼が見開かれる。

 気が付くと尻もちをつき、無様に地に転がっていた。

 

「自分の持っている情報で考えれば、答えは出ると思うけど」

 

 ウルはレインに背を向けたまま冷ややかに言った。

 戦闘で負ったはずの傷は、いつの間にか完治している。

 

「あまり大声で言っちゃ、いやだよ」

 

 振り返ったウルは、人差し指を口元に当て、笑顔で言い放つ。

 

 こいつの考えが分からない。

 レインは底知れぬ気味の悪さを感じた。

 

「どういう……」

 

 レインは思考を巡らせながらも問う。

 

「だってオレ、消されてしまいます~。いや、それはそれで良いんだけどさ」

 

 ウルはある禁忌を犯している。

 その口ぶりは、秘密を守りたいのか、それとも破滅を望んでいるのか、判別がつかない。

 

「……まさか、いやでも……」

 

 レインの中で、断片的な情報が繋がりかける。

 

「水神ィィィ!!」

「あ。」

 

 思考を遮断するように、ウルの喉元へ強烈な飛び蹴りが炸裂した。

 叫んだのは(くろ)

 思わず間の抜けた声を上げたのはレインだ。

 

 吹っ飛びながらも、ウルの表情は悦に入っていた。

 

「オレごと水で流す気だったよね的なアレで、怒っているんだけど!」

「ありがとうございます」

 

 着地した玄は、間髪入れずにウルをエビ固めに極めた。

 背骨が軋む音と共に、ウルは嬉しそうにお礼を言う。

 レインはその光景を冷ややかに見下ろしていた。

 

「いやいや、他に言うことあるよね??」

「他? 他に……あ~!」

 

 お礼以外に言うことがあると追及され、ウルは白々しく声を上げる。

 姿勢はガッチリと固められたままだ。

 

「玄君の存在を失念しておりました。許してください、何でもします」

「いや、もういいや」

「えっ!? 本当に何でもするのに!?」

 

 ウザっ、と思いながらレインは二人の茶番を見ていた。

 

「っていうか、お友達……殺さないでいてあげたんだから。感謝して欲しいね」

 

 固められたまま、ウルは辛を殺さず見逃した事実を恩着せがましく告げる。

 その言葉を聞き、玄は舌打ちをして拘束を解いた。

 

「あ、待って。止めないで」

「……」

 

 ウルは地に伏しながらも懇願するが、無視された。

 

 レインは今のやり取りを見て、呆れつつも首を傾げた。

 

「それより、そっちはきちんと完了出来たのかね?」

「うん、一応ね」

 

 レインが玄に任務の成果を確認する。

 玄はウルの背中に座ったまま、淡々と答えた。

 

「キミ達が足止めしてくれたおかげで、情報は得られた。あとは特定するだけ」

 

 玄が凪を拘束し、闇に意識を落としたのは、彼女の記憶から情報を抽出する為だ。

 その作業は完了した──。

 

「どのくらいかかる?」

「さあ? 善処します」

「……」

 

 レインの問いを軽く受け流す玄。

 

 玄は遠くを見つめ、思考する。

 

 このまま(ここ)に戻ってこないで欲しいけど……無理かな。

 

 友であり、今は敵対する立場となった男。

 玄は、去り行った辛の身を案じていた。

 

 ◇

 

 場所は変わり、伍の国。

 とある屋敷の一室。

 

 爪戯が目を覚まし、弾かれたように身体を起こす。

 どうやら、広い土間のような場所に転がっていたようだ。

 

「……何処!?」

 

 爪戯は目を丸くし、思わず叫んだ。

 見覚えのない風景。

 

 すると、奥から一人の女の子が近づいて来た。

 

「あ、一人発見!」

 

 額に特徴的な傷のある、どこか辛に面影の似た女の子。

 

「大丈夫そう!!」

 

 女の子は爪戯を指さし、屈託のない笑顔で言った。

 

「誰!?」

 

 爪戯は状況が呑み込めず、目を丸くしたまま叫んだ。

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