半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
伍の国郊外、屋敷前。
木々が生い茂る中、草むらに身を潜めて様子を窺う影があった。
「そこに居るの?」
爪戯が目を丸くし、建物を見上げる。
「正確にはこの建物の後ろの方っぽい」
凪がシャチから得た情報を伝えた。
立派な洋風屋敷の裏手に小屋があり、そこが牢屋として使われているらしい。
そこに
「とにかく行ってみよう」
身を屈めていた凪が立ち上がろうとした、その時だ。
爪戯が目を見開き、敵の攻撃を察知する。
氷を即座に形成し、盾とした。
氷の盾に、謎の物体が衝突する。
柔らかそうなそれを放ってきたのは、
爪戯と凪の後方から、ハルが悠然と歩み寄る。
ハルの周囲には、正体不明の柔らかな物体が浮遊していた。
爪戯の視線は地面へと落ちる。
謎の物体は一部、氷の冷気に触れて変質していた。
「あ~あ……残念! 防がれちゃった。それより良いでしょ? 捕獲向きなの!」
手下の少女ハルは、柔らかな物体を指で伸ばしながら言った。
とりもちのような粘着性を持つその物体は、確かに捕獲に適している。
「たくさん捕まえて褒めてもらうの!」
ハルは自身の周りを舞っていた物体を操り、爪戯たちへと射出する。
だが次の瞬間、物体は凍結した。
「? あら~?」
ハルは緩い笑顔を崩さぬまま小首を傾げる。
「何の物質か知らないけど、さっき氷で防いだ時、冷気にあたって変質していた部分があったから……」
「直接凍らせに来た……と、なるほどね~」
爪戯は変質していた物質を見て、凍らせることで無力化できると踏んだのだ。
ハルの操る物質はデンプン。
温度を上げれば
硬質化した物質は動きを止め、無力に落下した。
「コレで終わりだよ」
爪戯は氷の礫を形成し、ハルへと狙いを定める。
その背後で、凪も臨戦態勢をとっていた。
その時、凪が何かに気が付く──呪いの気配だ。
爪戯の眼が見開かれる。
身体に札が貼られている。
……札!! いつの間に!
爪戯が認識した瞬間には、もう手遅れだった。
能力封じの札が、既に身体へ貼り付けられていたのだ。
「も~何してたの?」
ハルがしゃがみ込んで言う。
現れたのはもう一人の部下──ルト。
「こいつらの他にもう一人いて──……ティーに任せてきた」
ルトがハルの背後から、予備の札を取り出しつつ歩み寄る。
凪と爪戯は動きを封じられ、地面に転がされていた。
「あんた達! 人を捕まえてどうする気なの!?」
凪が純粋な疑問をぶつける。
爪戯は唇を噛み、沈黙を守っていた。
「なんか~、他の神さまにあげるんだって」
「あげる?」
ハルがあっけらかんと答える。
「あなた達は神さまの、崇高な目的の為に利用されるって!」
ハルは笑顔のまま続けた。
「中には『力が手に入る』と聞いて、自ら身を捧げに来る奴らもいるらしいけど」
ハルの言葉は、かつて辛達と交戦したエマやラルのことを指していた。
エマは辛の暴走した妖の能力で自滅し、ラルは王水で辛を追い詰めかけた敵だ。
彼らは両親を妖に食われ、力無き者が虐げられる環境で生きてきた。
そして辿り着いたのが、神のもとだった。
神に力を与えられるという甘言に
「あなた達もこれから……痛くて
ハルは頬杖をつき、無邪気に告げる。
後ろではルトが、軽くため息をついていた。
次の瞬間。
ルトの首が切断され、宙を舞った。
その場にいた全員の目が見開かれる。
「えっ」
ハルは何が起きたか理解できず、思考が一瞬停止する。
「なあ……」
そこに立っていたのは、右目を眼帯で覆った黒づくめの男。
「教えてくれよ」
男の言葉に、ハルが弾かれたように振り向く。
「答えてくれたら、あんたぐらいは見逃してやるぜ?」
ハルは冷や汗を流しながら、男の言葉を聞いた。
「あなたは……?」
「オレのこと知らねーの? まあいいや。質問」
男は身を屈め、ハルと視線の高さを合わせて言った。
「『
「……!」
男の問いに、ハルの目が見開かれる。
凪達は転がったまま、為す術なくその光景を見ていた。
「ち……地下に……」
「そうか」
ハルが怯えながら答える。
男は短く納得すると、躊躇いなく左手をハルの頭に突き立てた。
「ご苦労さん」
男がそう告げると、ハルは頭部から大量の血を流し倒れ伏した。
絶命。
鮮血が周囲に散る。
凪の眼が見開かれる。
爪戯は体勢を立て直そうと、必死に身を起こした。
「術者がやられたから、動けるだろ?」
「本当だ……!」
男の指摘通り、凪は身体の自由を取り戻していた。
「あんたは逃げ──……」
「あ~」
爪戯は凪を逃がそうと叫ぼうとしたが、男に遮られた。
「別にあんたらに危害は加えねーよ?」
「信用できるか!」
眼帯の男からは、明確な敵意は感じられない。
だが、今の惨劇を見せられて信用できるはずもなかった。
「あんたら蝶神と仲良いんだろ?」
「蝶神さん?」
男の言葉に凪が首を傾げる。
男──
「
「そうなの!?」
笑顔の鮫神にそう言われ、凪はどこか納得してしまう。
凪と爪戯は目を丸くしたまま、鮫神の言葉を聞いていた。
「友人の友人は無下にはできない。ってか、此処には別の用事があって来たわけで」
鮫神の目的は地下室にある。
圧倒的な暴力と、奇妙な親愛感。
凪と爪戯は得体のしれない男に対し、無意識のうちに正座をして話を聞いていた。
「だから安心してくれ。まあ、これ以上手伝ってもあげられねえが」
「は……はあ……」
鮫神はそう言い残し、歩きだす。
「オレは自分の責務を果たしに行くんで。まあ……頑張れよ」
鮫神は屋敷の地下へと向かっていく。
爪戯と凪は目が丸いまま、嵐のような男の背中を見送った。
◇
一方、モドキたち。
牢屋の前へ歩み寄る影があった。撃神だ。
「悲しいことですけれど」
そう呟きながら、牢の前で足を止める。
彼女は囚われたモドキたちへ身体を向けた。
「貴方達の中から、数名殺しますわ」
撃神は静かに、処刑を宣告した。