半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】   作:神野あさぎ

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No.74「明確化」

 遺体安置室。

 静寂の中、ウミリンゴはシュンランの亡骸が納められた棺を静かに見下ろしていた。

 

 ……悲しんでばかりもいられない。シュンラン……。

 ごめんね、私はまだそっちには行けない。だからもう少し待ってて……。

 (やつら)を殲滅してくるから──……。

 

 ウミリンゴは、復讐の炎を瞳に宿し、心の中でそう誓った。

 

 ◇

 

 (なぎ)は夢を見ていた。

 上も下も判然としない、黒と白の抽象的な空間。

 白い床に、亀裂の入った黒い天井が覆いかぶさるような圧迫感がある。

 

「……アレ? 私は何を……していたんだっけ?」

 

 凪は光のない虚ろな眼で、一人座り込んでいた。

 

「ねえ、君の母親は殺されたんだよね?」

 

 不意に、背後から声がした。

 凪は弾かれたように身体を起こし、目を見開く。

 声の主は──(くろ)

 

「犯人さ~(かのと)君じゃないの?」

 

 どこからともなく現れた玄は、事もなげにそう告げた。

 凪の動揺が広がる。

 

「切り裂かれて殺されたよね? 金属で武器を作る彼には可能だよね?」

 

 玄の言葉に誘導され、脳裏に記憶がフラッシュバックする。

 何者かに斬り裂かれる母の後ろ姿。そして、金属を操る辛の顔。

 

 ……辛君が?

 別に疑ってたわけじゃない……でも、全く可能性を考えなかったわけでもない。

 

 凪は冷静に思考を巡らせる。

 かつて爪戯(つまぎ)の屋敷で、辛が犯人ではないかと疑われた時、その可能性を一度は考慮した。

 

 ──でも。

 

 凪の意識は、さらに深く、幼い日の記憶へと潜っていく。

 

『お母様! あのね……一つ聞いてもいい?』

『聞きたいこと? 何?』

『このお家……変な感じがするの』

 

 幼い凪は母に尋ねた。

 母の顔は白い布で覆われ、その布には『慈』の一文字が墨書されている。

 表情は読めないが、その声音は娘を想う慈愛に満ちていた。

 

『凪、それはね──……結界が張ってあるからよ』

『けっかい?』

 

 凪は母の膝に座り、聞き慣れない言葉に首を傾げた。

 畳の部屋。障子は開け放たれている。

 

『妖や悪い人から守る為の物よ』

 

 母の言葉を真剣に聞く凪。

 背後には美しい庭園が広がり、その要所には呪符や梵字が配置され、結界の基点となっていた。

 遠景には霊峰が(そび)え、豊かな緑が風に揺れている。

 

『といっても妖は絶対に入れない結界だけど、人間の方はこちらの居場所を悟られないようにする程度の認識阻害(もの)よ』

 

『悪い人?』

 

 幼い凪は首を傾げた。

 悪い人がどんな人か、当時の彼女には想像もつかなかった。

 

 ……そうだ──……あの時、殺された時も結界はあった。

 

 凪は記憶の断片を繋ぎ合わせ、一つの結論に至る。

 妖が絶対に入れない結界が存在していた。

 ならば、半分が妖である『半妖』の辛には、物理的にあの場所へ侵入し、犯行に及ぶことは不可能だ。

 

「辛君は、違う。犯人になり得ない」

 

 凪は玄を見据え、断言した。

 玄は愉快そうに口角を上げる。

 

「ってか、あんた誰なの!? あんたこそ犯人じゃ!? 殺され方知ってるみたいだし!」

「……」

 

 凪は今さらながら、玄の存在そのものに疑念を向けた。

 

「オレじゃないよ、ちょっと意地悪言ってみただけ。そもそも、あの時オレと辛君は一緒に居たし。アリバイ証人的な?」

 

 玄は背を向け、ひらひらと手を振りながら遠ざかっていく。

 

「オレの用事は済んだゆえ~去りますですよ~」

 

 玄の姿が揺らぐ。凪は身構える。

 

「そしてこれは警告──……戻ってくるな」

 

 玄は最後に振り返りもせず、低い声で告げた。

 凪の眼が見開かれる。

 

 世界が反転する。

 白が侵食し、黒い天井を塗りつぶしていく。

 視界が眩い光で埋め尽くされた。

 

 ◇

 

 凪はハッと目を覚まし、勢いよく上体を起こした。

 見慣れない天井。ベッドの上だ。

 横には、辛が静かに本を読みながら座っていた。

 

「あ? 辛君おはよう?」

 

 辛の姿を確認した凪は、まだ夢見心地のまま挨拶をした。

 そして無意識に懐を探る。

 ……ない。

 

 ──あれ? 私またなくした?

 

 辛に作ってもらった短剣が見当たらない。

 

「どう? 様子は~?」

 

 その時、扉が勢いよく開かれ、元気な声が飛び込んできた。

 ルリだ。

 凪はビクッと肩を震わせる。

 

 ルリは事の経緯を手短に説明した。

 

「そう──……私が何かされている間に、辛君達が戦ってて、何やかんやで逃げてきたと……」

 

 凪は頭で情報を整理しながら反芻する。

 

「そうそう! うちはシャチモドキさんの仲間!」

 

 ルリは満面の笑みで肯定する。

 

「つまり悪魔?」

「いえす!」

 

 ルリはVサインを作って答えた。

 シャチモドキ──悪魔『魔女』の仲間となれば、彼女もまた悪魔ということになる。

 

「じゃあ……ここはえっと、あんたの家?」

 

 凪は豪華な内装を見渡しながら尋ねた。

 

「そう! 此処は()の国で、うちの居場所」

 

 ルリが軽快に告げる。

 

「伍…………」

「うん!」

 

 ルリの言葉に、凪は目が点になった。

 

「それって不法入国じゃ!? いや、罪の意識など今更か……」

 

 凪は大量の冷や汗をかきながら、顔を手で覆った。

 今までいたのは(きゅう)の国。

 今いるのは隣の伍の国。なんの準備もなしに国境を越えてしまった。

 

「大丈夫。ちゃんと客人として迎えたことにしてるよ」

 

 ルリはウィンクして見せた。

 入国管理上の問題はクリアしているらしい。

 

「兄が、なんだけどね」

「お兄さんがいるの?」

「うん!」

 

 辛は黙って二人のやり取りを見ていた。

 

「ね、お兄ちゃん!」

 

 ルリは突然、辛の方に親し気に手を置いて言った。

 

「えっ……」

 

 凪から思わず間の抜けた声が漏れる。

 

「まさか! そんな……あのお父さん、さらに隠し子を!? 冗談? でも似てる気もする」

 

 あのお父さん──北王(ほくおう)のことだ。

 辛には弟の(ひのと)がいたが、彼もまた隠し子のような形で現れた。前科があるだけに、冗談として聞き流せない。

 

「……」

「辛君のその反応はどっち!?」

 

 辛は無言を貫く。

 凪は目を丸くして詰め寄った。

 

「で、あの人は?」

 

 辛は話題を変えるように、本来の目的であるデュオラスのことをルリに聞いた。

 

「ああ、『兄』に会いに来たんだっけ?」

 

 ルリは辛の肩に手を置いたまま、悪戯っぽい笑顔で答える。

 

「それがね~Aさんから連絡を受けて、『いつでも連れてきて良いよ』って答えておいて……その後、血を吐いて倒れたから、しばらくは会えないよ」

 

 Aさんとはアヴェルスのことだ。

 アヴェルスが玖の病院から連絡を取り、アポイントメントを取っていたのだが、その直後にデュオラスは倒れ、現在は集中治療室だという。

 彼の身体は、ガラス細工のように脆い。

 

「!? 大丈夫なの!?」

 

 凪は驚愕する。

 

「うん、いつものことだから」

 

 ルリはあっけらかんと答えた。

 日常茶飯事なのか、特に心配している様子はない。

 辛は少しだけ表情を曇らせ、俯いた。

 

 ◇

 

 伍の国の王都。

 建物のテラス、その手すりに足を乗せた不敵な人物がいた。

 

 近くを、一匹の蝶が舞っている。

 

「さぼってねーよ。探すのに苦労してんだよ」

 

 誰かと通信でもしているのか、男は独り言を呟き続けている。

 

 不意に近づいて来た蝶が、一瞬にして羽を真っ二つに切り裂かれ、落下した。

 

「安心しろ見つけたから」

 

 男は右手に通信符を持っていた。

 空いた左手の一振りだけで、飛翔する蝶を切り裂いたのだ。

 

「連れていくから待ってろ」

 

 右眼を眼帯で覆った、黒ずくめの男。

 その凶暴な隻眼が、獲物を捉えるように光った。

 

 物語は、次なる局面へと加速する──。

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